しんしんと積もる雪を、窓からぼうっと眺める。今頃カミュは久しぶりに大事な妹ちゃんとおしゃべりしていることだろう。ぼくは邪魔したくないしこうして宿屋のあったかいところに退散させてもらったけど。他のみんなはどうだろう。みんなもあったかいところにいるのかな。カミュたちもせっかくなら場所を移した方がいいだろうに。
でも思い出に浸るも大事なのかなあ。ぼくが育ったあの森も……案外行ってみたら懐かしいかもしれないな。
随分ぼくも「情緒」ってものを理解ができるようになってきた気がする。
ぼんやりしていたら、部屋の入口にいつの間にかベロニカちゃんが立っていた。もちろん、あまり見慣れない大きな姿をしている。ミニスカート、寒くないのかな。言ったら怒られそうだけどクレイモランじゃ寒いよね。あったかい服を不思議な鍛冶したら着てくれるだろうか。新しく作るのはなにか不都合があるとしても、彼女のサイズはセーニャちゃんの流用で大丈夫だったし、セーニャちゃんのロングワンピースでもまだマシだと思うのだけど。
なんて。口に出さないほうがいい。ベロニカちゃんは自分でそれがいいと思っているからその恰好をしているんだ。
「ねぇ」
「なにかな、ベロニカちゃん」
「無理してるでしょ。どこか怪我してるとか体調が悪いとかあるでしょ。ベロニカさまはお見通しなのよ。そういうことはすぐ言いなさいよ」
「怪我なんてないよ。セーニャちゃんの回復魔法、一応かけてもらおうか?」
「……」
「ベロニカちゃんはお姉ちゃんで、心配性だ。だから寒くって縮こまっているぼくを心配してくれたんだね」
「誤魔化さないで」
「誤魔化してなんかないよ。服脱いで見せてもいい」
「……分かったわよ」
ぼくはもう、自分の表情がどうなっているのかもよく分からなかった。痛いというのも最早よく分からない。だからむしろ何も辛くなかった。体は動くし。
仲間を集め終えて、むしろホッとしているぐらいだ。ウルノーガちゃんを倒しに行くのはもうすぐ。そうして、ぼくはやっと休めるわけだ。
ベロニカちゃんが無事で。あとは母さんを守るんだ。そのあとウルノーガちゃんを倒して、それでおしまい。
眠気混じりの疲労がぼくの体を占領している。早く眠ってしまいたい。でも、悔いは残したくない。このあたたかなみんなが、今度は泣かずに済むように。
セーニャちゃんの長い髪。ベロニカちゃんが元気なこと。全部、良かった。あとは母さんのところで決着をつけるだけなんだ。
「……何考えているの」
「すっごくねむいんだ」
「あら、あたしがいるのにねむいなんて」
「ベロニカちゃんは最強の女の子だから、いるだけで、ぼくはとっても安心なんだよね」
「たまに言うわよねそれ。なんであたしが最強なの?」
「メラが使えるからね」
「それが理由?」
「そうだよ。誰だって焼かれたら死んじゃうでしょ」
「剣で斬られても死ぬ時は死ぬわよ」
「まぁ……そうかもね。でもさ、枝が切られても、幹が無事なら大丈夫でしょ。そういうことさ。火は最強、ベロニカちゃんは世界最強」
くすくす笑ったベロニカちゃんはぼくの隣に座った。ちょっとは心配も晴れたのかな。
そのままそっとぼくの手を取って、随分びっくりしたみたいだった。
「なにこれ冷えすぎよ! メラであっためてあげましょうか!」
「いいよ。大丈夫。そろそろ寝ようかな。あれ……」
「カミュが戻ってきたみたいね」
ぼくが眺めていた窓の向こうでカミュがぼくらに気づく。ずんずん近寄ってきて、ベロニカちゃんがぼくの手を握っているのを見て。
なんかすごく笑顔だね。楽しそう。そんなに妹ちゃんとの話が良かったのかな。ぼくも母さんと話してみたいな。
窓越しにヒューっと口笛を吹かれたのが聞こえた。
「なんで口笛? 魔物が出ちゃうよ? 町の中だし大丈夫か。なんで?」
「……あっ! アイツすごい勘違いをしているに違いないわ!」
ベロニカちゃんがさっと立ちあがってカミュのところに走っていく。バタンと扉が閉まって、誰もいなくなった部屋の中が静まりかえる。
「ねむ……」
ベッドに座る。勢いそのままばったり倒れ込む。ご飯はまだだけど、時間になればきっと起こしてくれると思うから、甘えちゃおう。ひと眠りしないと口にものが入ったまま眠ってしまいそうだから。
食べなくても平気だけど、みんなを心配させるくらいなら腹にものを入れたほうがマシなだけで……汚い話をするとそのまま出るというか、吐いた方があとあと楽だとか、そういう状態だけども。
「……起きてる?」
眠りに落ちる寸前、小さなノックの音が聞こえた。ベロニカちゃんが戻ってきたのか、はたまたカミュがごはんに呼びに来たのか。そう思って重い頭を持ち上げようとしたけど、眠くって眠くって力尽きた。カミュならザメハをかけてくれるはず。
「……眠っているの?」
誰の声だろう。もうそれもわからない。ものすごくねむいんだ。ちょっとだけ眠らせて。なんとか最後の力でそう言おうとして。
「ごめんねイレブン、……」
ぼくを、決して名前で呼んではいけないよ。呼んじゃダメだ。ぼくはその人じゃない。いつかその名前を付けられるべき人がいるはずだ。そう言いたくって、でも。次の瞬間には眠りの世界。
ぼくは「イレブン」じゃない。他の何者でもない。名前を付けられていい存在じゃ、ない。