やはり俺にモテ期がくるのはまちがっている。   作:滝 

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比企谷八幡は無自覚である。

 

「仕事だ」

 

 それは生徒会の引継ぎ終わって少し経った後のことだった。

 平塚先生は生徒会を訪れるなり、俺たちにそう告げたのだ。

 

「あの、一応聞きますけど、生徒会と奉仕部のどっちですかね」

「無論、生徒会だ」

 

 無論と言われても知りませんがな、と俺たちは顔を見合わせた。

 会計・由比ヶ浜は煎餅に伸ばしかけていた手を止め、副会長・一色は顔を携帯に向けたまま視線をこちらに寄越してくる。そして生徒会長である雪ノ下は、妙に覚悟の決まった顔で瞑目していた。

 

「詳細を聞かせていただけますか」

 

 やがて目を開いた雪ノ下がハキハキと言うと、平塚先生は「うむ」とひとつ頷いた。

 ちなみに平塚先生は本生徒会発足に伴い、顧問の指名を受けたらしい。場所が変わっただけでなんとも変わり映えのしない面子である。

 

「海浜総合高校の生徒会から、合同でクリスマスイベントを開催しないかと打診が来ていてな」

 

 海浜総合高校──。

 その名前は、つい最近も耳にしたばかりだ。しかもその生徒会と言えば、会長を務めるのは意識高い系戸部こと玉縄である。関わり合えば面倒くさいことになるのはもはや必定だと言えた。

 

「打診、ってことは、断るのもありなんですよね?」

「比企谷くん。初仕事をサボろうとするのはやめなさい」

 

 俺の超後向き発言は、雪ノ下の真っ当すぎる一言で諌められてしまった。

 雪ノ下は会ったことがないからヤツへの警戒心が足りないのだ。あいつと喋ってたら意識高すぎてそのまま天国に連れて行かれそうになるんだぞ。

 

「詳細は話し合って詰めたいそうだ。受ける、ということでいいんだな?」

 

 その言葉を受けた雪ノ下は由比ヶ浜と一色の方を見た。二人ともこくりと首肯を返すと、雪ノ下は再び平塚先生の方を見る。ちなみに俺には一瞥すらなかった。おのれ雪ノ下ェ⋯⋯。

 

「はい。中々ない機会だと思いますので」

「そうか。先方から都合がつけば明日からでもと言う話なんだが」

 

 俺の意見は抽出されることすらないまま、どんどん話は進んでいってしまう。

 そう言えば前に玉縄に会った時、生徒会長は知り合いじゃないかとか言われていた。あれがフラグだと気付いていたらなんらかの対策も打てていたかも知れないが、今となっては後の祭りだ。

 

「では、よろしく頼んだぞ」

 

 話が終わると、そう言って平塚先生は生徒会室を後にした。

 仕方ない、これも仕事だ。いまいちやる気は湧いてこないがそう割り切らないと重い腰も上がらない。

 

「ヒッキー、超嫌そうな顔してる」

「まあ、向こうの会長クセ強かったですもんねー」

 

 あれはクセが強いの一言で済ませていいものなんだろうか。急にラップバトルをふっかけて来るとか、野良ポケモ○トレーナーばりのトンデモ野郎だぞ。

 

「そりゃな⋯⋯。気を付けろよ、雪ノ下」

「大丈夫よ」

 

 何に、とは聞かずに、雪ノ下は自信満々にそう答えた。

 まあ、会ってみたら分かるだろう。雪ノ下ならラップバトル仕掛けられても勝てる気がするし。

 そんな適当なことを考えながら見た外はもう暗くなり始めていて、やっぱり明日行きたくないなぁ⋯⋯なんて思ってしまうのだった。

 

 

   *   *   *

 

 

 翌日のことである。

 予定通り俺たちは放課後になると、海浜総合高校との会合を行うため校外に出ていた。

 

「たしか、二階の会議室だったよね」

 

 由比ヶ浜はそう言って目の前の建物を見上げた。

 海浜総合高校との会合は、総武高校から程近いコミュニティセンターで行われる。

 地域の人間が使える会議スペースやら催事にも使える会場があるらしいが、俺にはあまり馴染みのない施設だ。こういうところに来ると「裏方してるなぁ」と実感が湧くのはなぜだろうか。

 

「ああ。行こうか」

 

 平塚先生の一言で、俺たちは建物の中に入っていく。一応初回だからか、今日は平塚先生も帯同だ。

 二階に上がって会議室に入るともう海浜総合の面子が揃っていて、案の定そこに玉縄もいる。あとついでにプロデューサー巻きのピーと、初めて会う男子が三人。それに何故か折本もいた。

 

「あ、かおりーん!」

「あ。結衣ちゃんだー」

 

 顔を合わせるなり、「また会ったね〜!」と由比ヶ浜と折本は盛り上がりだす。前に遊びに行った時、かなり仲良くなっていたもんね、君たち。

 

「⋯⋯」

 

 その様子を見ていた雪ノ下はどこか寂しそうな、あるいは妬いているように見える顔をしていた。

 ははぁん⋯⋯さてはこいつ、自分以外の女子があだ名で呼ばれているのを見て嫉妬してるな? 由比ヶ浜には人に変なあだ名をつける印象があるが、その実シンプルに名前を呼び捨てる方が多い。

 選ばれし者の特権が薄れて悔しいのかね。もうさがみんにも嫉妬しちゃいなよユー。

 

「やあ。結局君が会長になったのかい?」

 

 そう言って話しかけてきたのは、海浜総合高校の生徒会長である玉縄だ。なんでちょっと嬉しそうなんだ、こいつ。

 

「ちげぇよ。俺は書記で、会長はこいつだ」

 

 そう言って雪ノ下の方を見る。玉縄は意外そうな顔をしていたが、すぐに笑顔になって雪ノ下の方に向き直った。

 

「はじめまして。僕は海浜総合高校で生徒会長をしている玉縄だよ」

「総武高校生徒会長の雪ノ下です」

 

 玉縄の言葉に、雪ノ下はどこまでも慇懃(いんぎん)な笑みを返した。愛想がよすぎて怖いぐらいだ。

 ふと視線を感じて平塚先生の方を見ると、向こうの教師との挨拶を終えたところらしかった。その目線が、タイミングは任せると言っている。

 

「⋯⋯なあ。そろそろ」

「ええ。それでは始めましょうか」

 

 雪ノ下の一言で、ざわついていた室内が一気に静かになった。コの字になった机で対面するようにそれぞれ席につくと、両校で視線が交わされる。

 海浜総合側の女子は折本ひとりだけ。それに対してこちらは女子三人に男は俺一人だけという、対照的なパーティー構成だ。

 だから、と言うのもあるのだろうか。海浜総合側からの視線はさっきから雪ノ下を始めとして由比ヶ浜、一色にと次々移り変わっている。

 

「まずは話を受けてくれてありがとう。僕たち海浜総合高校では生徒会でクリスマスイベントを考えているんだけど、総武高校とアライアンスを組めばイベントをスケールできると思って声をかけさせてもらったんだ」

 

 にこやかに話し始めたのは、このイベントの発案者であるらしい玉縄だった。相変わらず意識高すぎでつられて天に召しそうな言い回しである。

 

「ご指名をどうもありがとう。クリスマスは楽しみにしている人も多いでしょうし、シナジー効果を発揮して素敵なイベントを作り上げていきましょう」

 

 対する雪ノ下は、ノリまで合わせた完全な猫被りモードである。いつだったか家に来た時も、俺の両親に対してこんな感じになっていたのを思い出した。

 そう考えるとこいつ随分前からぐいぐい来てるんだよなぁ⋯⋯なんて懐かしく思っていると、早速ディスカッションが始まる。

 

「それで、クリスマスイベントというのはどんなことをするのかしら?」

「何をやるかはブレストで決めたいと思ってるんだ。ここの三階にあるホールを使って、日程は──」

 

 ブレスト⋯⋯。あー、はいはいブレストね。ロボットが合体した後、敵の艦隊をやっつける時の必殺技だ。

 ブレーンストーミングを受けた敵艦隊は脳内で意識高い系キーワードの嵐で襲われ、その圧倒的フラストレーションによって艦内部から爆散する。何それ超強そう。

 

「そういうことね」

 

 雪ノ下は平然として対応しているが、実質日取りと場所以外の案がないまま俺たち総武高校側を巻き込んだってことだぞこれ。やっぱ玉縄さんぱねぇわ。

 

「ということで、早速ブレストを始めたいんだけど、いいかな?」

 

 玉縄はそう言うと、得意げにマックブックエアを開いた。発言といい使う道具といい、危険な匂いしかしない。

 

「やっぱり二校合同でやるんだし、規模の大きなイベントにしたいよね」

「それある!」

「そうだね。対象も在学生に限ったりするんじゃなくて、もっと地域のコミュニティも巻き込んでいきたいし」

「それもある!」

 

 プロデューサー巻きのピーの発言を発端に、海浜総合側から意見がドンドンと上がってくる。そしてそれにのっかる折本の声も、意見を出しやすい雰囲気を作り上げるのに一役買っているように思えた。

 

「しっかりクリスマスの雰囲気も味わってもらいたいし、音楽は必須かな」

「それなら生オーケストラとか」

「プロジェクションマッピングとの共演とかいいね」

「プロマ⋯⋯? それある!」

 

 意見はどんどん出てくる⋯⋯のはいいのだが、どうにも話が壮大過ぎる気がする。あと折本さん、今分かってないのに同意しましたね?

 果たしてこちらはどう出るか、と会長である雪ノ下の方を見るが、さっきから借りてきた猫みたいな微笑みを浮かべてことの成り行きを見守っていた。

 リアリストのこいつが突っ込まないと夢物語ばかりになりそうだが⋯⋯。その気はなさそうだし、待ちの一手だけというのもよろしくない。

 

「なあ。それって予算がいくらある前提でやるんだ?」

 

 水を差すような意見に、はたと盛り上がっていた議論が止まる。それに答えたのは、満足そうにみんなの提案を聞いていた玉縄だ。

 

「基本的には生徒会の持つバジェットだけど、不足分は調達するスキームやメソッド考えればいいんじゃないかな」

「いやまずは誰の為にやるかを決めるのが先だろ。じゃないとどんなイベントがいいかとかは──」

「ノンノン、比企谷くん」

 

 玉縄は俺の言葉を遮ると、大変鬱陶しい仕草でボールペンを振った。

 

「ブレストはね、相手の意見を否定しちゃ駄目なんだ。だから意見が出にくくなるような意見は駄目だよ」

 

 お、おう⋯⋯。今まさに意見を否定された気がするんだけど⋯⋯。

 しかしこのままでは軌道がそれたまま議論を重ねることになってしまうだろう。どうしたもんかと思っていると、玉縄はすっと背筋を伸ばして空中でろくろを回しだした。

 

「僕たちが本当にやりたいことは何なのか、デザイン思考で考えよう」

 

 急に陶芸家を憑依させた玉縄がキメ顔で言うと、海浜総合側からは「おお〜」と感嘆の声が上がる。マジでどうすんだこいつらと思っていると、雪ノ下は俺たちだけに聞こえる声でぽそりと言った。

 

「⋯⋯デザイン思考は顧客目線の考え方なのだけどね」

 

 やっぱこいつ、色々分かってて好き放題言わせてんじゃねぇか。とっ散らかって収集つかなくなるやつだぞ、これ。

 俺が危惧している間にも海浜総合高校からは「大道芸人にオファーして」とか「プロの歌手を呼んで」などなど自由闊達な意見が出てくる。だんだん地蔵の気分になりながらそれを聞いていると、隣に座った由比ヶ浜が肘で小突いてきた。

 

「⋯⋯ねぇ、みんな何言ってるか全然分かんないんだけど。あたし一人置いてかれてる気がする⋯⋯」

「安心しろ由比ヶ浜。一ミリも話進んでないから置いてかれようがないぞ」

 

 俺はそう告げた後、誰にも聞こえないように溜め息をつく。

 結局その議論は特にまとまる訳でもなく、時間が来たのでそろそろ、と切り上げられた。

 かれこれ一時間以上話して出てきたのは、総武高校からは現実的な案と、海浜総合高校からのファンシーな案。活気のある会議らしく意見数の多さはいいものの、ちょっとまとまりがなさすぎる。これは絞り込むのに骨が折れそうだ。

 

「比企谷」

 

 帰る段取りを終えたところで話しかけてきたのは、折本だった。どうやら向こうの片付けも終わったらしい。

 

「結局、生徒会の仕事してんじゃん」

「まあ成り行きでな⋯⋯。っていうか折本も生徒会だったのかよ」

「え? 違うけど。あたしはヘルプ要員だから」

「あ、そう⋯⋯」

 

 道理で人数が多いわけだと納得していると、隣から冷ややかな視線を感じた。もうそっちを見なくたって分かる。雪ノ下が笑みの向こうから睨んでいるのだ。

 

「比企谷くんに知り合いが多いと、コミュニケーションが取りやすくて助かるわね?」

 

 氷のような声が耳朶(じだ)を打った瞬間、背中に怖気が走った。なんで他校の女子と喋っただけでこんな目に遭わにゃならんのだ⋯⋯。

 

「あー⋯⋯」

 

 俺たちのやり取りを見ていた折本は、何かを察した様子であった。色々勘違いしてそうだけど、下手に言い繕う方がまずいことになりそうだ。

 

「まあその、一緒にいいイベント作ってこうねってことで。じゃ」

 

 折本はだいぶ強引に会話を終了させると、海浜総合の集団に戻って行く。俺たちもそれをきっかけに会議室を出ると、コミュニティセンターを後にした。

 外はすっかり日が暮れていて、塗りつぶしたような黒が空を覆っている。手袋も何もしていない手が冷えて、制服の袖の中でぐっと拳を握った。

 

「⋯⋯なあ。どういうつもりだよ」

 

 総武高校に向けて歩きながら、俺は雪ノ下にそう問いかける。

 

「どう、とはどういう意味かしら」

「分かってんだろ。わざと話を止めずに聞いてただろ」

「ですよね。わたしもどうして何も言わないんだろって思ってました」

 

 一色に同意するように、由比ヶ浜も隣でコクコクと頷く。やはりそう感じていたのは俺だけではないらしい。

 

「向こうの会長さんの言った通り、あれはブレーンストーミングよ。自由な意見を募るのは、進め方の順番はどうあれ悪いことじゃないわ」

「そうかも知れんけど⋯⋯」

 

 雪ノ下のことだから玉縄に遠慮して、ってことでもないのだろう。だとすればなおさら意味が分からない。

 

「ゆきのんは、何か考えがあるんだよね?」

「ええ」

 

 由比ヶ浜が問うと、即座に雪ノ下は肯定する。雪ノ下のその表情は、どこか楽しんでいるように見えた。

 

「安心して。次回からはまたやり方を変えるつもりだから」

 

 ね、と微笑まれると、それ以上何も言えなくなってしまう。

 

「まあ、いいんだけど⋯⋯」

 

 雪ノ下が安心してと言うなら、その通りの結果になるのだろう。雪ノ下の言葉を信じるなら、今まで嘘は一度しかついていないのだから。

 どうせこいつのことだから最終的にバッサバッサ切り捨てていくのだろう。そんなことを考えながら、やがて見えてきた総武高校を見上げるのだった。

 

 

   *   *   *

 

 

 あれから二日後、二回目の会合である。

 俺の予想は、早くも的中することになった。

 

「じゃあ今日もブレストから始めて──」

「それはもういいんじゃないかしら」

 

 玉縄の声を遮ったのは、凛とした雪ノ下の声だった。

 ところはコミュセンの二階、会議室。前回と同じ場所での開催だったが、今日は最初から雰囲気が違っていた。

 

「前回のブレストでだいぶ案が出たでしょう? 今からそれを元に何をするかを決議(・・)していきましょう」

 

 雪ノ下の言葉で、なるほどなと俺は得心した。

 ブレストなんて形態をとるから、反対意見も出しにくくなってしまうのだ。故に先手を打っての『ブレスト封じ』。やっぱどこまでいっても必殺技っぽいな、ブレスト。

 

「そ、そうだね。僕としてはもう少し案を出せたらと思ってたんだけど⋯⋯」

「案出しは決めながらでもできると思うわ」

 

 急に雪ノ下の押しが強くなったことに対して、玉縄の方はたじたじの様子だった。人間、正論をこうもはっきり言われたら断れないものだ。

 

「それじゃあ、何をするか話し合っていこうか」

 

 玉縄の仕切る声からブレストの言葉が消えると、第二回目の会合が本格始動する。

 まずは前回でた案のおさらい、ということで、折本がホワイトボードに意見を書き出してくれた。つまるところ、こんな感じだ。

 

『地域の人を巻き込む』

『老若男女みんなが楽しめるようなイベントに』

『オーケストラによる生演奏』

『ミュージカル』

『プレジェクションマッピング』

『プロの歌手を呼ぶ』

『クリスマスらしいムード』

『演劇』

『バンドの生演奏』

『フレッシュなマインド』

『大道芸人によるパフォーマンス』

『フォトジェニックなイルミネーション』

『暖炉を囲んでいるようなアットホームさ』

『キャンドル作り体験』

『オリジナルマスコットキャラクター』

 

 正直かなりカオスな状態だし、全部を盛り込んでイベントを催行するのは到底無理な話だ。

 この中から重要なキーワードを抜き出すように、色々と物事を決めていかなければならないのだが。

 

「⋯⋯」

 

 昨日あれだけ活発に意見が出されていたのに、いざ決議していくとなるとすぐには声が上がって来ない。

 どないすんねんこれ⋯⋯と雪ノ下の方を見ると、先にこちらを見ていたらしくすぐに目が合った。ああ、これが視線で物を言うってやつですね。

 

「昨日も言ったんだが、まずは誰に向けてやるイベントなのかを決めなきゃいけないと思うんだけど⋯⋯」

 

 俺がそう言うと、皆が視線を向けたのは『地域の人を巻き込む』『老若男女みんなが楽しめるようなイベントに』という言葉だ。

 

「子どもからお爺ちゃんお婆ちゃんまで来てもらえるように、イベント参加はこの地域からなら誰でもオッケー、みたいな?」

「あ、それある!」

 

 由比ヶ浜が言うと、すぐに折本が同意を示す。そこからは、ずいぶん空気が柔らかくなったように思えた。

 

「じゃあチラシを作って張り出したり、シニアクラブにアピールしに行ったりとか」

「子ども参加オーケーなら、近くの保育園にあたってみる?」

 

 由比ヶ浜たちのやり取りを皮切りに、海浜総合からも次々案が出てくるようになる。まだ議論は先走っている感があるが、前回に比べたらかなり具体的な意見だった。

 

「お年寄りたちに観てもらうなら、子どもたちがいた方が喜ぶでしょうね。主催側として小学生の子に手伝ってもらうのもいいと思うわ」

 

 雪ノ下がそう会話に乗った瞬間、ふと違和感を覚えた。

 会話の流れとして、特に不自然なことはない。ただ何となく、雪ノ下と子どもという存在が上手く結びつかない。勝手な想像だが、子どもの相手は苦手そうなイメージがあるのだ。

 

「小学校のアポイントメントはこちらが取るから、保育園の方はお願いしていいかしら?」

「あ、ああ。もちろん」

 

 雪ノ下が問いかけると、勢いに押されたように玉縄は頷く。

 演目こそ決まっていないが、出し物は地域の小学校や園児たちを巻き込んで、ターゲットはお年寄りを始め地域の人ならだれでも参加可能。前回の話し合いに比べたら、ずいぶんと前に進んだ気がする。

 色々と議論がまとまってきた実感はあるのか、玉縄はパン! と手を叩くと気を取り直すように声をはる。

 

「じゃあ後は出してもらったアイデアをどうローンチしていくかを話し合おう!」

 

 ⋯⋯あ、やっぱ駄目だこいつ。このノリ全部やる気だわ。

 思わず白目を剥きそうになっていると、トンと一色が膝を当ててくる。視線を落とした先の太ももが白い。いやどこ見てんだ真面目にやれ。

 

「どうしますあれ。だいぶキてますよ」

「ああ⋯⋯キてるな⋯⋯」

 

 キましたわー! なんて言っている場合ではない。放っておくとまたアイデアが増えてややこしいことになりそうだ。

 

「二校のアライアンスとリソースを活用すれば、きっといいものができるね」

「これだけの規模でやれば、ダイバーシティにも対応が──」

「いいえ」

 

 海浜総合から出だした意見を遮ったのは、耳に残るほどはっきりとした雪ノ下の声だった。

 

「時間も人も、リソースとして限られているわ。この中から何を実現できそうか、実現すべきなのか決めていきましょう」

「ちょっと待ってくれないかな?」

 

 やはりというか何というか、それに食い下がったのは玉縄だ。

 

「確かにリソースは限られている。けどそれは今わかっている限りの情報だろう? その問題だってみんなでアイデアを出し合って解決していけるはずだよ」

「それでは聞くけれど、それぞれのアイデアを具現化するためにタスクレベルまで落として考えられているのかしら?」

「それは今からの話だよ。みんなで考えれば、きっと精度の高いものなるし解決策だって見えてくるんじゃないかな?」

「精度を求めていたらいくらでも時間がかかるし、それだけ準備にかけられる期間が短くなるわ。現有の情報で決めていくことは十分可能だと思うけれど」

「それでは十分な検討がされないままドロップされるアイデアも出てしまうと思うな」

「当然じゃない」

 

 雪ノ下が短く応えると、そこで矢継ぎ早な応酬が止まった。

 雪ノ下と玉縄は、は睨み合うでもなくただお互いの目を見合っている。

 

「やりたくても実現できなかったことについて、恨みを買うことだってあるでしょうね。それを受け止めた上でメンバーに前を向いてもらうように努力することが、(おさ)に求められる行動ではないかしら?」

 

 それはよく切れるナイフのような正論だった。硬く、曲がらず、どこまでも鋭利だ。

 耳鳴りがするほどの静寂が訪れて、誰もが身じろぎ一つすらしない。暖房は効いているはずなのに、乾ききった空気が身体の芯まで冷やしてくる。

 

「あ、あのさ。とりあえずできることからやっていかない? 小学校とか保育園とか、参加してくれるかどうかでやることも変わってくるかも知れないし」

「⋯⋯まあ、このまま議論してても建設的にはならないかもな」

 

 由比ヶ浜の進言に同調を示すと、ようやくせき止められていた時が流れ出す。俺の隣で一色は、大仰に息を吐いていた。

 

「ではこちらは小学校へ打診してみるわ」

「ああ。こっちも保育園にネゴシエーションしておくよ」

 

 その宣言を皮切りに、海浜総合側はさてどこに声をかけるかと相談をし始める。

 対してこちらは、未だ溜め息が場を支配していた。

 

「は~⋯⋯。なんですかあれ、めちゃくちゃやり難くなるやつじゃないですかー」

「そうかしら? 最初からお互いの考えをオープンにしておけば、後々スムーズになると思うけれど」

「そうかも知れませんけど⋯⋯。雪乃先輩はメンタル強すぎなんですよ」

 

 一色の言いたいことも分かるし、雪ノ下の主張も間違いではないと思う。

 結局のところ雪ノ下と玉縄のやりとりも、お互いの正義がぶつかり合った結果とも言い換えられる。

 しかし納得したような返事をした一色は、まだ表情から不満が消えていない。

 

「先輩からも何か言ってくださいよー」

 

 と言われても、雪ノ下の言うことの方が理にかなっていたのも確かだ。何か物申すことがあるにしても、相手の面子に対することぐらいだろう。

 

「パートナーのクレドに関してはセンシティブな部分だから、クリティカルな発言はTPOを考慮しないとな」

「あなたのメンタルも大概よね⋯⋯」

 

 俺たちやり取りを見ていた一色は「なんだこいつ」って目を俺に向け、その隣で由比ヶ浜は「ぷっ」と吹き出した。

 

「ヒッキーとゆきのんってさ、何か似てるところあるよね」

 

 それある! ⋯⋯いやあるか?

 少なくとも先程の会話でそう感じるところなんてないと思うのだが。

 

「あー、たまに長年連れ添った夫婦感出す時ありますよね」

「でしょう?」

 

 それで雪ノ下さんはなんでそんなに得意げなんでしょうか。

 一色も一色で「あ、言わなきゃよかった」みたいな顔してるし⋯⋯マジで何なの、これ。

 

「⋯⋯とりあえず、小学校へのアポだな」

 

 変な空気を払拭するようにそう言うと、俺は鞄を掴み上げた。

 

「え、今から行くの?」

「そうじゃない。まずは平塚先生に話を通しておくのが筋だろ」

 

 由比ヶ浜の問いに答えると、そういうことかとそれぞれに帰り支度を始める。

 学校間を跨ぐ話だし、これに関しては平塚先生にも了承を得てから動いた方がいいだろう。海浜総合側に一声かけた後、コミュセンを出て学校へと足を向ける。

 

「先輩って」

 

 茜色の空の下を歩いていると、いつの間にか横に並んできていた一色が言った。

 

「ひょっとして、こういう仕事好きです?」

「んなわけあるか⋯⋯」

「そうですかねー。わたしにはそう見えましたけど」

 

 正直裏方仕事なんて分実でお腹いっぱいだし、面倒臭いことは極力少ない方がいい。

 しかしもし一色がそう感じたのなら、理由は一つしかないだろう。

 

「まああれだ。これが『一人にしない』ってことなんじゃねぇの」

「⋯⋯」

 

 言った瞬間、視界から一色の姿が消える。

 振り返って様子を伺うと、一色は立ち止まったまま俺を見ていた。

 

「⋯⋯そういうところ、本当ズルいですよね」

 

 ぽつりとそう呟いてから歩きだすと、一色はそのまま俺を追い越して行く。

 

「⋯⋯どういう意味だよ」

 

 同じぐらいの声量で発せられたその言葉は、一色の耳に届いたのか、届かなかったのか。

 赤の光を透かした亜麻色の髪が揺れるのを見ながら、俺はゆっくりとその背中を追うのだった。

 

 






 ということでクリスマスイベント編、スタートです。
 何か玉縄さんアンチみたいな展開になってしまいましたが、そういう意図はありません。
 むしろ自分は仕事柄玉縄さんの如く横文字ビジネス用語バリバリ使うので自分で自分をディスってる気分になります。

 引き続きお楽しみください!
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