総武高校の体育の授業は男女が分かれた上に三クラス合同で行われ、月ごとに種目が変わっていく。
先月のバレーボールと陸上に変わって、今月はテニスとサッカーだ。当然俺がサッカーなどという大人数で行うスポーツに心惹かれるわけもなく、選択したのはテニス。わざわざ試合やラリー練習をしなくても、適当に壁打ちしておけばやってる感も出る。
だから本日も壁と共に己の限界のその先へ、道を究めんとしていたところなのだが。
「あの⋯⋯、比企谷くん」
何故か女子であるはずのさいちゃん⋯⋯戸塚彩加が、男子の体育の授業に混じっていた。
いじらしく俯いた顔は我がクラスの中でもトップクラスの可愛さで、ちょっともじもじしているところや上目遣いになっているところも可愛い。きめ細やかな白い肌は男子の集団では相当浮いているのだが、どういうわけだが周りの連中は気にしている様子もなかった。
「お、おう⋯⋯。さいちゃん⋯⋯だったよな」
一瞬「戸塚」と呼び捨てにしていいものかどうか迷い、由比ヶ浜の呼び方を真似てしまった。なんかこう⋯⋯女子をちゃん付けで呼ぶのってムズムズするな⋯⋯。
「あはは⋯⋯。比企谷くんもそう呼んでくれるんだ。男子にそう呼ばれるのって初めてだよ」
そ、そうか⋯⋯俺がさいちゃんの初めての男に⋯⋯。やべぇなこの言葉の響き。興奮してきた。
「じゃあ、こっちも『はっちゃん』って呼んでいい?」
「はっちゃんか⋯⋯」
さいちゃん、俺の下の名前も知ってたんだな⋯⋯と感動してしまったが、はっちゃんという呼び方には物凄い違和感がある。しかし俺がさいちゃんと呼んでしまった以上、名字で呼んでくれと言うのもフェアじゃないだろう。
「俺のことは八幡でいいぞ」
「いいの? じゃあ、八幡」
呼ばれた瞬間、ゾクゾクゾクゥッ! と得体の知れないものが背中を走った。
なんだこの多幸感と高揚感。恋人同士が初めて名前で呼び合うのって、こんな感じなんだろうか。
「も、もう一回呼んでくれ⋯⋯」
「え? うん⋯⋯。八幡」
「もっと」
「八幡?」
「もう一声」
「八幡⋯⋯」
呼ばれるたびに変わっていった声音は、段々と訝しむものに変化していく。やばいなこれ。名前を呼ばれただけでアドレナリンドバドバ出るわ⋯⋯。
「あのさ、話してもいい?」
「お、おう⋯⋯」
そろそろ女子の方に戻らなくても大丈夫なのかなぁ、戻って欲しくないなぁ⋯⋯と思いつつ、その先を頷きで促した。
「今日、いつもペアを組んでくれる子がお休みで⋯⋯。よかったらぼくとペアを組んでくれないかなぁって」
ほほぅ、ぼくっこかぁ⋯⋯それもさいちゃんならアリだな。大アリだ。
あれ、でもペアを組むと言っても、男子と女子では授業が違うから組めないんじゃ⋯⋯。
「けどな⋯⋯」
そこまで言って、俺ははっと気付いた。ぼくという一人称、女子なのに男子に混じりながらも周りが一切の違和感を感じていない事実。つまりこれは⋯⋯学校側の配慮というものなのだろう。
「けど?」
「⋯⋯いや、なんでもない。いいぞ、組もう」
そう言って俺たちは空いているコートの方へと歩いていく。
しかしあれだな、性同一性障害ってことは、さいちゃんの恋愛対象はやっぱり女子ってことになるのだろうか。百合ゆりしている絵面を思い浮かべるとたいへん麗しくまた興奮してしまうのだが、土俵に上がることすらできないのは悲しいな⋯⋯。
「はちまーん! じゃあ行くよ!」
「お、おう!」
コートについて分かれると、さいちゃんは可愛らしい声を張り上げて俺の名前を呼ぶ。まあ、俺はさいちゃんにとって初めての男だから! きっとチャンスはあるだろう。あるといいな!
スコーンと気持ちのいい音がして、俺の打ちやすいところへとボールが飛んでくる。そう言えばさいちゃんは女テニだったなと思いながら、バウンドしたボールを打ち返した。
「やっぱり八幡、テニス上手だね!」
さいちゃんは無駄のない動きでラケットを振ると、眩しい笑顔と共にそう言った。やっぱりってことは、前から俺のことを見ていたのだろうか。え、何それ脈アリなんじゃ?
「まあな。壁打ちは得意だったから、なっ」
「壁打ちもいい練習になるよね、っと!」
またもや捉えやすい位置に来たボールを打ち返すと、実に楽しそうな表情でさいちゃんはまたラケットを振る。
「ねえ、八幡がよかったらなんだけ、どっ」
「ああ、なんだ? っと」
「テニス部に入ってくれないかなぁ、っと」
「ああ、それもいい、なぁっ!」
スカーンスカーンと、続くラリーと会話。美少女とテニス部で一緒に汗を流す?
なんだよそれ。めっちゃ青春してるし、ラブでコメディーしてる気がする。
やっぱ俺の青春ラブコメは、こうじゃなくちゃな!
* * *
翌日の放課後、ところは奉仕部の部室。
いつものように奥から由比ヶ浜、雪ノ下、俺の順で座り――。
「いやー、いい茶葉使ってますねー」
何故か俺たちの目の前には、一色いろはが座っていた。雪ノ下が持ち込んだらしいティーセットで淹れた紅茶を飲んで、ご満悦の様子である。
「⋯⋯で、なんでいるの君」
何か話があって来たのかと思っていたのだが、さっきから由比ヶ浜や雪ノ下と世間話をしているだけだ。めっちゃ普通にくつろいでいる。
「え、だって今日はサッカー部がグラウンド使えない日なんで、部活ないですし」
「理由になってねぇな⋯⋯」
「あ、じゃあ近況報告ってことで。ほら、またいつつきまとわれるか分からないじゃないですか」
じゃあって言っちゃってるんだよな、こいつ⋯⋯。
ブレない一色に対して奉仕部の女子陣はと言うと、反応は様々である。
「近況報告は聞いていないのだけど⋯⋯」
って言いながら雪ノ下さん、普通に紅茶淹れてあげてもてなしてるからね?
諦めたように溜め息をつく姿には、妙な哀愁が漂っている。
「うーん⋯⋯確かにそれは心配かも」
そう言って本気で心配そうな顔をする由比ヶ浜さん。なんだこいつ、いいヤツか?
いやまあ、ギャルっぽいけど普通にいいヤツなんだよな。まず俺と会話できるって時点でいいヤツ。俺のいいヤツハードルが低すぎる⋯⋯。
まあとりあえずは女性陣が仲睦まじく過ごしている分には、俺に実害はない。俺はちょうど飲み頃の温度で出してくれた紅茶を一口飲み、ふはぁと息を吐いた、その瞬間──。
「⋯⋯」
トントン、と余りにも遠慮がちなノックの音に、一瞬で会話は終息する。
ふとした会話の合間に入ってきた音だったから、ひょっとしたらずっと前からノックされていたのかも知れない。雪ノ下の方を見ると、彼女は首肯を返してから扉の向こうの人物に向けて言った。
「どうぞ」
その一言を合図に、カラリと遠慮がちに扉が開く。果たしてその扉の向こうから姿を現したのは、俺が初めてを奪ってしまった女の子・戸塚彩加の姿があった。⋯⋯いや、この言い方語弊が激しいな。
「し、失礼します」
ジャージ姿のさいちゃんは、どこか緊張している様子で部室の中に入ってくる。
「よう、さいちゃん」
「あ⋯⋯、さいちゃん」
同時に言った俺と由比ヶ浜の声が、『さいちゃん』の部分で重なる。それを聞いていた雪ノ下と一色は、んん? と怪訝そうな表情を浮かべた。
⋯⋯なんだよ。さいちゃんはさいちゃんだろうが。
「あ⋯⋯。どうぞ」
一色は自分が座っている椅子が本来客人の為の物だと思い至ったのだろう、さいちゃんに向けてそう言うと、部室の後ろに積み上げられた椅子を一つとって俺の隣に座る。
「二年F組、戸塚彩加くんね」
雪ノ下は正面でさいちゃんを捉えると、抑揚のない声でそう言った。クラスと名前を言い当てるだけでなく、配慮すべきことまで把握しているとは。こいつ本当に、全校生徒の名前覚えてるだけじゃなく趣味嗜好まで知ってるんじゃないだろうな⋯⋯。
「あ、うん⋯⋯。ごめんね、急に」
ちょこんと椅子に座ったその姿は、まるで小動物のようだ。雪ノ下を前に、少し緊張しているようにも見える。妙に庇護欲をそそられて、今ならどんなお願いでも「いいよぉー!」と吉本バリに受け入れてしまいそうだ。
「用件をうかがうわ」
雪ノ下はポットから紅茶を注いでさいちゃんの前に差し出すと、抑揚のない声でそう言った。まだ緊張したままに見えるさいちゃんは、どこか言いにくそうに口を開く。
「えっと、今日八幡にはお願いしたんだけど⋯⋯」
その一言に、ピクッと由比ヶ浜が反応する。いつの間に名前呼びの仲になっていたんだ、って聞きたげな視線が向けられるが、いいだろ別に。俺とさいちゃんの仲は誰にも邪魔はさせない。
「うちのテニス部なんだけど、⋯⋯はっきり言って、凄く弱いんだ。人数も少ないから、学年が上がったらレギュラーになれちゃうぐらい。今度の大会で三年生が抜けたら、もっと弱くなると思う」
真摯な言葉と声に、皆が一様にその話に聞き入っていた。
よくある話だ。特にうちみたいな進学校は部活で全国制覇、なんて熱血なところは稀だろう。それなりに楽しく、形のいい思い出が作れたらそれでいい──そんな考えが、どこの部活にも大なり小なり漂っている気がする。
「それにぼくらが弱いせいで、メンバーの士気も上がらないみたいなんだ。八幡が入ってくれたら、きっといい刺激になると思ってて⋯⋯。部活の掛け持ちをしてもらえないかなって相談なんだ」
部活、掛け持ち⋯⋯。あ、そう言えば俺、テニス部に誘われてそれもいいなって言ったわ。うん、入ろう。なんならテニス部がメインになっちゃうまである。
「というわけで世界が俺の右腕を待っているから、テニス部に──」
「比企谷くん」
バラ色の部活ライフを想像しながら言う俺の言葉を、冷ややかな声と視線が遮った。諌めるように目が細められた後、雪ノ下はふっと破顔する。
「却っ下」
「えぇ⋯⋯」
速攻で棄却されてしまった。いやしかし、まだバラ色の部活ライフを諦めるわけにはいかない。
「なんでだよ。相談事や依頼の対処がこの部活の活動内容だろ」
「ええ、そうね。でもこの部活動の基本理念は魚を捕って与えるのではなく、魚の捕り方を教えることよ。だからあなたがこの部活に参加する時間が減る対処法は許可できないわ」
なんだそれ、初めて聞いたぞそんな話。あと雪ノ下さん、だからと前後の話が繋がってない気がするんですが?
「戸塚くん。あなたの目的は、テニス部を強くすることでいいのよね?」
「あ、うん⋯⋯。ぼくが強くなれば、みんな一緒に頑張ってくれると思う」
「それなら私がコーチをつけるわ。腕には覚えがあるから」
「えっ⋯⋯本当に? それなら助かるよっ」
聖母の如く微笑みながら言う雪ノ下に、感激の表情を浮かべるさいちゃん。嗚呼、俺のバラ色の部活ライフが遠のいていく⋯⋯。
「はいっ。わたしも中学の時テニス部だったんで、経験者ですよ」
とそこに手を上げて話に入ってくる一色。たしかにこいつ、テニスとか似合いそうだ。ガチめのやつじゃなくてファッションテニス的な。なんで中学生って、テニスに憧れるんだろうな。
「え、あ⋯⋯あたしはっ。審判とかできるかも知れないよ?」
知れないよってなんだよ。それ絶対ルール分かってないヤツの言うことじゃねぇか。
不安しかない言い方にシラっとした目を向けていると、その視線に気付いた由比ヶ浜が頬を膨らませた。
「なにさ、その目」
「いや、絶対ルールとか知らないだろうなって」
「し、知ってるし! ほら、ラブジュース? とか?」
ラブとデュースのことを言いたいらしいが、とても女の子の口から言っていい言葉ではなかった。
あとラブ同士でデュースとは言わないから。言うならラブオールだから。ラブラブではなく。やべぇ頭悪いのが俺にもうつってきた。
「由比ヶ浜はボール拾いな」
「なんでだしっ⁉」
ふんがーと不満を噴出させている由比ヶ浜はおいておくとして、テニス部強化を実施するにあたってやり方を決めなくてはならない。俺が雪ノ下の方を見ると、こくりと小さな首肯が返ってくる。
「放課後は戸塚くんも私たちも部活があるから、昼休みにコート集合でいいかしら?」
「うん、それで大丈夫だよ。ありがとう」
「かしこまりでーす」
嬉しそうな笑みで返事をするさいちゃんと、片手を上げながら参加表明するあざと可愛い後輩。
一色さん、普通に来る気になってるけど、あなた部員じゃないからね?
* * *
翌日の昼休み。
俺はジャージに着替え、さいちゃんと共にテニスコートへ向かって歩いていた。
この総武高校のジャージというのが、何故か蛍光色のブルーをしており非常にダサい。だから体育の授業以外で好きこのんで着る人間は稀だし、昼休みが始まったばかりの廊下ではやたらと目立つ。
「ハーッハッハッハ! こんなところで会うとは奇遇だな、比企谷八幡!」
だからこんな面倒臭いヤツに見つかってしまうのも、きっとダサいジャージのせいだ。ゲンナリしながらさいちゃんと一緒に振り返ると、目が合った瞬間材木座は驚愕の表情を浮かべる。
「な、貴様⋯⋯。裏切っていたのかっ!」
「一体なんの話だよ⋯⋯」
「その隣の御仁は誰だ? 誤解を解くなら今のうちであるぞ」
なんでそんなに上から目線なんだよこいつ⋯⋯。
まあしかし、誰だと聞かれれば説明してやるのもやぶさかではない。
「同じクラスの戸塚彩加。さいちゃんだ。さいちゃん、こっちは材木座だ」
「あ、うん⋯⋯。よろしくね、材木座くん」
「あ、はい⋯⋯よろしくお願いします⋯⋯。って、さいちゃんだと⁉ 八幡、貴様女子をちゃん付けとは、いつからそんな軟派になった⁉」
「あのぼく⋯⋯女子じゃ⋯⋯」
「別にさいちゃんはさいちゃんなんだからいいだろ。男子とか女子とか関係ねぇよ」
「ぼく、女子じゃな」
「よくないっ! 半端イケメン! 残念系主人公! 貴様が美少女と青春ラブコメを送るなど言語道断っ!!」
「うるせぇ、半端も残念も余計だ」
別に俺がさいちゃんと青春ラブコメしたっていいだろ。ギャーギャーうるさいからさいちゃんが怯えてんじゃねぇか。
行こうぜ、とさいちゃんに目で促すが、動き出す気配がない。さいちゃんはちょっと上目遣いになると、言いにくそうに口を開く。
「あの⋯⋯ぼく、女子じゃないんだけど⋯⋯」
瞬間、俺と材木座は目を見合わせた。
ちょいちょい、と俺は手の動きで材木座を促すと、さいちゃんから距離をとってこそこそと話しだす。
「八幡、今の発言はどう言うことだ?」
「さいちゃんはな、あんなに可愛いのに心が男なんだ。だからちゃんと男として扱ってやってくれ」
「なるほど⋯⋯承知」
バン、と材木座の背中を叩くと、いそいそとさいちゃんの元へと戻る。
ああ、口に出すと悲しくなるな⋯⋯。こんなに可愛いのに、心だけは男の子だなんて⋯⋯。
「材木座くんと八幡は、仲がいいんだね?」
「いや、こいつはただのスケープゴートだ」
「言い方に配慮皆無⁉」
なんやかやと騒ぎ出した材木座を無視して歩き出すと、さいちゃんだけでなく材木座までついてくる。心優しいさいちゃんは材木座の中二病丸出しの会話も流すことなく、ちゃんと相手をしてやっていた。
俺とさいちゃんの楽しいトークタイムを邪魔しやがって⋯⋯と心の中で呪詛を唱えながらテニスコートまでやってきたが、雪ノ下たちの姿はない。一緒に教室を出た由比ヶ浜は着替えてくると言って途中で分かれたから、どこかでジャージに着替えているのだろう。俺たちが材木座に足止めをくらっていたことを考えると、少し遅い。
「お待たせ」
まだ来ないならさいちゃんとラリーの練習でもしようかなぁ、と考えていると、鈴を転がすような声が背中にかけられる。
やっと来たか、と振り返ると──。
「じゃーん、どうですかこれ?」
そこに居たのはまるでテニス雑誌の表紙写真から飛び出してきたかのような、華やかな三人組だった。
どうやらうちのテニス部のユニフォームらしいスコートを着た雪ノ下と由比ヶ浜、それに一色は中学で使っていたものなのか、可愛らしいワンピース型のテニスウェアに身を包んでいる。予想していなかった展開に、俺はポカンを口を開いて固まってしまっていた。
「ヒッキー、見すぎだし⋯⋯」
由比ヶ浜は視線から逃れるように身を捩ると、スコートの裾をギュッとしたに引き下げた。いやあなた、いつも同じぐらいスカート短いですからね? いやいつも見ているという意味ではなく。
「どうしたんだよ、その格好」
「え? うん⋯⋯。ゆきのんが、格好はちゃんとした方が本気になれるし練習効果も高いから、って。女テニの子から借りてきたの」
ほほう、ふーん。へぇ、ほぉ⋯⋯。
中々本格的ですねぇ、とつい鑑定士ばりに三人を見てしまうと、正面から言葉が飛んでくる。
「先輩? 見たんなら感想言って欲しいんですけどー」
一色はそう言って「いえい」と横ピースして見せる。はいはい、あざといあざとい。⋯⋯けどめっちゃ似合ってんなこいつ。
「流石元テニス部」
「うわぁ⋯⋯。予想よりずっと雑な感想ですよそれ⋯⋯」
精一杯の配慮の上で言ったのに、一色は不満げな表情を浮かべていた。そんなやり取りの間に割って入るように、ポーン、ポーンとボールが地面を跳ねる音が響く。
「比企谷くん。普段見ない姿に目を奪われてしまうのは理解するけれど、そろそろ始めてもいいかしら?」
言外に何見惚れとんじゃコラと言うような冷ややかな視線と声に、ひゅっと息を吸い込んだ。おかしい。なんで俺、怒られたみたいになってんの?
「おぅ⋯⋯。じゃあ始めるか」
制服の時よりもずっと細く見える雪ノ下の身体には気づかなかったことにして、ついついいつも見ている否いつしか視界に入る絶対領域には視線が行かないように決意を新たにする。いや本当に見てないから。めっちゃ脚白いなとかぺったんこなんて思ってないから。
「八幡⋯⋯。見損なったぞハーレムクソ野郎⋯⋯」
あと材木座、恨みつらみ込めながら土弄りするなら、もう帰れよ。
* * *
そんなこんなで昼休みの特訓が始まって暫し。
雪ノ下と一色が方々に打ち込んだ球を、さいちゃんが打ち返すという練習を続けていた。流石に経験者と言うだけあって雪ノ下と一色のボールコントロールは目をみはるものがあり、際どいところで打ち返せなかった球や明後日の方向に打ち返したボールを俺たちが拾う、というのを繰り返している。
野球で言えばノック練習、しかもそれを一人でさばこうとしているようなものだ。かなりスパルタな特訓メニューだったが、当然俺が手出ししていいものでもない。俺ができるのは、さいちゃんが集中して練習できる環境を作ることだけだ。
「あ、テニスしてんじゃん、テニス!」
さいちゃんの髪先を濡らした雫がまるで天使の涙のようだなぁ、などとポエミーな感想を抱きながらボールを追っていると、不意にそんな声が届いた。賑やかしい声に振り返ると、三浦と葉山を中心とした我がクラスのトップカースト集団がこちらに向かって歩いてくるのが見える。
「あ、ユイたちだったんだ」
三浦の横にいた眼鏡の女子が、ぽつりとそう言った。三浦は俺たちをちらりと一瞥すると、さいちゃんに向かって声をかける。
「ねー戸塚。あーしらもここで遊んでていい?」
「三浦さん⋯⋯。ぼくらは別に遊んでるわけじゃなくて、ここで練習を⋯⋯」
「え? 何? 聞こえないんだけど」
思わずと言った調子で萎縮するさいちゃん。ネットの向こうでは何やら一色が雪ノ下に話しているが、ここからの位置では聞き取れない。
「れ、練習だから⋯⋯」
「でも部外者も混じってんじゃん。ってことは別に──」
「三浦さん」
なおも食い下がる三浦の言葉を、ゆっくりと近づいてきた雪ノ下の声が遮った。きっと鋭い目をした三浦に、雪ノ下は悠然と微笑みを向ける。
「見ての通り、今は戸塚くんの特訓中なの。三浦さんは中学の時にテニス部で、県選抜まで選ばれているのよね?」
「はぁ⋯⋯? それがどうしたっていうわけ?」
これは最早女豹同士の戦い──に見えないのは、眼光を研ぎ澄ました三浦に対して雪ノ下が微笑みを絶やさない為だ。どうにも話の終着点が見えず、周りを取り囲む者たちは皆固唾を呑んで見守っている。
「もしよければだけど、戸塚くんに練習をつけて貰えないかしら?」
「⋯⋯は? あーしは教えるんじゃなくて、テニスがしたいんだけど」
「あらそう。優秀な選手は優秀な指導者にもなり得るものだけれど、自信がないのなら仕方がないわね」
「なっ⋯⋯。言わせておけば⋯⋯っ」
三浦はまるで掴みかかるような勢いで雪ノ下に一歩近づく。今度こそバチバチっと火花を散らしたかと思うと、三浦は睨みを利かしたその表情のままさいちゃんの方を見る。
「戸塚、きな。ラケットの握り方から矯正するかんね」
「あ、⋯⋯うん。ありがとう、三浦さん」
ぷいっと目を逸した三浦にぺこりと頭を下げると、さいちゃんは言われるがままにコート外へとついて行った。
大丈夫だろうか、なんて心配していると、取り巻き連中が「うおーすげー専門的ー」「マジかー、俺も体育の時にやってみよー」などと盛り上がっている。その賞賛の声に三浦も満足そうにしているし、ひとまず雰囲気は悪くなさそうだ。さいちゃんが男に囲まれているというのが気に食わないが。
「さて、比企谷くん」
呼ばれて振り返ると、俺の目の前にラケットが差し出されたところだった。
「私たちが手隙になったことだし、一つ勝負をしない?」
「勝負⋯⋯?」
ぶわりと風が舞い込み、雪ノ下の長い髪をいたずらに広げる。不敵な笑みはびっくりするぐらい綺麗で、だからこそざわざわと心の隅から不安を呼んでいた。
「勝負って、何をするんだよ」
「もちろんテニスで勝負をするの。負けた方は勝った方の言うことを一つきく。それでどう?」
こいつ、三浦にさいちゃんの指導を押し付けてテニス勝負ってすげぇ性格してんな⋯⋯。
「おー、じゃああたしが審判──」
「いや、それはいいから」
由比ヶ浜の提案をぶった切ると、不満そうなジト目で見られてしまった。
しかしどうと言われても、経験者と素人では勝負が見えているだろうって話だ。それに言うことをきく、というキーワードには危機感しか感じない。
「何? 試合するの?」
だから断ろうとしていたのだが、そこに現れたのはすっかり手持ち無沙汰になっている葉山だった。ポーン、ポーンと片手でボールを弾ませて、球技に精通した男の雰囲気を醸し出している。
「あ、じゃあこういうのはどうですか。わたしが審判するので、雪ノ下先輩と結衣先輩対、先輩と葉山先輩の男女対抗戦というのは。男女差考えても雪ノ下先輩は経験者なんで、ちょうどいいんじゃないかなぁと」
「なるほどな⋯⋯」
確かにそれなら条件としては悪くない。負けたら雪ノ下に何をさせられるか分かったものではないが、勝てばいいのだ。幸い葉山がサッカーだけでなくテニスが上手いというのは体育の授業で知っているし、由比ヶ浜は口振りからして素人だ。分の悪い勝負というわけでもないだろう。
「ダブルスのルールはよく分からないから、適当に打ち合う感じでもいいかな?」
「ええ、それで構わないわ」
「じゃあ、それでいこう。俺は着替えてくるよ」
葉山はそう言うと、颯爽とクラブハウスの方に向かう。
よし。この勝負、絶対に勝つ。
勝って雪ノ下に一体何を考えているのか、洗いざらい吐いて貰う。
──と、俺はこの時までは思っていた。
* * *
葉山が着替えから戻ってきて、試合の直前。
どういうわけだかテニスコートの周りには、徐々にギャラリーが集まり始めていた。どうやら葉山の取り巻きの一人が試合の話を聞きつけて周囲に触れまわったせいらしい。
「おい、どうすんだよこれ。すげぇやりにくいじゃねぇか」
「俺に言われてもな⋯⋯」
葉山はそう言って苦笑するが、衆目に晒されることに慣れているヤツにとってギャラリーは気にならないものらしく、その態度には余裕がある。話の流れとは言え、こいつとダブルスを組むとはなんとも居心地が悪い。リア充側の青春物語に取り込まれてしまったかのような気分だ。
「うわぁ⋯⋯。なんかいっぱい集まってきた⋯⋯」
「気にすることはないわ。比企谷くん、サーブ権はそちらで決めてちょうだい」
人の多さにビビり始めた由比ヶ浜に対して、雪ノ下の方は余裕綽々といった調子だ。
しかしこっちだって伊達に壁打ちで鍛えてはいない。さいちゃんお墨付きの俺の実力を侮ってもらっては困る。
「ならサーブはそっちからだ」
「そう。今回は時間もあまりないし、勝負は一ゲームだけ。サーブ権はゲームごとではなくてポイントを取られた方に移ることにしましょう」
雪ノ下が一色の方を見ると、試合開始の合図が出される。雪ノ下がボールの感触を確かめている間に、俺は葉山に向けて言った。
「葉山、手加減しなくていいからな」
「⋯⋯そんなことをしている余裕はないと思うけどね」
どういう意味だ? と問おうとした瞬間、雪ノ下はボールを宙に浮かせた。ヒュッとラケットが空気を切る音の後に、足元を何かが横切る。
「⋯⋯マジか」
恐る恐る振り返ると、後ろにあるフェンスに当たったボールが俺たちの足元の間を転がっていた。
こいつ⋯⋯さっきまでの練習と全然違うじゃねぇか。あの細い身体でどうやってあんな球速だすんだよ。
「言っただろ。そんな余裕はないって」
「⋯⋯みたいだな」
うおぉぉ、と盛り上がるギャラリーの声の合間に届く涼し気な声が、妙に耳につく。お前だって反応できなかったくせに、
雪ノ下と由比ヶ浜、それに葉山という学年でも注目される男女の集客効果か、ギャラリーは雪だるま式に増えていっている。葉山くんと⋯⋯え、あれ誰? なんて声も聞こえてくるが、今はそんなことを気にしている場合じゃない。
「比企谷くん。あなたの濁った目では私のボールは見えなかったようね」
「⋯⋯うるせぇ。余裕こいてられんのも今のうちだぞ」
雪ノ下雪乃。こいつはむちゃくちゃだ。しかし速いサーブは打てても、その細腕で男子の重いボールを打ち返せるだろうか。
そう思いながら俺がサーブを打ち込むと、雪ノ下は即座に反応してラケットを振り抜く。葉山の元へと返ったボールが、また相手コートへと吸い込まれていく。
続く凄絶なラリーと、燃えるようなギャラリーの声。
しかしいつしかポイントは、絶対的な差を作っていく──。
「マジかよ、あいつ⋯⋯」
気付けば点数は三対ゼロ。フォーティ・ラブという絶望的な状況になっていた。
あと一ポイントが取られたら、この勝負は雪ノ下たちの勝ちとなってしまう。だからサーブの狙いは、さっきからほとんどラリーに参加していない由比ヶ浜だ。まあどうせそこから溢れたボールもすくわれてしまうのだろうが⋯⋯と現実的な思いをのせて、俺はサーブを打ち込んだ。
「⋯⋯⋯⋯」
次の瞬間、ギャラリーのざわめきが消え、ぽつんと静寂とボールが転がっていた。
由比ヶ浜の横をすり抜けたボールに、雪ノ下が一切の反応を見せなかったのだ。
「あ⋯⋯。フォーティ・フィフティーン⋯⋯」
一色のポイントコールに、ざわざわと喧騒が戻ってくる。これは一体、何が起きたというのだろう。
「⋯⋯由比ヶ浜さん、一つ自慢話をしてもいいかしら」
「え⋯⋯。今?」
「私にテニスを教えてくれた人がいたのだけど、始めて三日でその人に勝ったわ。大抵のスポーツ、それに音楽なんかも、大体三日でそれなりにできるようになるの」
「あ、うん⋯⋯。ゆきのんならそれも納得だけど⋯⋯。それがどうしたの?」
「私、体力にだけは自信がないの。すぐに勝負はつくと思っていたけど、あれほど粘られるとは計算外だったわ⋯⋯」
そう言って雪ノ下はコートの隅でペタンと座り込んだ。
⋯⋯なんだこいつ。やっぱりめちゃくちゃじゃねぇか。
「え。ちょ、ちょっと待ってよ! あたし一人じゃ⋯⋯」
「いいえ、大丈夫よ。きっとあなたは勝つわ」
ダブルスで片方が戦線離脱なんて、はっきり言って絶望的な状況だ。それだと言うのに、この自信はなんだ? 何か秘策があるとでも言うのだろうか。
「ゆきのん⋯⋯。でもこんな状況じゃ⋯⋯」
「ねえ、由比ヶ浜さん。私は虚言を──嘘をついたことがないのも自慢のひとつなの。だから私を嘘つきにしないように、後はお願いね」
「でも⋯⋯」
「由比ヶ浜さん、前に言ったこと、もう忘れたの?」
ざわざわとした喧騒の中にあっても、心は凪いですっとその会話が入ってくる。
雪ノ下は由比ヶ浜と目を合わせると、ふっと勝気な笑みを浮かべた。
「絶対に自分にはできると信じること」
おい、マジかこいつ⋯⋯。自分がバテた今この時にそれを言うのかよ。
しかしそんな捻くれたことを考えているのは、俺だけらしい。
「ゆきのん⋯⋯。うん! あたし、頑張るよっ!」
ムンッ、と気合を入れる由比ヶ浜。
その目にはさっきまで無かった闘志がメラメラと燃えている。しかしこっちだって、負けるわけにはいかないのだ。
「全部聞こえてんぞ、雪ノ下」
そう言い放つが、本当に体力の限界なのだろう。じっと見返してくるだけで返事は聞こえてこない。
続いてポイントを取られた由比ヶ浜の方にサーブ権が移るが、へにょんと飛んできたボールに覇気はなく、葉山は難なく手元にきたそれを打ち返した。
そこからデュースにもつれ込むまで、あっという間だった。
つまりポイント数は、今のところ同点。ここからはアドバンテージのルールがあるから連続でニポイント取った方が勝ちになるのだが──。
「っと⋯⋯。はは、いいところに打たれたな」
さっきからアドバンテージを取ったと思ったら、葉山のミスでまたデュースに持ち込まれている。そのたびに「何やってんだよー」と盛り上がる観客たち。
葉山は試合を盛り上げる為にやっている? ──いいや違う。
葉山はもう、由比ヶ浜たちに勝ちを譲ろうとしているのだ。テニス初心者丸出しの由比ヶ浜が一方的に蹂躙されるのを見たギャラリーたちは、当然由比ヶ浜サイドを応援する。ここで勝負に勝つことより、女の子に勝ちを譲る心までイケメンな葉山隼人を期待され、それに応えようとしているのだ、この男は。
「比企谷、
葉山自身の事情だけを鑑みれば、それで正解だ。しかし葉山には聞こえていなかったようだが、俺には負けたら相手の言うことをきくという罰ゲームが待っている。
勝つか、負けるか。勝敗が決するから、それを勝負と言うのだろうが──。
「あいよ、っと」
俺は壁打ちで培った正確なコントロールで、由比ヶ浜の手元へとボールを送った。打ちやすい位置に来たボールを、由比ヶ浜はさっきよりもずっと力強いラケット捌きで返してくる。
葉山はそのボールを難なく返した後、一瞬「分かってるじゃないか」とでも言い出しそうな笑みを俺に向けてきた。
勘違いするなよ葉山。お前には勝つか負けるかの選択肢しか無いかも知れないが、そうやって白黒はっきりつけるだけが勝負じゃない。
「とうっ!」
由比ヶ浜の掛け声と共に、放物線を描きながら飛んでくるボール。ゲームは由比ヶ浜たちにアドバンテージがあるから、ここでもう一ポイントを巻き返す必要がある。
昼休みはもう、残り少ない。デュースになった状態で時間切れになれば必然的にそこでゲーム終了。勝ちでも負けでもない、引き分けだ。雪ノ下から事情を聞き出すことは叶わなくなるが、由比ヶ浜も一人で善戦したことを賞賛され、葉山は自身の評判を落とすこともない。俺がペナルティを負う必要もまたなくなるから、言わば勝たずしてWin-Win-Winの関係だ。やべぇなんか意識高くなってきた。
だから俺はこの一球を、落とすわけにはいかない。自然とラケットを握る手に力が入り、俺は思いっきりラケットをスイングした。
「でやぁぁっ!」
風を切る音と、スポーンと気持ちよく鳴る打球音。しかし刹那の後にパサッ、と音がして、一瞬何が起きたか分からなかった。
僅かな間の後に響き渡る歓声。足元に転がるボール。
──俺の渾身のスマッシュは、ネットに吸い込まれていたのだ。⋯⋯っべー、普通にミスってやがるよ、俺。
「げ、ゲームセットっ!」
一色のコールに、さらに大きくなるギャラリーたちの声。呆然と立ち尽くしていた由比ヶ浜はようやくその意味が分かったのか、ぱぁっと表情を明るくさせる。
「え、うそ⋯⋯。あたしたちの勝ち? やったっ、やったよー! ゆきのんっ! 勝ったー!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねる由比ヶ浜とダブルメロン。おいやめろ不用意にジャンプすんな。野郎どもがメチャクチャ見てるじゃねぇかねえ本当にやめて下さいつい見ちゃうから!
「HA・YA・TO! フゥ! HA・YA・TO! フゥ!」
そして何故か負けたのに湧き上がる隼人コール。当然名前の知られていない俺のコールはない。
葉山は「ふう」と額の汗を拭うと、俺に手を差し出した。なんだ? と思っていると、力なく垂れたままの俺の手を取って、握手をしてくる。
「試合に負けて、勝負に勝ったな」
ってうるせぇよ。俺は負けるつもりなんてなかったっつーの。
やっぱ俺にリア充側の青春ラブコメは、無理だわ。
* * *
雪ノ下たちとの勝負が終わり、昼休みは残り十分を切った。
すっかり昼飯を食いそびれてしまった上に、運動したせいで腹はこの上なく減っている。流石にもう昼飯を食っている時間はないが、今日も今日とて作ってきてくれたであろう雪ノ下の弁当を受け取らねばならない。
さてその雪ノ下本人はどこに行った、と探し歩いていると、テニス部の部室の脇でふわりとなびく黒髪が見えた。なんだあいつ、あんなところにいたのか。
「なあ雪ノ下、今日弁当は──」
部室の方へ回り込んだ瞬間、俺は絶句した。
何故なら雪ノ下のブラウスはボタン全開になって、ペールブルーの下着がそのほっそりとした肢体を包んでいるのが見えたからだ。今まさに脱がんとしていたスコートが膝の辺りまで落ちていて、同じ色のショーツが引き締まった腰回りを強調している。
「なっ、なっ⋯⋯!」
なんだよ今記憶に刻みつけてんだから静かにしろよ。と思っていたら、その隣に立っていたのは由比ヶ浜だった。
ブラウスのボタンは下から留める派らしく、大きくはだけた上半身を包むのはピンクの下着。寄せて上げなくても自然と出来る谷間の深さは日本海溝なんてジャパンサイズではなく、マリアナ海溝とでも言うべきアメリカンサイズ。あれ、マリアナ海溝ってアメリカだっけ? いやまあ、そんなことはどうでもいい。
「は⋯⋯、え⋯⋯?」
そんな困惑の声を上げたのは由比ヶ浜の隣にいた一色で、これまた着替えの最中であった。丁度ワンピース型のテニスウェアを脱いだところらしく、その身を包むのは意外にも純白のブラジャーとショーツ。おいおい、あざといのに下着のチョイスは清楚系とか一周回ってやっぱりあざといんじゃないの? いやそれにしても雪ノ下ほど小さいわけでもなく、由比ヶ浜ほど大きくもない絶妙なサイズ。大中小取り揃えてございますってか。
「比企谷くん⋯⋯。こういうのは二人きりの時にしてもらえると助かるわ」
「流石に付き合ってもないのにこういうのは恥ずかしいですし普通にセクハラなんで出直してくださいごめんなさい!」
「この⋯⋯っ! ヒッキーの変態っ!」
視界が幸せいっぱいになっていたところに、ゴンっと響く鈍い音。後から付いてくる痛覚。
俺の額で跳ね返ったラケットが空中で回転するのを見ながら、こう思うしかない。
やっぱ俺の青春ラブコメ、まちがってねぇわ、と──。
第五話、テニス勝負の話でした。
これで一巻パートは終わりです。
次回、勝負に負けた八幡を待ち受けるものは⋯⋯。
引き続きお楽しみ下さい!