【完結】剪枝世界で足掻け穂木よ   作:ryure

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接木の執念

 今度は体になんの問題もない。足の形はまともだし、手だってちゃんと動く。多分流れる血も赤いだろう。魔法も剣も以前の通り使える。ただ永遠のような鈍痛が肉体を支配している。まあいいさ、今回「ねじれ、植物化した」のが体の中身だったんだろう。口の中の血の味が試しに食べてみた全部の食べ物を上書きするけど、動くのに支障はない。我慢してもどうにもならなかった前回に比べてみればなんて運がいいのだろう。体の中にまるで見えない植物が根を張り、ずーっと養分を吸い取っていくかのような痛苦だった。

 

 たった二回しか試していないのに二回目でこんなに良いなんて。ぼくってばやっぱり母さんに愛されている。使命を果たしたら! きっとぼくは小さな木になるのだろうな。構わないさ。昔はあれだけ母さんのような存在になりたかったんだし、役目を果たしてみんなが幸せになれるならそれでいい。

 ぼくは結構な、いや世界一の大罪人だ。みすみす魔王にユウシャの剣を奪われ、多くが失われたのだから。全て終わったあとに待ち構えていることは甘んじて受け入れなくては。大樹の加護の代償としては当然の結果じゃないか。

 

 そして今度は二度とあの過ちを繰り返さぬよう、みんなに教えてもらった人間らしさを駆使して全く違う方法で世界を救うアプローチをすることにした。

 わざわざウルノーガちゃん扮するデルカダール王に会いに行って投獄されることはない。カミュは別ルートで助ければいい。グレイグちゃん……じゃなかった、グレイグさんだって必要も無い罪悪感に駆られることもなくなるし。

 ぼくは素知らぬ顔をして野次馬の一人に話しかけた。

 

「なぁなぁ、この騒ぎはなんだ? 見ての通り旅人だからここらのことには疎くてさぁ。お祭りか?」

「兄ちゃんったら呑気だねえ。これが祭りに見えるかい?」

「まぁ違うだろうとは思ってるけどさ。でもこんなに人がいて、騒いでる。はやしたててさぁ。じゃあ祭りじゃね?」

「アッハッハ! 確かにねぇ! これは祭りじゃなくて公開処刑さ。デルカダールの国宝、レッドオーブを盗んだ大悪党! 地下牢にぶち込まれていた盗賊カミュがとうとう火炙りになるってんで、みんな見に来ているのさ」

「へえ! 火炙り! そりゃなかなか見れるもんでもないや。じゃあおれも野次馬になろうかしら。あ、余所者はお楽しみを見るな! とか言われない?」

「そんなこと言うわけないさ! 見てけばいいさ!」

 

 黄色い歯の下品な婆ちゃんはカラカラ笑った。ぼくは体の震えを抑えながら、ニヤッと返して見せた。上手く笑えただろうか。

 

 あぁカミュ。助けないと。ぼくのかつての相棒! 同じように捨て子の境遇で育ち、同じように幼少期を飢えで悩まされ、同じように無学で、ぼくと違って人間の家族がいる相棒!

 

 ぼくには生まれた時から母さんがついてたけどさ、母さんって所詮はでっかい植物だもん。マトモに触れたこともない。見たことはあるけど、遠いし。話してくれるくらいだ。いや、ぼくがそう思い込もうとしているだけだ。でも、これだけ不運な生い立ちが似てたからぼくたち、いい相棒になれたんだ。ぼくが今度は投獄されなかったからカミュってば、逃げ損ねちまったなんて。らしくない。何かあったのだろうか。デクちゃんが賄賂を送っていたはずだけど。

 でもなんだっていい。あいつにとって初対面の知らないヤツでも、ぼくにとっては大事な相棒なんだから。カミュを助けないと。助けたあとはなんだっていいや。だってぼくの相棒のカミュじゃないんだ。カミュの見た目をした、カミュの人生を歩んできた、別人だ。これはただの自己満足なのだ。みんなを勝手に救うけど、それだけだ。

 みんなぼくのことを知らないままでいい。だから知らない奴がたまたま助けてくれただけってことにする。巨悪を勇者が打ち倒す。それも、そんなウワサを遠くで聞いただけの、ただの人間になるのだ。それでいいじゃないか。

 

 時間を巻き戻すのに失敗して半分植物になったぼくを見てしまい、心臓が止まりそうなほど驚かせてしまったし、今のぼくも多分ちょっと見ただけでは分からないだろうけど人間たちをビックリさせてしまうような醜悪な存在であることには違いない。鼓動のようにどくんどくんと身体が脈打つ。だがきっとこれは鼓動ではない。この濃くなっていく緑の瞳は、太陽を拝むだけでご飯の要らない体の証拠だ。日に透ける緑がかった髪もそう。人間の形をしているだけの、化け物ユウシャこそこのぼくだ。

 

 あぁなんて、ぼくってば! 母さんに愛されているのだろう! 今度こそ早く世界を救う使命を果たしなさいと食事の時間さえ短縮してくれたらしい。資金の問題もほぼ解決である。これぞ完璧な母さんの分け株であり、紛れもない大樹の苗木ちゃんなのである。

 

 ぼくは人だかりを掻き分け、進んで行った。薪の積み上げてある広場の中央に男が引きずられてくる。青い髪、青い目、白い肌……間違いない、カミュだ。全身傷まみれだが、まだぴんぴんしている。

 

 カミュを助けるのはわりと簡単だ。前に飛び出していってカミュに触れながらルーラでも唱えてトンズラすればいい。人が不意打ちに弱いのは知っている。成功するだろうと思った。でもとりあえずは様子を見る。カミュが大人しく処刑されるはずなんてないし、どうしてここまで抵抗しなかったのか、それとも抵抗が許されなかったのかが気になったから。

 いつでも飛び出せるように最前線まで出た。険しい表情のグレイグさんと真顔のホメロスちゃんが両方揃っていてなんとも居心地が悪い。もちろん今の状態だとグレイグさんだって敵だろうし。

 

 処刑の見届け役か、はたまた執行の号令のためか。威圧的な表情のグレイグさんに髪の毛を掴まれて顔をあげさせられるカミュ。ぼくはぐっと堪えて、機会を伺った。カミュは随分とボロボロだったが、五体満足ではあった。

 目を腫らしたカミュがこちらを見ている。ぐるーっと見回して。誰かを探しているみたいだった。やっぱり元々の相棒のデクちゃんかな?

 

 その時ふと、カミュがぼくの方を見た気がした。

 

 何か言ってる。グレイグさんに。痛いからやめろって言っているのかな。なんにせよ火炙りするつもりなら処刑相手を離さなきゃどうにもこうにもならないだろうし、グレイグさんがカミュの髪の毛を離したらカミュを引っ掴んでルーラしよう。ぐっと足にチカラを入れて構えた瞬間だった。

 

「見つけたぞ! 相棒!」

「あの茶髪の男だ! 悪魔の子をひっ捕らえろ!」

 

 あっと声を上げる間もなく、引き倒され、拘束されるぼく。戦闘経験は豊富とはいえ激痛が常にあるというコンディションが悪い状態でものすごい多勢に無勢では何ともならないというかまともな抵抗もできなかった。

 いや。なんというか。何故か消えたはずの記憶を覚えているらしいカミュに売られたのがあまりにもショックだったのだ。ぼくにも人間に裏切られてショックを受ける、なんて人間らしい感情があったんだね。グレイグさんの方は覚えてないのかしら。覚えていないから「悪魔の子」なんて懐かしい呼び方をしたのだろうけど。

 

 カミュ。なかなか前のように投獄されに来ないぼくに裏切られたと思ったのかな。そうだろうな。じゃなきゃカミュがぼくを売るはずないよ。カミュは人一倍ぼくに優しかったんだ。

 ……その優しさが、マヤちゃんへの贖罪のための、罪悪感から来るものだとしても。

 

「久しぶりだな相棒」

「……うん」

 

 声は存外に優しかったように、思えた。多分ぼくがそう思いたかっただけなんだろう。顔なんてとても見れなかった。でも、そういうわけにもいかないから顔を上げれば、うっすら微笑んでいるような気さえした。自分の身勝手さに嫌気がさす。

 辛かった。辛いって感情に最近突き動かされているような気がする。こんなに人間って辛いと思えるんだ。やっぱりぼくは母さんと違って人間なのだなあ。それも辛い。

 カミュはだって、相棒だ。話さなくたって伝わるんだ。カミュはとても真剣な目をしている。なぁ相棒、また会えたなって喜んでもいる。なのに、ぼくを売ったのだ。そりゃあそうさ、カミュからすれば先に裏切ったのはぼくの方だ。

 

 カミュは静かな目をして、ぼくに狼狽えるなと言っていた。ああ、わかったよ。ぼくはここで、君に糾弾されよう。それで少しでも気が晴れるならいい。ここで死ぬ訳にはいかないけれど、少しくらい痛みが増えたってどうということはない。ぼくの頬を思いっきりひっぱたいてくれよ。なぁ、拳で殴ったっていい。

 こんなに傷だらけで。きっと辛かったろう。それでもぼくを信じてたんだよ。なのにぼくは来なかった。とうとう火炙りにされるって時になって顔を出した。カミュがどれだけ優しい人間だとしてもそりゃあ怒るさ。 

 あんまりにも長い間待ってたからあの脱出口がバレてしまって折檻されてしまったのかもしれなかった。デクちゃんも捕まったのかもしれなかったし、そうだとしたら全部ぼくのせいなのだ。

 

「グレイグ。お手柄じゃないか。どこで知り合ったのか知らないが、国賊のカミュが悪魔の子と知り合いとはな」

「あぁホメロス。たまには俺もお前のように策略をと思ってな。少し減刑してやってもいいとそそのかしてやったのだ。ホメロスならばどのように言うだろうと考えてみたのだが、お前のように上手くやれたか?」

「……いやはや驚いたなグレイグよ、本当に上手くやってみせたな。我らが王も誇らしいだろうよ」

「ホメロスの真似をしただけだ」

 

 ホメロスちゃんは今もきっとグレイグさんを殺したがっているけれど、ウルノーガちゃんの前だからさすがにやらないようだった。それどころか純粋に驚いているように見えた。相変わらず、知っていれば魔物のような焦げ臭い匂いのする人間だ。遠くて見えないけれど、きっとあの目の奥には今も悲痛な闇が渦巻いている。母さんが倒すように指し示す、闇の手先だ。

 倒せ、倒せとぼくを突き動かす声が聞こえる。母さんはもうぼくと繋がりがないから、間違いなく幻聴なのにね。

 

 ぼくを捕まえたことは、何も知らないグレイグさん的にはお手柄のはずだけど、表情が油断していない。険しいままだった。

 

「おい、事情聴取のため国賊カミュの処刑は一旦取りやめだ。悪魔の子と共に再度地下牢獄に叩き込め!」

 

 両腕をぐいっと掴まれる。

 

「はは、痛いよ。もう少し丁重に扱ってくれよ」

 

 ぼくは強引に振り払うことも出来たけど、やめた。なんだか全部報われていないような気がしてやるせなく、そのくせそれはただの被害者意識に過ぎないとわかっていたから。

 とりあえずは殺されそうにないし、身を任せることにした。この場でカミュを連れて逃げようにも兵士たちにこんなにがっちり掴まれてちゃルーラに巻き込んじゃうだろうから。

 

「ぼくは悪魔の子なんだろ? 痛い思いをさせるなら、悪魔らしく目の前のやつの喉元、食い切ってくるかもしれないぜ。まぁやらないけどね」

 

 投げやりに身体の力を抜く。絶対に歩かないぞ。担架でも持ってこい。全身の痛みに耐えながら自分で動いてやる気にはもうなれなかった。

 

 目論見通りテコでも動かなくなったぼくは無理やり担架に乗せられてえっちらおっちら地下牢に運ばれたのだった。いっそここで根を張ってやろうか。

 今ならこのジメジメしたクソッタレな地下牢を上にぶち破って大輪の花を咲かせられる気がする。

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