「なぁ」
カミュはとても気まずそうだ。ということを理解できるくらいには、前より人間の感情が分かるようになってきた。過ぎ去りし時を二回も求めたからか、今のぼくは母さんとの接続がもはや皆無だった。だから頭の中にある知識だけで勝負しなくちゃならない。
この世界の大樹も母さんなのだろうけど、どことなくぼくに戸惑っているような……いや、もしかしたら呆れているのかもしれなかった。ぼくは一度失敗し、せっかくやり直しの機会を貰ったのに二回目の失敗をしたのだから、なんて出来の悪い苗木だと思ったことだろうし。
母さんは、ぼくのことを決して呼ばない。ユウシャとさえ呼ばない。ユウシャのチカラをくれて、知識を分けて、それだけだ。話しかけてくれることもないし、ただそこに「いる」。
だから怒ってるとか呆れてるとかも分からないといえば分からないのだけどね。
「なんだいカミュ。怪我は痛くないかい。あ、この時期はまだ名前知らないはずだっけ……いやカミュは覚えているみたいだし……えーっと、敬意を込めてカミュちゃん?」
「カミュちゃん呼びは女みたいだからやめろって言っただろ……」
「女みたいっていうのはよく分からないけれど。ねぇ、怒ったの。ぼくがなかなか来ないから……」
「そういうわけじゃねえよ。グレイグのおっさんも覚えていたんだ。だからこうしてうまく合流するために一芝居打ったってわけさ。まぁお前がなかなか来ないから何かあったんじゃないかって心配してたんだが……」
「……今がいつなのかわからなくって。ラムダからルーラで世界を飛び回ってなんとか理解してたらこんな時間になっちゃったんだ。もちろんラムダの双子ちゃんはとっくに旅立ってて会えなくって……そっか。グレイグさんも覚えていたんだね」
言い訳だ。言い訳というのは良くない。事実だとしても言い訳だ。仲間たちの中で一番最初に命の危険があったのはカミュなのだからデルカダールにいの一番に来るべきだった。後悔がぼくを押しつぶす。
「じゃあ早くこればよかった。こんな場所から早く一緒に出て行くべきだった。グレイグにだって、望まない悪役をさせることになった……前は皆覚えてなかったから今回もそうだと勝手に思い込んでた……」
「前?」
「……詳しい話はあとにしよう。ほら、デルカダールの双頭の鷲グレイグ将軍のお出ましだ。相変わらずでかいのなんのって、大木かな。ぼく、前はすっごく怖かったんだよ。やっぱり大きいってそれだけで強いことじゃないか。遮られて、太陽の光全部奪われちゃうし」
「……今いいか?」
「いいよ、グレイグさん」
カミュを向かいの牢屋から出したグレイグさんがおずおずと口を挟んだ。前はあんなに威圧的だったのにそうじゃない。覚えている証拠だろう。なんだか背中を丸めて小さくなっているような気がした。天井はそんなに高くないけど、グレイグさんの頭がぶつかるほどじゃないだろうに。ぼくが前怖がっていたのを覚えていてくれているからなのかな?
「ホメロスとウルノーガが勘づく前に行くのだろう?」
「うん。ルーラで抜け出そうじゃないか」
頭をぶつけそうだけども、建物の中でも洞窟の中でもお構い無しに発動して好きなところに行けるのがルーラだ。格子越しにグレイグさんの手を掴み、逆の手でカミュの手を掴む。
「相変わらず冷てえ手だな。早く飯にしよう」
「そうだね!」
カミュはことある事にぼくをあたたかだけども恐ろしい火の前に追い立てる。みんなもぼくにあたたかい食事をしこたま食べさせようとする。体温が低いらしいから心配させているのだと思う。でもぼくにとってはこれが普通なのだけど、手先とかは氷のように冷たいらしい。ぼくの感覚がおかしいわけじゃない。ちゃんと寒いのはわかるけど、今は普通なんだけどな。
小さいころ。デルカダールの下層に住み着いていたころ。ぼくを文字通り箒で道端に掃き出した知らない人は、死体みたいに冷たい手をしているからきっと長くないって言ってたんだけど。まぁ今は今にも死にそうなくらい全身痛いけどさ。全然ぴんぴんしている。あれから十年くらい経っているのかあ。
「いくよ」
とりあえず双子ちゃんも覚えているならホムラにいるだろうし。あ、前のことを覚えているなら今度はベロニカちゃん、デンダちゃんに魔力を取られずに大きいままかもしれない!
世界でいちばん強いベロニカちゃんがもっと強いかもしれないな! 心強い!
ぼくはカミュに見放されていなかったことがうれしくって、グレイグさんが最初から味方であることが心強くって嬉しくなった。さあ仲間を集めて! 今度は誰も失わないように、ウルノーガちゃんを倒さなきゃ!
ソレは本物の「勇者」ではありません。それどころか本物の人間ですらありません。自分の正体を知らないまま、ソレは指し示された通りに動きました。
ソレは想定されていたよりもずっと人間のような言動をしました。
ソレは穂木でした。使命を認識する前に死んでいった、「勇者」の穂木でした。