だが、ただ鍛え、来たる日に備えるばかりがプログレスとアルドラの日々ではない。特殊能力者である以前に、彼女達は少女であり、それぞれの日々が、日常があるのだから。
──これは、そんな日常の一幕。青蘭学園風紀委員会…そこに属する少女達の、明るく賑やかな一幕である。
タグにある「自己解釈有り」というのは、アンジュをやる中で思った、プレイヤーキャラ(アルドラ)に対する勝手な説を組み込んだ…という事です。ただ、それに関してはギャグ…というか半ばネタの形で扱っているので、「あ、そんな事思ってたの…」位に捉えて下さると助かります。
青蘭学園風紀委員会。生徒のちょっとしたお願いから、複数の世界に渡る危機まで全力で対応し解決を図る、青藍学園内でもトップクラスの知名度を誇る組織。…委員会の一つなのだから、皆に知られていて当然というのはご尤もだが、メンバー全員が一定以上の知名度を持つという意味では、やはり眼を見張るものがあると言える。
今日は、そんな風紀委員の定例会議の日。別にしっかりとした会議を設けなくとも、相談や意思疎通は出来ているのだが…如何に多岐に渡る仕事をしているとしても、「風紀」委員会である以上は、組織の規律を重んじる活動を忘れてはいけない。そんな理由から、定例会議は欠かさずに行っており…既に風紀委員会室には、メンバーの内の四人が揃っていた。
「終わりはお終いって事じゃないの。終わりは、新たな始まりなんだよ!」
その内の一人、明るく映える赤色の髪をセミロング程度まで伸ばし、ワンポイントとして前髪の左側に黄色のリボンを結んだ少女が、会議で使う予定のホワイトボードを背にして言う。
彼女の名前は、東条遥。現風紀委員会の副委員長であり、今の体制の前身となった組織、第二風紀委員会の切っ掛けともなった少女。明るく快活で、人助けに熱心ながらも少々抜けていて食いしん坊な彼女は実力、人柄どちらの面でも副委員長として高い評価を得ており…しかし今回の唐突な発言には、一人が首を傾げ、一人は半眼を向け、一人は苦笑いをするという、なんとも微妙な反応しか出てこなかった。
「…いきなり何を言い出したのだ?」
「何故突然、どこぞの生徒会長のような事を…」
「風紀委員の副委員長が、違う学園の生徒会長のような事をすると、ややこしさが凄いですね…」
初めに首を傾げた少女、金色の髪を愛らしいツインテールに纏めたテオドーチェは疑問をそのままに口にする。黒の世界、ダークネス・エンブレイズ出身であり、見た目は幼い少女ながら、その実彼女は悪魔であり、尚且つ黒の世界の旧魔女王より認められた、唯一無二の魔法を持つ存在である十二杖の一角。ムラこそあるものの、彼女の魔法は強力無比で……しかしやはり見た目通りに子供っぽく、節々で大人ぶろうとし、されど好きあらばお菓子をつまみ食いしようとするその在り方が、凄いというより可愛いと一部で噂をされていたりもするのである。
そのテオドーチェに続いて突っ込みを入れたのは、赤の世界、テラ・ルビリ・アウロラの騎士である天使、クラリス・エーデルライト。艶のある黒髪を後ろで束ね、更に前髪の右側を三つ編みにした彼女は、風紀委員会の規律を守るという側面を体現したような存在であり、常に自己研鑽に励む姿は正しく忠義の騎士そのもの。才能と努力を兼ね備えた彼女の剣技は、間違いなく誰もが認めるレベル。だがその内面は厳しくも優しく、また普段は大人っぽくとも色恋沙汰となると余裕がなくなり動揺してしまう事も多々あるなど、決して取っ付き辛い人物ではない。
そして最後に声を発したのは、アクエリア…白の世界、システム・ホワイト・エグマのアンドロイドの一人である少女。ウェーブのかかった銀髪の美しさもさる事ながら、目を引くのはやはりその魅惑の肢体。肉感溢れる胸にすらりと伸びた脚…アンドロイドに発育、という言葉は語弊がありそうなものだが、とにかくその良さは風紀委員内でも屈指であり、それは本人の穏やかで献身的な性格と相まって、大人っぽいを超えた大人の領域。しかし時折さらりと物騒な思考を見せたり、戦闘では容赦無く爆破を使用するなど、個性の弾け具合でも他の面々に引けを取らない。
「あははー…ちょっと微妙な空気だったから、何とかしたいなぁって思ったんだけど…」
「その結果、更に微妙な空気にしてしまっては世話がないな…」
「だ、だよね…」
全く、何をしているのか…という声音でクラリスが言葉を返し、遥はがっくりと肩を落とす。
そう、今現在風紀委員会室の空気は、若干淀んでいるのだ。決して険悪なムードという訳でもなければ、誰かが落ち込んでいる訳でもないのだが…とにかく、いつもに比べると活気がない。そして何故、そんな状況かと言えば……
「むー…遅いのだ…」
「遅いね…」
「遅いですね…」
「遅いな…」
現風紀委員の中心にして支柱、有り体に言えば超能力者や異能力者と称される彼女達『プログレス』を支え、共に戦う存在でもある『αドライバー』…通称アルドラの風紀委員長が、会議の時間になっても一向に姿を現さないからである。
遥と同じ青の世界…青藍学園のある地球出身である彼は、時々茶目っ気のある行動をするものの基本的には真面目且つ誠実で、無断で会議に遅れるという事はそうそうない。実際今日も、「もしかしたら少し遅れるかもしれない」という旨のメッセージを受けている為、遅れている事自体を怒る者はいない。しかし委員長である彼抜きに会議を進める訳にはいかず、また遅れている具体的な理由までは分かっていない為に、風紀委員会室は微妙な空気となってしまっているのだった。
「また何か、騒動に巻き込まれてしまったのでしょうか…」
「その可能性もなくはない…が、騒動ならここに全く情報が入ってこないというのも変だろう」
「でもプルート事件みたいに、すぐには情報が入ってこない騒動もあるよね……」
「というか、そもそも巻き込まれたんじゃなくて、自分から関わりにいってる可能性もあるのだ」
『あー……』
さも当然の様にお菓子の袋を取り出しつつテオドーチェが言うと、三人は「確かに…」という表情を浮かべる。優しく、人が良く、責任感も強く…同時に向こう見ずですぐ無茶をするのが彼な以上、本当に見かけた騒動を放っておけず、自ら首を突っ込みに行った可能性も十分あるのだ。
兎にも角にも、彼が来ない。電話や通信端末を用いて訊くという手もあるが、決して緊急事態ではない上、彼が忙しくしているなら邪魔になってしまうと思い、電話しようという流れにもならない。結果、微妙な雰囲気は続き…話も彼に関する事に。
「しかし思い返すと、委員長は本当に色んな出来事に関わっているな」
「テオ達が知らないところでも、色々やってるみたいなのだ」
「友人間のちょっとした事から、先生方からのお願い、果ては奇想天外な超常現象まで、内容が殆ど無秩序レベルですね…大概は一人ではなく、誰かと共にという形でなので、そこが共通点とも言えますが……」
仲間として親しくしているが故に、彼女達は彼が関わってきた様々な出来事についても聞いており、だからこそその幅広過ぎる経験に対し呆れ混じりの苦笑い。
だが決して、それを悪いとは思っていない。それは彼の、常に誰かの為とならんとする在り方故の巡り合わせであり、そんな彼だからこそ多くの人を救い、絶大な信頼を得ているのだと、風紀委員は皆知っているからだ。そして会話は、「やはりどこかで誰かに手を貸しているのだろう」という結論に向かい始め、また苦笑いが浮かびそうになった…その時だった。
「…ねぇ、皆…私、思うの…ずっと、思ってた事があるの」
「…遥?急にどうしたのだ?」
「…委員長君ってさ…本当に、一人の人間なのかな…?」
いつの間にか、口数が少なくなっていた遥。彼女が突然発した意味深な言葉に、テオドーチェが反応し…それに対する彼女の返答を聞いた瞬間、三人は目を瞬かせた。
しかし、それも当然の反応だろう。いきなり「自分たちの知っている人物は、唯一の存在だろうか」などと言われれば、困惑するに決まっている。だが遥もそのような反応をされる事は分かっていたようで、神妙な面持ちのまま言葉を続ける。
「じゃあさ、皆。昨日委員長君が授業以外で何してたか知ってる?」
「昨日は美海さん達L.I.N.K.s…いえ、生徒会のお手伝いをしていたと仰っていましたね」
「うん。じゃあ、一昨日は?」
「一昨日なら、セナとウルリカに頼まれ事をしていたのだ。テオは風紀委員会室から見送ったから知ってるのだ」
「ふむ…そういえば、更にその前日は千尋と一緒にいたな。大方買い物か何かだろうが……」
「で、四日前はお姉ちゃんとキヌエさん達元第一風紀委員の集まりに呼ばれてたね。どういう集まりかは知らないけど……」
一日ずつ遡られる、風紀委員長の行動。当然今日も何かしらの用事と思われる為、五日連続誰かや別組織に呼ばれていたという事になる。
この時点で、彼が忙しい人物である事は間違いない。…が…すぐに彼女達は気付く事になる。彼が、忙しいという言葉で片付けられる次元をとうに超えていた事に。
「七日前は、チーム天音の演習に付き合っていたな」
「八日前は、SIGNsに半ば連れて行かれてましたね…」
「九日前は、おひさまのお茶会の特訓相談を受けていたのだ」
「それで十日前は、脱獄騒動…プリズナーズ、だったよね?…の子達に何かの協力を頼まれてて、十一日前はトレジャーハンター部の活動絡みの事に出てて…そうだ、その時はシャロン一味…で、いいんだよねあれは…とも交流があった、って話だった筈……」
先週へ突入しても、彼がその日していた事の話は止まらない。止まる気配は一切なく、狩りの女神に連れられ狩猟に向かっていた、妹を溺愛するアンドロイドに延々と妹の話をされていた、赤の世界とは違う世界、通称超次元の女神とまた遭遇していたなど、毎日の様に誰かと何かしらの事をしていたという話が持ち上がる。そして……
「その日の前は、ネオ・ジャスティスmk2を造ろうとする教頭先生を、タマちゃん先生と一緒に止めていて…うん、私自身今気付いたけど、これ一ヶ月前の話じゃん……」
「れ、連日ぎっしりなのだ…恐ろしい忙しさなのだ……」
一ヶ月前。まだ若い彼女達にとっては、それなりに前と呼べる時期まで例外無く何らかの用事が入っていたのだと分かり、四人は全員が戦慄する。
流石に、休日までもがそうという訳ではない。しかし平日だけであろうと例外無く毎日というのは、明らかに異常であり…しかもその休日も、四人は何をしていたか分からないというだけであって、休日すらも用事が入っていた可能性は大いにあるのだ。
「その日の前は……いや、止めておこう。これ以上遡ると、不安が一気に込み上げてきそうだ…」
「今現在でも、心配でなりませんもんね…。…そして、遥さん。貴女が先程言ったのは…こういう事なんですね」
百戦錬磨の天使、ある事情で遥が青藍学園を離れていた際は副委員長代理も務めていたクラリスですら、明らかとなった事実には動揺を隠せない。彼女の言葉には、アクエリアも続き…それから彼女は真面目な顔で、遥に問う。遥はそれに、深く頷く。
間違いなく、委員長が関わっている件の数は異常。これに加えて定期的に参加している行事や活動、その他四人もよく知らない、小耳に挟んだ程度の行動もちらほらとある為、それ等全てに一人で関わっているというのは、最早不可解な領域なのだ。
だが、それはあくまで委員長が一人の人間であった場合。こちらもこちらで突飛な話ではあるが…もし仮に『委員長』が複数人いるのなら、単独の存在が全ての事に関わっている訳ではないのなら、その不可解さは消失する。
「け、けどどういう事なのだ?テオ達の知ってる委員長が何人もいるなんて、あり得ないのだ。そっちの方が無茶苦茶なのだ。……はっ…それともまさか、青の世界にいるという、忍者の影分身を…」
「うん、同じ青の世界出身として言うけど、その線はないんじゃないかな…確かに学園には忍者の子もいるけど、むしろそっちが例外みたいなものだし……」
「私も無茶苦茶だとは思うが…複製や幻影のエクシードを持つプログレスは存在する。もっと言えば、思考や記憶に干渉するエクシードも、な」
同じ人間が何人もいる。それは普通あり得ない事だが、青藍学園に集まっているのは、エクシードと呼ばれる能力者達。つまり無茶苦茶な事でも、絶対あり得ないとは言い切れないのであり…クラリスが可能性を挙げる中、不意に一瞬遥の表情が暗くなった。直後、遥にとってデリケートな部分へ触れてしまったと気付いたクラリスは振り向くが、すぐに遥は表情を立て直し、大丈夫だと言葉を返す。
実際、それは空元気ではない。笑い話には出来ないものの、もう過ぎ去った過去の話だと遥は思っているのであり、空元気でない事はクラリスにも伝わっている。そしてそこから雰囲気を立て直すべく、話の続きをアクエリアが担う。
「仮にエクシードでなくとも、各世界にはそれぞれ特異な技術が存在します。変装、変身、ホログラム…どれも予想の域を出ませんが、『委員長さんが実は複数いる』…これは成立し得る可能性であると、私は思います」
「むむむ…でも、もしそうだとしても、どうして委員長はそんな事をするのだ?忙し過ぎるからなのだ?」
「そう、そこなんだよね…委員長君は優しいから、出来る限り皆に応えようとして、その為の手段として『複数の自分』を作ったのか…それにそもそも、実は委員長君もアルドラとは別の力を持っていたのか、誰かに協力してもらってるのかも分からないし……」
「いや待て、望んでそうなっているとも限らないんじゃないのか?誰か別の人間が委員長になりすましている、或いは…ウロボロスの力によって、委員長が複数人存在するという状況を作り出されている可能性もあるだろう」
話は複数人いる可能性はあるのかどうかという段階から、いるとしたらどういう原理なのかという段階へ完全に移る。当然複数人いる、というのが思い違いな可能性もまだあり…というより、あり得なくはないだけで複数人の可能性は非常に低いのだが、人間は一度思い込むと、視野が狭くなってしまうものなのだ。……悪魔、天使、アンドロイドと、人間以外も揃って同じ状態ではあるが。
「う、うぅん…やっぱりここは、本人に訊いてみる…?」
「一番手っ取り早いのはそれだが、なりすましやウロボロスの可能性を考えると、下手に訊くのはむしろ危険だろう」
「そもそも、本人が認知しているかどうかの問題もありますね。本人が知らなければ、訊いても真実は得られませんし…」
分かっている事が少ない為に、これだという意見や推測は中々出ない。となると次第に意見が出る時間より、黙々と考える時間の方が多くなり…そんな中、耐えかねたようにテオドーチェが叫ぶ。
「う、うぅぅ…難し過ぎて、テオにはよく分からないのだぁぁぁぁっ!」
「テオドーチェさん…まあ、気持ちは分かりますが……」
「というか、委員長が一人じゃないなら、もっとテオのお菓子探求に付き合ってほしいのだーっ!」
『え?』
頭を抱えたテオドーチェの叫びに、やんわりながらもアクエリアは理解を示す。…が、次に発された言葉はあまりにも予想外…というか、予想の斜め上であり、三人は揃って目をぱちくり。しかしテオドーチェは三人の様子に気付かず、何故か不満げに主張(?)を続ける。
「最近は忙しいせいで、全然お菓子探求を一緒にやれていないのだ!これじゃあ調べられるお菓子の量も減るし、何より一緒に食べる楽しさがないのだ!」
「お、お菓子探求…そんな事をしていたのか……」
「これは立派な…知の探索と、深化…?…なのだ!二つに割れるチョコレートやアイスを分け合って食べたり、同じスナックのどの味が一番良いかを下校時間ギリギリまで激論したり、お気に入りのケーキやプリンをあーんしてもらったり、お菓子にはただ食べるだけじゃない、色々な楽しみ方があるのだ…!」
「ふ、深いようなそうでもないような…っていうか、委員長君にあーんをしてもらった事あるの…!?」
「……?普通にあるのだ」
「流石テオドーチェさん…次元が違いますね……」
熱く語るテオドーチェの言葉の中に、さらりと混ざった衝撃の発言。思わず遥は訊き返し、クラリスとアクエリアもぴくりと肩を離させたが、テオドーチェ自身は何でもない様子。
それは紛れもなく、当たり前の様に行われている事なのだという証拠。ある意味この面子の中では、テオドーチェにしか出来ない、テオドーチェだからこそ出来る、特権的な強み。
「良いなぁ…私もパン探求って事で誘ってみようかなぁ……」
「心惹かれてどうする…というか、偶にやたらゴミ箱にお菓子の袋が入っていたのはその探求が原因か…少しなら良いが、あまり沢山ゴミが出るようなら、それは自分で持ち帰るべきだと思うぞ」
「うっ…それは、ごめんなさいなのだ…」
「あはは…やっぱりクラリスは、そういうところしっかりしてるよね」
毅然とした態度で注意するクラリスに、遥は敬意を込めた視線を送る。しかしそのような視線を受けようとも彼女は調子に乗る事などなく、普段通りの調子で続ける。
「風紀委員たるもの、自分を律する事は大切だからな。その点で言えば、委員長はやや相手に合わせてしまう部分があるのがいけない。私と完全下校時刻前の見回りをする際は、ちゃんと委員長らしくしているというのに……」
「そういえば、その見回りって、具体的にはどういう事をしているのだ?」
「どうもなにも、各階各部屋は勿論、屋上や体育館裏のような場所まで、きっちりしっかり確認をしているだけだぞ」
「へぇ…屋上や体育館裏に、委員長さんと二人きりで……」
自信を持ち、されどそれを誇示はせず、冷静に話すクラリス。そこでふとある事に気付いたアクエリアが、表情の読めない表情で言及するも、やはりクラリスは落ち着いたまま……
「ああ。委員長と二人で、屋上や体育館裏にも……って、あ、や、ち、違うぞ!?これは違うんだ!」
「おや?違うとは、何が違うんです?」
「うぐっ…そ、それは……」
……ではいられなかった。アクエリアの言及、それが意味するものに気付いた瞬間、途端にかぁぁ…と顔が赤くなり、分かり易く動揺してしまった。
「それは?それは何かな〜、クラリス」
「な、何かなも何も、私にやましい事は何も……」
「…本当なのだ?自分の誇りにかけて、嘘は無いと言えるのだ?」
「……な、ない…偶に、屋上で夕焼けを見ながら話したりするだけだから…」
『ほほーぅ…』
「う、うぅ…何故だ、何故こんな話になった……」
武人然とした先程までの様子、凛とした雰囲気はどこへやら。顔を真っ赤に染め、俯きがちにぷるぷると震えるクラリスは今や、恥じらう少女そのものだった。…そんな状態となった彼女の破壊力が凄まじいのは…言うまでもない。
「下手に自分の事を語ってしまったのが仇となった訳ですね…青の世界では、このような時藪をつついて蛇を出す、と言うのだったと思います」
「要らない、何故に対する冷静な回答は求めていないんだ…と、というかアクエリア…!アクエリアこそ、どうなんだ…!」
「私、ですか?」
「なんだかテオ達だけ自分の事を話すのは不公平な気がするのだ。アクエリアも、あるなら話すのだ」
「不公平も何も、お二人共自分から話しただけでは…?」
自分への追求を避ける為か、クラリスはアクエリアへと話を振る。それにテオドーチェが賛成し、クラリスはうんうんと何度も首肯。その言い分に、アクエリアは「やや無理があるような…」と言いたげな表情をしていたものの、それはそれとして考え始める。そして数秒後、唇に人差し指を軽く当てて考えていたアクエリアは、言った。
「最近ですと、少し委員長さんの復習の手伝いをしましたが…逆に言えば、その位ですね」
「ふ、復習か…。…何だろう、特に何もなさそうで残念なような、でもほっとしたような……」
「えぇ、その為に委員長さんのご自宅に行き、夜まで付き合いましたが、その程度です」
「夜まで復習…?それはテオには理解出来ない世界なのだ……って、」
『え……?』
先程のテオドーチェと遜色ない程、ごく自然な様子で発せられた「自宅」と「夜まで」という二つの言葉。あまりの自然さで何気無く聞き流してしまった三人だったが、数拍置いてからそれに気付き、ぽかんとした顔でアクエリアを見つめる。
「連日多忙な委員長さんなんですから、普通なら学業が疎かになっても仕方ない…という言い訳を抱く筈。しかしそれに甘んじないどころか、忙しさを理由にしたくないと必死に頑張るその姿は、立派以外の何物でもありません。そしてその上で私を頼って下さったのですから、全身全霊を込めてお応えしたいと、そう思ったんです」
「凄く良い話…!で、でもそれとこれとは話が違うんじゃないかな!?後、委員長君の事を思うなら、夜まで付き合うんじゃなくて途中で休ませてあげるのも大事だと思うけどなぁ…!」
「ええ、勿論です。ですので、寝入ってしまった際には毛布をかける等、出来る限り事を致しました。…素敵な寝顔をしていますよね、委員長さんは」
「な…なんなのだ…!?至って普通の話をしているのに、何故か強者感がひしひしと伝わってくるのだ…!」
穏やかな笑みのまま語るアクエリアに対し、動揺そのままに遥が言葉を返す。しかしその結果は、更なる語りを引き出しただけ。
威圧している訳ではない。ただ穏やかに、委員長とのエピソードを思い出して微笑んでいるだけ。…確かに、事実の上ではそうな筈だが…ふふふと笑うアクエリアからは、何故か並々ならぬものを感じてしまう三人だった。
「…あ、それとお夕飯も頂きました。千尋さんが作ってくれたのですが、本当に千尋さんはしっかり者ですね」
「あ、あぁ…確かにしっかりしているが、なまじしっかりし過ぎているが故に、委員長の偶に抜けてる部分が形成されてしまっている感は否めないな……」
「千尋ちゃんは、委員長に何かしてあげるのも好きだもんね。…にしても…皆良いなぁ、委員長君と予定があったりして…」
若干逸れる形で話題に上がった、委員長の妹、千尋。彼女の事について遥は小さく笑い…されどその後、不満と羨ましさの混じった表情で三人に向けて「良いなぁ」と言う。
良くない、もっと機会が欲しいと言うテオドーチェに、良いどころか大恥をかいた…と小声で呟くクラリスに、再び謎の強者感ある笑みを浮かべるアクエリアと、三人の反応は三者三様。そこからテオドーチェが遥へと、軽く首を傾げながら尋ねる。
「そういう遥は、何もないのだ?」
「ないよ?だってそもそもここ最近、予定ありきで委員長と会ったりしてないもん。…あ、勿論風紀委員の仕事は別としてだけど」
「そ、そうか…まあ、あれだ。機会は追えば手に入るものでもなし、落ち着いて構えていた方が何かと……」
「はぁ、ほんとに良いなぁ…仮に委員長君と最近あった事まで拡大しても、せいぜい街中で偶然あって、お互い特に予定もなかったからのんびり歩きながら話して、途中でカジノシップに寄って遊んで、その後はお腹空いたねーって感じでレストランに行ってご飯食べた位だもん…」
しゅんとした様子で遥は語る。本人としては、嘆くような感覚で。しかし、聞き手である三人は、気付いていた。その一連の行為を、一言で示す言葉があると。
「…………」
「…………」
「…………」
「ばったり会えたのは良かったけど、やっぱり…って、あれ?急に皆黙っちゃって、どうかしたの?」
『どうも何も……それは普通に、デートでは…?』
「え?……えぇっ!?」
じとーっとした目で、揃ってその指摘を口にする三人。言われた遥は、直後にはきょとんとした表情を浮かべ…だが数秒後、目を見開いて頬を染める。先程のクラリスとは違う、しかしこちらも照れと恥ずかしさが一気に押し寄せてきた顔で。
「で、ででっ、デート!?これが!?これを!?い、いやいや違うって!だって偶々会っただけだもん!流れでなんとなーく一緒にいただけだもん!デートって、そんなふわっとしたものではないでしょ!?……ないよね…?」
「…まあ、デートの定義は人によるかと思いますが…それをデートと言わないのなら、逆に何だと言うんです?」
「へ?……あ、熱い友情…?」
『いやいやいや……』
わたわたと否定する遥だが、逆に何だと訊き返されると途端に言葉に詰まってしまい、本人自身疑問符が付随するような表現しか出てこない。
そしてそれは、彼女自身その出来事がデート、或いはそれに近いものだと認めたようなもの。となれば一層照れと恥ずかしさが襲ってこない筈もなく…しかしある点で、クラリスとは違った。そっか、そうなんだ…と声を漏らしながら、若干頬が緩んでいたという点で。
「むむむむ…遥とそんな事をしていたなら、テオも青蘭島スイーツ巡りの旅とかしたいのだー!」
「スイーツでなくとも、のんびり島を巡る…というのは、正直私もしてみたいです」
「…わ、私は別に…。……い、嫌という訳でもないが…」
「あ、駄目だよ!?少なくとも、そういう事するなら最近偶発的な事しかなかった私が先だからね!」
わいわいがやがやと、謎の主張や希望を口にしていく四人。本来の会議はおろか、元の「委員長複数説」すら今やどこかに置き去りとなり、本人…というか相手不在で話は進む。時間を忘れて時に熱く、時に賑やかに、気心の知れた仲間だからこそ出来る会話を。
しかし不意に、そんなやり取りの時間は終わる。完全に失念していた形で…されど、漸く訪れたという形で。
「じゃあもうあれだよ!誰かがとかじゃなくて、皆で一緒に委員長君と……へっ?」
話が過熱の真っ只中にあったところで、がらりと開かれる部屋の扉。そのすぐ後に聞こえた、「呼んだ?」という問いの言葉。話していた遥は、その声が聞こえた瞬間きょとんとした表情になり、首を動かし…目が合った。たった今、風紀委員会室へと足を踏み入れた、件の風紀委員長と。
「え、委員長君!?い、いつの間に!?」
「……た、たった今って…いや、それもそうか…」
「今入ってきたところであれば、たった今で合ってますもんね…」
素材そのままのような返答を受けて、全員揃って目をぱちくり。しかし委員長本人としても「いつ?」と訊かれれば「たった今」としか答えようがなく、おかしなやり取りをした訳でもないのに、何故か微妙に変な空気に。
だが幸いにも、というか全員集まったのだから当然だが、ここには今「会議」という目的がある。その為微妙な空気を霧散させる為にも、早速会議を…と遥達は切り出そうとし……だが先に、委員長が言った。一つ、手を貸してほしい事があるんだ、と。入ってきて、と。
「ほぇ?…ど、どちら様なのだ…?」
委員長に手招きされ、廊下から入ってきたのは一人の少女。黒髪をした、一見純粋そうな少女は青藍学園の制服を着ており…しかし、四人に見覚えはない。
久遠空。彼女は自身の事を、そう言った。彼女を風紀委員会室に連れてきた…即ち先に話をした委員長曰く、彼女は気付けばここ青藍島にいて、しかしここは…否、この世界は何かがおかしい。何かが違うように思えるとの事。一体何を…と言いたくなる話だが、そこで彼女と共に入ってきたもう一人…もとい、もう一体が、ある可能性を口にする。
「これはただの予想だが…この子は並行世界、パラレルワールドって所から迷い込んで来ちまったんじゃないのか?」
「ぱられるわーるど?ジョージ、何を言っているのだ?」
「パラレルワールド…青黒赤白緑、私達の知るそもそもの法則や成り立ちが違う『別世界』とはまた別の、一見殆ど同じような、或いは一見別でも、大元を辿ると同じような世界の事ですね。…実在するかどうかはまた別として」
「ふむ…断言は出来ないが、実際に五つの世界、更にはもっと遠い…世界に遠い近いの表現をするのも変だが…世界の存在も現実にある以上、あってもおかしくはないな」
「だね。それで…手を貸してほしいっていうのは、どういう事?」
丸っこいボディと、妙に渋い声をした、αドライバーサポートユニット。通称ジョージである彼(?)の言葉で、四人は少しの間思考を行い…それから遥が、訊く。これよりも先に言った、初めに委員長が口にした頼み事を。
その問いを受けて、委員長は全員を見回す。四人もまた視線を返し、一拍置いて委員長は言う。まだ分からない事が多い。何とかなるかどうかも分からない。だけど自分は、彼女を助けてあげたいと。並行世界から迷い込んできたのなら、元の世界に返してあげたいと。だから…その為に、皆に力を貸してほしいと。
…それは、四人にとっては意外でも何でもない、遥が訊きはしたものの、確信と共に予想をしていた答えだった。思った通りの言葉だった。…何故ならそれが、風紀委員長だから。出来るかどうか、利となるかどうかなど考えない、まず助けたいと思って、すぐにそれを行動に移す…そんな真っ直ぐさこそが、委員長の強みであり魅力だから。そして……
「分かった。私達も何を、どこまで出来るかは分からないが…やれる限りの事をしよう」
「取り敢えずテオは、そういう話に詳しそうな人を当たってみるのだ!」
「もしかすると何か情報が…いえ、同じような状況にある人が他にいるかもしれません。学園の方にも訊いてみましょう」
「そうと決まれば早速行動だね。……大丈夫、これが風紀委員だから。仕事は色々あるけど…何よりもまず、困っている人がいたら助ける。それが私達、風紀委員会だからね!」
誰かの為に、自分が出来る事を。そう思うのは、委員長だけではない。遥も、テオも、クラリスも、アクエリアも…全員がそうなのであり、それこそが風紀委員会であり、だからこそ風紀委員会は学園の皆から強い信頼をされているのだ。
迷いも躊躇いもなく同意した四人に驚く空へ、遥がにっと笑って言う。それから五人は、風紀委員会のいつもの音頭を、掛け声を上げる。
「それじゃあ皆、頑張ろう!風紀委員、ふぁいとー…」
『おーっ!』
気合い十分の掛け声と共に手を上げ、五人はしっかりと頷き合う。空という少女の為に、困っている人の為に、それぞれがそれぞれの最善を尽くす。協力して、皆で、解決を目指す。
──青蘭学園。五つの世界において、特殊な力を持つ者達の保護と育成を目的とした、人工島に存在する学園。多くの脅威と戦い、幾度も世界の危機を救ってきた、少女達の過ごす場所。
そこで活動する風紀委員会は、他の組織同様、決して完璧ではない。個人では勿論、全体としてもまだまだ欠点や短所はあり、故に様々な事で苦労し、苦心する。
それでも、彼女達は頑張る事を止めない。頑張る事を、諦めない。だからこそ、彼女達の歩みは止まる事なく…未来へと、
前書きで書いた通り、終わってしまって傷心の私です。何年も楽しく続け、プレイヤー間でのやり取りもあったからこそ、寂しさを禁じ得ません。
ですが、思い出は残るというもの。アンジュ・ヴィエルジュの世界のキャラ達の歩みは消える事なく、私の心の中の世界で、今も続いているのだと、私は信じています。……それに、続編がありますしね!まだ殆ど情報は出ていませんが、アンジュは終わったのではなく、再出発を、リスタートをするだけですもんね!
なんて思えば多少は前向きになれるものの、確かに私の心の中には在り続け、進み続けているものの、やはり寂しいのは事実。だからこそ、思い出と歩みを私なりに残したいと思って書いたのがこの短編であり……読んで下さった方が楽しんでくれたのなら、懐かしさでちょっぴりでも笑顔になってくれたのなら、私としては嬉しい限りです。
ではでは最後に、これで締めましょう。せーのっ!アンジュ・ヴィエルジュ!