さて、土曜日がやってきた。
本日は陽乃さんによって取りつけられた約束の通り、折本たち海浜総合高校の生徒と俺たち総武高校側のメンバーで半ば合コン的なノリで遊びに行こう! という説明するだに謎なイベント当日である。本気で意味が分からないから誰か説明して欲しい。
「何だかこんな風に遊びに行くのって、初めてですねー」
「うん。ゆきのんのお姉さんから連絡きた時はびっくりしたけど」
久々に見た私服姿の由比ヶ浜と一色は、さっきから部室の延長線上のように思える会話に花を咲かせている。
そんな二人に対して俺と葉山はと言うと、終始無言である。集合した時に目が合ってやるせない苦笑を向けられた瞬間、喋る気も失せた。もはや「お互い大変だよな」という感情しかない。こんなことで分かり合いたくなかったが、長年こんな調子なのかと思うと少し同情する気持ちもある。
何にせよ、得てして男同士に会話は要らないものなのだ。このまま性別関係なく、全ての会話も不要としたい所存である。
「おーい」
そんな声と共にやってきたのは、初対面同士が遊びに行くというハードモードなイベントを発案した折本だ。後に続く仲町さんと、それから数合わせに連れてくると言っていた男子二人の姿も見える。
「どうも。全員初めましてだね」
こういう時に先陣を切れるのが、葉山隼人の強みだ。以前海老名さんが称していたように『光属性』と言われる
葉山の一言を皮切りに俺たちも順に自己紹介を済ませていくと、残すところは俺にとって初対面となる海浜総合側の男子たちだ。
「僕は玉縄。海浜総合高校の生徒会長をしているんだ。よろしく!」
葉山と比べても遜色ないぐらい爽やかな自己紹介だったが、『生徒会長をしている』ってくだり、いるか? 自分のキャラクターの開示という意味では有用かも知れないが。
それにしても、生徒会長か。口振りや態度から察するに、玉縄は生徒会長になりたてなのだろう。めぐり先輩の言っていたように、総武高校の生徒会選挙が遅れていることを如実に感じる。
それからもう一人、上着をテレビ局のプロデューサー風に首に巻いている男子が自己紹介してくれたが、考えごとをしていたせいで名前を聞き逃してしまった。面倒くさいからもう、ピーと呼ぶことにしよう(適当)。
「えっと、じゃあどうしよっか」
自己紹介タイムが終わって由比ヶ浜がそう言った時、俺はふと気付いたことがある。
折本は一体、何と言ってこの男子たちに声をかけたのだろうか? 折本の性格からして、「向こうも女子連れてくるらしいから一緒にどう?」みたいに大して説明していない気がする。ということは、海浜総合の男子二人は由比ヶ浜と一色に対してワンチャン狙いで来ている可能性が高い。⋯⋯そう考えると、何となしにモヤモヤしてしまう。
「あ⋯⋯。そっちはもう昼ごはん食べた?」
折本は敬語かタメ口か迷っているような
現在、午後一時。午前中にサッカー部の練習があった葉山に合わせてこの時間を集合時間としたのだ。葉山がギリギリ間に合うぐらいの時間に設定したから、おそらく葉山は昼食を食いっぱぐれているだろう。
「葉山はまだだろ?」
「ああ。もうご飯食べてる人がいたら悪いんだけど、まずは今日の予定を相談しながら食事、とかだとありがたい」
葉山がそう言うと、「じゃあそれで」という流れなる。もしもう食べたという者がいたとて、ドリンクだけ頼むなりなんなり対応できるだろう。
「どこにしましょうかねぇ」
男女合わせて八人。千葉の街、とりわけ駅の周りは比較的歩道も広いが、練り歩くには多すぎる人数だ。できることならさっさと店を決めて入りたい。
「葉山くんはどこか行きたいところとかはないの?」
「俺は特にこだわりはないかな」
折本が問いかけると、葉山は当たり障りなくそう答える。誰にでも合わせられる、いつもの葉山隼人だ。
こういう時にさらっと店の希望まで出してくれると楽なのだが、特に意見の持たない俺が言うべきことでもない。
「じゃあ比企谷は?」
そんなことを考えていると、不意に質問の矛先がこちらを向く。
正直どこだっていいのだが、聞かれてしまえば答えるしかない。
「そうだな⋯⋯。サイゼとか」
俺がそう言った瞬間、ぷっ、と折本が吹き出す。隣を見れば仲町さんが「ないわー」って目で俺を見ていた。
「いや、サイゼって」
「ヒッキー、サイゼばっかじゃん。まああたしも好きだけど」
「先輩サイゼ好きですよねー。先輩が食べたいなら仕方ないですねー」
嘲笑混じりの折本に対して、由比ヶ浜も一色もまるでいつものトーンでそう言った。その反応に折本は、ポカンと口を開けて由比ヶ浜たちを見ている。どちらも同じツッコミであったはずだが、それぞれの答えの持つ意味はまったく違っていた。
折本たちの反応を見るに、意見は二分しているように思えるが⋯⋯。どうすんねんこれ、と葉山の方を見ると、葉山は苦笑を浮かべながら言った。
「俺はいいと思うけど、どうかな?」
「あ、うん。じゃあサイゼで」
さっきまでシラっとした目をしていた仲町さんは、葉山がそう言っただけで見事なまでに手の平を返していた。佐々木小次郎の燕返しよりも素早い手の平返しだった。
そうと決まれば話は早く、さっそく最寄りのサイゼに入る。しかし、ここで一つ問題があった。
サイゼのボックス席は、基本四人がけになっている。さてリア充ウェイ勢の発想をトレースしてみよう。わざわざ他校の生徒を紹介して欲しい、みんなで遊びに行こうなんて話を出してきた者が、それぞれ学校別に座りましょうなんて言うだろうか?
「やあ。比企谷くんだったね?」
「ああ⋯⋯」
答えは否である。
総武も海浜総合も上手くバラけるように座ろう! と言う折本の号令のもと、俺が囲んだテーブルでは隣に玉縄、そして目の前には折本と由比ヶ浜という席順となっていた。
通路を挟んで残る四人で座っているが、折本は葉山と仲町さんをくっつけたくてそう提案したのだろう。今日のコンセプトを考えると、もっともな割り振りだと言えた。
んんっ、と咳払いすると、玉縄は俺に向けて言葉を続ける。
「折本さんとは知り合いみたいだけど、どういうバックグラウンドがあるのかな?」
いや、バックグラウンドて。なんかこいつ、若干面倒くさい感じだな⋯⋯。
ちらりと由比ヶ浜と話している折本に目を向けるが、話に夢中でこちらの話題に気付いた様子はない。別に俺と折本の関係を聞かれたとて、面白い話はできないわけだが。
「別に。同じ中学だったってだけだ」
「そうか」
俺が答えるなり、玉縄はほっとしたような表情を浮かべた。
ははーん、これはあれだな。折本さんにホの字だから、他校の男たちと遊びに行くと言われて慌ててついてきた口か。
そんな風に脳内でニヨついていると、ふと背中に視線を感じる。ぐるりと店内を見渡すが、そこに見知った顔はない。
「どうかしたかい?」
「いや⋯⋯」
まさか⋯⋯な。きっと気のせいだろう。
何でもない、とかぶりを振ると、また玉縄の方から喋りかけてくる。
「ところで話は全然変わるんだけど、総武高校の生徒会長さんは知り合いかな?」
「うちの生徒会長?」
総武高校の生徒会長、と言えばめぐり先輩だ。しかしそれもあと少しの話。玉縄が知りたいのは、本来いるはずの新生徒会長だろう。
「今の生徒会長なら知り合いだが⋯⋯もうすぐ代わる。生徒会選挙が遅れててな」
「そうなのか。もし知っていたら、繋いで欲しい案件があったんだけど」
「そうそう。ヒッキーに会長やって欲しいって指名があったんだけどねー」
いつから聞いていたのか、由比ヶ浜が俺たちの会話に入ってくる。その言葉を聞いた折本が、信じられないものを見るような目で俺を見ていた。
「え、マジ? 比企谷、生徒会長やるの?」
「やらねぇ⋯⋯」
「って断っちゃったから、まだ全然決まってないんだよ」
そう、だから一旦は棚上げ状態なのだ。
富岡さんがどんな調査結果を持ってくるかは分からないが⋯⋯それでも俺が生徒会長なんて似合わないにもほどがある。
「比企谷、マジで高校に入ってどうしちゃったの?」
「だからどうもしてないっての」
これじゃこの前の会話のリフレインだ。文化祭の実行委員長をやってみたり、生徒会長をやってみないかと言われたり、この現状の方がおかしいだけで俺がどうという問題じゃない。
「ね、ヒッキーって中学の時はどんな感じだったの?」
そのやり取りに興味が湧いたのか、由比ヶ浜は折本に向けて問いかける。
「んー、なんかいつもボソボソ喋るし、教室では寝てるか本読んでるか」
「あはは。今でも教室ではそんな感じだよ」
由比ヶ浜はそう笑い飛ばしてくれるが、そう考えると俺やっぱ進歩してねぇな⋯⋯。
数年前に思いを馳せながらカフェオレの入ったカップを傾けると、折本がこちらを見て笑う。
「そう考えると、女の子の好みも変わってないんだよねー」
数秒前までの和やかな雰囲気が、折本のその一言で変質した。いや雰囲気と言うより、由比ヶ浜のまとうオーラが変わった。
「えっと、それってどう言う⋯⋯」
「んー。なんかさ、あたしと由比ヶ浜さんって似てない? 同じ『あたし』呼びだし」
微妙に濁した表現はしているが、だからこそ由比ヶ浜に取ってみれば気になると言うものだろう。
「勝機ありだよ。由比ヶ浜さん」
そう言われても、由比ヶ浜は微妙な表情を浮かべるしかない。
なんじゃこの空気⋯⋯と思っていると、ふーふーと変な息遣いが聞こえた。隣を見ると玉縄が自らの息で前髪を吹き上げている。
⋯⋯本当、何なのこれ。もう帰りたい。
* * *
「なんかカラオケってちょっと久しぶりかも」
「ですねー」
そんな由比ヶ浜と一色の会話を聞きながら見上げたのは、巨大かつ派手な看板。
昼食を食べながら本日の予定を話し合った結果、女子陣の満場一致により行き先はカラオケに決まった。
もちろん俺に意見を挟む余地などなく、また覆せる理由もない。大人数で遊びに行くとなれば大体カラオケやらボーリングやらが相場だろう。いや全然こんな風に遊びに行ったことないから知らんけど。
「ねえ由比ヶ浜さん、最初歌ってよ。文化祭で歌ったってやつ」
部屋に入って歌う曲を吟味している由比ヶ浜に向かって、不意に折本が言った。
一瞬なんで折本がそんなことを知っているんだと思ったが、文化祭というキーワードで誰が吹き込んだか一発で分かってしまう。
「え⋯⋯? 何で知ってるの?」
「陽乃さんから聞いたんだー」
下の名前で呼んでいるのを見るに、陽乃さんとは結構コンタクト取っていたりしたのだろうか。
しかしいかにコミュ強の由比ヶ浜と言えど、初対面の多い場ではちょっと遠慮がちな態度である。
「だったらさ、いろはちゃんも一緒に」
「あー⋯⋯なんかそんな気はしてましたけど、はい」
由比ヶ浜を助ける意味合いもあるのだろう、一色は大して抵抗もせずにそれを受け入れる。タッチパネルで曲を入れると、二人は目を合わせてマイクを握った。
久々の二人の歌声にしばし心を酔わせていると、今度は海浜総合側の女子が曲を入れていく。言うまでもないが、俺が曲を入れることはない。
「比企谷くん」
タッチパネルで曲を眺めていた玉縄は、ふと視線をこちらに寄越して言った。どうでもいいけど、なんでまたこいつが隣に座っているんだろう。
「君はずいぶん人望を集めているみたいだね」
玉縄はそう言いながら前髪を払ってこちらを見た。この鬱陶しい仕草⋯⋯どこか既視感がある。
それにしてもどうやら玉縄は何か勘違いしているようだ。これ以上の誤解がないように釘を刺しておかねばなるまい。
「買いかぶり過ぎだな。俺に人望はない」
「そうかな? 生徒会長を任せたいと思われるなんて、中々ないことだと思うけどね」
「へえ。そっちの生徒会長は君なのか」
と、そこで話に入ってきたのはプロデューサー巻きのピーだった。誤解を解こうとしたのに微妙に増えてしまっている。
「違うけど⋯⋯。打診されたけど断ったからな」
「そう言わずにマインドをリブートしてみないかい? やってみると楽しいこともたくさんあるよ」
何で意識を再起動させなきゃいかんのだ⋯⋯。そんなもん毎日寝て起きたらやってるだろ。
呆れているとさっきの既視感の正体に気がついた。こいつは意識の高い戸部だ。人の話聞かないし、仕草が鬱陶しいし。
「やらねぇ⋯⋯。柄じゃないんだよ」
「残念だね。君とならいいアライアンスが組めそうだったんだけど」
さして遺憾そうでもない様子で、玉縄は会話を打ち切るように俺から視線を外した。ちょうど由比ヶ浜と一色が歌い終わったらしく、葉山はそれを見守りながら手を叩いている。
「葉山くんも何か歌ってよー」
仲町さんがそう言うと、「じゃあ」と葉山もタッチパネルに手を伸ばす。
順繰りにマイクがまわっていくのを見ながら、俺はひたすらジュースをチューチュー吸い上げていた。これだけ人数が多くてどんどん曲が入っていくと、全然歌っていないのがバレないから助かる。
適当に拍手なりのっている振りをしていると、数曲の後に耳慣れないリズムトラックが流れ出した。腹に響くベースと、ビートの間に入るスクラッチ。さっきまでなかった曲調に、部屋の空気が変わったように思えた。
「これ誰?」
表示されたタイトルと歌詞が映し出されていないのを鑑みるに、どうやらフリースタイル用のヒップホップ曲らしい。折本のそんな問いに答えたのは、意外にも玉縄だった。
「僕と比企谷くんだよ」
玉縄は立ち上がると、さあと俺に手を伸ばした。
そう、俺と玉縄の⋯⋯。っておい。何で今俺の名前を出した?
「いえーい! ヒッキーがんばー!」
「せんぱーい、ボソボソ歌っちゃだめですよー」
聞いてねぇぞと断る前に、すっかりテンションの上がった由比ヶ浜に囃し立てられ、一色もそれに続く。おい、マジかよこのノリ。何が悲しくて意識高い系戸部とラップバトルせにゃならんのだ。
「逃げるのかい?」
一向に立ち上がらない俺に、玉縄は俺にだけ聞こえるようにそう言った。
こいつ⋯⋯本当に面倒くさいヤツだ。こうなればアッパーでトリッキーなリリックで叩き切ってやるしかあるまいヨーメーン。
俺と玉縄は対峙するように、小上がりになっているステージに立つ。先行は玉縄だ。
「ここへようこそ総武高校、未だ決まらぬ生徒会長。君が受けてみたならどうだろう、そうすりゃたちまち問題はフィックス」
こいつ、まだその話題を引っ張るつもりか。なぜ俺を目の敵にして煽るのかは分からないが、今度はこちらが返す番だ。
「これはご機嫌だな海浜総合、肩書き重いか生徒会長。やりがい搾取が横行。それはまるでスケープゴート」
「受け手次第さモチベーション、僕らならできるイノベーション。想像しようイマジネーション、今に分かるさサティスファクション」
「俺に言わせりゃマインドコントロール、されてる頭にはエンドロール。心酔してりゃクリティカル、早く気付けよパラダイム」
玉縄のリリックも俺のドープなライムもまったくもって意味不明だが、ここまで来たら後には引けない。
二ターン分のバースとフックが終わると、トラックが熱を帯びてくる。最後のフックを仕掛けてくるのはさっきから先攻の玉縄だ。
この勝負、負けられない――!
「作り変えるべきさマインドセット、見えてる景色本当かなファクト。覚悟決めるのはもはやマスト、起こすんだ君のパラダイムシフト!」
「失敗したなネゴシエーション、俺は迎えてる最終的ディシジョン。どこまで行ってもトップダウン、挑発は終わりだシャットダウン!」
バシャーン! とシンバルが鳴ると、トラックはフェードアウトする。
俺たちの
「え、何これ?」
⋯⋯ですよね!
* * *
「じゃーねー、葉山くーん」
手を振った仲町さんに、葉山が手を振り返していた。既に日は落ち、行き交う人々の足は忙しない。
あれからボーリングやらカフェやらに行き、じゃあそろそろということで解散になった。仲町さんは無事葉山と連絡先を交換できたようだし、あれ以上玉縄がウザ絡みしてくることもなかったので、最後は平和に終わったと言える。
「またねー、かおりーん」
「また連絡するねー、結衣ちゃーん」
そしてこちらは何かしら通じるものがあったのか、いつの間にやら仲良くなっている様子だ。さすがコミュ強女子同士と言ったところだろうか。
「先輩ももう帰りますよね?」
三々五々に散っていく中で、一色は俺を見上げながらそう聞いてくる。
当然帰る⋯⋯のだが、生憎俺にはまだやることがあった。
「ちょっと寄るところがあるから、そこ行ってから帰るわ」
「そうですか。じゃあここで」
「ヒッキー、また月曜日にね」
手を振ってくる一色と由比ヶ浜に手を振り返すと、二人は並んで駅の方へと歩いて行く。
さて、ここからは俺一人の時間だ。違和感の正体を、暴かなければならない。
二人の背中をしばし見守った後、俺は踵を返した。そうして元来た道を戻って行くと、先程まで滞在していたカフェのテラス席を目指す。
カフェにつくと、目的の
目深にかぶったパーカー。足元のロングスカートはその脚を覆い隠しているのに、脚線美までは隠しきれていない。
「⋯⋯何してんですか」
おそらく首謀者であるだろう片方の女性に声をかけると、かろうじて見えていた口元が愉快そうに笑みを浮かべた。
「あれ。比企谷くん、こんなところで奇遇だねー」
パーカーを後ろに引っぱり下げると、白々しい声で雪ノ下陽乃はそう言った。まったく悪びれもしないんだから、呆れるしかない。
最初の違和感は、昼食をとっていたサイゼで。最後に視線を感じたのはこのカフェだ。カラオケではどうしていたか知らないが、陽乃さんが俺たちと行き先を合わせていたのは明白だった。
「で、お前はお前でどういうつもりだ」
「⋯⋯姉さんとデートよ」
溜め息の後に、雪ノ下雪乃はパーカーの下から顔を覗かせた。姉妹で同じ格好をしてデートだなんて、ことこの姉妹においては苦しい言い訳だ。
「そうそう。私から雪乃ちゃん誘ったんだー」
しかし雪ノ下がデートと言ったら、本当にそうなのだろう。少なくとも陽乃さんには別の意味があったのは間違いないが。
「小学生でももうちょっとまともな言い訳考えますよ」
「おや、妙につっかかるねー。ひょっとして比企谷くんも混ぜて欲しかったのかな?」
冗談を、と俺はかぶりを振る。それぞれ単体で相手をしても骨が折れるというのに、この姉妹に囲まれる心労たるや想像もしたくない。
それ以上の問答は受け付けるつもりはない、とでも言うように、陽乃さんは僅かに紅茶の残ったカップを傾ける。
「さーて、私はそろそろ帰ろうかな。私がいたらお邪魔虫になりそうだし」
「⋯⋯」
陽乃さんはそう言って立ち上がると、伝票を手に取った。そんな姉の姿を、妹は半眼になって見上げている。
「じゃ、ごゆっくり」
ひらひらと後ろ手に手を振って、陽乃さんは店内のレジへと歩いて行く。俺は溜め息を一つつくと、雪ノ下の対面に座った。
はて、と自分でもその自然な行動に違和感を覚える。
つい促されるがままに座ってしまったが、普段の雪ノ下のことを考えると、今日の一連の行動に対して
「あの、な⋯⋯。今日のは」
「姉さんから全部聞いているわ。変な言い訳は不要よ」
「あ、はい⋯⋯」
予防線を張っておこうとした俺の言葉を遮ると、雪ノ下はそう言って唇を尖らせた。その仕草は大変可愛らしいのだが、やっぱりこれ俺が責められるようになってませんか?
しばしの沈黙の後に雪ノ下は紅茶を飲み干すと、ぐるりとあたりを見回した。会計に向かったはずの陽乃さんの姿は、周囲にも店内にもない。今日あれだけ監視しておいて、なおも俺たちを見ているなんてことはなさそうだ。
「もう行きましょう」
その言葉に首肯を返すと、ほとんど同時に席を立った。テラス席から歩道に出ると、ごく自然に並んで歩き出す。
駅に向かって歩いていても、俺たちの間に会話はなかった。別にそれ自体は不思議なことではない。ただ今日に限って言えば、無為な沈黙ではなく作為の沈黙であるように思える。
「⋯⋯さっきデートって言ってたけど、姉妹でどんなこと話すんだ?」
だから彼女たちの真意を探るように、俺はそんな言葉を投げかける。答えに辿り着くことはないのかも知れないが、純粋に興味があった。
「珍しいことを聞くのね」
雪ノ下は少しだけ目を開くと、しげしげと俺の顔を見てくる。それに妙な気恥ずかしさを感じて、目を合わせることはしない。
「別に⋯⋯。なんかお前と陽乃さんが仲良く喋ってる姿を想像できなくてな」
「さり気なく失礼なことを言われた気がするわね⋯⋯」
雪ノ下は不満そうな顔を向けてくるが、二人の仲を知っていれば当然の感想だと思う。だって本当に想像できないんだもん、君たち⋯⋯。
「そうね⋯⋯。強いて言うなら、秘密の共有⋯⋯とかかしら?」
「かしら? って言われてもな」
そんな答えでは、さっぱり理解できない。恐らくさせるつもりだって欠片もないだろう。
意味が分からん、と批難にも似た思念を視線にのせて雪ノ下を見ると、どういうわけだかそれを微笑みで受け取られてしまう。
「例えば、って言っても、教えてくれないんだろうな」
改札が近づいてくる。それに合わせて人の数も増えていき、呟くような俺の声は雑踏にかき消された。
「私はここだから」
雪ノ下は改札の手前で立ち止まると、身体をこちらに向けてそう言った。俺の言葉は、届いたかどうかは分からない。
「送ってくれてありがとう。また月曜日に」
「ああ、じゃあな」
短く手を振ると、雪ノ下は改札の向こうへと歩いて行く。
そうしていても何も分かるはずがないのに、意味なんて何もないのに。
雪ノ下の姿が角に消えるまで、俺はその背中を見続けていた。
ということで、ラップバトル回でした。いやどういうことかよく分かんないですけど。
ガハマさんと折本さんは出会い方が違っていたら絶対仲良くなっていたと思うんですよね。俺ガイル結でも折本さん側の気持ちは示唆されているわけですし。
さて、結局八幡は生徒会長をやるのかやらないのか⋯⋯。
その辺りのお話はまた次回。引き続きお楽しみ下さい!