修学旅行も二日目になった。本日はクラス内で作ったグループ別で行動する日である。
戸部の依頼によって
「しゃー、次どこ行く?」
手裏剣体験の建物から出ると、戸部は無駄に気合の入った状態のまま言う。
最初に訪れたのは、ここ太秦映画村だ。時代劇御用達のロケ地であり、京都でもかなりメジャーな観光スポットである。
「あ、じゃあそろそろあれ行こうよ」
由比ヶ浜がそう言って指したのは、史上最怖のお化け屋敷だ。何でも驚かし役は機械仕掛けではなく、生身の役者がやってくれるらしい。
まあここで戸部が男を見せられれば、海老名さんの中で戸部の株も上がるだろう。戸部がお化けにビビらなければの話だが。
入場料を払って中に入ると、すぐにおどろおどろしい雰囲気に包まれた。薄暗闇の中、お経のBGMが耳にまとわりつく。
「隼人ー、こわーい」
あー、はいはい。この展開もお約束だよね。あーしさん、実は結構あざといのか? 僕にはその変わり身が怖いです。
さてどのぐらいのものでしょうねと屋敷内を歩き始めると、ぐっと右袖が引っ張られた。
「け、結構本格的だね⋯⋯」
由比ヶ浜は割りと素で怖がっている様子である。天然でこういうことをするところが、ずるい。
「⋯⋯」
そんなことを考えていると、今度は左の袖口が思いっきり引っ張られて上着が脱げそうになる。
今度はなんだと思って視線をやれば、身を固くしたさーちゃんが俺の袖を引っ張っていた。
「⋯⋯何、こういうの苦手なのか?」
「いや、まあ⋯⋯あんまこういうところ来ないし⋯⋯」
どうやらこっちもこっちで天然だ。何となく、こういうの平気そうだと思っていた。
ついでにさいちゃんも怖がってくれないかしら⋯⋯と視線を向けるが、そこには平然と歩くさいちゃんの姿があるだけだ。
「さいちゃんは平気なのか?」
「うん。ぼくは割りとこういうの好きだよ」
こういうの、と言って見回した先は血飛沫のついた
返り血を浴びて微笑むスプラッターなさいちゃん、ありだと思います! ⋯⋯ありか?
こちらのことはまあいいとして、肝心なのは戸部である。
「っべーわー、雰囲気ありまくりでしょー」
俺たちの前方を歩く戸部は、相変わらずべーべー言いながらキョロキョロと屋敷の中を見回している。隣を歩く海老名さんの方が平然とした様子で、時折り愛想笑いを浮かべる顔が見えた。
「戸部っちが隣にいると全然怖くないねー」
「え、それマジ?」
戸部に聞かれて、海老名さんはコクコク頷く。戸部くん、得意げな顔になるのは仕方ないと思うけど、それ君がうるさくて怖がる暇がないって言われてるだけだからね。
そんな生ぬるい視線を送り続けていると、二人の真横で襖が急に開く。
「ぶるぁぁぁあっ!」
「ぴあぁ!」
いや、PIAAて。カー用品メーカーかよ。
呆れながら見ていると、戸部は数メートル走った先「マジ?」みたいな顔して振り返る。それを見てケタケタ笑う海老名さん。雰囲気は悪くないが、戸部の新たな魅力に気付くという展開には程遠い。
「何やってんだあいつ⋯⋯」
そう呟きながら歩いて行くと、ひたひたと後ろから足音が聞こえてくる。
耳慣れない音に思わず振り向くと、――血みどろの亡者と目が合った。
「ぶるあああぁぁぁっ!!」
「⋯⋯っ!!」
俺の隣でびくーん! と背中を伸ばすと、さーちゃんはそのまま全力ダッシュで戸部たちを追い越して行った。その光景を見て俺は、ふと思いつく。
これ、俺も思いっきりビビれば相対的に戸部の評価が上がるんじゃないの?(適当)
そうと決まれば善は急げだ。俺はさーちゃんに追いつくべく走り出すと、海老名さんたちはぎょっとした表情をこちらを見ていた。
「うわあぁぁぁぁあ!!」
「いやぁぁぁーーっ!!」
っておい、なんで俺がさーちゃん追いかけてるみたいになってんだよ。
さーちゃんの誤解を解こうと俺は速度を上げるが、負けじとさーちゃんもペースを上げていく。あっという間に出口の方まで来ると、逃げ場をなくしたさーちゃんが涙目で振り返る。
「くるなぁぁぁっ!」
「へごっ」
そして振り回される腕、ひっかかる俺の首。
自らの勢いをのせた自爆ラリアットを食らった俺は見事にひっくり返り、世界は暗転するのであった⋯⋯。
* * *
そよそよと心地よい風が、頬を撫でていた。
淡い光がまぶたに注ぎ、そこかしこを行き交う声が耳朶を打つ。もぞり、と枕と思しき物体が動いて、その感覚すべてが俺を覚醒へと誘っていた。
「あ⋯⋯。気がついた?」
「おお⋯⋯」
目を開けた瞬間見えたのは、俺の顔を心配そうに覗き込んでくるさーちゃんの顔だった。
どうやらどこかの軒下のベンチで膝枕をしてもらっているみたいだが⋯⋯一体どうしてこうなった?
「⋯⋯ごめん、やりすぎた」
しゅんとした表情と、持ち上げようとしてずきりと傷んだ後頭部。それをきっかけに記憶が蘇ってくる。
「あー⋯⋯。いや、それ言い出したら俺もだしな」
戸部たちの進展にワンチャンかけてやったことだが、結果的にさーちゃんに恐怖心を与えてしまった。むしろ謝らなければならないのは俺の方だ。
「あ、ヒッキー気がついた?」
そう言って近づいて来たのは、どこかで買ってきたらしいスポーツドリンクを手にした由比ヶ浜だった。おう、と手を挙げると、段々その目が細められていく。
「⋯⋯いつまでそうしてるんだし」
「なっ、冷てっ」
不服そうな表情でペットボトルを頬に押し付けられて、思わず跳ね起きた。
「一応俺、傷病者なんですけど?」
「あ、ごめん⋯⋯」
頭を押さえながらそう言うと、由比ヶ浜はペットボトルを渡しながらそう侘びてくる。素直に謝られると、それもそれでやりにくい。
「えと⋯⋯。まだ痛いなら寝ててもいいよ?」
そう言いながら由比ヶ浜は綺麗に揃えた脚をポンポンと叩いた。
いや、それはねぇ⋯⋯。ありがたいけど、自分からごろんと行くのはさすがにハードル高いわ⋯⋯。
「あんれー。ヒキタニくんもう大丈夫なん?」
どこに行っていたのか、そう言いながら戸部たちも俺たちの近くに集まってくる。ひとまずこれで、全員集合したようだ。
「もう起き上がっても大丈夫なのか?」
「ああ」
そう聞いてきた葉山に首肯を返すと、寝転んでいたベンチから立ち上がる。身体を動かして確かめてみるが、特にもう異常はない。
またぞろぞろと歩き出すと、役者の他にも一般客で和服を着ている人が多くなっているのに気付いた。来場者が増えてきたからか、そこかしこで自撮りをしている姿が目に入る。
「あ、貸衣装屋さんだって。あたしたちもやってみない?」
「えぇ⋯⋯」
「いいじゃん。あーし、花魁の格好してみたかったんだー」
振り返って言った由比ヶ浜に抵抗の意を示すと、即座に三浦が肯定の言葉を覆いかぶせてくる。金髪に和服はどうかと思うのだが⋯⋯確かにあーしさん、花魁の格好とか似合いそうですね。
正直気は向かないが、由比ヶ浜の意図を汲むなら『戸部の新たな魅力発見プログラム』の一環なのだろう。であれば別に俺が着る必要もないし、提案を棄却するほどではない。っていうかもうみんなやる気になってるっぽいし。
「八幡も着るよね?」
「いや、俺は⋯⋯」
さいちゃんに聞かれて、ふと俺の脳裏にあるイメージがよぎった。
和服姿のさいちゃんとツーショット⋯⋯ありじゃね?
「まあ、こういう時ぐらいしか着られないから、着るか」
「はーちゃん、さっき『えぇ』って言ってたじゃん⋯⋯」
さーちゃんも気乗りはしていないのか、ジト目で俺を見てくる。そう言われても背に腹は代えられないものでしてね。
貸衣装屋に入ると、それぞれ衣装をチョイスして着替えに入る。しばしの衣装チェンジタイムの後、外に出た俺たちはお互いの姿を確かめ合った。
「うわ、やば。これ歩きにくっ」
「あはは。優美子めっちゃ背が高くなってる」
宣言通り花魁の衣装を着た三浦は、高すぎる下駄でふらふらしている。町娘の衣装を着てニコニコと三浦を見上げる海老名さんを見ていると、ちょいちょいと袖を引っ張られた。
「ね、どうかな?」
ぱっと腕を開いて見せてくる由比ヶ浜の衣装もまた、町娘風の和服だ。とは言え鮮やかな朱色の着物だから、決して地味ではなくむしろ目立つぐらいだった。
「⋯⋯なんか新鮮だな」
「でしょ。戸部っちたちも似合ってるから、これでちょっとはドキっとするかも」
そう言われて戸部たちの方を見ると、武士の衣装を着た戸部と葉山が目に入る。
「おー。なんかこれ着てると強くなった気がするわー」
「戸部。刀はしまっておけって」
ブンブンと初めて刀を持った小学生みたいに模造刀を振り回す戸部。
似合ってる⋯⋯か? 茶髪金髪と和服の相性、あんまりよくない気がするんですけど。
「沙希も似合ってるねー」
「そ、そうかな⋯⋯」
由比ヶ浜に言われて視線を送った先には、三浦と同じく花魁の衣装に身を包んださーちゃんがいた。こっちもまたよく似合っているが、そのチョイスは予想外だ。
「意外だな。さーちゃんがそれを選ぶなんて」
「⋯⋯優美子が一緒に着ようって言うから」
なるほど、三浦もさすがに一人だけあの格好は目立つから誘ったのだろうか。それにしても最近仲いいですね、君たち。
「八幡も似合ってるね。その格好」
「おお⋯⋯。そうか?」
声をかけてくるさいちゃんの格好は町娘風⋯⋯であればよかったのだが、俺と同じくその辺の町人風である。
⋯⋯あれ? これひょっとしてペアルックなのでは?
「さいちゃんも似合ってるな」
俺と同じ格好が。
口から漏れ出そうになる言葉を必死に飲み込んでいると、意外にもさいちゃんはもじもじと恥ずかしがりだした。
「な、なんか八幡に素直に褒められうとすっごい嬉しいな⋯⋯」
え、なんだこの天使。可愛さという攻撃力が高すぎる。
キュン死に萌え死にエモ死にと死因選びたい放題で頭を沸かせていると、ぐいと袖を引っ張られた。
「ほら、ヒッキーも写真撮ろ」
いや俺はさいちゃんと⋯⋯などと言う暇もなく、さいちゃんもろともカメラの前に引き込まれる。何すんじゃこいつ俺とさいちゃんの自撮りツーショットが遠ざかっていくぅ⋯⋯。
どうやらみんなで写真を撮ろう! というノリらしく、男子も女子も一塊になっていた。カメラマン役を買って出てくれたのは海老名さんだ。
「はい、みそピー」
カシャ、と海老名さんはシャッターを切る。いや、写真撮る時は「はい、ピーナッツ」でしょ、千葉県民なら。
それからカメラ役が変わったり、通りがかった人に全員で撮って貰ったりした後、俺たちはまた映画村の中を歩き出す。
結局さいちゃんとのツーショットは取り逃してしまった。今からでも言えばきっと一緒に撮ってくれるだろうが、完全に機を逸してしまったし今更恥ずかしい。やだ八幡さんたら乙女⋯⋯。
もやもやしつつ下駄を引きずりながら江戸の町並みを歩いて行くと、前の方から華々しいオーラを放つ集団が迫ってくる。おそらく俺たちと同じ貸衣装なのだろう、女子五人の集団はその全員がいわゆる時代劇の姫衣装に身を包んでいた。
みんなで着れば目立ちすぎないってか。そんなことを思いながら歩いていると、やはりその雰囲気につい目を向けてしまう。その華美な集団にあっても
抜けるように白い肌に、唇に差した色は椿を思わせる朱。その細身を包むのは
「あら。比企谷くん。由比ヶ浜さん」
役者ですらも醸し出せない本物の姫然とした雰囲気をまとった雪ノ下は、俺たちに気付くと微笑みながら手を振った。どうやら雪ノ下雪乃その人と気づいていなかったらしい三浦たちは、声をかけられてびくっと反応する。
「ゆきのーんっ!」
由比ヶ浜も手を振りながら近づいていくと、思わずと言った調子で両手を握り合う。格好は時代劇風なのに仕草はJKとか、可愛らしいったらな⋯⋯違和感しかない。
「ごめんなさい。少し抜けるわね」
二人ともそれぞれ属している集団にしばしの離脱を伝えると、軒下のベンチに腰掛けた。⋯⋯何故か、ごく自然に、俺を間に挟んで。
「ゆきのん。その格好すごく似合ってるねっ」
「ありがとう。あなたも⋯⋯と言ったら失礼かしら。由比ヶ浜さんも同じものを着れたらよかったのに」
「あー、はは⋯⋯。さすがにちょっとそれは、目立ちすぎるかもって思っちゃった」
雪ノ下が言うのももっともだし、由比ヶ浜のことだから花魁風の三浦たちと衣装を合わせてもよかったと思うのだが⋯⋯。まあそんな衣装を着られた日には色々想像してしまって具合の悪いことになりそうだから、やっぱり今の町娘風でよかったと思う。
「比企谷くんも似合っているわよ」
「⋯⋯どーも」
で、町人の格好をしている俺は普通に褒めるのね。あなたは落ち武者が一番似合うわよと言われないだけマシだろうか。
「それで、戸部くんたちの様子はどう?」
雪ノ下の質問に、戸部と海老名さんのやり取りを思い出す。
何というか、みんなでワイワイやってる感はある。たぶん、修学旅行の過ごし方としては少しもまちがってもいないし、充分楽しんでいると言っていいだろう。
「うーん、仲はよさげなんだけど⋯⋯」
由比ヶ浜はそこまで言って言葉を濁した。
そう、ただそれだけなのだ。それだけだから、違和感があった。
「まあ、進展してるとは言えないな」
戸部が何かと海老名さんにアプローチをかけているのは、俺も分かってはいる。
しかしそれが十全な効果を生まないのは、依頼してきたくせに協力的に感じられない奴がいるからだ。何をしたというわけではない。何もしないからこそ違和感があるのだ。
「そう。遠目に見ている限り、いい雰囲気に見えていたけど」
「んー、写真撮ってただけだからね」
雪ノ下はそう言うが、リア充ウェイ勢が写真を撮りまくるのなんてカメラが普及した後の文化的行動みたいなものだ。
なかなか上手いこといかないもんだと考えていると、雪ノ下は「そうだわ」と言って不意に携帯を取り出した。何か妙案でも思いついたのだろうかと思って見ていると、携帯を高く上げて俺にくっついてくる。
「⋯⋯おい」
カシャ、と完全不意打ちの写真を撮られた後に、俺は雪ノ下に批難の視線を向けた。急に何してんの、君⋯⋯。
「あ、ちょっ、ちょっと、ゆきのん!?」
「どうしたの?
携帯電話で口元を隠した笑みは不敵で、もはや見慣れた顔と言ってもいい。対する由比ヶ浜と言うと、ムッと頬を膨らませてプンスカモードである。
「あなたも比企谷くんと撮っていたんだからいいじゃない」
「そ、そうだけど⋯⋯」
ヒクッ、と俺の耳が反応する。雪ノ下さんが言ってるのって、誤爆したららぽでの写真でいいんですよね⋯⋯?
何やら只事ではない雰囲気になってきたのをひしひしと感じていると、雪ノ下は携帯のスリープボタンを押した。
「本当に、人の手伝いをしている場合じゃないのにね」
雪ノ下は携帯と一緒に笑みを引っ込めると、そう言って溜め息をつくのだった。
* * *
あれから仁和寺、龍安寺、金閣寺をまわった後にホテルへの帰途についた。
きっとどのグループも今日は歩き回って腹が減っていたのだろう。信じがたいことに夕食の白米がお櫃からきれいさっぱり消え失せ、その割を食った俺は白飯抜きになってしまった。割は食うのに米は食えないってどういうことだよ。
そんな事情もあって、俺は部屋に戻ると思わせてそのままホテルを出た。少し歩けばすぐにコンビニが見えてきて、吸い込まれるように入っていく。
おにぎりを選んだ後にマックスコーヒーを探してみるが、やはりどこにもない。京都に来てからというもの一度も目にしていないのだから、千葉県以外に住む人々はどうやって日々の癒やしを手にしているのか疑問に思えてくる。
「んだ、ヒキオじゃん」
ついでに雑誌でも、と陳列棚に手を伸ばしたところで、隣からそんな声が届いた。視線を向けると、巻き巻きされた金髪がふわりと揺れる。俺をそんな風に呼ぶのは、あーしさんこと三浦しかいない。
「おお⋯⋯」
俺は中途半端な返事をしながら雑誌を手に取ると、それ以上の会話を生まないようにペラペラとページを捲る。
思わぬ邂逅に動揺したのだろうか。俺は開いたページを見るなり間違いに気付いた。これ、ティーンズ雑誌とか言うやつじゃないですか。
すぐに棚に戻そうかと思ったのだが、不意に目に留まった文字列がそれを引き止めた。
何なに⋯⋯『異性の注意を引くには自分だけのオリジナルな呼び方が最適!』だと⋯⋯?
由比ヶ浜はともかく、あーしさんが俺をヒキオと呼ぶのはひょっとして──。
「てかヒキオなに読んでんの。ウケる」
「いや、間違えて取っただけだけど⋯⋯」
⋯⋯いや、ないわ。なしよりのなしだ。変な妄想するのは八幡さんの悪いクセよ!
俺はそう言うと、そっと雑誌を戻した。何だか、ゆっくり雑誌を選んでいる気分でもない。とりあえずマックスコーヒーがないなら、甘めのカフェオレでも買って行こう。
「ちょっと待てし」
そう思って雑誌コーナーを離れようとしたら、三浦に呼び止められてしまう。ん、と短く言いながら、三浦は親指で外をさした。これが俗に言う『表に出ろ』ってやつですか⋯⋯。
致し方なく買い物を済ませると、コンビニの外に出る。三浦はペットボトルの紅茶だけを手に持って出てくると、U字のガードパイプに腰掛けた。
「あんたさ、何してんの?」
壁を背にした俺に投げかけられた言葉は、ずいぶん唐突なものだった。
「何って」
「海老名のこと。余計なことすんなっつー話」
三浦は言いながらポットボトルのキャップを回す。
⋯⋯やはり見る人間が見れば、分かるものなのか。
そんな諦念にも似た思いを抱きながら、俺もカフェオレのプルタブを起こす。
「少なくとも余計なことをしているつもりはこっれぽっちもないんだけど」
「余計じゃん。そんなことして海老名が喜ぶと思ってんの?」
三浦の質問に、俺はすぐに返すことが出来なかった。というかそもそも、問いの答えなど持ち合わせていない。
海老名さんの望みは、俺だって分かっているつもりだ。だが仕事というものは、感情だけでまわっていくものではない。
「見てれば分かんの。あんたが何かしようとしているかってことぐらい。そういうのやめてよね」
「⋯⋯って言われてもな。それを望んでるヤツもいるんだよ」
「だとしても、それだけで納得できるわけないっしょ」
ここまで言われるということは、俺が依頼で動いていることだってもう分かっているだろう。しかし俺の答えに、当然ながら三浦が理解を示すことはない。
「あーし、今の関係が結構気に入ってるんだ。海老名がもしも離れていったら、今までみたいにできなくなる。絶対」
昔、何かの本で読んだことがある。人とは変化を嫌う生き物なのだ。
そういう習性も、ホメオスタシスによるものなのだろうか。三浦の意見ももっともだが、一歩を踏み出そうとしている人間とは相慣れない考えだ。
「それ、今のところ葉山とくっつくつもりはないって言ってるようなもんだぞ」
「はっ、はぁっ!? なんで今隼人の話が出てくるわけ?」
その名前を出すと、思いのほか三浦は動揺を見せる。だがしかし、これは事実なのだ。
葉山からはどうか知らないが、三浦から葉山への気持ちは火を見るより明らかだった。今の状況において変化を厭うというのは、気持ちに蓋をするのと同義である。
「人のことより、ヒキオの方はどうなわけ? 結衣とか沙希とか。あと雪ノ下⋯⋯さんも」
思わぬ切り返しに、一瞬たじろぐ。
しかし何故その並びの中にさーちゃんの名前があるのだろうか。
「なんでさーちゃ⋯⋯川崎のことまで気にするんだ?」
「⋯⋯」
意味が分からなくて
「あんた、本気で言ってんの?」
「そうだけど⋯⋯」
三浦は俺の答えを聞き届けると、深めの息を吐いた。
一体なんだこの雰囲気は⋯⋯。何かよく分からないけど怒られる前兆みたいな空気が、ざわざわと心を波立たせる。
「⋯⋯やっぱ、あんたに結衣も沙希ももったいないわ」
いたたまれない気持ちになってくる俺を一瞥した後、三浦は紅茶のキャップを閉める。
俺に背を向けて歩き始めると、三浦は後ろ手に手を振った。
「じゃ。大人しくしててよね」
それだけ言い残すと、三浦は振り返ることなくホテルの方へと歩いていく。
⋯⋯大人しく、ね。
そうしたいのは山々なんだけどと思いながら、俺はカフェオレの缶を傾けた。
修学旅行、二日目でした。
次週はいよいよ三日目、修学旅行編もお終いです。
あまり原作と違わない展開を追っているこの修学旅行編はどう終わるのか⋯⋯。
引き続きお楽しみください!