【完結】剪枝世界で足掻け穂木よ   作:ryure

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存続の赦し

 そこにはカタチが残りました。幸い、欠けのない「勇者」の雛形だけは現世に残りました。大樹は枝を伸ばしました。

 この先失敗したならば、根幹世界を目指し、やり直すはずでありましょう。ならば、とりあえずこの末端世界ではこの雛形を使ってみようと考えたのでした。

 

 そして然るべきのちにどこかの川べりで、赤ん坊が目を覚ましました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「勇者」とは。特別な血を引いているから「勇者」なのか?

 「勇者」とは。高潔な魂を持っているから「勇者」なのだ。

 

 「勇者」たれと十六年間育てられた苗木は、「勇者」であろうと突き動かされて。ソレは一生懸命頑張りました。しかし、どの世界の枝でもそうだったようにこの世界の「勇者モドキ」も失敗してしまいました。

 

 大事な仲間が死んでしまいました。世界最強であると信じていた、少女の死でした。

 世界は焼き払われました。たくさんの人が死に、住まいを追われました。

 魔物が暴れまわり、さらに被害が拡大しました。

 ずっと見守ってくれた、偉大なる母は墜ち、二度と知識を授けてくれることはありませんでした。

 

 ソレは頑張りました。ソレは、正解へ至りました。

 

 ソレは、他の世界の「勇者」と同じように過ぎ去りし時を求めました。

 

 しかしソレは、決して本物の「勇者」ではありませんでした。高潔な仲間たちを見てきたソレは、代償を自分で支払いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 斜陽であった。

 目にもまぶしい美しい黄昏は、しかし世界の終わりと同義だった。時の終わり。世界の終わり。世界の行き止まり。世界のやり直しがまさに今、再び行われようとしていた。

 

「ねえ母さん、答えてくれよ。このところ、何にも聞こえないよ、ぼくの力不足を笑っているの?」

 

 そこにいたのはまだ顔に幼さを残した瀕死の少年。奇妙な方向にねじられ、木の根のような形になって使えなくなった片足をかばいながらここまで体を引きずってきたらしく、彼の後ろには赤い擦り付けたような線が生々しく残されていた。傷の深さもさることながら火傷の残るかんばせ、焦げて短くなった髪、そして痛々しく涙の跡が刻まれている。頬には根を張る植物のようなひび割れがくっきりと浮かび、健常な形をした手は血色悪く枯れ木のような色に変わっていた。

 

「母さん。ねえ、ベロニカちゃんはいい子だった。ぼくよりずっといい子だった。小さくされちまってもひたむきでさ、妹が大好きで、努力家で、ぼくみたいなユウシャを助けようとしてくれたんだ。ベロニカちゃんが生きてる方がいいに決まってるよ。だから戻ったんだ。母さんも好きだったでしょ? 一生懸命で、母さんのことをちゃんと信じてるかわいい子だよ。火の魔法が使えて、この世でいちばん強かったの。でも、死んじゃった。ぼくたちを守るために、死んじゃったんだ。そんなこと絶対にダメだ」

 

 饒舌な少年はなまくらになった剣を握っていた。そしてやわらかい内臓が腹からこぼれ落ちそうになるのを逆の手で抑えていた。見るからに瀕死だと言うのに言葉だけは明瞭で、奇妙なことだった。それは少年の形をした大樹の代行者による世界へ向けた祝福の言葉であり、怨嗟の声なのだからこの世の何物にも遮られないのは当然だった。

 少年は今、半分以上ヒトではなかった。今瞳を閉じて見ることをやめれば、呼吸することをやめれば、今すぐにでも地面に根を張り、緑の葉を茂らせ、大いなる呪いを撒き散らす呪木に成り果てるような存在だった。生誕する前からその肉体に与えられたチカラは暴走し、彼の体を変質させるのに充分だった。 

 しかし今、彼はヒトらしく何かを恨み、ヒトらしく足掻いていたから人間の形を保っていた。その精神性だけはようやくヒトらしいものとなっていて、皮肉にもあれだけ植物と同一になることに焦がれていたのに人生で最も大樹に近い存在となっていた。

 

 その少年は年齢より幼く見えた。つらくてつらくて泣きわめく、幼子のようだった。その内面もまた、幼い子どものそれに近かった。

 ヒトらしさを撒き散らしながら、どんどんヒトではなくなっていく。彼の肉体の時は止まり、流れ出る赤い血は光の粒子に変わり、瞳は新緑に染まっていく。だが彼は嘆いた。嘆いて、嘆いて、悔いていた。ヒトらしく後悔して、憤りをぶちまけた。

 

「母さん、シルビアちゃんとマルティナちゃんは、ぼくを優しく止めようとしてくれたから眠らせたよ。おじいちゃんとグレイグさんは厳しく正しいことを言ったから眠らせたよ。セーニャちゃんはずっと泣いていたのに、ぼくがいなくなるのは嫌だってまた泣いちゃったから眠らせたよ。ね、カミュは傑作だったよ、ぼくが自分の幸せを優先してないって言ったんだよ母さん。ぼくは自分のことしか考えてないのにね。自己中心的だからカミュのことも眠らせて、でもどうしても寝なかったからぶん殴ってきた。なんて酷い相棒だろうね。

 ね、ぼくが悪い子だったからこんなことになっちゃったのかな。悪い子だったからベロニカちゃんは死んじゃったの? 悪い子だったから、たくさんのみんなが焼け落ちて、世界は崩壊しちゃったの? いっぱい死んだんだ。植物も人間も。きっと正気だった魔物も同じ魔物に殺されちゃって、それで、それで……だから、ぼくは戻ったんだ。時のオーブを割ったのに!」

 

 鬱血するほど握りこんでいる剣を杖に彼は起き上がった。途端、ごぼりとおびただしい血を吐き散らし、それは鮮やかな葉に変貌し地面に散らばった。明らかに異様な光景だというのに少年は穏やかに笑っていた。生きているのが不思議なほどの、壮絶な姿だった。

 

「偉大なる母さん。大樹よ。ぼくをお導き下さい。これまでの人生と同じように。偉大なる加護をお授けください。今度はさ、過ぎ去りし時を求めた副作用とやらで……歩けもしない肉体にはしないでよ? 今になって、母さんに近づかなくていいよ。今度は、人間のままみんなを救わせてください」

 

 そして、世界に向かって剣は振り下ろされた。

 

 光の粒子に変貌した大樹の苗木は、時を遡る一枚の葉となって飛び立った。

 

 過ぎ去りし時を求めて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大樹は記録する。「勇者」が「過ぎ去りし時を求める」ということ自体はきっとよい結果を生むと。

 大樹は記録する。「勇者モドキ」では、魂なき虚ろでは強度が足りない、と。

 

 情報は必要である。いつか根幹世界に至るため。

 剪枝世界は記録のために、存在を赦された。

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