【完結】剪枝世界で足掻け穂木よ   作:ryure

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空虚の器

 また新しい仲間が増えるらしい。最初はただそのように思っていたのだけどこれまでとは少々事情が違うみたい。カミュも双子ちゃんもシルビアちゃんも素敵な仲間なのだけども、どこか遠い地で育った人間だ。つまり、出会って初めて人生の枝葉が触れ合ったのだ。

 この目の前の二人はぼくを知っていた。恐らく、母さんに出会う前の、芽吹いたばかりの子葉のころを知っていた。

 

 赤い帽子のロウじいちゃんは実の祖父だと名乗った。ぼくの「母」の父だと言った。母、というのは母さんのことではない。理屈の上では理解している。ぼくは母さんの本当の株分けではないのだから。ぼくの種族は人間であって、しかるにぼくを赤子になるまで腹の中で育てた「母」がいるに違いなかった。なにせぼくの髪の色は美しい新緑ではなく枯れ葉の色であり、根ではなく足が二つあって大地を駆けるのだから、母さんの子であっても人間なのだった。

 

 ぼくは無学な人間だったが、あまり無知ではない、と思う。なにか必要な知識があれば、常にぼくを見ている母さんに紋章を通して様々なことを理解させてもらっていた。人間と会話する機会が少ないという事実も、膨大な知識によって多少は誤魔化される。だからなんとか噛み砕いて状況を理解したのだった。

 

「一応、わかったよ。ぼくは状況的にロウじいちゃんの孫のイレブンという男の子だろうってのは。もちろん覚えてることじゃないし、まぁそうだろうとしか言えないけど、否定の要素もない。このユウシャの紋章や見た目とか、ぼくには変えようもないことだから」

 

 カミュが良かったな! という顔をしているのをちらりと見る。見た目よりも人情深いというか、優しいのが相棒なのだ。カミュにも血の繋がった人間がいるのだろうか? 聞いたこともないけど。

 血縁者がいるのは、カミュの価値観……ぼくとよく似た価値観の持ち主……ではきっといいことなのだ。

 

「ただごめんなさい、小さい時のことはなんにも覚えてないけど……」

「それは当たり前のことじゃよ。今こうして生きていてくれたことが嬉しいのじゃ」

「……うん。あと……イレブンっていうのは、ぼくには馴染みのない名前だから、呼ばれても返事出来ないかもしれない」

「それもそうじゃろう。別の名前で生きてきたのだから、今更名前を変えろなんてことは……」

「あっお前」

 

 カミュが慌ててぼくの顔を見た。カミュも多分、無学な人間だったが、ぼくより何倍も知るべきことを知っている。人間と話し慣れている。だからいつも良い助言をくれるのだが、ぼくは必ずしもその通りにできないのだった。

 きっと、今回も。

 

「おい、相手は血の繋がったじいさんだ。ちっとは優しく言えよな」

「優しく? きつくは言わないよ」

「あー、えっとな、優しくっていうのはあんまりにも直接的な事を言わないってことだ。なんつーか」

「わかった。わかってる。なるべく頑張る。

 あのね、ぼく、名前はないんだ。名前っていうのは人間や魔物同士が互いに区別するための記号だろう? これまで必要なかったから……」

 

 カミュが大きく首を振った。ダメだったらしい。頭でっかちな知識だけで人間とスムーズに話すのは難しいことなのだ。

 

 ロウじいちゃんの隣にいたマルティナちゃんという女性が、ぼくの顔をじっと見ていた。何かついているのかもしれない。

 

「えっと、ずっとひとりぼっちだったって意味じゃないんだ。いつも二株でいたの。でもあまりにも違ったから名前という区別は要らなかった。母さんってあちらを呼んだ。随分前にね、人間の親子をみて真似をしたんだ。母さんはそれを嫌がらなかった。あちらは決してぼくを呼んだりしないから……名前は要らなかったんだ。ぼくはぼく、枯れ草色の髪の、ぼくだ」

「……そう、じゃったか」

 

 なんだか、ぼくはカミュの言うように「優しく」言えなかったらしい。なんだかがっくりとしてしまったロウじいちゃん。悪いことしたな、とは思った。何が悪かったのか分析し、次回に生かさなければならない。カミュならわかっていそうだから、ダメだった理由を聞いてできるなら模範解答も教えてもらおう。こういう対話においてのピンチは助けを待っても誰も助けてはくれないので。

 

「して。『母さん』とは育ての親かの?」

「ぼくが勝手に呼んでるだけだけどね。ほら、あの空に浮かぶ大きな木。ロウじいちゃんも見たことあるでしょ?」

「もちろんじゃとも」

「母さんはぼくが危険にさらされたとき、危険なことをしそうになったとき助けてくれたよ。紋章のチカラの使い方も教えてくれた。そういう時に話しかけてくれてそばにいてくれた。今もぼくを見ているよ。きっとね」

 

 そろそろ親離れしていてしかるべき年齢なのはわかっているのだけども。

 

「これから母さんを目指すんだよね? 初めて本当に会うんだよ。ぼく、楽しみにしてる。母さんの枝に触れたのも初めてで、とっても嬉しい。寂しくってもぼくは木になれないから、せめて近くに行きたかったんだ」

 

 でも嘘はつけないので。ロウじいちゃんに、ぼくは浮き立つ感情を隠さずに笑った。子どもっぽいと思われてしまったかもしれなかったけれど、仕方のない事だった。

 

「えーっとじいさん、オレたちが把握してることでいいんなら補足してやるから。ただ相棒は微塵も……その、悪意とかはないんだ。名前に呼ばれ慣れてないから、新しい名前をつけることも出来ない。相棒とか勇者とか、おいとかなんでもいいから名前ではない呼び方をすればちゃんと気づくんだが……名前で呼ばれることだけはどうにも馴染まないらしい」

 

 カミュが一生懸命ぼくの言葉が足りなかったのを取り返そうとしてくれている。そういうことしてもらわなくてもいいようにならないとな、と他人事のように思う。ぼくはカミュの言葉に耳を傾けて学習することにした。次は失敗しないように。

 

「浮世離れしているっていうか。人間と話し慣れてないというか。コイツ的には植物の方に親近感があるっていうかな。そういうやつなんだ。名前で呼ばなきゃ、変わっているけど良い奴で……ほら知ってるだろ? お人よしで、見て見ぬふりするんじゃなく手を差し伸べちまうようなやつなんだ。大樹の小さな苗木ちゃんっていうか……まだ黄緑のやつだ」

「カミュあんた迷走してるわよ」

「わかってるんだベロニカ。なんて説明したらいいんだこれ?」

「えーっと……」

「どうしましょう……」

「悪いヤツじゃないんだ。一時はデルカダールの下層にいたって話も聞いたがそこで邪険にされても決して盗みをしなかったってんだから頭が下がるぜ……なんか言葉遣いおかしいけど」

「確か、誰にでも『ちゃん』付けするわね」

「それシルビアのおっさんの真似らしいぜ」

「そうなの?」

「なんでも、いたく感銘を受けたとか。尊敬しているらしい」

 

 みんなが話しているから嬉しくなっちゃった。でも、目を閉じて話を聞いていたのがまずかった。ぼくは目を閉じてじっとしている時は速やかに寝るよう習慣づけていたから。あっという間に意識が夢の世界に引きずり込まれていく。母さんはよく寝なさい、とぼくに言っていたのだから何も間違ってはいないのだけど。言っていたっけ。全然話してくれないから、ぼくが勝手に言われたって思い込んでいるだけかもしれないけど。

 

 カミュたちがあれこれ説明しているのを聞きながら。体が重い。背中から根が生えたよう。眠ると大地と一体になって、ぼくは母のもとに行くのだ。ただの夢なのだけど。

 

 ざわざわと葉がそよぎ擦れ合う音、ざらざらとした幹、大地に抱かれて。美しい緑の根元でぼくは偉大な母を見上げ、手を伸ばす。ちっぽけなぼくでは届かないことを知りながら、木漏れ日を顔に受けて。

 

 眠っている方が実のところ楽だ。体を動かすのはいつになっても疲れること。そりゃあそうか。

 

「あら、この子寝ちゃったわよ」

「そんなところじゃ風邪ひくぜ? うわっなんだ地面にへばりついて持ち上がんねえ。体冷えてるぞ」

「毛布でもかけてあげましょうよ」

「そうそう。まだまだ苗木ちゃん、なんでしょ?」

「そういや苗木ちゃんって呼ぶ分には多分返事するが、仮にナエギって名付けたら返事しないと思うんだよな……」

「あらそうなの? 不思議な子ね」

 

 マルティナちゃんらしき手が、ぼくの頭を撫でた。

 

 遠く声が聞こえる。みんなの声だ。ぼくと同じ、人間の声。母さんとは違うけれど優しくて、母さんと違ってそばにいてくれる。触れることの出来る平穏。やわらかで、あたたかで、平和な今を愛している。

 

 これが続けばいいな。根ではなく足を動かし、前へ進もう。みんなが笑顔で迎えるハッピーエンドまで。だって、もう寒くないよ。母さんがぼくのためにあたたかな風を送ってくれなくても。

 

 穏やかで、あたたかで。ぼくはユウシャとして母さんに育てられたのだから。母さんがくれた唯一のこと。芽吹き、育ち、開花して。ユウシャとしての使命を果たして、幸せをつかみ取りたいんだ。

 

 そうするのが、いい子なんでしょ?

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