「そこの君!止まりなさい!」
「え?」
ベルリン南東75kmの地点にあるフクスバウ航空基地、その検問所での事だった。
ミオナ・ヴィルケは眉をひそめたまま、声をかけた男の兵士のほうへ振り返る。
「まったく、また子供か…だめだよこんな所に来たら……通行許可書は持ってるかな?」
基地が生活圏に近いと、何かと子供も遊びに来るものである。
親に会いに来た子供、ストライカーやウィッチを一目みたくて父親のカメラを持ってくる子供……
兵士は今回もその類だと考えたのだ。
まだ20代前半、いかにも新人らしい兵士はライフル銃を肩にかけたまま、出すもの出せと言わんばかりに手を差し出す。
「えっと……」
ミオナ少し気まずそうな顔をすると、上着のポケットに手を入れ一枚の手紙を取り出し、それを兵士に渡した。
「……ど、どうぞ」
「え……あ、拝見します……んんっ!?」
手紙を開いて数秒、男は顔を一面蒼白にさせ額には冷や汗をかき始めると、
背筋を正しそれはそれは美しい敬礼をしてみせた。
「こ、これは失礼を致しました!まさかヴィルケ中将の御息女とはつゆ知らず!どうぞお通りください!」
『御息女』という言葉がミオナは眉をひそめさせたが、それに兵士が気づくことはなく。
兵士は足早に去る少女の背中を見届けつつ、
「……似てないよなぁ」
と一言そう言うのみであった。
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フクスバウ航空基地
*ベルリン中心から南東75kmの地点、第二次ネウロイ大戦時にベルリン奪還後に建設された航空基地である。航空基地にしては小さく滑走路も一つしか無いが、その主要施設は地下にあり、大戦次はネウロイの空爆攻撃に対し高い防衛力を発揮した。
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フクスバウ航空基地は先の大戦で前線基地としての役目を終えて以来、カールスラント空軍の手によって新人ウィッチ用の訓練施設及び新兵器の試用施設として運用されていた。
ミオナもつい最近訓練期間を終えたばかりの新米ウィッチであったが、この基地の所属では無い。
それから、しばらく手元の地図を見ながら地下道を歩き続けているとミオナは金属のパネルに執務室と書かれた部屋の前に辿り着いた。
十数秒、部屋の前で迷った末、ミオナは深呼吸を一度して、扉を2回ノックした。
扉の向こうから「ガタッ」っと言うような音がしたような気もしたが、ミオナは気にせず扉を半開きにすると直立して名乗りを上げた。
「703基地所属ミオナ・ディートリンデ・ヴィルケです!ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ司令より書状を頂き、参上しました!」
「……よし、入れ」
「失礼しますっ!」
ミオナは部屋へ入り扉を閉めると敬礼し、ミーナの顔を見た。
「あ……」
思わず声が出てしまうほど。
その容姿は少女が入隊する前、12歳の時最後に見た姿から何も変わってはいなかった。
艶やかなブロンズ色の髪にハリのある肌。今年で38になるというのに、まるで二十歳のようなその姿はある意味魔女であろう。
部屋にはミオナが12歳の時、入隊する前に扶桑で撮影した写真が立ててあった。
ミーナがミオナの顔をみた時、ミーナをまとっていた厳格な空気は消え去り。
ミーナは思わず席を立つと、ふらふらとミオナへ歩みより。
「ミオ……会いたかった!」
強く抱きしめた。
「ぐぅ!?…ひ、お久しぶりです…」
「マ…ヴィルケ中将」
「マ?マ、って何?ミオ、もうママって呼んでくれないの?」
「なっ、ちがっ!」
「上官命令です!私をママと呼びなさい!」
ミオナは眉間にマリアナ海溝より深いシワを作り、しばらく考えると。
「ぐっ!…久しぶり……ママ」
苦しげにそう言って、控えめに抱き返した。
-数十秒後-
「ママ〜〜でへへへへ」
ミオナ要塞陥落。
最初こそ僅かな抵抗を見せていたが、10秒も経った頃にはミオナはミーナの胸に顔を埋めて
至福の表情を見せていた。
扉の隙間から覗いていたウルスラは部屋へ入るタイミングを見失い、その様子を眺めていた訳だが。
「あらウルスラ、そんなところでどうしたの?」
ミーナが離れようとするミオナの頭を半ば強引に胸へ抑えつけながらそう言ったので、ウルスラは(彼女はまだ魔法力が使えるのでは?)などと、そんな非科学的なことを考えつつファイルを片手に部屋へゆっくりと足を運ぶことができた。
「お久しぶりです、ヴィルケ司令」そう言って敬礼をすると。
ミーナは「ヴィルケ司令なんて、よそよそしいんじゃないかしら?」
と言って、ウルスラにハンドサインで座るように促した。
その際ウルスラは「二人の…その…お邪魔してしまいましたよね?」などと二人を気遣って言ったつもりだったのだろうが、ミオナは顔を赤くして俯くばかりであった。
しばらく経つとミオナのゆでダコのような顔も治って。執務室に備えてあった紅茶を飲みながら3人は世間話に花を咲かせていた。最近若者の間で流行ってるジーンズという服について、クロステルマン財団がまた孤児院を建てたことなどについてである。
そうこうしている内に十数分が経過して、あらかた概要を話し尽くすと、話題は自然と今日こうして訪れた理由へ移った。話を切り出したのはウルスラ・ハルトマンだった。
「単刀直入に申し上げますと、研究所のほうでミオナ少尉をお借りしたいと考えています」
ウルスラがそう言うと、ミーナは僅かに眉間にシワを寄せた。
「……それはどういうことかしら?」
「言葉通りの意味です。今回の要件は新型ストライカーのテストというのはご存じの通りかと思いますが」
ウルスラは肩まで伸ばしたブロンドヘアを揺らし、ミオナの方へ視線を向ける。
「ミオナ少尉は類稀な魔法力を有しています。彼女のようなウィッチは今後の魔法学研究やカールスラント復興において必要不可欠な存在です」
「……」
ミーナは少し考えこむように項垂れていると、ミオナが遠慮がちに口を開いた
「マ、中将」
「私は、私に出来ることはやりたいと思っています。ウィッチにもなったのもそのためだと思うんです」
ミオナが弱々しく、だが目線はミーナから逸らさずにそう言う。
「ミオ……」
「ミオは……よしてください。ここでは上官と部下なのですから」
ミオナがバツが悪そうにそう言うと、ミーナは「大きくなったのね…」と聞こえないくらいの声で呟いて、ウルスラの方へ視線を移した。
「……そうね、分かったわ。研究所の件に関しては今回のテストの結果次第で判断させてもらいます。ウルスラ博士、それでも良いかしら?」
「問題ありません」
ウルスラがキッパリそう答え、ミーナはウルスラから渡された書類にサインをした。
「これでミオナ・ヴィルケ少尉は『今日1日』研究所の管轄になります」
ミーナは今日1日の部分を強く強調するとウルスラの方へ書類を手渡した。
「迅速な判断に感謝します」
ウルスラはそう言うと、ミオナへ「では行きましょう」と言って部屋を出ようとしたが、ミーナが引き止めた。
「ウルスラ」
「はい?」
「エーリカは、元気にしてるかしら?」
ミーナが目尻を下げてそう聞くと。
「えぇ、姉さんは相変わらずですよ」
ウルスラはそう笑みを浮かべながら答えて、ミオナと共に部屋を出て行く。
数秒経って、足音が遠くなると、ミーナは肩の荷がおりたように、椅子に座って。
「……嘘ね」
そう呟いて目を閉じた。