やはり俺にモテ期がくるのはまちがっている。   作:滝 

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三学期編
相変わらず、折本かおりはぶっこんでくる。


 あっという間の冬休みが終わり、三学期が始まった。

 三学期は三つある学期のうち、もっとも短いシーズンだ。その割りにマラソン大会や三年生を送る会など、小規模ながらイベントも多い時期である。

 

「どうぞ」

「ん⋯⋯。サンキュ」

 

 そう言ってことりと目の前に置かれたのは、クリスマスプレゼントのお返しにともらったパンさん柄の湯呑だ。礼を言った俺と目が合うと、雪ノ下は微かに笑って自分の席に戻った。

 時は放課後、ところは久々に奉仕部である。

 直近の生徒会の仕事としてはマラソン大会の段取りがあるが、備品のチェックとスケジュールの確認をしたら後はやることがない。色々と行事が詰まっている三学期だが、この一月にやらなければいけないことは残り少なかった。

 粗方の仕事を終わらせてしまったら特に生徒会室に詰めている必要もなく、今はこうして奉仕部で思い思いの時を過ごしている、というわけである。

 

「楽しみですねー旅行」

「あ、ねえ。宿の近くに足湯があるみたいだよ」

 

 さっきから一色と由比ヶ浜は、来週末に行くことになっている温泉地の情報を読み漁っていた。わざわざその地方の旅行雑誌を買ってくるほどの気合の入れっぷりだ。

 そこまで楽しみにしてもらえているなら、誘った甲斐があるというもの。あそこに行きたいここに行きたいと話す姿を見ていると、思わずほっこりしてしまう。

 

「先輩はスキーとかボードはできるんですか?」

「いや、やったことねぇな」

 

 スキー場の紹介ページを見せながら聞いてくる一色に、小さく首を振りながらそう答える。

 幼い頃には色々な場所に連れて行ってもらったものだが、スキー場に行ったことは一度もなかった。理由は分からないが、たぶん両親ともに教えられなかったからではないかと思う。だいたい普段の様子からしてウインタースポーツなど似合わない。それは俺もだろうけど。

 

「ゆきのんは?」

「私は──」

 

 雪ノ下の言葉の途中で、不意にノックの音が響き渡った。

 各々の視線を交わすと、雪ノ下は咳払いの後に言う。

 

「どうぞ」

「邪魔するぞ」

 

 そう言って入って来たのは、平塚先生だった。

 それと、後ろをついてきたのは一人の男子生徒。

 

「あっ──。そういうことだったのか⋯⋯」

 

 その男子生徒は、俺たちの姿を認めるなりなぜだか勝手に納得していた。

 意味不明な反応だが、俺はこの男子には見覚えがある。あれは確か⋯⋯。

 

「だから言っただろう。適切ではないかも知れないと」

「⋯⋯そうですね。平塚先生の言う通りでした」

 

 俺の回顧を邪魔するように、さっきから含みのある会話が交わされている。男子の反応も妙なら、気乗りしない感じの平塚先生の反応も妙だった。

 それにしても、入ってくるなら早くして欲しい。俺の席は廊下から侵入してくる冷たい空気をもろに食らうのだ。

 

「あの、やっぱり俺──」

本牧(ほんもく)牧人(まきと)くん」

 

 雪ノ下が引き返そうとした男子の名を呼ぶと、全ての動きがぴたりと止まった。

 ああ、ようやく思い出した。本牧は生徒会選挙で副会長に立候補していた、二年の男子だ。

 

「話をうかがうわ。どうぞかけてちょうだい」

 

 雪ノ下がハキハキとした声で言うと、本牧は「はぁ」と観念するみたいな声を出した。

 

「あの、平塚先生。後は俺から説明しますので」

「そうか。じゃあ雪ノ下、頼んだぞ」

 

 本牧は覚悟を決めた目で平塚先生に言うと、ようやくぴしゃりと扉が閉じられる。本牧が来客用の椅子に座ると、ようやくヒアリングのスタートだ。

 

「それで、どのような用件かしら」

「ああ、うん⋯⋯。その、メチャクチャ言いにくいんだけど⋯⋯」

 

 なおも及び腰な態度を取る本牧に、雪ノ下はゆったりした声で「ええ」とだけ返した。自分から説明すると言った割りには、はっきりしない態度である。

 

「俺、部活とか入ってなくて、勉強の方もそんなにいい方じゃないんだよね。けど受験とかもあるから、何かやらなくちゃマズイと思って生徒会の副会長に立候補したんだ」

 

 なるほど、これが本牧が言いにくそうにしていた理由か。確かに選挙に負けた相手にしたい話でもないし、俺たちもけっこう心苦しいところがある。

 

「けど選挙で負けて、こんなんじゃダメだよなってまたモヤモヤしてて⋯⋯。こういうの、奉仕部ってところに相談したらいいって聞いて平塚先生のところに行ったんだ。けど適切な相談相手じゃないって渋られて、それでもお願いして連れてきてもらったんだけど⋯⋯」

 

 そこまで言って言葉を途切れさせると、本牧は俺たちの顔を順繰りに見た。その顔には、やるせない表情が浮かんでいる。

 

「ここに来て平塚先生の言っていた意味が分かったよ。こんな話聞かされても、困るよね」

 

 それはまあ⋯⋯その通りだった。何せ俺たちは自分たちの事情で生徒会選挙に出たわけだから、引け目もある。

 しかし、逆にこれはチャンスでもあるはずだ。俺たちの都合に巻き込んでしまった責任を果たせる、またとない機会だった。

 

「いいえ。正直に話してくれてありがとう」

 

 これに関して雪ノ下は、どう感じているのだろう。雪ノ下はまっすぐ本牧の方を見て、行儀の良い笑顔を浮かべる。

 

「少し質問させて欲しいのだけど。何かをやらなくてはという思いがあったら、文化祭実行委員や体育祭の実行委員をするという選択肢もあったと思うの。それをおいて生徒会役員に立候補したのはなぜかしら?」

「それは⋯⋯」

 

 何を考えているのか分からないが、予想に反して雪ノ下の質問は棘があった。見定めるような瞳は、こちらに向けられているわけでもないのに背中がぞわりとする。

 

「どうしても言えないというのなら話さなくても構わないのだけど、それでは相談にならないわね」

「いや、まあ⋯⋯その⋯⋯。実行委員会とかはその場限りだけど、生徒会って一年通してだから、ぶっちゃけ出会いにもなるかなって⋯⋯。生徒会を通じて知り合いも増えるかも知れないし」

 

 ⋯⋯ほほう? 何だか雲行きが怪しくなってきたぞ?

 俺はてっきり、本牧はめちゃくちゃやる気のあるヤツだと思っていた。しかしよくよく考えてみれば、本当にやる気があるなら副会長ではなく会長に立候補していただろう。

 

「なるほどね⋯⋯。力になれるかどうかは分からないけれど、少し考える時間を貰えるかしら」

「え⋯⋯。これってどうにかできることなの⋯⋯?」

 

 本牧の疑問はもっともだろう。話を聞いてもらってアドバイスを貰う、もしくはモヤモヤを言語化することで自分の頭の中を整理するとかを想像してきたのかも知れない。

 

「今のところ言い切れるもんはないけどな。こういうのは慣れてる」

「そうなのか⋯⋯。うん、じゃあお願いするよ」

 

 俺が言い添えると、本牧は意外そうな表情をしながらも頷いた。

 

「また連絡するわ」

「分かったよ。ありがとう」

 

 本牧は俺と連絡先を交換した後、「それじゃあ」と言って辞去した。

 扉が閉じられる音が響くと、部室にまた四人の時間が戻ってくる。

 

「それで、何かアイデアがあるんです?」

 

 一色が問いかけると、雪ノ下はコクリとひとつ頷いた。

 

「一色さん。あなた藤沢(ふじさわ)沙和子(さわこ)さんに連絡は取れる?」

 

 しかし返ってきたのは、答えではなく質問だった。

 藤沢沙和子⋯⋯確か一年生の女子だ。俺と同じく書記として立候補していたから、その名前には覚えがある。

 

「ええ、まあ⋯⋯。取ろうと思ったら取れますけど」

「では連絡をお願いできるからしら」

 

 雪ノ下は淡々と言うが、一体何をするつもりなのか。そう思っているのは俺だけではないらしく、由比ヶ浜は首を傾げながら問いかける。

 

「ゆきのん。その子と連絡取ってどうするの?」

「そうね、簡潔に言うなら──」

 

 雪ノ下はそう言うと、俺たちの顔を順繰りに見た。

 そして楽しそうな笑みを浮かべて、春を告げるような声で、言う。

 

 

「合コンよ」

 

「「「はい?」」」

 

 

   *   *   *

 

 

 時は過ぎて、金曜日の放課後。

 待ち合わせの稲毛海岸駅前では、局地的小規模地震が起きていた。

 

「ふはははははは! 待たせたな! 比企谷八幡!」

 

 震源地の地名は材木座義輝だ。俺と一緒に待っていた一色は露骨に嫌そうな表情を浮かべている。こら、そういうとこだぞいろはす。

 

「まったく、久々に頼って来たと思ったら合コンとはな。実に軟派。貴様も(ほだ)されたものよ」

「食事会だって言っただろ⋯⋯」

 

 俺は呆れながら答えるが、材木座の言葉はもっともだった。こいつと仕事(・・)をするのは随分久しぶりだ。

 

「あっ、いたいた。お疲れー」

「あ、お疲れ様ですー」

 

 そう言って手を振りながらこちらに近づいてきたのは、折本かおりである。

 向こうも放課後ということもあって、こちらと同じく制服姿だった。先だってのイベント準備で見慣れた海浜総合高校の制服を、今日もゆるっと着崩している。

 

「すまんな。こんなこと手伝ってもらっちまって」

「んー、いいよ別に。何か楽しそうだしね」

 

 俺の謝辞に、折本はからからとした笑顔で答えた。

 本日の合コン⋯⋯ではなく、名目は食事会となっているが、これには折本の協力が欠かせない。今から行う食事会は、折本が『他校の生徒と繋がりを持ちたい!』という依頼から開かれているという(てい)になっているからだ。

 

「それで、ターゲットは?」

「ターゲットて⋯⋯。まだ来てないな」

 

 折本はそう言いながら手で(ひさし)を作ると、道行く人並みを眺めた。

 一応、折本にはその辺りの事情は説明してある。だしに使うような形なのに『実際他校の友だち欲しいからちょうどいいね』なんて快く引き受けてくれたのだから、実はけっこういいヤツではないかと思う。いやまあ、悪気がないという意味では昔からそうなんだけど。

 

「あ、来たみたいですね」

 

 一色の声に周囲を見ると、近くに本牧の姿を見つけた。軽く手を挙げると、向こうも遠慮がちに手を挙げ返してくる。その後ろ、横断歩道を挟んだ向こう側には藤沢の姿も見えた。

 

「すいません。お待たせしました」

「いや、まだ時間前だから」

 

 最後に到着した藤沢にそう言うと、彼女は「どうも」と言わんばかりに小さく頭を下げた。

 さて、これで全員集合である。軽く自己紹介だけ済ませると、俺たちは会場となる店へと歩きだした。

 今回チョイスした店は、個室が予約できる大衆向けのイタリアンレストランだ。イタリアンと言えば個人的にサイゼを推したいところだったのだが、また折本に渋い顔をされそうだしゆっくり会話するのに適しているとは言えない。サイゼは急に騒がしくなったりする時あるからな⋯⋯。

 

「あ、ここです」

 

 店をチョイスしてくれた一色が、そう言って看板を指さした。ぞろぞろとその店の中に入って行くと、一番奥の個室に案内される。

 

「どれにしよっかなぁ。あ、みんなで取り分けて食べられる料理の方がいいよね?」

「ですね~」

 

 折本の提案に一色が同調すると、それぞれ飲み物と適当にピザやらパスタやらを注文した。

 料理に先行して飲み物が届くと、いよいよ食事会の開会である。

 

「えっと、乾杯しますよね? はい、先輩どうぞ」

「何で俺⋯⋯。いや、まあいいか。えー、皆さま本日は学業を終えお疲れのところご足労いただきまして──」

「かんぱーい!」

「「かんぱい!」」

 

 っておい一色てめぇこんにゃろう、と隣を見るが、一切目を合わせようとしなかった。いやいいんだけどね? こういうの鉄板ネタだし。

 さてここからが本番だ。俺は烏龍茶を一口飲むと、向かいの席で隣り合っている本牧と藤沢を盗み見る。

 

 この状況こそが、雪ノ下の言う『合コン』で作り上げたいものだった。

 絶賛モヤモヤ中の本牧と、恐らく同じくモヤモヤしているだろう藤沢を引き合わせる。悩んでいるのは自分だけじゃないと、グループ・カウンセリング効果を狙ったのだ。

 この場に生徒会選挙で勝った俺たちが居合わせるのは多少不自然ではあるが、一色は頭を抱えながらも何とかして藤沢をこの場に引き入れてくれた。

 場の調整役に俺、藤沢とのパイプ役に一色、発起人として折本、藤沢が他の男子に目移りしないように呼ばれたのが材木座である。我ながら材木座の扱いが最低過ぎて一周回って尊敬出来るレベルだ。いや尊敬はできねぇな。

 

「えっと、なんか久しぶりだね」

「あ、はい⋯⋯。選挙ぶりです」

 

 そして肝心の本牧と藤沢の様子は⋯⋯まあ、最初はこんなものじゃないだろうか。

 口ぶりからして二人は、選挙演説の控室で会ったきりなのだろう。その組み合わせと俺たちの存在は、否応なく選挙戦敗北という事実を想起させるはずだ。

 

「先輩」

 

 二人の会話に耳を傾けていると、そんな小さな声と一緒にこつんと膝がぶつけられる。

 

「どうします? あんまり話盛り上がってないっぽいですけど」

「いや⋯⋯まだ様子見でいいだろ。二人ともあんまり積極的なタイプじゃなさそうだし」

 

 どの口が言うって話なのだが、実際藤沢の方もどうして生徒会役員に立候補したんだろうって思うぐらい地味な子だった。顔立ち自体整っている方だと思うのだが、喋り方と眼鏡がどうしてもそんな印象を与えてしまう。

 

「かしこまりです」

 

 そう言うと一色はふと藤沢たちから折本たちの方に視線を移動させた。この場において残された組み合わせの二人は、折本と材木座である。

 

「材木座くんって普段何やってんの?」

 

 奇妙な組み合わせではあったが、そこはサバサバ系コミュ強女子の折本だ。見た目からしてクセの強い材木座に対し、誰にでも平等な口調で話しかける。

 

「え、あ⋯⋯。小説書いたり、とか」

 

 そしてこれが、剣豪将軍・材木座義輝の真の姿──というか、ただの素だった。相変わらずキャラがブレブレである。

 

「へぇー、どんなの?」

「い、異能系⋯⋯とか」

「イノー系? 何それ、ウケる」

 

 いやウケねーから、と心の中でだけ突っ込んだ。

 頑張れ材木座! ワンチャンファンになってくれるかも知れないぞ!(適当)

 

「そう言えば、本牧くんは? 何か趣味とか、部活とかやってないの?」

 

 折本は本牧たちの会話がいまいち盛り上がっていないのに気付いたらしく、気を利かしたのか本牧に話しかける。もう少し様子を見たかったところだが、仕方ない。何かしらの化学反応が起こることに期待しよう。

 

「いや、特には⋯⋯。部活も入ってないし」

「あ、それで生徒会やろうと思ったんだ」

 

 折本のぶっこみに、俺は思わず烏龍茶を吹き出しそうになった。事情を知らせているというのにこれは⋯⋯敢えての行動だろう。

 

「え⋯⋯? なんでそれを⋯⋯?」

「いやだって、さっきそっちで喋ってたし」

 

 驚いた様子で聞く本牧に、折本はあっけらかんと言った。

 

「でもさー、通らなくてよかったと思うよ。あたし手伝いで参加しただけだけど、めっちゃ大変だったもん。前にうちと合同イベントやった時なんか、会長同士で口喧嘩しだすし」

「口喧嘩⋯⋯?」

 

 ね、と折本は含みを持たせた笑いを俺に差し向けてくる。あれは口喧嘩というより討論と呼んであげて欲しいが⋯⋯なるほど折本は、色んな意味でいい性格をしている。

 

「俺はそっちの会長にラップバトルしかけられたんだけど?」

「らっぷばとる⋯⋯」

 

 何を言っているのか分からない、という様子で本牧は聞いたばかりのキーワードを反復する。

 恐らく折本は、選挙に通っても通らなくてもそれなりに大変だったと伝えたいのだろう。

 

「わたしは一人で小学校へアポ取りに行かされそうになりましたね」

「あと比企谷、ジジイメイクしたりもあったねー」

 

 折本はけらけら笑うが、あれも確かに大変だった。イベント準備に加えて台詞を覚えなくてはいけなかったし、留美を誘った手前下手は打てなかったからだ。

 

「何か、なったらなったで大変そうですね⋯⋯」

「うん⋯⋯」

 

 引き笑いを浮かべながら、二人はそう呟いて頷き合う。

 そこ言葉はどれだけ本気で、俺たちの話がどこまで届いたかは分からない。

 二人の気持ちに踏ん切りをつける契機になったのか、あるいは燻っている火を焚き付けただけなのか。

 

「まあ、大変だったのだけは間違いないな」

 

 俺は会話を終わらせる余情を含ませてそう言うと、ぐびりと烏龍茶を飲み干した。

 

 

   *   *   *

 

 

「じゃーねー!」

 

 ぶんぶんと大きく手を振る折本に、俺たちは手を振り返していた。

 暖かなレストランの店内と打って変わって、真冬の街は体温を根こそぎ奪おうとしているかのように寒い。おのおのマフラーやら手袋なりをしっかり装着していると、バサリとトレンチコートの裾が視界に入った。

 

「ではな八幡。思いの(ほか)有意義な時間であった」

 

 材木座はトレードマークのトレンチコートをはためかせると、「はーっはっはっは!」と笑いながら去っていく。

 こいつ⋯⋯あれで楽しかったのか。まあ何だかんだ折本と話はしていたけど、何故その当人がいなくなってからそのキャラに戻るんだか。

 

「先輩もこのまま帰りますよね?」

「いや、ちょっとな⋯⋯」

 

 一色の問いに、俺は小さくかぶりを振った。こんな寒い日はさっさと帰りたいところなのは確かだが、俺にはまだやることがある。

 

「本牧。ちょっと付き合ってくれないか?」

「え? ⋯⋯ああ、もちろん」

 

 俺が言うと、微かな戸惑いの後に本牧は首肯を返した。

 

「それじゃ、わたしたちはこれで」

「失礼します」

 

 一色に続いて藤沢はそう言うと、ぺこりとお辞儀をしてから踵を返した。けっこう律儀な、いい子だなと思う。

 

「行くか」

「ああ」

 

 そう言って俺たちも歩き出すと、道すがらで見つけた自販機でマッ缶を買った。本牧は温かい緑茶だ。それが冷めないようにポケットに突っ込むと、駅の方へと向かう。

 稲毛海岸駅を超えてマリンピアの外周を歩いていると、そう言えば昔ここで迷子になった京華を見つけたんだったと、全然関係ないことを思い出した。まだ一年も経っていないというのに、随分昔のことに感じる。

 

「ここでいいか」

 

 問題ない、と頷いた本牧と隣り合って、ベンチに座る。歩道から段下がりになっている小さな催事スペースは、周りの人の流れとは対照的に時から切り離されたかのような静謐さを湛えていた。

 それから暫く無言で、それぞれが買った飲み物を飲んだ。俺にも本牧にも、頭を整理する時間が必要だと思ったからだ。

 あれから生徒会にまつわる話がきっかけになったのか、本牧と藤沢の会話は弾んでいたように思う。とりあえず雪ノ下の思惑である同じ状況同士の者たちによる発話は交わされた。後はその効果の確認だ。

 

「今日は、どうだった? モヤモヤは多少スッキリしたか?」

 

 マッ缶を半分ぐらい飲んだところで、俺はそう問いかけた。

 すぐに答えは返ってこない。まだ、頭の中でまとめる時間が必要なのだろうか。俺は何も言わずに、ただ待つ。

 

「⋯⋯本当に、少しはって感じかな。生徒会活動の話を聞いて、大変だなとは思った。けどやっぱりやってみたかったなって、そういう気持ちもあったよ」

 

 やはりな、と思いながら、俺は地面に向けて白い息を吐き出した。

 きっと本牧の中ではほっとした気持ちと憧れる気持ちが()い交ぜになって存在しているのだろう。その気持ちが湧く事実こそ、生徒会役員になる素質があったということだ。

 

 だから、俺は。

 

「すまん」

 

 俺は本牧に向き直ると、そう言って頭を下げた。

 

「俺が生徒会選挙に立候補したのは、雪ノ下が会長に立候補するって言い出したからだ。部活と生徒会を両立させたくて、あいつを一人にさせたくなくて立候補した」

 

 彼の為ではない、自分のための酷い謝罪だった。それを自覚しながらも、俺は続ける。

 

「本当は本牧みたいなやる気のあるやつがやるべきだったんだろうけど、自分の都合を優先した。聞きたくもない話だろうが、これだけは謝らせてくれ」

「それは⋯⋯謝ることじゃないだろ? 俺だって立候補したのは、自分の都合なんだから」

 

 本牧の言葉に、顔を上げる。彼が浮かべているのは、苦笑だった。

 

「それに君たちの方がずっと選挙に本気だった。選挙公約も、演説も、これはとても敵わないなって思ったよ」

 

 くぴりと本牧は緑茶を飲むと、白い息を吐き出す。

 

「俺は君たちの方が生徒会役員に相応しいと思う。少なくとも俺は、選挙で負けたやつのケアまでしようと思わないし、実行もできなかっただろうから。⋯⋯なんかこうやって腹を割って話す方が、余程スッキリするね」

 

 慰めるような言葉と晴れと曇りを織り混ぜたような表情に、しくりと胸が痛んだ。本牧の問題を解決する為に動いていたのに、逆に励まされてしまっている。

 

「⋯⋯最初からこうやって話をしてたらよかったのかもな」

「そうかもね。でも材木座くんも言ってたけど、今日はとても有意義だった」

 

 さて、と言って本牧は立ち上がった。見上げた彼の表情は、さっきより少しだけ朗らかに感じる。

 

「俺は勉強を頑張ることにするよ。今度、藤沢さんに勉強を教える約束をしてるんだ」

「そりゃいいな。リア充は爆発しろ」

「君にだけは言われたくないな⋯⋯」

 

 何だこいつという目で本牧を見たら、同じく何だこいつという目で見返された。どういう意味だよ、それ。

 

「それじゃ、今日はありがとう」

「ああ。こっちこそ」

 

 本牧はそれだけ言うと、駅の方に向かって歩いていく。

 ひやりと冷たいベンチに座ったまま軽くマッ缶を振ると、ちゃぽんと情けない音がした。

 一応、完了報告だけしておくかとポケットから携帯を取り出す。そしてロックを解除した瞬間、それは震え出した。

 突如として画面に現れた『雪乃♡』の文字に、やたらと動揺してしまう。そう言えば最近はメッセージアプリばかり使っているせいで気付かなかったが、あいつが最初登録したまま変えていなかった。

 

「はっ⋯⋯」

 

 それにしても、同じタイミングで連絡を取ろうとするなんて自分でも笑ってしまう。

 ひょっとしたらあいつ、どこかで見てるんじゃないのか。

 そんな冗談とも真実ともつかないことを考えながら、俺は通話ボタンをタップするのだった。

 

 






 ということで、原作では副会長、書記ちゃんになる二人に関するお話でした。
 奉仕部が生徒会を兼ねると、当然対立候補にも変化があるわけですよね。
 二人の名前はアニメでの当確シーンから引用してます(原作では「牧人くん」という描写のみ出てきたので、オフィシャルという認識です)。

 それでは、引き続きお楽しみ下さい!
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