翌日、一月二日。
初売りの日ということもあり、目的地であるららぽーとは凄まじい人だった。
「コムサの福袋見ました? モード系っぽいのもちょっと持っておきたいですよね」
「あたしはケイスペ気になったかなー。期間限定の出店らしいし、すっごい迷う」
今日は雪ノ下の誕生日プレゼントを選びに来た⋯⋯はずである。しかし俺たちがいるのは、常より混雑したカフェの一角だった。
ららぽに訪れた当初は「プレゼント何にしようねー」なんて話していたが、今や頭の中は自分の買い物でいっぱいのようだ。
そんな感じで先ほどから続く二人の女子トークは、福袋のキーワード以外何を話しているか全然分からなかった。好きな人は好きなんだよな、福袋って。
「けど福袋ってあれだろ、不人気色とか売れ残りだからお得感のある価格で売ってんじゃねぇの」
「甘いね、ヒッキー」
由比ヶ浜は咥えていたストローから口を離すと、人差し指を俺に向けて言った。人を指さしちゃいけません。俺の黒歴史の記憶が呼び起こされるから。
「最近の福袋は中身が見えてるのも多いんですよ。まあ、ぶっちゃけ要らないのも混じってるのは確かですけど」
「あ、そう⋯⋯」
一色の補足にそう返すと、俺は甘めのカフェオレを一口飲んだ。
そう言われても邪推してしまうのは、子どもの頃に買った福袋の記憶が未だに鮮烈だからだろう。福袋にキン肉マン消しゴムが二十個も入っていたのは愕然としたし、あの玩具屋が潰れて清々したのを今でも覚えている。ちなみに潰れた理由は高額商品ばかり万引きされたからだ。みんな万引きは犯罪だからやめようね。
「でもそろそろ本気で探さなきゃですね、雪乃先輩へのプレゼント」
「そうだねー。あたし、三人からワンセットになってるもの貰った時すっごい嬉しかったから、そういうのもいいかも」
ようやく本来の目的に話が移ると、俺は腕を組んで考える。
ワンセット、雪ノ下、好きなもの。
頭の中で検索条件をセットして出てきたのは、紅茶用の食器セットだ。ソーサー、カップ、ポッドの三点セットなららしくていいんじゃないかと思うが、すでにお気に入りのものを持っていそうなのが難点だ。
「ま、もうちょい色々見ながら考えたらいいんじゃねぇの」
俺がそう言うと、由比ヶ浜と一色ははコクっと頷いて微笑んだ。妙に優しげな目線に背中が痒くなって、俺はぬるくなってきていたカフェオレを飲み干す。
二人が飲み終わるのを待つと、カフェを出て通路を歩き出した。さて、ようやく本格的にプレゼント探しである。
「あ、意外にこういうの喜ばれたりしませんかね?」
しばらく歩いて一色が足を止めたのは、普段の俺なら店に入らないどころか視線すら向けない場所だった。
「先輩はどう思います?」
「どう思うって⋯⋯」
そう言われても、非常に困る。だってここ、女性用のランジェリー店じゃないですか⋯⋯。
ディスプレイされているのはほっそりとした肢体のマネキンで、身につけられたのは赤白青緑、それに黒と各色取り揃えられている下着たち。レースをあしらったものが基本のようだが、奥の方を見ればフリル付きや布地の面積がかなり少ないものもあった。
彼氏でもないのに下着を贈るとか、高校生男子にはハードルが高すぎる。例え一緒に選んだ女子がいてもその品を選ぶという行為事態がもうヤバい。
身に着けるものを贈るということは、似合うと思ってそれを贈るということに他ならず、下着をプレゼントしようものなら「比企谷くんはこれが私に似合うと思ったのね。一体どんな姿を想像したのかしら?」と反応に困る一言が返ってくるのは必定。そう考えると目の前の下着を身に着けた雪ノ下の姿を想像してしまって、頬が熱くなる。
「⋯⋯いや、ないだろ」
そもそも下着を贈るなんて、相手の身体を熟知していないと無理な話だ。俺が言うと、一色の視線が由比ヶ浜に向かう。
「あー、うん。どうなんだろ⋯⋯サイズは分かるけど」
って思ってたら、ガハマさん知ってるんですね⋯⋯。一体どういう話の流れで知ることになったのか、詳しく聞かせて頂きたい。いや聞いたら聞いたで反応に困るからやっぱりいいですごめんなさい。
「ですよねー。それじゃ他のところ見ましょう」
呆気ないぐらいに引き下がると、一色はそう言ってまた通路を歩き出した。
一色の隣に並ぶと横顔に視線を感じて、思わず一色の方を見る。しかし目が合う前に視線をそらされてしまって、その口端が上がっているのが見えた。
この子、絶対楽しんでる⋯⋯。一色いろは、怖い子⋯⋯(白目)。
「あ、ねえここは?」
由比ヶ浜がそう言って指さした店を見て、俺と一色はさっき合わせそびれた目線をぶつけ合った。その店は、奇しくも俺と雪ノ下、一色で由比ヶ浜の誕生日プレゼントを買った店だったのだ。
「とりあえず、見てみるか」
いや、奇しくも、というわけでもないのかも知れない。由比ヶ浜は三人揃って贈られたプレゼントが嬉しかったと、さっきそう言っていたばかりだ。
俺が返事をすると、三人で店内に入る。相変わらずファンシーなグッズやウェアで溢れていたが、淡い色使いがどこか大人っぽさを醸し出しているものも多い。
「先輩」
商品棚を見ていると、隣に立った一色が少し背伸びをして耳元に口を寄せてきた。そのちょっとした仕草があざといし近い。
「結衣先輩、分かっててここ来たんですかね?」
その言葉に先程も考えたことを再度思考する。さすがにもう覚えていないが、ひょっとしたらラッピングに店のロゴでも描かれていたのだろうか。
そして、あるいは──。
「犬の嗅覚的なもんじゃねぇの」
「犬の嗅覚⋯⋯」
何言ってんだこいつ、という目を向けられるかと思っていたら、一色は割りと真面目に検討に入っていた。
本人はどう思っているが知らないが、客観的に見て犬っぽいのだ、由比ヶ浜は。雪ノ下への懐き方は元より、動物的なまでに洞察力が高い。
「ねえねえ、二人とも!」
俺たちの間に沈黙が流れている最中に、何かいいものを見つけたのか由比ヶ浜の高揚した声が聞こえてくる。由比ヶ浜の方に近づいていくと、何やら微妙に見覚えのあるものがハンガーにかかっていた。
「これ、どうかな? ゆきのんに似合いそうじゃない?」
そう言って由比ヶ浜は、もこもこのナイトウェアを俺たちに見せてくる。思わず一色と俺は目を合わせると、どちらともなく吹き出してしまった。
「たぶん、嗅覚ですね」
「だろ?」
「え? え⋯⋯? 何の話?」
「何でもねぇよ」
一人話についていけていない由比ヶ浜にかぶりを振ると、不満そうな視線が返ってくる。しかしすぐに気を取り直して、由比ヶ浜は一色の方にもプレゼント候補を見せた。
ナイトウェア、あるいはルームウェアとしても使えるそれは、由比ヶ浜に贈ったものと同じでもこもこした生地でできたフルジップのトップス。違うのはボトムがショートパンツぐらいの丈なのと、プリントされているのが肉球のイラストであること。それにキャップに猫耳が生えていることだ。キャップに、猫耳⋯⋯。
「あー、雪乃先輩って猫好きなんでしたっけ?」
一色の疑問に、俺はこくりと首肯を返した。一色の前ではあまり見せないのかも知れないが、雪ノ下は無類のニャンコスキーである。わざわざうちの飼い猫であるカマクラに会いたがるほどなんだから、よっぽどだ。
だから猫そのものにはなれなくともそれっぽいアイテムは、コスプレイヤーが推しになりたいようにある種の欲求を満たす可能性がある。
しかし、それにしても。
その衣装は、雪ノ下のイメージに対して可愛すぎるような気がしてならない。
「まあ、好きなんだろうけど⋯⋯」
「じゃあこれにしない? あたしにプレゼントしてくれた時みたいにして」
それはつまりボトムとトップ、キャップに分けて購入し、同時にプレゼントするということだ。
しかし、大人びた雰囲気のある雪ノ下は果たしてこれを喜んでくれるだろうか?
⋯⋯あれ、プレゼントされた時は「私に似合うかしら」とか言いながら、家の中ではルンルン気分で着ている雪ノ下さんの姿が思い浮かべられますね?
「あー、じゃあそれにします? 雪乃先輩、家でなら着てくれますよ。っていうかわたしが着ているところ見たいです。今度お泊り会企画しましょう」
「いいね~」
異論のないらしい一色は、それどころかかなり前のめりである。
何だかんだでこいつも雪ノ下のこと好きなんだよな⋯⋯。あいつ、モテ期来てんじゃねぇの。知らんけど。
「いつ渡しましょうね」
会計を済ましてラッピングを待っている間、一色がポツリと言った。
明日は正月三ヶ日も最終日。雪ノ下は以前ちゃんと家の集まりには出ていると言っていたから、明日渡しに行こうにも先約がある可能性が高い。
「⋯⋯まあ、流石に正月だからな。学校始まってからでもいいと思うけど」
一色も今日は午後からならって話だったし、きっとそれぞれ予定もあるだろう。三学期になってからが無難か、と思っていたのだが。
「え? 明日は夕方までなら空いてるって言ってたよ?」
由比ヶ浜さん、まさかの段取り力だった。しかし俺たちにまで伝わっていない時点で本当に段取り力があるかどうかは微妙である。
「プレゼントは三点セットがいいなとは思ってたけど、本当にそれができるか分かんなかったから⋯⋯。あたしだけでも誕生日に渡せたらいいかなって」
そう言いながら、段々と由比ヶ浜はモジモジし始めた。恐らく自分だけ抜け駆けしている気分になってきたのだろう。やっぱり雪ノ下、モテ期きてるんじゃないの⋯⋯。
「⋯⋯もし時間があったらだけど、一緒にお祝いしない?」
少し上目遣いになって聞いてくる由比ヶ浜の様子は、どこか子どものようだった。その聞き方は、ちょっとズルい。
「俺は大丈夫だけど」
「わたしも大丈夫ですよ」
何だかんだ正月というのは、みんな意外に暇なものらしい。俺たちが答えると、由比ヶ浜の顔がぱぁっと明るくなる。
「うんっ! じゃあゆきのんの誕生日会だね!」
そう言って本当に嬉しそうな顔をするもんだから、本当にこいつは雪ノ下のことが好きなんだなと分かる。願わくはいつまでもゆるゆりしてもらいたいものだ。一色も混じるのも可である。何その絵面強すぎる⋯⋯。
そうこうしているうちにラッピングが終わって、商品を受取るとまた通路に出た。本日の目的はこれにて完了であるが。
「ねえねえ、福引引けるみたいだよ」
由比ヶ浜に言われてレシートと一緒に受け取った紙を見ると、そこには『福引券』と書かれている。ららぽ内に設えられた福引所に行けば、新年の運試しができる⋯⋯ということらしい。
「せっかくなんで、行っときましょう」
そう言った一色に促される形で、俺達は案内図に描かれた福引所を目指す。やがて福引所が見えてくると、列の最後尾に加わった。初売りということもあってか、並んでいる人はそこそこ多い。
「特賞は温泉旅行ご招待だって」
デカデカと掲げられたポップに特賞は温泉旅行、一等はららぽで使える商品券五万円分、二等は空気清浄機など、中々豪華なラインナップが描かれている。当然ここで一番の狙い目は。
「一等だな⋯⋯」
「ですね⋯⋯」
五万円分の商品券があれば、マックスコーヒー一年分にはなるだろう。うん、夢が広がる⋯⋯。
「特賞じゃないんだ⋯⋯。分かるけど」
由比ヶ浜は若干引いていたが、やはり自分の好きなものに使える商品券は魅力的だ。特にららぽであれば、ショピングモール限定だろうが使い道には困らない。
列は順調に進んでいき、あっという間に俺たちの順番になる。最初に一色がガラガラを回すと、出てきたのは白い玉だ。
「ティッシュでした⋯⋯。結衣先輩、わたしの無念を晴らして下さい」
「任せてっ」
まあ、こういうのはだいたい外れを引くのが相場だろう。確率論から言ってもそうだと言うのに、由比ヶ浜の自信は一体どこからくるのだろうか。
由比ヶ浜は腕まくりをすると、くるくるくるっとガラガラを回す。ちなみにガラガラの正式名称は『新井式回転抽選器』というらしい。八幡、クイズ番組で覚えた。
ポーンと放物線を描きながら出てきた玉の色は、案の定白だった。
「むー⋯⋯。ヒッキー、後はお願いね」
「おう」
そう答える俺に秘策は⋯⋯あると言うには微妙な手だが、出来ることはある。
こういう時は無欲になるといい、とよく聞くがまったく逆のアプローチも存在する。スポーツ選手が勝つ姿をイメージングするように、一等を引き当てる自分をイメージするのだ。
案内によると、一等は金の玉。ゴールデンボールだ。日本語で金玉。クルクルと新井式回転抽選器を回す。考案してくれた新井さんに感謝。出て来い、俺の金玉!
「え⋯⋯」
カラコロと出てきたのは、どういうことなのか虹色だった。
一等の金でもなければ、二等の銀でもない。三等は赤色だ。ならこのガチャのSSR演出じみた虹色は⋯⋯?
「おめでとうございます! 特賞です! 特賞でました〜!!」
カランカランカラーン! と派手に鳴らされるベル。一瞬で集まってくる衆目。マジかよ、なんて声も聞こえてくるが、俺の方がマジかよである。
「特賞は温泉旅行のご招待券になります。使い方の説明を致しますので、こちらへどうぞ」
「あ、はい⋯⋯」
唖然としている由比ヶ浜と一色に目だけで「行ってくる」と告げると、パーティションの向こうに用意された席に向かった。
何とも現実感のない展開だ。そう思いながら説明を聞き終えると、福引所の傍で待ってくれていた二人と合流する。
「ヒッキー、大吉の次は特賞⋯⋯?」
「運強すぎません? 明日あたり隕石降ってきて先輩に当たるんじゃないですか?」
「俺の強運のせいで千葉を壊滅状態にするのはやめろ⋯⋯」
いや、ひょっとしたら千葉どころか日本、最悪世界の危機だった。
自分でも今年の運を全部使い切ってしまったんじゃないかと思っているところだ。不吉な予言は勘弁して欲しいものである。
「でもよかったね。これ家族で行けるやつじゃん」
由比ヶ浜の視線の先を追うと、宿泊地の名前の横には『一組四名様』の文字が小さく書かれている。
確かに由比ヶ浜の言う通り、我が家の家族構成にマッチしている。しかし直近で小町の受験はあるし、そもそも忙しい両親と予定が合わせられる気がしない。
だから、こういうものは有効に活用できる人の手に渡るのが一番いい。
「あー、要るか? これ」
「え⋯⋯?」
由比ヶ浜と一色は「何を言っているのか分からない」という顔で、俺を見返していた。
「小町は受験だしな⋯⋯。行くなら冬の時期の方がいいけど、予定が合わないんだよ」
宿泊先となる旅館はスキー場もほど近く、冬のレジャーにはうってつけの立地だ。
有効期限もあるし、旬の時期に行ける人間が行けばいい。そう思って提案したのだが。
「もうっ。先輩、そうじゃないでしょ」
「へ⋯⋯?」
「まあまあ、いろはちゃん」
一体この二人の反応は、何だと言うのか。
一色はちょっと拗ねた感じになり、由比ヶ浜は宥めるようにその肩を叩いている。
「ヒッキーが当てたんだから、使い道はヒッキーに決めてもらおうよ」
「それはそうですけど⋯⋯。わたしは要りません」
「あはは⋯⋯。うん。あたしも家族でってことなら、遠慮する」
「えぇ⋯⋯」
いや、君らがもらってくれないとマジで譲渡先がないんだけど⋯⋯。
あと思い浮かぶのは雪ノ下だが、家族のことを話す口ぶりから一家揃って旅行というイメージはない。あと陽乃さんと一緒に行くの超嫌がりそう。どうすんの、これ。
「先輩」
途方に暮れていると、ちょっと呆れた感じの声が耳に届く。
一色はいつもより強い目で俺を見ると、小さな溜め息の後に言った。
「よーく考えて決めてくださいね?」
* * *
翌日、一月三日。
「ハッピバースデートゥーユー、ハッピバースデートゥーユー」
そのアカペラのバースデーソングは、天使の如き二人の声と、ボソボソと低い男の声で奏でられていた。
窓のシャッターを閉め切り、照明を落とした薄暗がりの中、蝋燭の灯りだけが雪ノ下の顔を照らしている。
「ハッピバースデーディア」
「「ゆきのーん」」
「ゆきのしたー」
一瞬の戸惑いがあった後の呼称は、俺だけ違うものだった。一色まで「ゆきのん」呼びするなんて聞いてない。
それはともかく。
「ハッピバースデートゥーユー」
「ふふっ」
雪ノ下は蝋燭の火に照らされながら吹き出すよう笑うと、そのまま小さな灯火を吹き消した。
俺が手にしていたリモコンで照明をつけると、パチパチと拍手が鳴る。
「ありがとう、由比ヶ浜さん、一色さん。比企谷くんも」
「おう」
本日一月三日は、雪ノ下雪乃の誕生日だ。
午前中から雪ノ下のマンションを訪れた俺たちは誕生日会の準備に勤しみ、昼食は雪ノ下に手料理を振る舞った。そして今雪ノ下の眼前にあるケーキは、由比ヶ浜と一色の合作である。ちなみに俺は蝋燭を挿した。うん、大したことしてねぇな俺。
「ヒッキー、お皿取って」
「はいよ」
そんなこんなで雪ノ下の誕生日会は、ゆっくりと和やかに進んでいく。
出来立てのケーキを食べ終わると、いよいよプレゼントタイムだ。
「ゆきのん、ちょっとこっちに来て」
由比ヶ浜は雪ノ下をリビングに呼び込むと、そのままエスコートするようにソファに座らせる。
俺たちはローテーブルを挟んで膝を床につけると、視線を交差させた。
「いいですか?」
一色の問いかけに、こくりと頷きを返す。せーの、の掛け声と一緒に、プレゼントを差し出した。
あ、と雪ノ下が小さく声を出す。
「えー⋯⋯。改めて、誕生日おめでとさんってことで」
「わたしたちから」
「プレゼントだよっ」
「ありがとう。何かしら?」
きっとそのラッピングと渡し方から、大方の予想はついているのだろう。雪ノ下はふわりと微笑んでプレゼントを抱き締める。
開けていい? と雪ノ下が問うと、もちろん、と由比ヶ浜は笑った。一つひとつの包装からプレゼントが取り出されていくたびに、雪ノ下の表情が変わる。
「これは⋯⋯。ナイトウェア、というものかしら?」
「ですです。ルームウェアとして使うのもありですよ」
机の上に並べられたプレゼントを囲んで、その内容を改めて眺める。大人ファンシーな衣装は、雪ノ下のイメージではなくともきっとよく似合うはずだ。
「そうだ。ゆきのん、ちょっと着てみてよ」
「え⋯⋯?」
「あ、いいですね。わたしも見てみたいです」
戸惑いを見せる雪ノ下は、何故か俺の方を見ていた。
いや、そんなお伺いを立てるみたいな目線を送られても困るんですが⋯⋯。
「じゃあ、ちょっと着替えてくるわね」
結局二人からの熱烈な要望に応える形で、雪ノ下はナイトウェアを持って脱衣所の方へと歩いて行った。
そして僅かな時間の後、戻ってきた雪ノ下の姿は──。
「おお~」
モコモコした白い生地のショートパンツに、同じ生地のフルジップのトップ。頭に猫耳が飛び出たキャップを装着すれば、ウェアにプリントされた肉球と合わせてにゃんにゃんパラダイスだった。
思わずといった調子で由比ヶ浜が声を上げたのも分かる。こんな可愛らしい格好でもイメージなんて吹き飛ばしてバッチリ似合ってしまうのだ、雪ノ下雪乃という少女は。
「え。マジですかちょっとズルいぐらい可愛いですね。写真撮っていいです?」
「ちょっと、⋯⋯え? 本当に撮るの?」
冗談だと思っていたのか、一色に携帯のカメラを向けられて雪ノ下は動揺を見せる。
そこからは案の定、雪ノ下雪乃撮影会だった。由比ヶ浜は「いいね~目線こっちにちょうだい!」と声をかけ、一色はメチャクチャ色んなアングルから写真を撮っていた。ちなみに俺は一枚も撮っていない。一瞬本気で写真を撮ろうかと思ったけど社会的に抹殺されそうなのでやめた。
「⋯⋯比企谷くん」
ジロジロ見るのも野暮かと思って窓の外を見ていたら、不意に近くから声がかかった。いつの間に撮影会は終わっていたのか、間近にナイトウェア姿の雪ノ下がいて動揺する。
ああ、そうか。
俺だけ何一つ感想を言っていなかった。ただ「似合ってる」と言えばいい。そう思って口を開きかけると──。
「にゃん♪」
雪ノ下は軽く握った両手を持ち上げると、にゃんこの如く手首を前に倒し、くてんと小首を傾げながらはにかむような微笑みを浮かべ、上目遣いでそう言った。
「」
「ゆきのん⋯⋯」
「雪乃先輩⋯⋯」
「」
「あれ? おーい、ヒッキー?」
「」
「先輩?」
「」
「せ、先輩が死んでる⋯⋯」
ポク、ポク、ポク、チーン⋯⋯。
比企谷八幡、享年十七歳。死因は雪ノ下雪乃が可愛すぎることによる急性キュンムネ中毒であった。
最期に浮かべたその表情は、尊死と称すべき安らかなものであったという──。
──やはり俺にモテ期がくるのはまちがっている。完。
* * *
しばしの臨死体験から息を吹き返した後のこと。
雪ノ下が可愛さでぶち殺そうとしてくるもんだから色々ワチャワチャしてしまったが、早いものでもう日は傾いてきている。雪ノ下の家にお邪魔していられるのは夕方までだ。
「じゃあ、そろそろ帰らないとだね」
俺たちのいるダイニングテーブルまで西日が差し込んでくると、この会の発案者である由比ヶ浜がそう切り出した。
しかし、俺にはまだ言わなければいけないことがある。
「あー⋯⋯その。ちょっとだけ話があるんだけど、いいか?」
席を立ちかけた由比ヶ浜をその言葉で制すると、俺は鞄の内ポケットから封筒を取り出した。封筒の中から顔を見せたのは、昨日当てたばかりの温泉旅行のチケットと、パンフレットだ。
「実は雪ノ下の誕生日プレゼントを買った時にもらった福引券で、これが当たってな」
雪ノ下は珍しく、何が起こったのか分からないと言った表情を浮かべていた。経緯を知っている由比ヶ浜と一色は、静かにことの成り行きを見守っている。
俺がこんなことを言い出したら、意外なんて一言では済まないのだろう。喜んでくれるのかどうかすらも分からない。
それでも俺は、この選択をした。考えに考え抜いて出した答えなら、正解じゃなくてもまちがいにはならないと思うから。
「よかったら、みんなで行かないか? 奉仕部兼生徒会の慰安旅行的な感じで」
言い終わっても、すぐに答えは返ってこない。
戸惑いか、困惑か、はたまた迷惑か。錯綜する彼女たちの視線は、言葉の
「あたしは行きたい!」
跳ね馬のように元気な声が、沈黙を蹴り飛ばした。その隣で、一色は頬を緩ませる。
「やーっと理由を作らずに誘ってくれましたね。素直な先輩もいいですよ」
「お前な⋯⋯」
そう言われると今までの行いが居たたまれなく思えてくるのだが、そこは俺なので勘弁して欲しい。いや俺だからという免罪符って何だよという話だが。
「わたしも行きたいです。けど⋯⋯」
一色が言うと、ただ一人答えを口にしていない雪ノ下の方に視線が集まる。
雪ノ下は俺を見るなり柔らかく目を細めると、ようやく口を開いた。
「ありがとう、比企谷くん。私も行きたい。⋯⋯みんなで」
純粋で透明な想いと付け足された「みんなで」という言葉に、由比ヶ浜も一色もほっこりと笑みを浮かべた。いつの間にやら俺の方に視線が集まってきていて、どうにも面映い。
「そんじゃ日程は、それぞれ予定確認してからっつーことで」
ええ、とか、うん、とか、ですね、とか。
ありきたりな言葉は今までよりもずっと柔らかく温かで。
正解を探り当てられたことに、俺はひっそりと安堵するのだった。
ということで、短かったですが冬休み編はおしまいです。
次回、三学期編は意外な展開に⋯⋯?
引き続きお楽しみください!