【完結】剪枝世界で足掻け穂木よ   作:ryure

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なしのつぶて

 預言の勇者さまはかなり変なヤツである。胡散臭い「預言」に導かれて勇者の相棒を名乗っている盗賊崩れも十分変なのだろうが、勇者さまもかなり変なヤツだ。

 

 色々と変なやつだがまず、名前が無い。ぶっちゃけ不便だ。なんて呼べばいい? 育ちを聞くに、この歳まで名前をつけてくれる相手がいかったんだろうが、そういう育ちのやつだって普通は自分で適当に名乗ってるもんだ。デルカダールの下層にいたこともあるらしいんだから、まさかひとりだったからって、この最近まで名前の概念すら知らなかったわけじゃないだろ。

 ちゃんと名乗った相手の名前は呼ぶしな……。

 

「なぁ……」

 

 「よろしくカミュ。お返しに名乗りたいところだけどぼくには名前がない。だから何とでも呼べばいいよ」とごく当たり前の顔をしてのたまってきた出会いの日を思い出す。なんつーかその前に「俺の名前はカミュ。覚えておいてくれよな……」とか思いっきりかっこつけて名乗った俺に対してのタチの悪い意趣返しかと思ったぜ。

 どうやら悪気はないらしい。

 

「……」

 

 というかだ。育ちが育ちのせいでそもそも他人に呼ばれることに慣れなさ過ぎて、ハッキリ呼んでも気づかねえんだよな。肩を叩くとか、目が合ってでもない限り。無視しているわけじゃないってのが哀愁を誘うというか、勇者さまなんて、実際会ってみるまでは如何にも高貴そうな人種だと思ってたが、そういうわけじゃないもんだ。

 高貴な人間というよりは俺のような底辺で生まれ育った人間の方が感性が近い。明日どころか今日の食事にすらありつけず、あたたかな寝床を知らず、その上家族もいない。特別な人間らしく、大樹を母と呼ぶが……ここまで助けて貰っていたわけじゃねぇな。

 

 どんなに金やお宝を貰っても割に合わない「勇者」とかいう大層な役目を与えるなら、前払いとしてなにか人並みに育てるようにしてやればいいのによ。

 

 そういうわけで、浮世離れした勇者さまが生まれたわけだった。真横で「なぁ」つってんのに返事しねえ程度の……。耳は聞こえているよな? 聞こえているはずなんだが。

 

「なぁ」

「あ、ぼく?」

 

 ようやく振り返る。マジのキョトンとした顔だ。本気で自分が呼ばれてないと思ってたのか? 嘘だろ?

 

「あぁそうだよ。名前もなしにどうやって呼べって言うんだ」

「なんでもいいよ。なぁでもおいでも」

「いや不便だろ……てかなぁで返事してねぇだろ……」

「そうかな。じゃあ『名無し』でもいいよ。ぼくにとっては別に蔑称じゃないから気にしないで」

「相棒をそう呼びたくないの、分かってくれよ」

「じゃあ『相棒』で。カミュもそうやって呼ぶでしょ」

「二人とも、何話してるの?」

 

 押し問答を見かねたのか、単にうるさかったのか。ベロニカがやってくる。

 

「呼び名がどうとかそういう話だよ。なんでもいいじゃない、ねぇ? ぼくに名前はいらないよ。今更覚えられないって。慣れてないし、咄嗟に反応できないさ」

「ゆっくり慣れたらいいじゃない? 別にしっくりしなくてもいいと思うわよ。不便なのは確かだし」

「えー……まぁ、ベロニカが言うならそうだろうけど」

「おい」

「カミュが言うのならそうだろうけど!」

「おう」

「でもいいよ。勿体ないだろ。ぼくは悪魔の子らしいし、たまたま同じ名前の子が可哀想じゃないか。後ろ指を刺されてしまうよ」

 

 最もらしいことを言って誤魔化そうとしているのが見え見えなのには気づいていないらしい。純真な、人馴れしていない勇者サマ。嘘も誤魔化しも赤ん坊並み。まだセーニャの方が嘘をつけるってレベルだ。

 どうやったらこんな人間になるのか一度「お母様」に聞いてみたいもんだ。

 

「あら、本当は勇者なんだから気にしなくていいのよ。ちゃんと認められる日が来るの。むしろ縁起のいい名前になるんだから。

 というかあたしたちがラムダから来たっていうのにそんな弱音を吐くなんていい度胸ね? 今に世界中で認めさせてやるわよ」

「ベロニカが言うならそうなるんだろうけど、じゃあそうなってからにしよう。頼むよ。今はいいだろ?」

 

 ベロニカのことはいつからか異様なまでに尊敬しているらしいので聞き入れるかと思ったが。案外頑固だな。

 

「世界を救ってから名前をつけるつもり? それじゃあ遅いわよ。少しずつ名前を広げていかなくちゃ定着しないわ」

「定着しなくていいよ……ほら、ユウシャって称号があるじゃないか。先代勇者の名前だってぼくはベロニカとセーニャが教えてくれなきゃ知らなかったよ? カミュは知ってた?」

「ん? あー……まぁ俺は勇者の預言を聞いてからちっとは調べたからなぁ。覚えてはなかったがどっかの本で名前を見たかも……」

「へぇ、カミュって本読むの?」

「読めなくはないってだけだぜ? 普段は読まねぇよ。

 じゃねぇよ。話そらすんじゃねぇ。お前の名前をどうするかって話だ。いっそ物語からつけてやろうか? 物語でありがちな名前ならありがち故に悪評なんてつかねぇだろ? なんでもいいしあとからもっと考えて変えてもいい。どうだ?」

「……やめておこうよ。反応できる自信は全くないよ。意味がない。なんとでも呼べばいいけど、名前だけはダメ。ぼくには勿体ないよ」

 

 頑なに首を振り、突っぱねられる。まだ距離を詰めるには心を開いていないということなのかもしれなかった。まずったかな、勇者さまに嫌われなきゃいいんだが。

 なんだかんだ絆されているとはいえ、俺は打算でここにいる。預言者曰くの、贖罪のためなんだ。そのチカラを使ってもらうまでは少なくともコイツを守らなきゃならねえし、信頼を勝ち取る必要がある。嫌われるなんて以ての外だ。

 

 最近は、なんつーか危なっかしくって見てられねえで、らしくもなく世話焼いちまうけど。デクの時といい俺って世話焼きなのかもなあ。昔からこんなに要領よく動けてたら、マヤも……。

 いや。いや、いや! 無駄なこと考えるなんていけねぇ。そんな後悔したって腹は膨れないし、マヤは戻らない。

 

「わかった、わかった。じゃあまた今度な」

「今度もないよ」

「気を悪くしないでくれよ……」

「? してないよ。ぼくが気を悪くするようなこと、あったかい?」

 

 そうだ、こいつは変なヤツなんだった。心底まったくもって毒気のない「気を悪くしていない」きょとんとした顔を向けられて思い出す。

 嫌がっちゃいるが、別にそれで嫌な思いはしてないってか。

 

 わけわかんねえ。わけわかんねえけど俺がこいつの立場で、どうしても譲れないポリシーをねじ曲げようとされたら口ではなんと言おうとも嫌なものは嫌なんだがなぁ。

 

 なんて考えていると、ベロニカが手招きしてきた。何? 屈めって?

 

「あとでしれっと名前を呼んでみて定着させたらどうかしら」

「真横でハッキリなぁって呼んでも反応しねぇやつがいきなり付けられた名前なんて分かるか?」

「……それもそうね。じゃあどうしてこんなに嫌がるのか理由が分からなきゃどうしようもないわね」

 

 あの時はそれだけだった。たしか。それなら何回か不意打ちで試したり勝手に名付けたことを宣言したり、なんなら赤ん坊が名前をつける瞬間に立ち会うまでしたがどうにもこうにもこいつの「名前嫌い」……いや、「名前呼ばれ嫌い」と言うべきか? は直りやしなかったのだ。

 

 なんつーか、あれほどまでに嫌そうな顔をされたことがない。

 

 さいごのさいごまで。どんなに理不尽な目にあっても。

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