【完結】剪枝世界で足掻け穂木よ   作:四ヶ谷波浪

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浄化の炎

「ぼくに殺されるなんて不名誉だろうけど、ごめんね」

 

 異様な光景だった。

 完全な不意打ちを()()()()()()()()()()()()()いなした無名の勇者は緩慢に闇の気配を放つ大剣を構え直した。

 

 既にこちらなど眼中に無い。私の後方を不気味な新緑の目は見通していた。

 

 奴の生気のない青白い肌、この距離からでも放たれる異様な死の気配、執念に燃えギラギラと光る目だけが妙に生々しく、こんな恐ろしい容姿でよくあのグレイグを真実に導いたものだ。ざんばらに乱れた髪はだらりと垂れ下がり、たとえ嗅覚が機能していない人間だろうと奴を見れば死臭を感じるほど壮絶な容貌だった。

 忌まわしいあの日は今ほどの容姿ではなかったとはいえ、一般的には勇者こそ人でなしの風貌、魔物のようにさえ見えるというのに! あぁ悍ましい光の奴隷め!

 

「さぁこいよ、ウルノーガちゃん? ぼくはお前を知っている。お前の狙いも企みも。勇者のチカラはくれてやれない。部下にばっかり矢面に立たせてないでとっとと戦おう。ホメロスちゃんをぶっ殺すのも尋問するのも後でいいよね。

 ぼくがお前をまともな方法で殺せるうちに頼むよ。その方がいいだろう? お前を倒して、役目を終えさせてくれよ!」

 

 膨大な光が勇者の肉体からこぼれ落ちていく。勇者は闇の大剣を構えた手と逆の手でやすやすと大樹に宿る勇者の剣を掴み取り、それも構えた。

 

 散々挑発されたというのに、私は口を開くことさえできなかった。グレイグが、悪魔の子が、そして汚らわしいドブネズミどもがそこにいて、私の後ろにはウルノーガ様がついているというのにどうして。

 簡単な事だ、私はただただ圧倒されていたのだ。叩きつけられるような死の気配に慄いていた。この期に及んで、ただの恐怖で動けなくなっていた。

 

 光に縫い止められる。忌まわしい光が溢れかえり、周囲を照らす。捨て身の勇者はこちらなど見向きもしない。

 

 大樹の葉がざあざあと擦れ合う騒音の中、勇者は吼えた。

 

「僕はお前を殺すんだ! その為に、ここにいる!」

 

 とうとうモーゼフ王の肉体から姿を現した……いや、()()()()()()()()というべきウルノーガ様もまた、驚愕の表情をされていた。勇者が既にここまで成長していたとは想定外だ。先程までは全く計画通りであったというのに!

 

 まったくもって劣勢だ。直感でしかないが、既に私は戦闘不能に等しい。なんの負傷もしていないというのに詠唱のひとつも紡げず、指一本動かせない。対外的には私以上の裏切り者のグレイグだけが私を険しい表情で見張っている。

 

 だというのに、あの勇者、すぐにでも死んでしまいそうだ、と思った。

 膨大な光のチカラを行使しながら、敵を封じ自分の陣地で戦いを強制させる完璧な作戦を実行する。これまでこちらが得ていた情報など役に立たないだろうし、実力を隠していたのを気づかせないというのはそれだけで強者の証明だろう。

 だが。ウルノーガ様に剣を向ける無傷の彼の方こそ瀕死に見えたのだ。

 

 魂を魔に捧げた私よりも、砕け散り摩耗しきり、ほとんど死体となった体を執念だけで動かす化け物だ。ただウルノーガ様を倒すためだけに、ここまで奴は生まれ、育ち、そして死ぬのだろう!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「母さんの声が聞こえる。ウルノーガを殺せって! 至上の命令だよ! 必ずや成し遂げてそっちに行くからね!」

 

 こんなものが()()なものか。かつてのローシュを思い出せ、コレがあのような強い輝きの魂の持ち主なものか。こんなものはデク人形にすぎない。せいぜいが大樹の操り人形よ。まがい物の勇者を十六年間も探し回っていたというのか。

 

 しかし偽物なりによくできている。偽物だが創造主は本物だからだろう、ソレは勇者どころか人間ですらなかったが、勇者の剣を抜くことが許されている。勇者のチカラのようなものを使いこなし、勇者の仲間になるはずだった人間どもを浅ましくも集め、それらしく取り繕って舞台を整え、私と戦うことを望んでいる。

 腕や足から伸びた操り糸が見えるかのようだ。そのようにさせたのは大樹だろうよ。何も知らない哀れな存在なのだ。

 

 まったくもって好機である。勇者の剣を奪い、そのまがい物の勇者のチカラ……いや、勇者の権利と言うべきだろうか……ならば、本物よりもずっとたやすく奪えるだろうし、本物より扱いやすいだろう。

 

 ただ問題があるとすればコレは生きる執着なんてものを持ち合わせていないデク人形であることだろう。紛い物の魂に刻まれた至上命令にのみ執着し、残酷な母に従うだけの存在。懸念すべきは命が惜しくない相手というのは手をつけられないということだろう。

 ゆえに無敵なのだ。後先考えぬ無敵の相手と戦わねばならない。捨て身の相手は厄介である。まぁ、仲間のことはそれなりに大事にしていたようだから、そちらを盾にすればなんとでもなろう。

 

 せっかく手に入れた手駒は気迫に負けてしまったようであるし、そこのところは……まぁ期待もしていない。グレイグが勇者の手を取ったと知った日から非常に不安定であった。ここまで案内役として使えただけ御の字だろう。

 

 しかし。近寄ることさえままならぬ。風を操っているのか、アレの体から吹き出る強い風と鋭い葉がこちらを切り刻む。

 

 おのれ、悲願はすぐそこだというのに。勇者の星の伝承がまるっきり間違っているこの現代において、この私を倒せば邪神がまんまと復活することも知らない愚か者めが。

 

 好機と見たのか輝く剣を携えて、悍ましい人形がこちらに飛び込んでくる。切っ先が煌くのを見て、なんとか受け止めれば逆の手が振るう闇の大剣が襲い来る。体格的に不可能な動きを易々とこなしてみせるか。もうその肉体をもたせる必要はないのだろう。奴の体が軋む音が聞こえてくるかのようだ。

 

 人形を相手取りながらもそれだけではない。奴の仲間たちも当然攻撃してくるわけだ。一旦は引くべきか……人質をとるべきか。

 

 そのわずかな逡巡は、命取りだった。

 

「ベロニカちゃん、ぼくごと燃やしちゃっていいよォ!」

「あたしはそんなに不器用じゃないわ!」

「ベロニカちゃんが完璧でもぼくは枯れ木みたいによく燃えるからねえ!」

 

 宣告通りの炎の魔法は人形に押さえつけられて避けられず、追撃の一撃がこちらの脳天を叩き割ったことだけが最後に認識できたことだった。

 

 炎に包まれる。光に還される。人形が手を振った。

 

 どこかで耳障りな女の声が笑っている。女の声? そんなわけは、まさか!

 

『派手に失敗したのう、わし。

 さぁ行こう。ローシュに一緒に謝りに行かねばな』

 

 ぐいっと手を引かれる。手を引いた相手は溶けるように消えてしまい、ひとりで走り出す。永い永い間胸の中にあった焦燥も、黒い感情もどこかに行ってしまい、途方に暮れる。

 ただひとりぽっちで光に照らされた道をとぼとぼと歩いていると遠くにかつての盟友の背中が見えて、その背につい、

 

「ローシュ!」

 

 嗚呼焼かれる、焼き尽くされる、欠片も残さず。

 

 白い光の中で、振り返った友が、こちらを見て……。


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