やはり俺にモテ期がくるのはまちがっている。   作:滝 

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文化祭実行委員長・比企谷八幡の舌尖。

 体育館は千を超える人の気配と、たった一つの暗闇で満ちていた。

 暗がりに耐えかねてかそこかしこに灯る携帯の光も、提灯代わりにしては心もとない。心の中で声高に叫ぼうととっておいた「見ろ! 人がゴミのようだ!」という台詞は、未だ日の目を見ていなかった。

 

『──開演三分前。開演三分前』

 

 耳にしたイヤホンにノイズが走ったかと思うと、そんな声が聞こえてくる。続いて聞こえてくる業務連絡。イヤホンをはめていない裸の耳には、オープニングセレモニーを今か今かと待ちわびる生徒たちの声。

 正直に言おう。緊張している。

 ここまで大勢の人の前で喋ることなんて初めてだったし、この先何度あることなのだろうか。

 だがその緊張の原因は、人の数だけではない。失敗できないというプレッシャーだ。

 今までで一番の文化祭にすると大見得を切った手前、オープニングから躓くことなんてあってはならない。

 

 生徒たちはセレモニーが始まらないのは静かになっていないからだ、なんて考えだしたりしたのだろうか。開演一分前を切ると、徐々に喧騒は小さくなっていく。

 

『開演一○秒前』

 

 また誰かの声が、イヤホン越しに聞こえてきた。

 入りっぱなしになったスピーカーが、一秒一秒とカウントダウンを進めていく。

 

『五秒前、四、三──』

 

 カウントが消えた。二、一、自分の中で、静かに時を進める。

 そして、ゼロになった瞬間──。

 

「お前ら、文化してるかー!?」

「「「うおおおおおぉぉっ!!」」」

 

 真っ暗だった世界の中に差し込む、一筋の光。

 スポットライトを浴びためぐり先輩の声に、聴衆たちは怒号を返した。

 

「千葉の名物、踊りと──!?」

「祭りいいいいぃぃ!!」

「同じ阿呆なら、踊らにゃ──!?」

「シンガッソー!!」

 

 めぐり先輩のコール・アンド・レスポンスで一気に聴衆はヒートアップする。

 そして間髪おかずに流れ出す、大音量のダンスミュージック。華やかな光と音の中で、オープニングアクトのダンス同好会とチアリーディング部が舞い踊る。

 うちの学校、本当に進学校だったっけと疑いたくなるほどの熱狂だ。この後に出ていかなくちゃならないとか、本気で嫌すぎる。

 

『──こちらPA。間もなく曲あけます』

 

 しかし。

 過去最高の文化祭にすると言い切った俺たちの祭りは、すでに幕をあけた。どれだけ胃が痛くとも、後戻りなどできはしないのだ。

 

「それでは続いて、文化祭実行委員長よりご挨拶です」

 

 めぐり先輩の進行に合わせて、俺は舞台上へと歩みを進めた。

 一斉に注がれる、千人超の視線。震えそうになる手を、ワイヤレスマイクを握り込むことで無理矢理おさえつける。

 

 そして舞台の中央。

 スポットライトと注目を一身に浴びながら、俺はひっそりとした声で言った。

 

 

「──皆さん、文化してますか?」

 

 

 先ほどめぐり先輩が使った煽り文句を踏んだ質問。打って変わって静かな問いかけに、失笑が漏れる。

 答える声はない。前の方から「あれ誰?」なんて声は聞こえたが、そんなものは予想通りの反応だ。むしろ知らないでいてくれた方がやりやすい。

 

「いいですね。静けさを守るのもまた、日本人の美徳。文化と言えるでしょう」

 

 ぷはっ! と舞台袖の方で吹き出す声が聞こえた。

 関係者のいる方向から聞こえたから、陽乃さんだろうか。しかしそれにつられて笑う者は、誰一人としていない。

 

「ところで皆さん、文化祭の起源を知っていますか。最古の文化祭は戦前、創作作品の展示を目的とした創作展だったと言います」

 

 あえて神妙なトーンで、作り上げた深い声で聴衆へと語りかける。

 先ほどまでの熱狂に冷水を浴びせるような雰囲気を、あえて作り上げるのだ。これから盛り上げる為に。

 

「先日までこの場にいる皆さん全員が。全員が! 出展の為に創作意欲を発揮し、今日の準備に取り掛かっていたことでしょう」

 

 あえて「全員が」というフレーズを強調する。まさか中途半端な気持ちでこの文化祭に望んでいるヤツはいないよな、という同調圧力だ。普段なら忌避する行為だが、盛り上げる為ならそれですら武器として振りかざす。

 

「つまりっ! 我々はすでに文化していたということです! ならばもう時は満ちたということでしょう!」

 

 急に上がった俺のテンションに、また失笑が漏れる。中途半端にノリのいい連中が、適当な感じで「うぇーい!」と声を上げた。

 まったく、こんな道化じみたことなんて俺らしくないし、恥ずかしいったらない。しかしそれでも俺は、俺たちはやると決めたのだ。

 この場を盛り上げるのに必要なのは、怪気炎を上げるほどの気概だ。俺が何者であるかなんて関係ない。何か必死に盛り上げようとしているヤツがいるなと、それが伝われば充分だ。

 

「それでは準備! 準備! 準備はいいでしょうかぁっ!」

 

 左袖に、中央に、右袖に指をさしながらそう問いかける。

 それを合図にして黒子の一年たちが舞台に上がってくると、俺の頭にレインボーかつらをかぶせた。耳には野暮ったい鼻眼鏡。さっきよりも大きくなった失笑。俺は空いている方の手で吹き戻し笛を受け取ると、高らかに宣言する。

 

 

「総武高校文化祭! スタートぉぉぉぉーー!!」

「「「うおおおおおぉぉっ!!」」」

 

 

 マイクに向かって、思いっきり笛を吹き鳴らす。

 スピーカーで増幅された「プピー」という間抜けな音は、今日一番の怒号でかき消された──。

 

 

   *   *   *

 

 

 拝啓、おふくろさま。

 息子は今、致死量の羞恥によって、まさに死に体です。

 本当に死んでしまうかも知れません。先立つ不幸をお許し下さい。

 

「あー、笑った笑った。お疲れ、ジョブズくん」

 

 オープニングセレモニーが終わった後。

 舞台袖に戻った俺の背中を、陽乃さんは未だに笑いを堪えたままバンバンと叩いていた。

 ふぇぇ⋯⋯。死にたいよぉ⋯⋯あんなキャラじゃないことするんじゃなかったよぉ⋯⋯。

 

「ねえ、あのパフォーマンスは自分で考えたの? それとも誰かのアイデア?」

「いや、まあ⋯⋯自分で考えましたけど⋯⋯」

「ふーん。比企谷くんってあんな風にはっちゃけられるんだね。気持ちよかったでしょ。みんな乗ってくれたし」

「いやぁ⋯⋯それはどうでしょうかね⋯⋯」

「またまたー。比企谷くんすっごい楽しそうだったよ」

 

 死人に鞭打ち、泣きっ面に蜂。生ける屍状態の俺を突きまわす陽乃さん実に楽しそうだ。もうそっとしといてくれないかな⋯⋯。

 

「それじゃ、私は色々見て回ってくるねー」

 

 陽乃さんはひとしきり俺を弄り倒すと、そう言って颯爽と舞台袖を後にした。残された俺はといえば、乱暴なお遊戯でズタズタにされたぬいぐるみのような気分である。

 

「あの時のグッズが、こんな使われ方をするとはね⋯⋯」

「ええ。やはりわたしのコーディネートに間違いはなかったということですね」

 

 舞台袖に集まってきていた関係者たちの反応に、本気でいたたまれない気持ちになってくる。

 みんな陽乃さんみたいに素直な感想をくれればまだマシかも知れない。あえて触れないでおくという気遣いが、また違うベクトルで俺の羞恥心をかきたてる。どないせいっちゅーねん、これ。

 

「ヒッキー、ずっとあのキャラでいったら?」

「⋯⋯やれるかぁ⋯⋯」

 

 と思ってたら、ちゃんと触れてくる子もいた。でもやらねぇ⋯⋯。あんなクソハイテンション続けててたら気が狂ったと思われちゃう。

 

「さて。一段落しましたし、わたしはクラスの方に顔出して来ますね」

 

 一色はそう言うと、ヘッドセットを外してくしくし髪を直した。

 文化祭一日目は学校内だけでの開催で、一般来場があるのは明日からだ。よって明日は俺たち文実メンバーは仕事にかかりきりになるが、今日は当番制で見回りや各種の業務を執り行う。手すきの時はクラスの出展に参加するのも、ブラブラと学校内を見て回るのも自由だ。

 

「じゃあ、私も行くわね」

「うん。行ってらっしゃーい」

 

 今日の午前中は雪ノ下と一色はフリーで、午後からは由比ヶ浜。そして委員長である俺は一日中仕事である。まあクラスの出し物に未練はないからいいんだけど。

 

「比企谷くん」

 

 雪ノ下は舞台袖から出ていく間際に、俺を振り返る。

 

「私のクラス。後で観に来てね」

「⋯⋯おう」

 

 まあ、見回りも仕事の範疇だからいいんだけど。

 くすりと笑った顔がどうにも陽乃さんが笑った時にそっくりで、俺の心はまた乱されるのだった。

 

 

   *   *   *

 

 

「ストラックアウトー! ストラックアウトいかがっすかー! 今なら投げ放題!」

「似顔絵喫茶ー。中途半端に似せます似顔絵喫茶どうっすかー」

 

 色とりどりの看板と、奇抜なコスチューム。温度差の激しい呼び込みの声に、そこかしこから聞こえる笑い声。

 文化祭中詰め所になっている会議室に寄った後、俺は見回りの為に校舎内を歩いていた。

 外部の人間がいないからか、みんなリラックスして楽しんでいるように思える。しかし時折り文実の腕章を見られて会話が止まるのを感じると、何だかなぁという気分になった。

 ひそひそと「さっきの人じゃね?」と言われるたびに、穴蔵に入りたい気分になる。しかし俺は粉骨砕身、文化祭に全力を注ぐ文化祭実行委員長なのだ。せめて明日が終わるまでは、メンタル強者を演じねばならない。

 

「フレフレ喫茶ー。疲れたあなたは応援され放題! フレフレ喫茶どうっすかー」

 

 ふとその呼び声に、歩みを止める。見上げたサインプレートには一年B組の文字。たしか一色のクラスだ。午前中はこっちに顔を出すと言っていた。

 まだ始まったばかりだから、中は空いているようだ。一色が何をしているかは分からないが、気にならないと言えば嘘になる。

 しばし迷った末に、俺は文実の腕章を外して教室の中に入った。腕章をしたままでは警戒されてしまうし、休憩に寄ったと言えば責められまい。優秀なリーダーは休み上手なのだワハハ!

 

「いらっしゃいませ~。一名様ごあんな~い」

 

 やる気があるんだかどうなんだか分からない声で案内されると、席の方に案内される。

 机を二つくっつけてクロスをかけただけの簡素なテーブルと、その上に飾られた一輪のコスモス。手作り感満載の席で待っていると、学ラン姿にはちまきを巻いた男子生徒がメニューを持ってやってきた。

 

「ご注文をお伺いします!」

 

 応援団のつもりなのだろう、めちゃくちゃ声を張ってお伺いされてしまった。

 メニューは『ガールズコーヒー』と『ボーイズコーヒー』の二択である。説明書きを見るに、選んだコーヒーによってフレフレしてくれる性別が変わるらしい。RPGの性別選択みたいだな、これ。

 未だ一色の姿は見えないが、その二択であれば迷う余地はなかった。

 

「じゃあ、ガールズコーヒーで」

「かしこまりましたぁっ! ガールズコーヒーワン! 入りまぁすっ!」

 

 ──ってバックヤードに戻ってから言ってくれないかなぁ、それ⋯⋯。注文繰り返されるの、めちゃくちゃ恥ずかしいんですけど。

 やたら威勢のいいラーメン屋ムーブに精神を削られてしばし。いたたまれない気持ちで待っていると、厨房スペースらしきパーティションの向こうから一人の女子生徒がやってくる。

 その手にはコーヒーの載ったトレイを持って。予想通り、チアの衣装で。

 

「お待たせしました。ガールズコーヒ⋯⋯」

 

 一色いろはは俺の姿を認めた瞬間、そこまで言ってフリーズした。お目々をパチクリさせるその姿は、あまり見ないが故に新鮮だ。

 

「なっ、なんで先輩がここにいるんですかっ!?」

「いや、ほら休憩中だから」

 

 我ながら白々しいとは思いながらも、そう(うそぶ)いて見せる。

 まあまだ仕事が始まって一時間ぐらいしかしてないけどね。オープニングセレモニーで一気に疲れたから休憩したってバチは当たるまい。

 動揺する一色の両脇に学ラン姿の男子生徒がやってくると、一人は手作り感満載の旗を構え、もう一人は応援団から借りてきたらしい太鼓を構えた。

 

「はぁ⋯⋯。下の名前を教えてください」

「え⋯⋯? ひょっとして知らなかったのか?」

 

 一色の問いかけに、素でそう返してしまった。

 いつも先輩って呼ぶの、やっぱり名前覚えてないからだったのん?

 

「違いますよっ。一応、聞く決まりになってるんです!」

 

 なるほどそういうことらしい。この出展内容を考えると、名前を呼んで応援してもらえるってところだろうか。

 

「八幡だ」

「⋯⋯わかりました」

 

 一色が両サイドに立った男子生徒に目配せをすると、二人はこくりと頷いて見せる。

 

「八幡さんのぉぉっ!」

「勝利を祈願してぇぇっ!」

 

 ⋯⋯え。ちょっと待って俺何に勝つの?

 戸惑っているうちに太鼓が打ち鳴らされ、カラフルな応援団旗が振り回される。

 

「ゴー! ゴー! 八幡ゴー!」

 

 そして張り上げられる一色の声。振り上げられる脚。

 いつの間にやら手にしていたポンポンがしゃわしゃわと音を立て、白い脚が振り上げられるたびにスカートの中のスパッツが見え隠れする。

 

「ゴーファイイット! 八幡ゴー!」

 

 なかばヤケクソのような、全力の応援だった。顔なんかもう真っ赤だし、ついで俺の顔も多分赤くなっている。

 いや、それにしても、これはダメだろ⋯⋯。俺の名前に「ゴー」を合わせると、色々危険過ぎる。

 

「⋯⋯以上です」

 

 渾身のチアリーディングが終わると、一色は肩で息をしながら項垂れていた。何なら二色さんになって白黒の世界にいるみたいだった。いや、今にも消えそうだから零色さんだろうか?

 どちらにせよ、こんな風に恥ずかしがる一色は珍しい。俺はポケットから携帯を取り出すと、パシャリとその姿を写真に収めた。

 

「ちょ、ちょっと、何撮ってるんですか!」

「いや、珍しいもん見られたなと思って」

「お客さん、写真はちょっと⋯⋯」

 

 一色に続いて、応援団役の男子生徒も眉根を寄せた。しかし、こちらには大義名分がある。

 

「と言っても、これも仕事のうちでな」

 

 そう言って俺はポケットから文化祭実行委員と書かれた腕章を取り出すと、わざとらしく腕に巻き付けた。

 

「⋯⋯先輩、さっき休憩中って言いましたよね?」

「ああ。今仕事に戻った」

 

 ちょっとオコな感じを出して、批難の目を向ける一色。

 それに対してしたり顔で笑う俺を見て、男子生徒たちは「どうする?」「知り合いっぽいし、いいんじゃね」なんて会話をして引っ込んでいく。

 

「ところで一色」

 

 俺はそこまで言うと、一口コーヒーを飲んだ。

 よくよく考えてみると仕事に戻ったとか言いながら休憩してるな。仕事中に飲むコーヒーうめぇ。

 

「毎回あのテンションで応援してるのか?」

 

 俺の質問を受けて一瞬黙り込んだ一色は、しかしすぐに余裕の笑みを浮かべる。

 ポンポンを持ったままの手を俺の耳に添えると、ぼしょりと言った。

 

 

「先輩だからに決まってるじゃないですか」

 

 

 にこっと笑うその顔はもういつも通りの一色で。

 毎度のことながら、こりゃ敵わねぇわと思うのだった⋯⋯。

 

 

   *   *   *

 

 

 一色のクラスを後にしてから、各クラスや部活動の出し物を見て回っていた。

 申請と違ったことをしていないか、人が集中しすぎて混乱が起きていないか、偶然さいちゃんに会ったりできないか。そんな観点で見て回っていると、あっという間に時は過ぎていく。

 

「ヒッキー!」

 

 二年の教室を半分ほど見たところで、目の前から大声で呼ばれる。そんな奇妙な呼び名で俺を呼ぶのは、世界広しと言えども一人しかいない。

 

「おう。お疲れ」

 

 おーいと手を振りながら近づいてきた由比ヶ浜と合流すると、そのまま廊下を歩いていく。由比ヶ浜もこの階の見回りをしていたようだ。

 

「ね、ゆきのんのクラスはもう行った?」

「いや。一番端だから、最後に行くつもりだったけど」

「そっか。じゃあ一緒に行こうよ。あたしもまだなんだ」

 

 なんだかこうしているとただ一緒に文化祭を回っている感じが出てしまっているが、これも仕事のうちである。

 文化祭全体をまとめた企画書を見ると、雪ノ下のいる二年J組の出展内容はファッションショーだ。なんでも手作りの衣装で開催するらしいが、女子の多いJ組らしい発想だと思う。

 

「ここか」

 

 ニ年J組の教室までくると、サインプレートを確認してそう呟く。開け放たれた扉を見るに、今は入場受付中のようだ。

 

「すいません。整理券を⋯⋯」

 

 教室に入ろうとしたところで、入口の近くに立っていた女子生徒にそう声をかけられる。なるほど人気が出そうな企画にも関わらず混雑していないのは、ちゃんと対策が取られていたからか。

 

「あ、実行委員の人でしたか。なら大丈夫です」

 

 しかし受付の女子生徒は、俺たちの腕章を見るとすっと導線を空けてくれる。現場の判断なのか雪ノ下の指示によるものなのかは分からないが、これで「見に来て」という約束を反故(ほご)にする事態は回避できたようだ。

 教室の中は、寿司詰め一歩手前の盛況っぷりだった。スノコにカバーをかけて作ったらしいランウェイが結構な面積を使っていて、更に奥には控室に見立てたパーティションがあるせいでかなり手狭である。

 

「ゆきのん、どんな衣装で出てくるのかなぁ」

 

 わくわくを隠せない様子で、由比ヶ浜はランウェイを見ていた。待っている観客のほとんどは女子だ。男子もいるにはいるが、基本カップルで来ているから彼女の付添いってところだろう。こっちは仕事中だってのリア充爆発しろ。

 やがてパッと照明が落とされると、スポットライトが舞台中央を照らす。教室を満たしていたざわめきが霧散すると、パーティションの向こうから一人の女子生徒が現れた。

 

「皆さまお待たせしましたっ。それではこれより二年J組と被服部のコラボ企画、Jコレを開催致します!」

 

 色付きのサングラスをかけた女子生徒が声を張り上げると、パラパラと拍手が起きる。国際教養科はもう少し大人しいイメージがあったが、祭りごとになると豹変するのだろうか。

 

「それではさっそくいってみましょう! 一人目はこの人! 秋穂・和田塚ぁっ!」

 

 コールと共に、どこからか音楽が鳴り始めた。パーティションの向こうから現れたセミロングの女子は、手作り感など微塵も感じさせないドレッシーな衣装で堂々とランウェイを歩いていく。

 

「うわぁ⋯⋯」

 

 かすかに聞こえた感嘆の声に隣を見てみると、由比ヶ浜は瞳を輝かせながらランウェイ上の女子を見つめていた。

 やはりああいう衣装に憧れとかあるのだろうか。ただガハマさんの場合、あまり身体のラインが出るのは刺激が強いので避けたほうがよいかも知れませんね。

 

 なるほど被服部も関わっているだけあって本格的だなぁ⋯⋯なんて腕組みしながらうんうん頷いているうちに、入れ替わり立ち替わり着飾った女子たちがランウェイを歩いていく。

 段々と音楽が盛り上がっていくと、司会の女子が一際(ひときわ)声を張った。

 

「最後を飾るのはやっぱりこの人! 雪乃・雪ノ下!」

 

 呼び上げられたその名と、張られた声に対抗するように高く鳴り響く拍手。

 由比ヶ浜と顔を見合わせる間もなくパーティションの向こうから現れたその姿は、目が覚めるような純白だった。

 

「⋯⋯え」

 

 ただ短く、そんな声が出た。言葉を失うとは、こういうことを言うのだろう。

 雪ノ下の細身を包んでいるのは、どこからどう見ても本物のウェディングドレスだった。

 

 雪ノ下はブーケを手に、まるでバージンロードを歩くみたいにゆっくりとその足を繰り出す。その一挙手一投足を、誰もが息をするのも忘れて魅入っていた。

 

 やがて至る、ランウェイの先端。

 俺ともっとも距離が縮まる位置までくると、彼女は。

 

「──」

 

 にっこり、と春の陽気に花弁が開くように、それはそれは素敵な笑みを俺に向けていた。

 その表情を見るのは初めてではない。

 だからここまで心がざわつくのは、きっとその花嫁衣装のせいだ。そうじゃないと、説明がつかない。

 

「⋯⋯ヒッキー?」

 

 雪ノ下がランウェイを去っても。

 そう呼びかけられるまで、俺は視線も何も動かせずにいた。

 

 

   *   *   *

 

 

「⋯⋯ヒッキー、見惚れすぎだし」

「いや、ねぇ⋯⋯。はい」

 

 雪ノ下のファッションショーを見終わった後、俺たちはまた巡視の為に校内を歩いていた。

 見惚れすぎと言われても、その通りだったので何も言い訳はできない。っていうかガハマさんも見惚れてたでしょ。そもそも観客全員、似たようなものだったではないか。

 

「⋯⋯被服部、いい仕事してるなと思ってな」

「そこは素直にゆきのん褒めようよ⋯⋯」

 

 えぇ⋯⋯なるべくはぐらかして答えたのに。乙女心複雑すぎて分けわかんねぇよ組木細工かよ。

 

「ね、そろそろご飯にしない?」

 

 そう言われて気付いたが、もう昼時だ。廊下は先ほどまでに比べたらずっと静かになり、しかしそこかしこの教室からは笑い声が聞こえてくる。

 

「ああ、そうするか」

 

 しかし完全に失念していたが、文化祭中の昼食はどうなるのだろうか。いつもは雪ノ下が作って来てくれるが、あの様子ではクラスから抜け出すのは難しそうだ。

 

「ちょっと待ってて」

 

 そんなことを考えながら歩いていると、由比ヶ浜は通りがかったニ年F組の教室に入っていった。すぐに出てきた彼女が手に持つのは、見覚えのある巾着袋。雪ノ下が弁当を包むのに使っているものだ。

 

「なんだ、作ってくれてたのか」

「うん⋯⋯。どこで食べよっか? 部室は開いてないし」

 

 文実のシフト割りでは一色もクラスの方に顔を出している時間帯だから、いつものように集まるのは無理だろう。その状況であれば、俺は最適な場所(ベストプレイス)を提案できる。

 

「んじゃ、外で食うか」

「外?」

 

 首を傾げた由比ヶ浜に「いいから」と言って歩き出す。

 目指すは特別棟の一階。そこから外に出てすぐにある保健室横の階段が、奉仕部に入るまで使っていた俺だけのオープンテラスだ。

 隣り合って階段に座ると、受け取った弁当箱を広げる。主食、副菜、果物といったデザートまで揃った、いつもの雪ノ下お手製の弁当だ。

 

「いただきます」

 

 手を合わせて、まずは卵焼きをいただく。もしゃもしゃと咀嚼しながら、「はて」とある違和感に気がついた。

 何故雪ノ下は俺に直接弁当を渡さず、由比ヶ浜に預けたのだろう?

 

「えっと⋯⋯、どう?」

 

 そして神妙な顔で聞いてくる由比ヶ浜の様子もまた、解せない。そのそわそわした感じには、既視感がある。

 

「ああ、いつも通りうまいけど⋯⋯」

 

 嚥下した卵焼きはいつも通りふんわり食感で甘すぎもしょっぱすぎもせず、文句のつけどころがないぐらいうまい。その答えを聞いた瞬間、由比ヶ浜はふわっと笑う。

 

「よかったっ」

「⋯⋯なんで由比ヶ浜が喜ぶんだ?」

 

 にっこにこの笑顔で自分の分の弁当を食べ始める由比ヶ浜を見て、俺はようやく気がついた。

 由比ヶ浜の弁当と俺の弁当の中身が、まったく同じなのだ。

 

「だって、全部あたしが作ったから」

「え⋯⋯?」

 

 マジかよ、と思って弁当箱を持ち上げてまじまじと眺める。ブリの照焼の照りっぷりも、タコさんウインナーの足のそり方も、食欲をそそるポテサラも、どこからどう見たって雪ノ下の作にしか見えない。

 試しにブリの照焼を食べてみたが、以前雪ノ下が作ってくれたものとの違いが分からなかった。

 

「⋯⋯チート?」

「どういう意味だしっ!」

 

 どんっ、と肩をぶつけられて危うく弁当箱を落としそうになる。

 しかしそう疑いたくなるぐらいの出来だ。クッキー作りの時に謎の半生命体を作っていたことを思い出すと、もの凄い進歩を感じる。たまに雪ノ下と合作の弁当を食べさせてもらっていたが、その時はどうしても見た目とかで雪ノ下のものと差がついてたし。

 

「まあでも⋯⋯ありがとな」

 

 自然と、そんな言葉が出てきていた。

 俺も由比ヶ浜も昨日の帰りは遅かったし、朝は普段より一時間も早く登校したのだ。そんな忙しい時にお手製の弁当を作ってきてくれるなんて、感謝しかない。

 

「マジですごいと思うわ。ここまで上達するの」

「うん⋯⋯。ヒッキー、ゆきのんが初めてクッキー作りを教えてくれた日のこと、覚えてる?」

 

 覚えてるも何も、さっき思い出して進歩に驚嘆していたばかりだ。

 ああ、と頷いて、その先を促す。

 

「あたしね、今でもよく思い出すんだ。ゆきのんが『絶対に自分にはできると信じること』って言ってくれたの。だからね、ヒッキー」

 

 秋晴れの空みたいに澄んだ瞳が、俺をあますところなく捉えていた。

 涼やかな風が吹いて、由比ヶ浜の淡桃色の髪を揺らす。

 

 

「ヒッキーも⋯⋯。ううん、あたしたちも絶対できるよ、今までで一番の文化祭が」

 

 

 そう言って向けられた微笑みに、どこか胸の中は甘酸っぱくなって。

 

「⋯⋯だな」

 

 短くそう答えると、俺はまた由比ヶ浜の弁当に視線を戻すのだった。

 

 






 文化祭一日目のお話でした。
 要約するとはっちゃけた八幡がいろはすに応援されて雪乃に見惚れガハマさんにキュンってするという、平和な(?)一日目でしたね。

 次回はいよいよ文化祭二日目。引き続きお楽しみ下さい!
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