比企谷八幡はラッキーマン。上
コタツ。
人類最大の発見が火だとすれば、最大の発明はコタツではないだろうか。
コタツは心臓からもっとも遠く冷えやすい足先を適温で温め、その上に鎮座するテーブルは広大なワークスペースを提供する。サーモスタットが時を刻むようにカチッと鳴り、ノスタルジーを感じるそのリズムは言わば人生のメトロノーム。
快適性と利便性、リラックス効果まで得られるコタツは人類の宝だ。かれこれ三時間も入りっぱなしの俺が言うのだから間違いない。
「ふぁ⋯⋯」
小町は俺の対面で小さくあくびをすると、軽く目尻を擦る。壁にかかった時計を見れば、長針と短針が上を向いて重なろうとしていた。
本日の日付は、十二月三一日。
もう後間もなく、年が明ける。英語圏で言うところのハッピーニューイヤー。そして四月になれば三年生になって、大変な苦労が予想される受験生になる。そう考えると全然ハッピーな感じがしねぇな⋯⋯。
「もうすぐだねぇ」
「もうすぐだなぁ」
そのやり取りに交じるように、小町の膝の上で香箱を作ったカマクラが「うなぁ」と鳴いた。どこまでも
しかし現実にそんなことが起こり得るはずもなく、やがて時計の針は一本になった。テレビの中から、ゴォーンと荘厳な音が聞こえてくる。
「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
「おお。明けましておめで⋯⋯」
冗談ぽく
画面に表示された名前は『一色いろは』だ。たまにあいつは、こんな風に急に電話をかけてくる。
「もしもし?」
『もしもーし。先輩、明けましておめでとうございまーすっ』
「え、誰? 雪乃さん?」
俺はそそくさとコタツを出ると、小町に向かってフルフルと首を横に振った。片耳に携帯電話を当てたまま廊下に出ると、ブッブッとまた携帯が震えて何かの通知を知らせる。しかし今は退避が優先だから、確認は後だ。
「⋯⋯おう。おめでとう」
『え、何ですか今の間は』
「いや、ちょっと場所を変えてただけだ」
ひやりと冷たい廊下で、俺は壁に背中をあずけた。テレビの音が聞こえなくなると、一色の声がよく聞こえる。
そうですか、と一色は呟いた後、電話の向こうで「ふふっ」と笑う。
『ひょっとしてわたし、明けおめ一番のりですか?』
「残念だな。いつも一番は小町だ」
『ちっ⋯⋯』
正確にはまだ挨拶を返しきっていないから実質一番は一色かも知れないが。⋯⋯って今『ちっ』て舌打ちしました? そういうとこだぞ、いろはす。
『まあいいです。本題はそれじゃないので』
そう言って一拍置くと、一色は電話口で続ける。
『結衣先輩たちと相談してたんですけど、今日の午後に初詣行きませんか?』
その言葉を聞いて、俺は得心した。メッセージのやり取りだとのらりくらりとかわされると思ったのだろう。
しかし断ったところで生徒会でとか部活でとか、色々な理由を並べてくることは目に見えている。それにそもそも、初詣には行かなければと思っていたのだ。
「いいけど、小町も連れて行っていいか?」
『え? あー、お米ちゃん⋯⋯』
一色は理由が分かったんだか分かってないんだか、微妙な声音で言った。しかしいつまで人の妹をライスちゃん呼ばわりしているのだろうか。もうついでに俺をお兄さま呼びしてくれないかな、うちのライスちゃん⋯⋯。
『受験生なんでしたっけ』
「ああ。まあ、本人が行きたがったらなんだが」
『ええ、大丈夫だと思いますよ。みんな知った仲ですし』
抑揚のない声で言う一色から待ち合わせ場所やら時間やらを聞くと、少しだけ雑談をしてから電話を切った。
その瞬間、画面に現れる通知のバナー。雪ノ下と由比ヶ浜からの『明けましておめでとう』が、途切れた文章になって表示されている。
きっとこの差が、性格の差ってやつなんだろう。
俺はそんなことを思いながら、メッセージを開くのだった。
* * *
電車に揺られて数駅。
目的の駅で降りると、元旦ということもあって神社に向かおうという人は多い。
約束の時間に合わせて
「あ、先輩」
俺たちの姿にいち早く気付いた一色が、こちらに向けて手を振る。
今日も随分と冷えるというのに、ストッキングに包まれただけの足元は膝上のスカート姿である。薄手のダウンを着ていなければ、ちょっと心配してしまいそうな出で立ちだった。
「明けましておめでとうございます!」
「明けましてやっはろー!」
小町が元気よく新年の挨拶をすると、同じぐらい元気な謎挨拶が返ってきた。何それ、イベントによってバリエーションあるの?
「明けましておめでとう」
「おお、おめでとさん」
雪ノ下は俺と目が合うと、いつもと変わらぬ声音でそう言った。長い髪ごとぐるりと巻いたマフラーが暖かそうだ。
「それじゃ、さっそく行きましょう」
初詣の言い出しっぺらしい一色は、そう号令をかけると一塊になって移動を始める。が、午後になっても初詣客の足は衰えていないのか、境内に続く道は人でいっぱいだった。参道に屋台が出ているせいでただでさえ狭い道が狭められ、中々進んでいかないのだ。
「やっぱり混むねー」
「そりゃな⋯⋯この辺りで一番でかい神社だし」
ミトンタイプの手袋を握り込んだ由比ヶ浜の声に答えながら、長い列を見やる。
普段無宗教を主張する者でもお参りをするのだから、面白いものだ。神道だって広義では宗教だと言うのに、教義や始祖がいなければその扱いを受けないのだろうか。
そんなことを考えながらゆるりと歩いていくと、思っていたよりも早く境内に出た。何人か同時にお参りできることもあって、そこからはさらに早い。
「先輩は何をお願いするんですか?」
もう少しで賽銭箱というところに来ると、一色が俺の顔を覗き込んでくる。その下からの角度、あざといと思います。それある。
「いや、神社はお願いしにくるところじゃねぇだろ⋯⋯」
「そうね。どちらかというと感謝とか宣誓をするものだから」
俺たちの会話を聞いていたらしい雪ノ下が補足すると、由比ヶ浜と小町は顔を見合わせて苦笑いしていた。お前らもお願いごとしようとしてたのかよ⋯⋯。まあ神社によっては願い事もありにしているところもあるから、一概に間違いとも言い切れない。
やがて順番がまわってくると、俺達は横一列になって賽銭を入れた。そして二礼、二拍手、目を閉じる。そしてもう一度礼をすると、無言で列の先頭から外れた。
「さっきの話ですけど、先輩は何を宣誓したんですか?」
「さらっと感謝のくだりを除外しているのはなぜだ⋯⋯」
呆れながら答えるが、そういうことは人に話すべきでもない気がした。ご利益が減るとかそんなものではないが、正直に語るのもこっ恥ずかしい。
「ま、何でもいいだろ」
「えー、なんですかそれ。教えてくださいよー」
一色はそう言いながら、くいくいと上着の袖を引っ張ってくる。ええいやめろ可愛いな。可愛いを自重せよ。
「⋯⋯行きましょうか。仲良しさんたち?」
いつからその様子を見ていたのか、すぐ真横から雪ノ下の冷たい声音が耳に届く。たとえ真夏だろうが真冬にしてしまう声は、冬に聞くと南極級である。マジで氷漬けにされそう⋯⋯。
「あ、ねぇねぇ。おみくじだって」
「おー、いいですねー」
俺たちの状況を知ってか知らずか、由比ヶ浜の提案に小町がのる。まあお参りだけして帰るというのも味気ないし、新年一発目の運試しにはいいんじゃないだろうか。
それぞれ代金を支払ってくじを引き、結果の書かれた紙を受け取る。別に示し合わせたわけではないが、みんな最後に俺が引くまで中身を見ずに待っていてくれていた。
「いい? じゃあせーので開けるよ。せーの⋯⋯」
由比ヶ浜の合図で俺たちは同時におみくじの紙を開く。ペリペリとめくっていった先に見えたのは、意外な文字だった。
「わたしは小吉ですね」
「あたし中吉ー」
「私は吉ね」
そう言うと雪ノ下はふふっと勝ち誇った顔をした。吉は小吉と中吉の間ぐらいなイメージがあるが、その表情をするってことはその中では一番良いのだろう。
しかし、さすがに俺の運勢には敵うまい。
「俺は大吉だ」
「⋯⋯らしくない」
「ねえちょっと? それどういう意味?」
負け惜しみのようなことを言い出した雪ノ下の方を見るが、ぷいっと顔をそらされてしまった。そういうとこだぞ、ゆきのん。
そんな中、ただ一人結果発表をしていない小町が沈んだ表情で口を開く。
「⋯⋯小町、凶でした⋯⋯」
沈痛な声に、思わず俺たちもかける言葉を失ってしまう。
よりによって受験生がなんてものを⋯⋯。神様の仕業だとしたら、ちょいと意地悪過ぎるんじゃないだろうか。
俺は何も言わず小町の手から不吉な紙を取ると、自分で引いた方の紙を渡す。
「⋯⋯お兄ちゃん?」
「三秒ルールだ。結果見てから三秒以内なら取り替えてもオッケーなんだよ」
「いや絶対三秒以上経ってましたけどね」
「んなもん誤差だ誤差。兄妹同士なら神様だって見逃してくれるだろ」
一色のツッコミを跳ね除けると、俺は既にいくつかのおみくじが結ばれている結び掛けに向けて歩いていく。凶のおみくじをそこに結んでから戻ると、妙に優しげな表情たちが俺を待っていた。
「ヒッキー、ちゃんとお兄ちゃんだね」
「ちゃんとって何だよ⋯⋯。元からちゃんとしてるだろうが」
「それ、本気で言ってるんですか?」
「それ、本気で言っているの?」
「ねえなんで今同じこと言ったの?」
疑問が疑問を呼んでいた。
とっ散らかりだした会話を締めるように、小町がパンと手を打ち鳴らす。
「はい! ということでたまにはちゃんとする兄を今年もどうぞよろしくお願いします。さあさあ、屋台を見に行きましょうっ!」
小町の提案に「だねー」と言った調子で賛同が返されると、来た道を戻り始める。
俺と小町とでは明らかな扱いの差があるのは気になるところだが⋯⋯まあ世界から愛されている小町ちゃんが特別扱いされるのは仕方のないことだ。
ゆるゆると下り坂を歩いていると、ふと雪ノ下が射的屋の前で足を止めた。
「何、どした?」
「いえ、まさか⋯⋯ね」
驚きの表情を浮かべる雪ノ下の視線の先は、パンダのパンさんのぬいぐるみだった。
別にそれ自体まったく驚くようなことではないと思うのだが⋯⋯どうにも奇妙な反応だ。
「パンさんがどうかしたのかよ」
「ええ⋯⋯。こういうところの景品って偽物が出回っているイメージだったけれど、どうにも本物らしいのよね」
こいつ、出店にどんなイメージ持ってるんだよ⋯⋯と思ったが、あながち間違いでもないので何も言えない。
その様子を見ていた小町が、ちょいちょいと俺の脇腹を突いてくる。
「お兄ちゃん、取ってあげなよ」
「え、なんで⋯⋯」
「雪乃さんが欲しがってる。それ以外に理由がいる?」
「お、おう⋯⋯。必要だと思うけど⋯⋯ぐげっ」
素で返していたら、思いっきり脇腹を突かれた。小町ちゃん、暴力はよくない。
「⋯⋯分かった。けどやってみるのは一回だけな」
この手のものは躍起になったら負けだ。例え取れなくとも、多少盛り上がればそれでよし。それに取ろうと努力したところを見せれば小町も納得するだろう。
射的屋のおっちゃんに一声かけて代金を渡すと、代わりに渡されたのはコルクが三つ。チャレンジは三回までだ。
「先輩、こういうの得意なんですか?」
「ああ、任せておけ」
ゲーセンでは一時期ガンシューティング系にハマっていたこともあるし、の○太くんだってぐうたらするのが好きで何の取り柄もないようでその実射撃は一流。引いては休みの日はぐうたらすることを好む俺にも射撃の才能があるということになる。いやならない。なるわけがない。
「──」
俺はコルクを銃口にはめると、すっと息を吸い込んだきり呼吸を止める。照準でパンさんを捉えると、迷いなく引き金を引いた。
「あっ。惜しい」
コルクはパンさんの右の隙間を通り抜け、思わずといった調子で由比ヶ浜が声を上げる。
しかし照準が当てにならないのは織り込み済みだ。後はこのズレをどれだけ感覚で調整できるかである。
こういう時は三角関数が役に立つのだろうが、俺のもっとも苦手とする教科だしそらで計算できる気もしない。己が感覚だけを頼りに銃口の向きを変えると、また息を吸い込んだ。
「あっ! あれ⋯⋯?」
スパァンっ、と今度はパンさんに当たった。しかし、不自然なぐらい微動だにしない。当たりどころも悪くないというのに、ほとんど揺れすらしなかったのだ。
もう一度狙いを定めて、打つ。当たる。しかし結果は同じだ。
「比企谷くん⋯⋯?」
「ああ⋯⋯」
俺は雪ノ下の問いかけに頷きを返すと、店主に向かって「あのー」と声をかけた。
「もう一回やろうと思うんですけど、あそこのパンさんのお尻の方、見せてもらっていいっすかね」
「え⋯⋯。どうしてだい?」
「いや、ひょっとしたらもう持ってるヤツかなって。お尻のタグみたら分かるんですよ」
俺がそう言うと、店主は苦り切った表情を浮かべた。
もちろんはったりだ。しかしあの不自然な挙動を見るとどうしても疑ってしまう。何らかの手で、絶対に落ちないようになってやしないかと。
「しょ、しょーがねぇなぁ!」
店主はそう言うと、背中でパンさんを隠した。ただ手に取るだけにしては時間をかけて手元を動かすと、振り返って「ほい」と俺に差し出してくる。
「玉は当たってたからサービスだ! 彼女に渡してやんな!」
「へ? いや、そう言うのじゃ⋯⋯」
「まいどあり! さあ見といで寄っといでー!」
ほらさっさと行け、とでも言うように店主は道行く客に声をかけ出した。俺と雪ノ下がとぼとぼと歩きだすと、三人も後ろについて歩きだす。
「あー⋯⋯。これ、いるか?」
「え、ええ⋯⋯。ならお金を」
「いや、そういうのはいいから。小町にやってみてって頼まれただけだし⋯⋯」
「そ、そう。なら、ありがとう⋯⋯」
俺がパンさんのぬいぐるみを渡すと、雪ノ下はその頭に口元を埋めた。珍しく頬が赤い。きっと寒いからだな⋯⋯そうに違いない⋯⋯。
「⋯⋯ふふっ。彼女ですって」
雪ノ下は口元をパンさんで隠したまま笑みを浮かべると、上目遣いで俺を見てくる。え、可愛い。何この子反則級に可愛い。美人なのに仕草めちゃカワとかやば──。
「ヒッキー⋯⋯」
「先輩⋯⋯」
地底の底から響いてくるような声が背中にかけられると、ゾクゥッ! と得も言われぬ感覚が走った。
何だかもう、半分わかっちゃいたが⋯⋯一体どうしろと言うのだろう。恐る恐る振り返ると、こめかみをヒクつかせた笑みが二つ並んでいる。
「喜んでもらえてよかったね?」
「ですねー。羨ましいですねー」
ヘイ小町! 援護! と小町の方を見るが、明後日の方向を見て肩を揺らしていた。俺の妹が悪い子すぎる。マジでどうすんの、これ⋯⋯。
「あー⋯⋯。何か腹減らないか?」
俺はそう言うと、目の前の屋台に視線を送る。後ろからは「ふっ」と笑うような声が聞こえたが、誰のものか分からない。
「誤魔化しましたね」
「ねー」
さっきまでとは打って変わって仲良さげな声音を聞いて、俺は人知れず胸を撫で下ろすのだった。
* * *
出店が出ていると言っても大した数でもないし、小一時間もあれば全て見て回れてしまう。
一色と由比ヶ浜に何故か焼きそばと綿あめをおごらされ、しばしの小休止。鳥居の付近で雪ノ下と小町は何事かを語り合い、由比ヶ浜と一色は何を言うでもなく買ったばかりの食料を口にしている。
「ね、ヒッキー」
由比ヶ浜は綿あめがひっついた唇とペロと舌で舐めると、ささやき声で言った。
「明日ヒマ?」
それを横で聞いていた一色の視線が、ぴたりと宙に向かったまま止まった。いきなりなんだと言うのだろう。
「あー、明日はほら、あれだ⋯⋯」
「いろはちゃんも時間ある?」
「おい、最後まで聞けよ」
俺のツッコミをよそに、そう聞かれた一色は「はぁ」とどっちつかずの返事をする。聞いておいて無視するの、ヨクナイ。
「明後日ゆきのんの誕生日じゃない? だから、一緒に誕生日プレゼント買いに行けたらなって」
「あー、そういう感じですか。午後からなら大丈夫です」
ふむふむ、と俺も頷きを返す。そう言えば由比ヶ浜の誕生日プレゼントも、偶然の面もあるが雪ノ下と一色と選んだのだ。由比ヶ浜の時はよくて雪ノ下の時は⋯⋯というのも、何か違う気がする。
それに思い出してみれば、ずっと前に由比ヶ浜から「ゆきのんの誕生日プレゼントは一緒に買いに行こう」と言われていたんだった。
「そういう理由ならまあ⋯⋯行くか」
「理由が必要なあたり、ほんと面倒くさいですねぇ」
めんどくさくたっていいじゃないか、八幡だもの。いや一色の反応を見てると全然よくないな。しかし心に根ざした習性というのは、中々頑固なものなのである。
「じゃ、また連絡するから」
由比ヶ浜はそう言うと、密談などなかったかのように小町と雪ノ下の方に混じってった。ごく自然に「そろそろ帰ろっか」と声をかけるのを見ていると、こいつも中々演技派だなと思う。
「楽しみですね。お買い物デート」
目を向けた先には当然のように、あざと可愛い後輩の
「お前もたいがい面倒くさいわ⋯⋯」
「先輩ほどじゃないですー」
ぷいっと拗ねたようにそっぽを向く仕草なんて、一色らしさの最たるところだ。
それにしても、三人で買い物か。誕生日プレゼント、マジで何にしよう⋯⋯。
「あ」
由比ヶ浜は小さくそう言うと、上着のポケットから携帯電話を取り出した。どうやら電話らしい。
「もしもーし。うん、明けおめー。⋯⋯うん、うん。近くにいるよー」
由比ヶ浜は親しげな様子で喋ると、携帯を耳に押し当てたままあたりをキョロキョロと見回しだした。
何やら見覚えのある髪型を見つけると、由比ヶ浜は「おーい」と手を振る。あーしさんこと三浦と、海老名さん。それから戸部を始めとする大岡、大和の男子三人組だ。葉山の姿がないのは意外だったが、同じクラスの見知ったメンバーである。
「明けおめ~」
「いろはすも明けおめー」
「あ⋯⋯、明けましておめでとうございます」
ゆるっと新年の挨拶をした海老名さんに戸部が続くと、一色は一応先輩相手だからかペコリと頭を下げた。おい一応って言っちゃったよ。
「あーしらこれからお茶しに行くけど、どうする?」
それぞれ挨拶を交わし合っていると、三浦は由比ヶ浜を見ながら言った。三浦に向けられていた由比ヶ浜の目線が、ぐるりと俺たちを巡る。
「えっと⋯⋯」
「いろはすも行くべー」
「え? ええ、まあいいですけど⋯⋯」
一色もそう言うと、どうしますかと言わんばかりの視線を俺に寄越した。
由比ヶ浜にも一色にも、奉仕部や生徒会以外に属するコミュニティーはあるわけだから、そちらに合流すべきだろう。コクリと小さく頷くと、続けて一色は三浦の方を見た。葉山隼人のいないこのグループにおいては、三浦が中心人物になるのを分かっているらしい。
「あんたも来れば?」
「あ、はい」
呆気ないぐらいに了承が得られると、答えを口にしていないのは俺と小町、それに雪ノ下だけだ。
「えっと、小町は受験勉強がありますので」
「私は帰るわ」
とまあ、そうなるのだろう。そしてその答えは、俺とて同じである。
「俺も帰るわ」
「え⋯⋯」
俺がそう言うと、一色はちょっとだけ目を大きくしながらそう呟いた。ひょっとして俺も行くのかと誤解させてしまったのなら申し訳ないが、俺があのグループと積極的に絡む理由はない。新年早々べーべー言うの聞きたくないんだわべー。
「それじゃ、またね」
由比ヶ浜は少し名残惜しそうな表情をしながら手を振ると、雪ノ下も「じゃあまた」と言って手を振り返す。互いに背を向け合うと、俺たちは駅へと向けて歩きだした。
国道沿いの歩道から、どこか昔懐かしい雰囲気のあるせんげん通りに出る。しばらくして浅間神社の裏手に続く北側の鳥居が近づいてくると、小町は「あっ」と声を上げた。
「いっけなーい! 小町、お守りを買うのを忘れてました!」
鳥居の前でくるりと俺たちの方を向くと、小町は芝居がかった仕草で敬礼をした。
「ということで、小町はこれにて」
「へ? いや、それなら一緒に」
「もー、お兄ちゃんのバカ! ボケナス! 鈍感系ラノベ主人公! 八幡!」
「おい、八幡は悪口じゃないだろ」
ですよね? と雪ノ下の方を見ると、ふっと微笑みが返ってくる。
「比企谷くんはどこまで行っても八幡だから、仕方ないわね」
「どういう意味だよそれ⋯⋯」
さらっと悪口認定されている気がした。あと何気なく下の名前で呼ばれるの、ちょっとドキッとするので不意打ちはやめて頂きたい。
そのままピューッと小町は坂を上って行ってしまったので、仕方なくまた俺たちは歩きだした。
駅に着くと未だに混み合う改札を抜け、折りよくやってきた電車に乗る。元旦から出かける人は思っていたよりも多いらしく、座席は全て埋まっていた。
「そういや、こっちでよかったのか?」
吊り革に掴まりながら、俺はそう問いかけた。横顔に雪ノ下の視線が注がれる。
「私の家はこっちの方面だけど?」
「いや、正月だし、実家の方に帰ってたりしてんじゃないかって」
一人暮らしの娘ともなれば普通は実家に帰ったりするものだと思う。が、陽乃さんを見ている限り、絶対普通じゃないんだよなぁ⋯⋯。
「実家はそれほど遠いわけじゃないし、集まりにはちゃんと顔を出しているから大丈夫よ」
「ならいいんだけ──」
言葉にしている最中に、電車にブレーキがかかって雪ノ下の身体が
「大丈夫か?」
「ええ、ありがとう」
そうして腕を下げた⋯⋯のだが、雪ノ下の手は俺の手首を掴んだままだ。心なしか冷たい手が、俺から暖をとっているようにも感じられる。
まあ、まだ電車揺れるからね⋯⋯。掴むところがあると安心だよね⋯⋯。
「比企谷くん」
そんなことを考えていると、いつもと少しも変わらない調子で雪ノ下は俺を呼ぶ。
「今年もよろしく」
「⋯⋯おう」
雪ノ下はそう言って、うっとりするほど綺麗な笑みを浮かべた。それがあまりにも眩しすぎて、俺は思わず車窓に視線を移す。
窓ガラスに映った雪ノ下はまだ微笑んでいて、俺はまたとくんと心臓を跳ねさせるのだった。
初詣のお話でした。割りと原作沿いですね。
今回から冬休み編、と言ってもそれほど長くならない感じです。
さて、三人は誕生日プレゼントに何を選ぶのか⋯⋯。
引き続きお楽しみ下さい!