やはり俺にモテ期がくるのはまちがっている。   作:滝 

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俺が川辺でキャッキャウフフするのは、似合わない。

 俺の意識は浅いところと深いところを、行ったり来たり泳いでいた。

 身体はどこか重く、思考は曖昧。前後上下の感覚もどこか希薄な、まどろみの中。

 

「八幡、起きて。朝だよ」

 

 そんな優しい声が、そっと耳朶(じだ)を撫でてくる。ああ、この声を聴きながら眠り続けることができたらどれほど幸福なことだろう。しかしそんなことは許さないと、なおも声は続く。

 

「ねえ、朝ご飯の時間おわっちゃうよ」

 

 柔らかな指先が俺に触れてくると、そのまま肩を揺すられる。

 どうやら幸福な時間は、そう長くは続かないらしい。俺は諦めて目を開くと、麗しい声に迎えられる。

 

「おはよ、八幡」

 

 声の元を辿れば、そこには眩しい朝日と笑顔。爽やかな高原の朝は、さいちゃんの新妻ムーブで始まった。

 

「⋯⋯おはよう。もう食べちゃってもいいか?」

「え⋯⋯? 朝ご飯、食堂まで行かないと食べられないけど⋯⋯」

 

 起き抜けから頭お花畑な発言に、さいちゃんは大真面目に答えていた。そんなところも癒されるなぁ⋯⋯。

 のそのそと起き上がると、ぐーっと伸びをする。そんな俺の様子を見ながら、さいちゃんはどこか呆れたように息を吐いた。

 

「八幡、夏休みだからって不規則な生活してるでしょ?」

「いや⋯⋯まぁ」

「だめだよ、休みだからって気を抜いちゃ。ほら、早く行こう」

 

 今日起きられなかったのは昨日寝るのが遅かったからだが、確かに夏休みは不規則な生活になりがちだったので否定はできない。それにしてもさいちゃんに叱られるのクセになるな。もっと叱ってほしい(願望)。

 さいちゃんと連れ立って食堂に向かうと、そこは朝っぱらだというのにライブ会場さながらの騒々しさだった。小学生というのは朝からテンション最高潮になれるらしい。

 

「あ、おはようございます。先輩」

「⋯⋯おう、おはよ」

 

 遅れてやってきた俺たちに気づいた一色が、立ち上がって手を振ってくる。一応、サポートメンバーで集まって朝飯をとっているらしく、近くに葉山たちグループも見えた。

 

「あ、お兄ちゃんおはよ」

「おっはよー、ヒッキー」

 

 何だそのやっはろーの朝バージョンみたいなの、と思いながら由比ヶ浜と小町にも挨拶を返す。小学生たちに負けず劣らず、朝から元気だ。由比ヶ浜の隣にさーちゃんもいたが、ちらと目が合っただけで視線をそらされてしまった。まあ無視されることに慣れてるからいいんだけどね。いやそれに慣れていることが全然よくないな。

 

「ずいぶんゆっくりね」

「まぁな」

 

 俺が座ると、先に座っていた雪ノ下がそう声をかけてくる。

 結局昨日、バンガローに帰ってきてからもすぐには眠れなかった。疲れているはずなのに寝付けなかった原因は、よく分からない。

 

「はい、先輩」

 

 一色はそう言うと、漫画みたいにご飯が山盛りになった茶碗を渡してくる。それを見ていた由比ヶ浜はむむっと難しい顔をしていた。何なの、その反応⋯⋯。

 

「ああ、サンキュ」

 

 受け取った白飯とすでに配膳されていたおかずを食べ始めると、向かいの席で小町が「新妻ムーブ⋯⋯」と呟いていた。ばっか新妻ムーブならさいちゃんのモーニングキッスで間に合ってるっての。嘘だキッスはしてない。

 

「おはよう、諸君。みんな揃っているな」

 

 そう言ってテーブルについたのは、トレイにおかずと山盛りご飯をのせた平塚先生だった。盛り方が男らしすぎんだろ⋯⋯。

 

「今日の予定だが、小学生たちは一日自由行動だ。夜に肝試しとキャンプファイヤーの予定だから、君たちにはその準備を頼みたい」

 

 平塚先生はそう言うと綺麗に手を合わせてから朝食を食べ始める。いきなり白飯から食べ始めるのも大変男らしいと思いますが、血糖値的には野菜から食べた方がいいってテレビで言ってましたよ。

 

「わたしたちの仕事はそれだけですか?」

「ああ。準備が終わったら好きにしてもらって構わない」

 

 一色の問いに平塚先生が答えると、ガヤガヤとそれぞれの会話に戻っていく。肝試しの規模は分からないが、キャンプファイヤーの準備だって一日仕事ではないだろう。

 やがて訪れるであろう、自由時間。さいちゃんとどんな思い出を作ろうか考えながら、俺はまた朝食に箸を伸ばすのだった。

 

 

   *   *   *

 

 

 ここ千葉村は標高が高く、過ごしやすさで言えば高原リゾート地と言って差し支えないだろう。

 しかしそれは、リゾート地然として労働しないことが前提である。

 

「あっちぃ⋯⋯」

 

 朝食を終えてしばらくした後、俺たちが集合したのはだだっ広い広場だった。

 女子陣は運動場とかによく置いてある白線引きを転がしている。キャンプファイヤーの時に踊るダンスの目印だ。

 

「随分精が出るな」

「⋯⋯まあな」

 

 力仕事をしているというのに爽やかな笑顔を浮かべていった葉山に、俺は頷きを返した。

 俺たち男子の仕事は、キャンプファイヤーの薪組みだ。当然のようにさいちゃんも男子側にいるからせめて負担が少なくなるようにと頑張っていたところ、目に入るぐらい大量の汗をかいていた。あと戸部がウェイウェイ言いながら次々薪を渡してくるのもしんどい原因だ。しかも本人、バテてきてるし。

 

「なあ」

 

 薪を積み上げる係りをしている葉山に重たいそれを渡すと、葉山は受け取りざまにそう声をかけてくる。

 

「留美ちゃんのこと、何か案は浮かんだか?」

「⋯⋯いや」

 

 その問いに答えられるものは、俺の中にない。ただ昨日、月夜の中で話し合ったことだけがぐるぐる頭を回っている。

 葉山は何か言おうとしたが、さいちゃんがえっさほいさと運んできた薪を受けるとまた仕事に戻った。

 そんなこんなでペースダウンしながらも薪を組んでいると、もう少しで終わろうかという頃に一色が近付いてくる。

 

「先輩たちももう終わりそうですね」

 

 汗だくの俺たちに対して一色は汗一つかいていないようだった。本当に仕事してたんでしょうか、この子。

 

「わたしたち、先に川に行ってますので」

「⋯⋯おう」

 

 そう、川だ。川っていいよね、川⋯⋯。いや、川って何のことだ? 確かに川が近くにあるのは知ってるけど。

 それだけ言うと一色は女子陣と同流して、広場を後にした。それを見ていたさいちゃんが、最後の薪を葉山に渡してから言う。

 

「楽しみだね」

「おお⋯⋯。川って何のことだっけ?」

「ほら、水着持ってきてって言われたでしょ?」

 

 さいちゃんに言われて、確かにグループメッセージにはそんなことが書いてあったことを思い出す。小町が水着入れておくね、とか言ってた気がするから、鞄の中に入っているはずだ。水着に着替えて川で遊ぶなんてリア充な発想がなかったから、すぐに思いつかなったぜ⋯⋯。

 

「バンガローで着替えたら、僕らも向かおう」

 

 さいちゃんは眩しい笑顔でそう提案してくれるが、バンガローで一緒に着替えるなんてイベントが発生すると色々マズイ。八幡、水着に着替えたら立ち上がれなくなっちゃう。

 

「ああ⋯⋯。先に行っててくれるか? 俺はちょっと川の方を見てから行くわ。入っても大丈夫そうか確認しておきたいし」

「え? あ、それならぼくも行こうか?」

「いや、大丈夫だ。さいちゃんは先に着替えててくれ」

「う、うん⋯⋯」

 

 押し切るようにそう言うと、さいちゃんはちょっと気圧され気味に答える。若干苦しい言いわけな気がするけど、こうでもしないと無用に傷付けてしまうからな⋯⋯。

 広場を出てさいちゃんと分かれると、俺は宣言した通り川の方へと向かった。正直、暑さの限界だ。ついでに顔も洗ってしまおう。

 川辺につくと、俺は昨晩のようにざぶんと川に足をつけた。そのまま水をすくって顔を洗うと、ようやく人心地がつく。

 そう言えば入れ替わりで着替えに行くってことは、さいちゃんがここに来た時にはすでに水着ってことなんだよな。何それ最高。海とか人多そうだし、ここより暑いとか無理プーって感じだが、人里離れた清流でさいちゃんと水遊びとか夢のようだ。

 

「川ってあれ? すっごいキレイだね」

 

 そんなことをつらつら考えていると、きゃいきゃいと賑やかしい声が聞こえてくる。思わず声のした方を見ると、普段より随分肌色の面積が増えた女子たちが近付いてくるところだった。じっと見続けているのもいらぬ誤解を生みそうで、俺は気付かないふりでまた川面に視線を落とす。

 

「あれ。先輩、なんでまだ着替えてないんですか?」

 

 すぐ近くに影が落ちて、俺はその声に導かれるように顔を上げた。

 一色の身を包んでいるのは、橙黄色のビキニだった。夏休み前に見たスクール水着とは比べ物にならないぐらい多い露出と、異性であることを意識せざるを得ない女性らしい曲線。その明るい色の水着は一色によく似合っていて、一秒、また一秒と無言の時間が流れていく。

 

「⋯⋯色々あるんだよ」

「なんですかー、さっきの間。ひょっとしてわたしの水着姿に見惚れちゃいました?」

「そんなことありましぇん」

 

 秒で答えたくせに噛んでいた。八幡くんってば動揺し過ぎである。しかし、この展開は──。

 

「ヒッキー、いろはちゃんばっかり見過ぎだし」

 

 そう言って可愛らしく睨んでくるのは由比ヶ浜で、その身を包むのは南国に迷い込んだかと錯覚するほど青いビキニだった。そしてただ一歩こちらに歩みを進めただけだというのに、世界が震撼する。もう世界と言っていいぐらいに大きい。どこがとは言わないがワールドサイズだ。

 それにしても出るところ出てても全体的には細いとか、これはもう世の女性の敵と言ってもいいのではないだろうか。では男の味方なのかというと目に毒なのでそんなこともない。ガハマさんボディーってばクレイジー過ぎる。これはもう総武高校のハーレイ・クインと言っても過言ではないだろう。しかしどちらかと言うと、体型的にはもっとハーレイ・クインっぽい子がいるわけで。

 

「いつから比企谷くんは色仕掛けに弱くなったのかしら」

 

 いや色仕掛けて、と思いながらその声の元を辿ると、スレンダーな肢体を純白の水着で飾った雪ノ下が立っていた。

 水着よりもなお白く見える雪肌は、レフ板代わりの川面に照らされて目が焼けるほどに眩しい。パレオを巻いてはいるがこちらもビキニで、やはり露出という点では普段と比べるまでもない。

 しかし雪ノ下は絶望的絶壁とばかり思っていたが、ちゃんとあった。夢も希望もちゃんとそこにあったのである。よかったねゆきのん! これ以上考えてたら思考を読まれて殺されそうだからやめておこっと!

 

「いや、先輩流石に見すぎですよ。それに何も言ってくれませんし」

 

 何も言ってくれませんしと言われても、俺は知っている。何を言っても墓穴を掘る結果にしかならないことを。こんな時SNSならそっとイイネ! ボタンを押すだけでいいのに。

 それにしても三人が三人ともビキニとは、正直予想外だった。その健康的で艷やかな姿を見ると、否応なくいつかのテニス勝負の時を思い出してしまう。あの時よりも肌面積大きい気がするんですけど、当時はなんであんなに怒られたんでしょうね? 自分から見せる時だけオッケーとか都合よくないですかでも目の保養になるので大変ありがたいですありがとうございます。

 

「それで」

 

 くすり、と小さな笑いの後に、小川のごとき清らかな声が言う。

 

「比企谷くんは、誰の水着が一番──」

「さあて俺も着替えてくるかぁ!」

 

 雪ノ下の声を遮って、俺はひときわ大きな声を出した。八幡、モウ学習シタ。同ジ手、クワナイ。

 

「お兄ちゃん」

 

 彼女たちに背を向けて、川から上がった瞬間だった。その声が届くと同時にビシャっと背中に何かがぶちまけられる。

 振り返るとウォーターガンを手にした小町が、くいっとその小顔にかけたサングラスを持ち上げたところだった。ちなみに小町ちゃんの身を包むのはこれまたビキニで、黄色のそれはとても可愛らしいのにやっていることは褒められたものではない。

 

「あいるびーばっく⋯⋯」

 

 おまけに言っていることもメチャクチャである。しかし報復しにこのまま川の中に戻るのも小町の思うツボだ。どうしたものかと逡巡していると、由比ヶ浜が急に声を張り上げた。

 

「あ、さいちゃーん! ヒッキーつかまえてー!」

「うんっ!」

 

 え、マジさいちゃんどこどこさいちゃんの水着! と声のした方を見た瞬間、ドンと胸に衝撃が走った。俺を捕まえようと勢い余ったさいちゃんと一緒に、川の中にもつれ込む。

 

「ぷはっ⋯⋯。八幡、ごめん。ちょっと勢いが──」

 

 俺の上でそう言うさいちゃんの言葉を遮って、ザッパーンと水しぶきが落ちてくる。誰かがさいちゃんもろとも、俺に水をぶっかけてきたのだ。俺とさいちゃんのラブコメ展開邪魔すんじゃねぇよ。

 

「逃さないわよ、比企谷くん」

 

 前髪からポタポタと落ちてくる水滴の向こうで、雪ノ下は腕組みをして笑う。ところで控え目サイズで作られた谷間って妙にそそりませんか僕だけですか。

 

「っていうことでー。正直になれない先輩におしおきタイムです!」

「さいちゃん、離れておいた方がいいよ。あたしたち容赦しないから」

 

 言い終わるやいなやまたも降り注ぐスコールのような水飛沫。情け容赦のかけらもない波状攻撃。

 

 やはり俺がさいちゃんの水着姿を堪能できないのは、まちがっている⋯⋯。

 

 

 

 

 小一時間ほどした後。

 夏とは言え水をぶっかけられ続けていると、流石に身体が冷えてきた。途中から俺への集中砲火はやみ、今は皆思い思いに川の中で過ごしている。

 

「きゃ⋯⋯っ! お米ちゃん、胸狙うの反則! 水着ずれたら、ちょっ、だから!」

「いろはさーん! 見えちゃったら責任取ってもらえばいいんですよー!」

 

 しっかし何やってんだ、あの二人⋯⋯。

 見目麗しき水着美少女たちが水をかけ合いキャッキャうふふしているのを尻目に、俺はずぶ濡れのまま川辺に上がった。その瞬間ふと、林の方で見知った顔を二つ見つける。

 

「よう」

 

 木陰で体育座りしている留美と、日向に座り込んで頬杖をついているさーちゃん。その間に入ると、俺はビッタビタのまま地面に座り込んだ。

 

「⋯⋯あんた、水着は?」

「持ってきちゃいるが、着替える前に引きずり込まれた。そう言うさーちゃんは?」

「いや、川があるなんて知らなかったし」

 

 それを聞いた瞬間、たらりと冷や汗のように頬を水滴が伝った。っべー、さーちゃんグループメッセージに入ってないから、水着持って来いって連絡いってないのか⋯⋯。

 

「⋯⋯まあ知っててもあんたたちには混じらないと思うよ」

「だろうな」

 

 俺が黙り込んでしまうと、気にするなとでも言いたげにそう言葉を続けた。さーちゃんの水着姿に興味がないわけではないが、確かにあんな風に一緒になってはしゃぐようには思えない。

 

「留美。こっちはさーちゃんだ」

 

 俺は置いてけぼりにならないよう留美にそう紹介すると、じっとさーちゃんの目を見た。それでさーちゃんは昨晩話題に上がった子だと気付いたのだろう、留美と目が合うと小さく頷く。

 

「留美は今日、何してたんだ」

 

 何故一人でいるのかを直截(ちょくせつ)に聞くのははばかられて、俺はそう尋ねる。もちろんそれだけの質問だって、否応なく留美に現状を認識させるという点では酷かも知れない。

 

「⋯⋯あれから色々考えてて」

 

 しばしの時間の後に放たれた言葉は、質問の答えになっていないように思えた。ただ「あれから」というのは、昨日俺たちと話した時のことで間違いないだろう。

 

「朝起きたら、一人で外に出て散歩して。⋯⋯それから前に仲が良かった別のグループの子に話しかけたけど、駄目だった」

「⋯⋯そうか」

 

 駄目、の内容は判然としなかったが、まあそういうことなのだろう。

 留美は結構、素直な子なのかも知れない。あれだけの会話から行動を変えるなんて、小学生とは言え中々できることではないと思う。

 

 ──私は彼女の強さを、信じたいと思います。

 

 昨晩聞いた雪ノ下の言葉が、自然と思い出される。雪ノ下が信じた通り、きっと留美は強いのだ。少なくとも小さな一歩を踏み出せるぐらいには。

 

「まあ、合わない相手だってすぐに分かってよかったな」

「あんたね⋯⋯」

 

 できるだけボジティブに言い換えようとしても、残念ながら基本悲観的な俺にはこれが限界だ。さーちゃんが突っ込んでくれて、少し安心する。

 

「って言っても、全部自分の捉えようだろ。無理に合わせて苦しむぐらいなら一人の方がいい。お一人様最高だろ」

「八幡が言っても、説得力ない」

「お、おぅ⋯⋯。呼び捨てかよ⋯⋯」

 

 冗談めかして言うと、留美は呆れたように言い捨てた。それにしても小学生から呼び捨てにされちゃうのはクセになりそうだな。すいません自重します。

 

「確かに、説得力全然ないね」

 

 さーちゃんは苦笑すると、俺を見た後に川中で遊んでいる由比ヶ浜たちを見た。

 確かに俺はついさっきまで一人がいいなんて言ったら嫌味ったらしい状況ではあったが、根本的にはお一人様気質だ。一人でいるのが苦どころか楽である。そういう風にすっかり慣れてしまった。

 だが、鶴見留美は。

 彼女はまだ小学生で、今は林間学校だ。泊りがけのイベントで、本来ならたくさんの思い出ができるはずだった。

 もちろん、現状を惨めに思うかどうかなんて自分の捉え方次第だ。それは頑然たる事実で、しかし留美にとって救いとなるかどうかは分からない答えだった。

 

「まあでも、はーちゃんの言うことも一理あるかも」

 

 未だ思考の海に揺蕩(たゆた)う俺を置いて、さーちゃんは続ける。

 

「あたしは元々一人が平気っていうか⋯⋯あんな感じにはしゃぐのは性に合わないし、無理して合わそうとも思わないから」

 

 すっと視線が移って、さーちゃんは微かに優しげな、しかしうら悲しげな目を留美に向けた。ひょっとしたら向けられたのは、慈愛だったのかも知れない。

 

「別にはぐれものだとかどうとか思われてても気にしないし、理解して欲しいとかもないしね。それに──」

 

 さーちゃんは言の葉を切ると、俺を見てふっと笑った。場違いなぐらい綺麗な笑顔に、一瞬きゅっと心臓が締められる。

 

「勝手に理解したつもりになったやつが絡んできたり、一人になりたくても放っておいてくれないのがいるんだよね。世の中には」

 

 ⋯⋯一体、誰のことを言っているんだか。

 しかし一人にさせてくれないという言葉には深く頷くしかない。

 

「⋯⋯まあ、確かにな」

 

 平塚先生が、俺を奉仕部に放り込んだように。遥か遠くに咲いていたはずの高嶺の花が、トップカーストのリア充女子が、あざと可愛い後輩が、何故だか放っておいてくれないように。

 きっと留美にも、そんな時が来るのだろう。社会に身を置く以上、他者との関わりを完全に断ち切るなんて至難の業だ。

 いつしか俺は、留美が自分の強さを信じられるようになることを願っていた。雪ノ下が信じたことを俺も信じたいと、そう思っていた。

 何というダブルスタンダードなのだろう。雪ノ下と初めて会ったあの日、俺自身変わるものかとのたまったクセに、留美には変容を望んでいる。まったく、俺も(ほだ)されたものだ。

 

「あ、沙希。ここにいたんだ」

 

 木々の間を抜ける風と一緒にやってきたのは、俺たちの様子に気づいた由比ヶ浜だった。いつの間にさーちゃんのこと呼び捨てにするようになったんだろう。流石はコミュ強JKである。

 

「それと⋯⋯。留美ちゃん、だったよね」

 

 由比ヶ浜が留美の前でしゃがみ込むと、ちらと川辺を振り返る。その様子に、留美は僅かに身構えたように思えた。

 

「えっと、一緒に遊ばない?」

 

 逡巡。それから、空白の時間。

 留美はじっと由比ヶ浜の目を見詰めると、数秒の後にようやく口を開いた。

 

「⋯⋯いい。ノリが合わないから」

 

 留美はそう言うと、さーちゃんの方を見て微かに笑ったように見えた。

 その視線の先のさーちゃんは、微笑みでそれを受け取る。

 

 そんな二人の姿を、由比ヶ浜は不思議そうに見ているのだった。

 

 






 千葉村三話目、少しずつ変化が見えるルミルミの話でした。
 次回で千葉村の話はお終いです。この話の留美を見て八幡たちは、どんな結論を出すのか⋯⋯。
 引き続きお楽みください!
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