やはり俺にモテ期がくるのはまちがっている。   作:滝 

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当然ながら、八幡は祝われなれていない。

 比企谷八幡の誕生日は秘匿されている。

 その誕生日を知る者は家族のみ。更に夏休み中という特殊な状況もあり、家族以外に祝われたことは皆無である。

 知っている者の少なさでは、国家機密を遥かに凌ぐトップシークレットと言っていいだろう。小学生の時になんちゃらくんがトウモロコシをくれた時はスパイかと疑って、危うくその身を拘束してファミリーにするところだった。いやしないけど。

 

 そして今年もやってきた八月八日。

 

「おはよ⋯⋯」

「あ、お兄ちゃんおはよー」

 

 夏休みらしく今日も今日とて昼前に起きてリビングに顔を出すと、小町はテーブルに向かって勉強道具を広げていた。小町は受験を控えた中学三年生だ。多くの受験生がそうであるように、本腰を入れて勉強し出す頃合いである。

 

「珍しいな。リビングで勉強なんて」

「気分転換にね」

 

 小町は結構集中モードに入っているのか、ちらりと俺を見ただけでまたノートに視線を戻した。確かに気分転換をしたり、ついつい手の届くところにある誘惑を断ち切る為に場所を変えるのは有用な手だ。

 

「あ、ごはんはそこね。小町の分もついでに温めて。もう一つついでに誕生日おめでとう」

「おお⋯⋯。本当についでだなありがとう」

 

 若干不意打ち気味というかおざなり感はあるが、本日も誕生日おめでとう一番乗りは小町である。もうそれだけで十分だ。後は夕食の後にケーキがあったりなかったりするぐらい。それが俺の誕生日の、大体のルーチンだ。

 作って置いてくれてあった昼飯を温め、小町と一緒に食べる。さて今日は何をしようか。未読の本はとっくに読破したし、別の作品を再読するにもどれに手を出すべきか悩むところだ。

 ――ピンポーン、と。

 そんなことを考えていると、ちょうど飯を食い終わったタイミングでインターホンが鳴った。しかしモニターを見ても、誰も映っていない。

 

「いたずらか?」

 

 ピンポンダッシュとか言うやつだろうか。まあ誰もいないなら放って置けばいいやとテーブルに戻ると、モニターが自動で消えてすぐにまたインターホンが鳴る。そしてモニターには、やはり誰も映っていない。

 

「何だろ⋯⋯。お兄ちゃん、見てきてもらっていい?」

「ああ」

 

 小町にそう答えると、いたずらにしてはしつこいなと思いながら玄関に下りる。ドアスコープから外を見てみるが、汚れているのか霞んでよく見えない。

 子どものいたずらなら注意して終わりだが、やばいヤツだったら嫌だなぁ⋯⋯と思いつつ、ゆっくり扉を開ける。しかし誰もいない。やっぱりただの――。

 

「サプラーイズ!」

 

 扉の裏から人影が飛び出したかと思うと、パン! と破裂音がする。そして視界に広がる、色とりどりのテープ。

 いたずら犯・戸塚彩加は、俺の頭上に向けてクラッカーを構えたまま、天使のような笑顔を浮かべていた。

 

「八幡、誕生日おめでとう! びっくりした?」

「お、おぅ⋯⋯。ありがとう」

 

 おい、マジかよこれ。誕生日サプライズ初体験じゃん。相手がさいちゃんとかもうラブがコメコメし始めたとしか思えない。

 

「彩加さん、お疲れさまでーす」

 

 俺に見てこいと言った割りにタイミングばっちりで現れた小町は、恐らくさいちゃんと結託していたのだろう。いつの間にやら下の名前で呼んでいるところを見ると、千葉村で仲良くなっていたらしい。

 

「小町ちゃんに今日誕生日だって教えてもらったんだ。夏休みの間に出かけようって言ってたじゃない? だから今日、急だけどどうかなって」

 

 確かに夏休み前、そんな約束をしていた。それが俺の誕生日にだなんて、最高のサプライズだ。

 

「おう、じゃあ行くか」

 

 勿論返事に迷いはない。断る理由もないし、願ってもない申し出だ。

 

「けど⋯⋯」

「けど?」

 

 急に難しい表情を浮かべたさいちゃんに、俺は一抹の不安を感じる。え、私服センスダサイからやっぱやめたとかじゃないよね?

 

「八幡の頭、寝癖直ってないよ。さっきまで寝てたんじゃない?」

「あー⋯⋯。まあそうだな」

 

 さっき朝食兼昼飯を食うまで思いっきり寝ていたから、図星だった。さいちゃんが来るって分かってたら寝癖だって完璧に直しておいたのに。

 

「ダメだよ、夏休みだからって不規則な生活してちゃ」

「おぉ⋯⋯。なんか前にも言われた気がする」

 

 一緒に千葉村に行った時、さいちゃんに同じことを言われたのを覚えている。やっぱりさいちゃんに叱られるのクセになるな。もっと世話を焼いて、ついでに毎日味噌汁も作って欲しい。それ全然ついでじゃねぇな。

 

「はい! ということで兄には出かける準備をさせますので、彩加さんは中でお待ち下さい」

 

 ここぞとばかりに小町はそう言うと、さいちゃんを家に招き入れた。さいちゃんが家の中にいるという状況だけでドキドキのワックワクである。

 

 それから俺は自分史上最速で身支度を整えると、さいちゃんと一緒に家を出た。()だるような暑さも降り注ぐ熱線も、さいちゃんと一緒なら乗り越えられる。

 さてどこに行こうという話なのだが、迷った時は千葉だ。千葉には全てがある。いや流石にそこまでは言い過ぎだが、お出かけ目的なら千葉に行っておけば間違いない。

 

「さあ、どうしよっか」

 

 千葉に着くと、そう言ったさいちゃんと目を合わせた。

 

「さいちゃんは、どっか行きたいところとかないのか?」

「今日は八幡の誕生日だから、行き先は八幡に合わせようと思ってたんだけど⋯⋯」

 

 なるほど、俺の希望を聞いてくれようとするなんて、さいちゃんはどこまでも優しいな。しかし出かける予定は一切なかったから、特にこれと言って希望はない。

 

「じゃあ、とりあえず相談しがてらどっか入るか」

 

 そう言って駅の周りを散策し始めると、すぐに良さげなカフェが見つかる。店内に入ると、ウッド調のその店には女子同士や大学生カップルと(おぼ)しき客ばかりだった。

 しかしさいちゃんと一緒なら、俺がいても違和感はないだろう。きっとカップルに見えるはず。見えるといいなぁ⋯⋯。

 どうでもいいけどオシャンティな場所に来るとすぐそう身構えてしまうの、引き込もりあるあるだと思います。

 

「八幡は夏休み、何してたの?」

 

 ドリンクを注文し終えると、さいちゃんはそう聞いてくる。ふむ、と記憶を辿るが、答えは少ない。

 

「合宿以外だと、読書、ゲーム⋯⋯一応、勉強もしてるな」

「あはは⋯⋯。思いっきりインドアだね」

 

 さいちゃんには苦笑されてしまったが、そう言われて当然の生活だ。外はめちゃくちゃ暑いし、運動習慣もない。というか連日運動するには危険な暑さとか、極力外出は避けましょうとニュースで言っているから、律儀にそれを守る俺は模範的な国民と言えるだろう。誰か褒めて欲しい。

 

「そこで提案なんだけど、少し身体を動かすのはどう?」

「えぇ⋯⋯」

 

 思わず、そんな声が出てしまっていた。この暑さで運動するのもな、と思っていたばかりの提案だったからだ。

 しかしさいちゃんは、それに反発するように頬を膨らませた。

 

「あのね、八幡。身体を動かさないから夜眠れなくなって、不規則な生活になっちゃうんだよ。だから少しぐらい運動しよう」

 

 その提案に両手をあげて賛成はできないが、言っていることはもっともなので反論もできない。俺が答えあぐねていると、さいちゃんはシュシュッと携帯を操作して画面を見せてくる。

 

「ほら、こういうところなら屋内だから暑くもないと思うし」

 

 そう言って見せてくれたのは、いわゆる総合アミューズメント施設のホームページだった。なるほどここならクーラーも効いているだろうし、遊びながら身体を動かすとか凄く健全なデートっぽい。

 

「ならそこにするか」

「うんっ」

 

 さいちゃんが嬉しそうに返事をしたすぐ後に、頼んでいたドリンクが届く。俺がカフェオレを口に運ぶと、それを見届けたさいちゃんが言う。

 

「あれから奉仕部の活動は?」

「ん⋯⋯? いや、ないな」

 

 俺が答えると、さいちゃんは「そっか」と呟いてアイスティーを飲んだ。

 千葉村から帰ってきて数日。特にグループメッセージに何か送られてくることもなく、今のところ平穏な夏休みである。

 それから無為な沈黙の後に、さいちゃんは俺と目が合うとそっと微笑んだ。超可愛い。

 

「八幡ってさ、すごくモテるよね」

「⋯⋯いや、ないだろ」

 

 僅かな逡巡の後に、俺はそうとだけ答える。

 モテる、というのは葉山のような人間を表現する時に使う言葉だ。純粋な好意が寄せられたり、よく知らない相手から告白されたり、もっと分かりやすいモテ方をするヤツにこそ相応しい。

 

「そうかな? 少なくともぼくにはそう見えるけど」

 

 さいちゃんは一体、何が言いたいのだろう。これはあれか、誰を相手取っているか分からないが嫉妬してるとか? ⋯⋯いや自意識過剰だな。自重しよう。

 

「まわりにたまたま女子が多いだけだろ」

「たしかに多いね。それから好かれてる」

 

 その言葉を聞いた瞬間、喉元を細い糸で締められたような気分になった。

 誤魔化すようにカフェオレをもう一口飲んで、その意味を問う。

 

「どうしてそう思うんだ?」

「だって⋯⋯ぼくの目から見ても八幡はかっこいいなって思うし。ぼくは好きだな」

 

 聞いた瞬間、俺はポカンと間抜けにも口を開けて固まってしまった。

 さいちゃんが、俺をかっこいいと思っている? それに好き?

 やばい、これは始まってしまった。マスター、そこの壁に『サマーラブ、始めました。』って張り紙ヨロシク!

 

「あ、す、好きって言っても友達としてって意味だからね!」

「お、おぅ⋯⋯」

 

 しかし俺のサマーラブはわずか数秒で終了した。マスター、俺とさいちゃんとの思い出、聞いてもらっていいかな⋯⋯。

 

「⋯⋯まああれだ。みんな面白がってあんな態度をとってるだけで、深い意味はないと思うぞ?」

「そうかなぁ⋯⋯」

 

 さいちゃんは納得のいっていない様子だったが、俺としてもそれ以上語る口を持たない。進展のない会話を打ち切るように、俺はカフェオレをもう一口飲んでさいちゃんと視線を合わせた。

 

「それより楽しみだな。こうやって遊びに行くの、初めてじゃないか?」

「そう言えばそうだね。二人で出かけるのも初めてだし」

 

 そう言って会話を戻すと、程なく訪れる近い未来に想いを馳せる。

 誕生日。さいちゃんと二人きりの、デート。

 ⋯⋯とてもいいと思います!

 

 

   *   *   *

 

 

 まだまだ高いと思っていた太陽は、いつしか駅舎の向こう側へと消えようとしていた。

 普段がどうかは知らないが、ここ海浜幕張駅は夏休みのせいか若者の姿が多い気がする。()く言う俺も、さっきまでアミューズメント施設で目一杯遊んでいた若者のうちの一人なわけだが。

 

「それじゃ、八幡。僕は明日部活だから⋯⋯」

「ああ、今日はありがとな」

 

 ロータリーの(そば)でそんな会話を交わすと、さいちゃんはこくりと頷いて微笑む。

 今日はさいちゃんのお陰で素晴らしい一日になった。名残惜しいが、ここでお別れだ。明日からまた引きこもり生活に戻るだろうが、今日の思い出を振り返るだけで充実した毎日になるだろう。

 

「最後にぼくからお願いがあるんだけど、いいかな?」

「おう。なんでも言ってくれ」

「ぼくがいいって言うまで、目をつむっててくれる?」

 

 他ならぬさいちゃんからのお願い促すと、意外な言葉が返ってきた。

 いや、今日が誕生日だということを考えれば、それほど意外ではないのかも知れないけど。

 

「分かった」

 

 俺はそう答えると、固く目を閉じる。おそらくはサプライズ第二弾と言ったところだろう。胸の高鳴りが止まらない。更年期障害かしら?

 

「そのままちょっと待っててね」

 

 ここでお決まりの「手を出して」ではなく、そう言われて俺は首を傾げそうになる。

 あれ、ここで誕生日プレゼントを渡す流れじゃないのか? それか誕生日プレゼントはキッスか? キッスなのか? やばい、俺まだ心の準備ができてねぇ。

 

「八幡、目を開けてもいいよ」

 

 なんてアホなことを考えていたら、何も起きないままそんな声がかかる。

 促されるがまま目を開くと──。

 

「ヒッキー誕生日おめでとう!」

「おめでとうございまーす!」

「おめでとう、比企谷くん」

 

 パン! とクラッカーが鳴る代わりにパカンと開いたのは、手作り感満載のくす玉だった。ぺろんちょと出てきた小さな垂れ幕には、『誕生日おめでとう! 八幡くん』の文字が踊っている。

 唖然としてそれぞれの顔を見ると、雪ノ下も由比ヶ浜も、それから一色も満面の笑みを浮かべていた。なんで君たち、ここにいるの⋯⋯?

 

「ということでー、サプライズ第二弾の始まりです!」

「第二弾⋯⋯?」

 

 一色の口ぶりにはっとして本日のサプライズ敢行第一人者の方を見ると、さいちゃんは目の前で小さく手を合わせていた。

 

「ごめんね、騙すようなことして」

「ありがとね、さいちゃん。お陰でサプライズ大成功だよ」

 

 にこやかにそんな会話を交わす由比ヶ浜とさいちゃんを見ながら、俺は未だ頭に浮かんだ疑問符が消えない。一色の言うサプライズ第二弾とは、どういうことだ?

 

「では行きましょうか、比企谷くん」

「いや、行くってどこに?」

「私の家よ」

「は⋯⋯?」

 

 何故、俺が、雪ノ下の家に?

 あんぐり口を開けた俺は、たいそう間の抜けた表情をしているのだろう。彼女たちは面白おかしそうな顔で、口々に言う。

 

「今日は今から雪乃先輩のおうちで、先輩のお誕生日会です!」

「それからついでにお泊り会だよ」

「前に誘ったでしょう? 自主的な夏合宿のようなものね」

 

 いやそれ行かないって言いましたが?

 合宿はもう千葉村でこなしたし、そんな何回もやるものじゃないだろう。しかし、単にノーと断るのは彼女たちの気持ちを考えると違うように思えた。ここは正当性のある理由でお断りさせて頂こう。

 

「いや、そう言われてもだな。何の用意もないし、小町にも⋯⋯」

「今の流れで分かるでしょう? 小町さんにはもちろん話をしてあるし、着替えも用意してもらった物を運んであるわ」

 

 やっべぇ、もう完全に外堀埋められてあった。正当性が裏の手に負けてやがる。

 

「さ、さいちゃん⋯⋯」

 

 助けを求めるように目を向けると、さいちゃんは俺たちから一歩離れたところから手を振っていた。

 

「じゃあぼくは明日早いからもう行くね。誕生日プレゼントは小町ちゃんに渡してあるから」

 

 バイバーイとさいちゃんは駅の中へと消えていく。ダメだこれもう詰んでる。段々こういう展開にも慣れてきたな⋯⋯。

 

「ほらヒッキー、早くいこっ」

「⋯⋯へい」

 

 それにしても、女子三人とお泊り会って。

 

 一体私、これからどうなっちゃうの?

 

 

   *   *   *

 

 

 その答えは、三十分後に訪れていた。

 目の前のダイニングテーブルには、三人で作ったという色とりどりのオードブルが並んでいる。

 

「ハッピバースデートゥーユー、ハッピバースデートゥーユー」

 

 そのアカペラのバースデーソングは、天使の如き三人の声によるものだ。照明を落とした薄暗がりの中、蝋燭の灯りだけが俺たちの顔を照らしている。

 

「ハッピバースデーディア」

「ヒッキィー」

「せーんぱーい」

「比企谷くーん」

 

 っておい呼び方統一しろよ。ドリフみたいにズッコケちゃうところだっただろ。

 

「ハッピバースデートゥーユー!」

 

 歌声が一段と高く大きくなったところで、俺は息を吹きかけて蝋燭の炎を消す。

 

「プピー」

 

 ⋯⋯つもりだったのだが、息を吐いて出るのはそんな間の抜けた音だった。

 現在の状況を説明しよう。

 俺はどう考えてもドンキで買ったとしか思えないレインボーカラーのかつらをかぶり、耳にはでっかい鼻付きの瓶底メガネをかけている。口には三叉(みつまた)の吹き戻し笛を咥えさせられているせいで、そんな音しか出せないのである。以上、説明終わり。

 

「プピー」

 

 え、どうすんのこれ? と顔を見合わせると、雪ノ下がフッと息を吹きかけて蝋燭の炎を消した。途端にダイニングキッチンを満たす拍手。何これ、雪ノ下の誕生日会じゃねぇの。

 

「ぷっ、ふふ⋯⋯っ」

 

 由比ヶ浜は笑いを堪えながら、リモコンで照明を点けた。

 

「あはっ、あはははははっ⋯⋯。ふぅ、ふー、ふふっ! 先輩、もう一回やってください」

「プピー」

「ふっ、ふふ、ふ⋯⋯っ! ひ、ヒッキー、写真撮るからもう一回」

「プピー」

「比企谷くん、目線はこっちよ」

「プピー」

 

 三人から携帯のカメラを向けられ、さながら上野動物園のパンダ状態である。ねぇこれ俺の誕生日会って言ったよね? 本当に祝う気ある? プピー。

 

「ぷっ、は、ふぅ、あは⋯⋯っ! はぁ⋯⋯。今年で一番笑いました」

「さいですか⋯⋯」

 

 俺はペッと吐き捨てるように吹き戻し笛を口から取ると、(まなじり)に涙を浮かべた一色を軽く睨んだ。いやマジで祝う気ないだろ。こんなのほとんど罰ゲームじゃねぇか。

 

「でも、⋯⋯ふふっ。ヒッキー、そのかつら似合ってるよ?」

「全然フォローになってない上に嬉しくないんだよなぁ⋯⋯」

「由比ヶ浜さん。⋯⋯くっ。そんなに笑っては失礼よ?」

「お前が一番バカにしてんだろ」

 

 本当、なんなのこの子たち。この『本日の主役』って書かれたタスキ、もう捨てていいかな。

 ⋯⋯しかし、まあ。

 よくもここまでお誕生日会らしくしてくれたものだとも思う。半日かけたという料理たちも、お手製のケーキも、見目鮮やかでどれも美味しそうだ。

 

「さあ、では食べましょうか」

 

 生クリームが溶けないようにか雪ノ下はケーキだけを冷蔵庫に戻すと、席につくなりそう言った。口々にいただきますと呟くと、どれに箸を伸ばしていいものか迷う。

 

「ちなみに、比企谷くん」

 

 そんな俺の様子を見て、真向かいに座った雪ノ下はふと声をかけてくる。視線を雪ノ下の方へ移すと、そこにはもはや見慣れた勝ち気な笑みが浮かんでいた。

 

「基本的には全員で作ったけど、それぞれ一つずつ個人で作ってきた料理もあるの」

 

 ⋯⋯あ、うん。知ってるぞこのノリ。次に何を言うか大体分かったわ。

 しかし分かったからと言って、もはや対策は不可能なのである。

 

「さあ、比企谷くん」

「⋯⋯ヒッキー」

「先輩? どれから食べるんですか?」

 

 お前ら絶対、祝う気ないだろ。

 プピー⋯⋯。

 

 

   *   *   *

 

 華やかな朱色の海老の姿焼き、少し歪な形のミートボール、やたら気の利いた程よい酸味のマリネ。

 絶品料理たちを堪能した後、しっかりケーキまで食べて腹はパンパンだ。通されたリビングで人心地ついていると、雪ノ下は「さて」と言って手を合わせた。

 

「比企谷くんに、プレゼントを用意しているの」

 

 それが合図だったのだろう、由比ヶ浜も一色も何やら手荷物を漁り出す。

 手の込んだ料理を食べさせて貰っただけで充分だというのに、プレゼントまで準備してくれていたらしい。誕生日プレゼントを貰うなんて、小学生の時にトウモロコシを貰ったきりだ。慣れていなさ過ぎて、まだ何も貰ってないうちから反応に困る。

 

「はいっ。じゃあこれはわたしからです」

「これはこれは⋯⋯」

 

 とびっきりの笑顔付きで、一色は包装された小箱を渡してくる。どうもどうも⋯⋯と(うやうや)しくそれを受け取ると、マジマジと頂戴した品を眺めた。包装紙には何やら店の名前が印刷されているようだが、小洒落た筆記体のせいで何と書いてあるのか分からない。

 

「はい、あたしからも」

「こっちは私から」

「おぅ、ありがとう⋯⋯」

 

 由比ヶ浜と雪ノ下からもプレゼントを受け取ると、俺はローテーブルにそれらを並べる。慣れないことばかり起きているせいか、俺は何故か正座になってプレゼントを眺めていた。いやぁ、どれも見事な包装ですねぇ⋯⋯。

 

「いや、並べて見てないで開けてくださいよ」

「お、おぉ⋯⋯。そうだな」

 

 確かにプレゼントを贈った側からしたら、選んだ品を見た時にどんな反応をするか気になるものだろう。また順番が何やらと言われる前に、俺は受け取った順になるよう一色に貰ったプレゼントから開け始める。

 

「これは⋯⋯メガネ?」

 

 箱から取り出したそれは、黒縁のメガネだった。オーソドックスな色使いだが、野暮ったくならないようにかフレームはかなり細い。

 

「はい、メガネですね」

「俺、別に目は悪くないんだが」

「ええ、悪いのは目つきだけよね」

「何のフォローにもなってないんだよなぁ⋯⋯」

 

 あと雪ノ下さん、何でそんなに得意気なの? こういう時、本当楽しそうだなこいつ⋯⋯。

 俺がもろもろ諦めかけていると、一色はパンッと手を叩いて俺の視線を引き寄せる。

 

「先輩がメガネをかけたらイメチェンになるんじゃないかなぁ、と。なのでおしゃれメガネってやつですね」

「おお~」

 

 いろはの解説に、由比ヶ浜は感心しながら小さく拍手をした。何かここまでくると、この後の流れというのが見えてくる。

 

「ってことで、ちょっとかけてみて下さい」

 

 ⋯⋯とまあ、そうなるよな。

 プレゼントを貰っておいてその意に沿わないのも無礼というもの。三人から見られながらという状況に若干ためらいつつも、俺は一色から貰ったメガネを装着した。

 

「⋯⋯⋯⋯」

 

 そのまま贈り主の方を見ると、一色ははっと目を見開いた。

 そして一体どうしたというのか、ほけーっと口を開けて俺を見てくるのみで感想を言うわけでもない。

 

「あー、かけたんだけど⋯⋯」

「──っ」

 

 由比ヶ浜の方を見ると、目が合うなり段々と頬を赤く染めていく。

 え、何その反応。メガネというプレゼントを持て囃したのが恥ずかしくなるぐらい絶望的に似合ってないってこと? なんだそれ辛すぎる⋯⋯。

 

「何か言ってくれないといたたまれない気分になってくるんだが⋯⋯」

 

 もういっそ毒でも吐いてくれよ、と雪ノ下の方を見ると、いつもの凛とした表情はどこに行ったのか口を半開きにしていた。その上エサを求める金魚の如く口をパクパクしだすのだから、もう違和感しかない。

 

「⋯⋯おい」

「え、ええ⋯⋯。ごめんなさい、感想よね」

 

 催促の意味をこめて声を低くすると、雪ノ下は目をそらした。さっきから何なの、この子たち。

 

「ありがとう、一色さん」

「うん⋯⋯。いろはちゃんありがとう⋯⋯」

「いえ、どういたしまして⋯⋯」

 

 って結局感想言わんのかい。しかも何で一色に礼を言ってるんだ? あ、俺の代わりに言ってくれたのか。そう言えば改めて礼を言っていなかった。

 

「ありがとな、一色」

「あ、はい⋯⋯。とりあえず、もう外してもらっていいですか」

「あぁ、うん⋯⋯はい」

 

 やっぱり似合ってなかったのか⋯⋯と若干凹みながらメガネをケースに戻した。一色特選のおしゃれメガネですら俺の目つきの悪さには敵わなかったかワハハ! はぁ⋯⋯。

 

「ヒッキー、次はあたしの開けてみて」

「おう」

 

 さて、気を取り直して次は由比ヶ浜からの誕生日プレゼントだ。

 由比ヶ浜からのプレゼントは、サイズが大きい上にずっしりと重量感がある。いや性的な意味ではなく。ペリペリと包装を剥がしていくと、そこから姿を現したのは見覚えのある特徴的なデザインだった。

 

「マックスコーヒー味のピーナッツバター⋯⋯」

 

 それにマックスコーヒーシフォンケーキに、マックスコーヒー寒天、マックスコーヒー味のピーナッツだと? これは、こんなの、こんなの⋯⋯!

 

「こ、神々しい⋯⋯」

「⋯⋯なんか先輩、わたしからのプレゼントに比べてめっちゃ感動してません?」

「仕方ないわね。比企谷くんだから」

 

 何やらガヤが聞こえるが、俺は黄色と黒の黄金律とも言えるパッケージを両手に持ちながら喜びに咽び泣きそうになっていた。

 千葉と言えばマックスコーヒー、マックスコーヒーと言えば千葉。その関連グッズも往年のファンを頷かせるべく、かなりの完成度だと聞く。売っているところも限られる上に土産物価格なので手を出しにくかったのだが、こんな機会に食べられることになろうとは。

 

「ありがとう、由比ヶ浜。ありがとう⋯⋯」

「あはは⋯⋯。喜んで貰えてよかった。ヒッキー、買うかどうかすっごい迷ってたから」

 

 そう言えば由比ヶ浜とデー⋯⋯出かけた時に、ららぽの土産物屋で最後まで買うかどうか悩んでいたのだ。それを覚えてくれていたとは八幡的にポイント高い。

 高い⋯⋯んだけど──。

 

「へぇ⋯⋯。それはいつのことかしら?」

「せ・ん・ぱーい? いつの間に二人で⋯⋯」

「さあ次は雪ノ下のプレゼントだな!」

 

 不穏な空気を察知して、俺は殊更に大きな声で糾弾を打ち返す。っていうか君たち知ってるでしょ、二人で出かけてたの。

 またペリペリと包装紙をめくりだすと、サイズの割に軽いそれは俺の前で正体を現してくる。雪ノ下から俺への誕生日プレゼント、それは──。

 

「千葉ティー⋯⋯?」

「そう。あなた好きでしょう?」

 

 テーブルに並べられたのは、赤、白、黒、黄、緑という、色とりどりの『I♡千葉』ティーシャツだった。

 確かにこのティーシャツは俺のお気に入りだ。部屋着での着用率ナンバーワンだし、全面的に千葉愛を感じるデザインが最高である。今家にあるものも大分くたびれてきたし、これだけあれば毎日着まわせるだろう。あれ、でもなんで雪ノ下は、俺がこれを気に入ってるって──。

 

「比企谷くん」

 

 すすっ、と雪ノ下は素早い動きで近づいてきたから思うと、内緒話をするみたいに俺の耳元に口を寄せた。

 

「これを着ている間は、私のことを考えてね」

 

 ぞわりと何かが背中を走ると同時に、雪ノ下はさっとパーソナルスペースから出て行った。いや、マジかこいつ⋯⋯。心臓の音、ヤバいんですけど。

 

「ゆきのん⋯⋯」

「何言ったか聞こえませんでしたけど、あいかわらず強キャラですね⋯⋯」

 

 由比ヶ浜と一色は顔を寄せ合ってヒソヒソ話をしているが、普通に聞こえちゃってるんだよなぁ⋯⋯。

 この空気をどうしてくれる、と思っていたところに、ピロリロリンと耳慣れない電子メロディーが響いた。

 

「お風呂が入ったわ」

 

 なるほど、そういう話らしいのだが。

 風呂。そう、誕生日会兼お泊り会ということは、風呂に入らねばならない。

 しかしここは雪ノ下の、いわゆる女子の家である。何かこう、気持ち的にはばかられるものが多々あるわけだが、だからと言って風呂も入らないというのは不衛生極まりない。それに今日はさいちゃんとの運動(非性的な意味で)によってそれなりに汗をかいているのだ。

 

「比企谷くん、お先にどうぞ」

「⋯⋯おお。じゃあお言葉に甘えて」

 

 一応本日の主賓、という立場からか、雪ノ下がそう促してくれて助かった。

 俺の後から入ってもらうのも忍びないが、それよりも彼女たちが入った後に入るほうがまずい気がした。なんかほら、色々と⋯⋯。

 雪ノ下に案内されて脱衣所に行くと、俺はしっかりと鍵がかかったことを確認してから服を脱いだ。余り何も考えないようにして風呂場の扉を開くと、明らかに我が家より広くて立派なバスタブやら、背の高い姿見やらに圧倒される。綺麗に並んだシャンプーやボディーソープは海外のものなのか、やたらとシンプルでおしゃれだ。

 わしゃわしゃと無心で頭を洗い出すと、ふとその香りが嗅ぎ慣れたものであることに気付いてしまう。いつもの、ちょっと近い時の雪ノ下の香りだ。何故だか妙にどきりとしながら身体を洗い出してもまた彼女の香りが鼻腔をくすぐって、風呂に入る前から頭がクラクラしてくる。

 それだけのことでもう上せてしまいそうになりながら、ざぱんと湯船に浸かった。雪ノ下が、いつも入っている、風呂に⋯⋯。

 

「比企谷くん?」

「ひゃ、ひゃいっ⁉︎」

 

 突然声をかけられて、思わずライスちゃんみたいになってしまった。脱衣所の扉は鍵をしてあったはずなのに何故⋯⋯って、大体室内扉の鍵というのは外から開けられる構造をしているものだ。お兄さま、ライスに何の用⋯⋯?

 

「あなた、着替えを忘れて行ったでしょう」

 

 そう言われて、初めて気がついた。雪ノ下の家で風呂に入るという出来事に動揺して、すっかり着替えのことを失念していたのだ。

 

「悪いけれど勝手に荷物を開けさせてもらったわ。出て正面のところに置いておくから」

「お、おう。悪いな。ありがと⋯⋯」

 

 雪ノ下はそう行って、脱衣所を出て行ったようだった。

 思わず「はぁ」と深めの溜め息が出る。真っ裸になっている最中に同級生の女子から声かけられるとか、心臓止まるかと思った。

 ⋯⋯そう言えば着替えを用意してくれたってことは、下着も用意してくれたってことだよな。それもそれで何やら気恥ずかしい。

 風呂に浸かって数分の後、少し早いが風呂から上がることにした。しっかりと風呂に入ったという実感はないが、とてもゆっくりしていられる気分ではなかったのだ。

 カチャ、と小さな音を立てて風呂場を出る。確か雪ノ下は出たところに着替えを置いてくれているはずだが。

 

 ──そこにあったのは、さっき見たばかりの『I♡千葉』ティーだった。

 

 

「⋯⋯マジか、あいつ」

 

 

 本当、勘弁してくれよ。

 俺はそう思いながら身体を拭くと、見慣れた着慣れないシャツに腕を通すのだった。

 

 

 






 八幡の誕生日、前編でした。
 誕生日関係の話は後編に続きます。
 誕生日会兼お泊まり会という特別な夜、何が起こるのか。
 引き続きお楽しみください!
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