やはり俺にモテ期がくるのはまちがっている。   作:滝 

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プール掃除でイチャついていると、お約束の展開になるという話。

 一色いろはが正式に奉仕部へ入部した翌日の放課後。

 ホームルームの終わった教室は雑多な雰囲気で包まれ、言葉と足音が行き交っている。その中で俺は机に突っ伏し、やる気ナッシングエルス状態だった。まったくこれからのことを考えると、溜め息をつくしかない。

 

「八幡」

 

 そんな俺の上方から、天使の声が降り注いだ。

 緩慢な動作で見上げると、そこには俺を覗き込んでくるさいちゃんの顔がある。優しげな視線もまさに天使。やる気ゲージが増えてきた。

 

「おぉ⋯⋯さいちゃん」

「なんだかお疲れだね?」

 

 そう言ってくてんと倒した首が可愛らしい。しかし、疲れてはいない。これから疲れる予定であるというだけだ。

 

「ああ、今から肉体労働が待っててな⋯⋯」

 

 そう言って見た窓の外は、恨めしいほどの晴天が広がっている。梅雨の晴れ間だからそれほどカラっとしているわけでもなく、外はただひたすらに暑いのだろう。っていうか今この時点で、もう暑い。

 

「部活?」

「罰ゲームと部活の半々ってところだな。これからプール掃除だ」

「本当に色んなことやる部活だね」

 

 プール掃除という言葉が意外だったのか、さいちゃんはくすりと可憐に笑った。ああ⋯⋯癒されるなぁこの笑顔。汗みどろになるのが分かりきっている部活に行かず、このままさいちゃんとお喋りしていたい。それから千葉に行ってアイスクリーム屋で別々の味のアイスを買って、食べさせ合いっこしたい。何それ最高⋯⋯。

 

「ごめんね。ぼくも部活がなければ手伝えたんだけど⋯⋯」

「いや、いいって⋯⋯。謝るのもおかしいだろ」

 

 甘美な妄想を繰り広げていると、さいちゃんは本当に申し訳なさそうに手を合わせた。こんな可愛いのに性格までいいとかさいちゃんマジ天使。

 さいちゃんはこくりと小さく頷くと、「そう言えば」と続ける。

 

「もうすぐ夏休みだね」

「だな」

 

 気の早いヤツなら、もうカウントダウンを始めているかも知れないぐらい、夏休みは近くまでやって来ていた。俺があだ名通りのヒッキーになる季節の到来だ。いやあだ名の由来が引きこもりかどうかは知らんけど。

 

「八幡は何か予定あるの?」

「いや、特にないな」

 

 一応俺も部活には所属しているが、奉仕部の活動内容的に夏休みまで何やかんやあるとは思えない。何か依頼でもあれば別だが⋯⋯もし仕事が来ても海外よろしく「バカンスだから」の一点張りでお断りしようそうしよう。それで俺はさいちゃんと出かけたりするのだ。さいちゃんとなら外出も辞さない覚悟である。

 

「じゃあさ、どこか遊びに行こうよ。夏休みの間に」

 

 その俺の心を読んだかのような発言に、心底驚いた。

 え、マジかそれ。夏休みデートじゃん。プールか? 海か? 俺はさいちゃんの水着姿が、見たい──!

 

「行こう。地の果てでも」

「あはは⋯⋯。市内でいいかな」

 

 俺の勢いに、さいちゃんは若干引いていた。市内でももちろん問題ない。さいちゃんと出掛けたなら、例え行き先が稲毛の浜でもオアフ島のビーチに感じるだろう。

 

「じゃあ、男同士の約束だよっ」

「おう⋯⋯」

 

 ぱっと花が咲くような笑顔はめちゃくちゃ明るいのに、俺の声音は少し暗くなってしまう。

 そうなんだよな、さいちゃんの中では男同士になるんだよな⋯⋯。こんなに可愛いのに⋯⋯。

 

「それじゃ、八幡も部活頑張ってね」

「ああ、さいちゃんもな」

 

 鞄を持ち上げながら手を振るさいちゃんに、俺は手を振り返す。

 本当、俺とさいちゃんがラブコメできないのはまちがっている。

 そんなことをつらつら考えながら、俺も鞄を取って席を立つのだった。

 

 

   *   *   *

 

 

 教室からプールに直行すると、待っていたのはむわりと嫌気がさしてくるほどの熱気だった。

 

 予報通りの好天、ジリリと肌を焼く日差し、プールサイド、それから制服姿の女の子。

 青春の一ページが、今まさに書き綴られているようなシチュエーションなのだが。

 

「せんぱーい、まだですか?」

 

 このプール掃除という仕事を本来仰せつかったはずの後輩は、プールサイドに腰掛けぷらんぷらんと制服のスカートから生足をのぞかせている。おかしい。何で俺だけこんな汗水垂らして働いとるんじゃ。

 

「まだですか、じゃねぇよ。お前もやれ」

「だってー、まだヌルヌルしてるんですもん」

 

 そう言って一色は、ぷしゃっと俺がブラシをかけたところにホースで水をかけた。どうやらこれで立派に手伝っているつもりらしい。あと危ないからノズルをジェット噴射にするのやめなさい。

 

「ほら、ちゃんとわたしが歩けるようにピカピカにしてくださいね」

「お前なぁ⋯⋯」

 

 まあ、なんとなくこうなることは予想していたから、それはいい。ただねえ一色さん⋯⋯その生足ぷらぷらは危なっかしいから控えて貰えませんかね。色々見えちゃいそうだから、いろいろ。

 そんな邪念を振り払うように、俺はゴシゴシと力を込めてブラシを動かす。っていうか何でこれ、俺たちがやってるんだよ。一番使うの水泳部なんだから自分たちでやれよな。

 

「あっついですねー」

 

 一色はそう言いながら、ノズルをシャワーに切り替えて自分の脚に水をかけていた。瑞々しい肌にかかったキラキラ光る粒が、つるんと弾かれてプールの底に落ちていく。本当一色さん、無防備すぎん? 見るからに滑らかな肌とか、健康的なふくらはぎとか、すごく目のやり場に困るんですが。

 

「せんぱーい」

「今度は何だよ⋯⋯」

 

 額の汗を拭って、ゴシゴシとプールの底を見つめながら答える。

 それにしても結構綺麗になってきたし、ちょっと楽しくなってきたな。よーしもっとお掃除しちゃうゾ☆ ゴシゴシゴーシっと。

 

「さっきから見すぎですよ」

 

 一色の一言に、一瞬時が止まった。いやきっと気のせいだ。ゴシゴシゴーシ⋯⋯。

 

「⋯⋯どこも見てねぇよ」

「ふーん⋯⋯」

 

 俺の返事に、シラっとした視線と声が返ってくる。大事な部分は何も見えていないのだから、これはもう見ていないのと同義だ。そういうことにしておこう。

 一心不乱にプールの底を擦っていると、いつしか背中はべっとりとシャツが張り付き、髪からは汗が滴り落ちてくる。一色もそろそろ下りてきて手伝って欲しい。そもそも俺の方が手伝いのはずなんだけど。

 この仕事は一色の依頼でもあるし、一色にとって奉仕部として初めての活動であると言える。最初からこの調子では困るのだが。

 

「なあ、一色」

 

 俺はプールサイドで未だぷらぷらと生足を遊ばせている後輩を見ると、しかとその目を捉えて言った。

 

「なんで奉仕部に入ろうと思ったんだ?」

 

 昨日からずっと喉に引っかかっていた問いを言葉にすると、随分気持ちが楽になった気がした。まともに答えてくれるかどうかは分からないが、聞いただけでもスッキリするものだ。

 

「入りたいと思ったからですけど」

「じゃなくて、そう思った理由だよ」

 

 想像していた通りのすっとぼけた答えに、俺はトンとブラシを立ててそう返した。

 もしも許されるのなら、本当の理由を知っておきたい。分からないまま闇雲に時を同じくするのは、可能な限り避けたかった。

 雪ノ下は言わずもがな、一色が俺たちと関わろうとするのは今をもってしても謎だ。その様子には俺たちとの関係に拘泥(こうでい)しているとすら感じる。

 

「そうですねー。あえて言うなら」

 

 一色が身動ぎすると、ブラウスの白が眩しい陽光を照り返した。

 抜けるような青空を背負った彼女は、口端だけで笑う。

 

 

「誰かを通してじゃなくて、ちゃんと私の目で見ようと思ったから、ですかね」

 

 

 ぴゅぅ、っと吹き抜けた風が、亜麻色の髪を揺らした。

 ついでにスカートまではためかせて、俺は思わず視線をそらす。

 

 ああ、やはりか。

 

 確かに答えはあるはずなのに、彼女は語らない。

 

「何の話だよ」

「さあ、何でしょう?」

 

 いつかと同じで、まるで禅問答だ。しかし俺にも、無理に聞き出すつもりはなかった。

 

「⋯⋯わけわかんねぇよ」

 

 言い捨てて、またブラシを握った。喋ってばかりじゃ終わらない。プール掃除は、まだ半分どころか四分の一も終わっていなかった。

 

「よっ、と」

 

 一色はようやくプールにおりてくる気になったらしく、俺の隣に来るとホースでそこらを洗い出す。いやブラシ使ってくれませんかね⋯⋯全然終わらないんですけど。

 

「ところでこの部活って、夏休み何してるんですかね?」

「知らんけど⋯⋯。流石にわざわざ学校は来ないんじゃねぇの」

 

 結局何か、喋ってばかりだ。スラックスの裾を捲くりあげて顕わになった(すね)に、水飛沫が当たるのが気持ちいい。

 

「あ、じゃあ合宿しましょうよ。学校の合宿所使うのはどうです?」

「俺に言うんじゃねぇよあと行かねぇ」

 

 って言っててもまた強制参加させられるんだろう。いやそもそも合宿やるのかどうか知らないが。

 

「あとはそうですねー。部活は関係ないですけど」

 

 ひたすらブラシを動かしていると、一色は何を思ったか俺の目の前に回り込んでくる。そこに立たれてたらブラシかけられないんですけど⋯⋯。

 

「デート。まだしてないので、行きましょうね」

 

 そう言ってにっこりと笑う一色は、やはり一筋縄ではいかない後輩だった。

 こんなのクセになるなんてもんじゃない。ダメになるわ、これ。

 

「いやお前、この前買い物に⋯⋯」

「あれはデートじゃないんですよね?」

「でしたねぇ⋯⋯」

 

 確かに雪ノ下と買い物に出掛けた時、否定したんだった。っていうかそもそも、男一人に女子二人でデートも何もない。

 しかし、だとしても俺の回答にブレも変わりもないわけだが。

 

「まあ、行かないけど」

「そうですか」

 

 一色はそう言うと、またじゃーじゃー水を流しながら俺の前から退いた。もう少し何か言ってくるかと思ったが、俺がそう答えるのなんて分かっているって様子だ。そうやってすんなり引き下がられると、何か裏があるんじゃないかと疑ってしまう。

 

「にしても、暑いな⋯⋯」

 

 ようやく半分ぐらいの面積の掃除が終わると、俺は空を仰いだ。前髪は額に張り付いて、シャツなんて前も後ろもべったり張り付いている。足を動かせばズボンの中でトランクスがベタベタとまとわりついてきて、気持ち悪いったらない。

 

「そんなに暑いですか?」

「いや暑いでしょ、普通に⋯⋯」

 

 もうちょっと誰かさんが手伝ってくれたらこんなに汗かいてないんですけど⋯⋯と怨嗟(えんさ)を込めた視線を送ると、何故か一色は面白おかしそうに笑っていた。なにその笑顔。俺が汗ビタで仕事してるのがそんなに面白いの?

 

「ではではー、水浴び開始ー!」

「ちょっ、おまっ⋯⋯!」

 

 一色は一歩後ろに下がると、真横から俺に向かって水をかけてきた。顔に向けられて出されたシャワーが、汗に濡れた身体を更に濡らしていく。

 

「これで少しは涼しくなりましたか?」

 

 ぽたぽたと視界を垂れていく水滴。その向こうで、一色はめちゃくちゃ楽しそうに笑っていた。

 

「こんにゃろう⋯⋯」

 

 俺はホース引っ掴むと、それを手繰り寄せてノズルを奪う。一色に向けてトリガーを引くと、にわかに小さな虹が現れた。

 

「きゃっ⋯⋯」

 

 あら可愛らしい声出すじゃないの、なんて意地の悪い笑みを浮かべたのも束の間。自らの肢体をかき抱くように身体を隠した一色の姿を見て、完全に手遅れになってから気付く。これ、ブラウスが肌にペタペタくっついてに透けちゃうやーつ⋯⋯。

 

「あー、⋯⋯悪い」

 

 下を向いて、顔を反らす。青空を真似したみたいな真っ青なプールの底に、スカートに染みた水が滴り落ちていく。

 

「先輩⋯⋯」

 

 そして、一体彼女は何を思ったのか。

 びたん、とスカートがプールの底に落ちる。ぱちゃんと、ブラウスが水溜りに捨てられる。

 

 いや、は?

 

 え、これ何?

 

 なんで脱いでるの、一色さん。

 

 

「こっち、見てください」

 

 

 その声は本当に一色の声なのかってぐらい、熱っぽかった。震える声が、じわりと耳朶にしみてくる。

 

「⋯⋯っ。見れるわけねぇだろ⋯⋯」

 

 答える俺の声もまた、緊張を隠し切れていない。

 おかしいだろ、こんなの。俺たちはただプール掃除してただけなのに、何で少し顔を上げただけで下着姿の女の子がいるなんて状況になってるんだよ。

 

「お願いです。わたしを、見てください」

 

 ほっそりとした腕が伸びてきて、一色の手が俺の顎に触れる。想像していたよりも強い力で顔を上げさせられると、俺はぎゅっと目を瞑った。

 

「先輩、目を開けてください」

 

 とくん、とくんと心臓の音がうるさい。懇願するような声に、俺は答える言葉を持たなかった。

 彼女の願いをきいてしまえば、きっと戻れない。何も見なかったことになんて、できるはずがない。

 

「目を開けてくれないなら、顔に向かってジェット噴射しますよ」

「な⋯⋯っ」

 

 なんつーえぐいことを、と考えた瞬間、思わず目を開いてしまっていた。

 そして視界に飛び込んでくる、一色の姿は──。

 

「⋯⋯スクール、水着」

「ぷっ、ふふっ⋯⋯。せんぱぁい♪ 何を期待してたんですかー?」

 

 鳩が豆鉄砲を食ったような顔になった俺の前で、紺のスクール水着に身を包んだ一色はからからと笑っていた。こいつ、やりやがったな⋯⋯。

 

「紛らわしいことしてんじゃねぇよ⋯⋯」

 

 思わず襟足をかきながら、そんな言葉を口にする。

 というか一色さん、スクール水着ならいいってもんじゃないと思うんですよ。ほら、やっぱり生足も丸見えだし、身体のラインとかもほら、ねぇ⋯⋯。

 

「プール掃除するのに、濡れ対策しないわけないじゃないですか」

 

 しかしこっちの動揺なんて露知らず、一色はあっけらかんとしたものだ。一色にしてみればドッキリ大成功、と言ったところなんだろう。

 

「だったら最初から真面目にやってくんない?」

「嫌でーす。私は働く先輩の姿を見るのが好きなので」

 

 こいつ、本当にいい根性してやがる⋯⋯。

 今まで大抵のことは一色だからで流してきた部分もあるが、今や彼女も奉仕部の一員。今まではただのあざとい後輩だったが、今日からは部活の後輩だ。つまり俺には、その根性を叩き直す義務も権利もあると言えるだろう。

 

「濡れ対策してあるなら」

 

 俺はそう言って、シャワーノズルを握り直した。

 

「びしょびしょになっても問題ないよな?」

 

 トリガーを握った瞬間に描かれた放物線は、情け容赦も遠慮もなく一色の上に降り注ぐ。こっちだってびしょびしょにされたわけだし、先輩にドッキリをしかける後輩には厳し目の指導が必要だろう。

 

「きゃっ、ちょっ⋯⋯。顔はダメですっ。お化粧が、あ⋯⋯っ、ぅ⋯⋯」

 

 っていうかおい、艶めかしい声出すんじゃねぇよ。なんかやらしいことしてるみたいになるだろ。

 顔を覆って固まってしまった一色を見ていると自分が相当酷いことをしてしまったみたいに思えて来て、気づけばシャワーノズルのトリガーにかけられた指から力が抜けていた。

 

「酷いです、先輩⋯⋯」

「え、あ、あぁ⋯⋯、すまん⋯⋯」

 

 一色は未だに顔を覆ったまま、プルプル震えだした。まずい。これガチ泣きのヤツだったら完全に俺が悪くなるパターンだ。しかし──。

 

「隙ありっ」

「させるかっ」

 

 ひゅっとシャワーノズルに伸びてきた手を、俺はすんでのところでかわした。そうそう何度も同じ手に引っかかるかって話だ。

 しかし一色は諦めるつもりがないのか、そのまま強引にホースを掴む。そして思いっきり引っ張ってくる力をいなすと、ぐらりと一色の身体が(かし)いだ。

 

「あっ⋯⋯」

 

 ──思わず、手が伸びていた。

 それでも倒れ込んでいく一色の身体を支えきれず、視界の中でプールの底が近づいてくる。

 

「いっ、たた⋯⋯」

 

 一色の頭の後ろに差し込んだ腕が、びりりと痺れた。なんとか一色がプールの底で頭をぶつけるという事態は防げたが、腕はじんじんと痛んですぐに動かせそうにない。

 

「先輩⋯⋯」

 

 俺は一色に覆いかぶさっているような、ともすれば抱きしめていると言えるような格好になったまま、一色の顔を見下ろしていた。

 俺の髪から落ちた水滴が一色の頬に落ちて、つっと伝い落ちていく。驚嘆を浮かべた瞳が、じっと俺を見上げてくる。

 

「あの⋯⋯お化粧落ちてるのに、そんなに見られると」

「ああ、すまん⋯⋯」

 

 いや、全然普段との違いが分からないというか、言われてみれば多少幼く見えるというか。

 せめてもの配慮で視線をそらしたが、腕が痺れていてまだ動けそうにない。一色がふっと小さな笑いを漏らすと、生暖かい息が鼻先にかかった。

 

「まあでも、いいですよ。先輩なら」

 

 はっとして一色の方を見ると、柔らかな笑みが俺を迎える。今までで最短距離の笑顔に、きゅっと心臓を摘まれたような錯覚を覚えた。

 

「覚えてます? 最初あった時、今の逆でしたよね」

 

 言われて思い出してみたら、確かにそうだった。あの時はサッカーボールを追いかけてきた一色をぶつかって、俺の方が下敷きになっていた。ありていに言ってとても柔らかかったので、よく覚えている。

 

「先輩⋯⋯」

 

 そして何を思ったのか、一色はそう呟いて目を閉じた。その瞬間、とくんと大きく心臓が跳ねる。

 いや、え⋯⋯? 一色さん、これ何? 急に意識失ったの?

 

 それとも、これは──。

 

「⋯⋯っんがっ!」

 

 そこまで考えたところで、頭を撃ち抜かれたかのような衝撃が走った。しかしもちろん頭がどうこうなっているわけではなく、俺は恐る恐るその衝撃の襲ってきた方向を振り仰ぐ。

 

「⋯⋯比企谷くん」

「⋯⋯ヒッキー」

 

 そこには蒼天を背にプールサイドに立った雪ノ下と、シャワーノズルを握りしめた由比ヶ浜の姿があった。その立ち姿たるや阿吽像さながらの迫力で、一気に血の気が引いてくる。これ絶対、誤解されてるやーつ⋯⋯。

 

「二人では大変だと思って手伝いに来てみたら⋯⋯。まったく油断も隙もあったものじゃないわね」

「ヒッキー⋯⋯。覚悟はできてる?」

 

 吽形(うんぎょう)・雪ノ下は叱責を込めた目で俺を睨みつけ、阿形(あぎょう)・由比ヶ浜は温度の低い声でそう告げた。

 ぶわり、と一陣の風が彼女たちの背中に吹き付けて、その光景から目が離せなくなる。ちなみに雪ノ下は爽やかなライムグリーンで、由比ヶ浜は瑞々しい桃色だった。

 

「ヒッキーの、ケダモノーっ!!」

「うぶっ!」

 

 由比ヶ浜の叫びとともに砲撃が再開され、今度は額に強烈な一撃がお見舞いされる。おいやめろジェットモードは目に入ったら危ないだろ。

 

「ちょ、ちょっと待て、説明を⋯⋯」

「由比ヶ浜さん、貸して。まずは目の濁りを綺麗にしてあげないと」

「だから話を聞うばぁっ」

 

 釈明の声は呻きに変えられ、再び向けられたウォータービームが俺の頬を叩いた。

 説明不可能な怒りと集中放水を浴びながら、俺はバタンとプールの底に倒れ込む。そして眼前にかかった虹を見ながら思うのだ。

 

 俺の青春ラブコメは、どこでまちがえたのだろう、と──。

 

 






 前の話から引き続き、オリジナル展開の話でした。
 こういうことしてるから中々話が進まないんですね。
 さて、次回からは夏休み編スタート。夏休みパートも、長くなりそうです。
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