ミオナ・ヴィルケは前を歩くウルスラ・ハルトマン博士の背中を見ながら、
その奇妙さについて考えていた。
ウルスラ・ハルトマンという人間には奇妙な噂の絶えなかったからだ。
リベリオンにある研究機関からのヘッドハンティングを何回も蹴ってるとか。
200以上の特許を取得してるのに、自腹でストライカーの開発を進めているせいで常に金欠らしいとか。
何より不思議に思ったのはなぜそこまで新型ストライカーにこだわるのかとか。
……501とも関係があったらしく、ミオナの母親であるミーナ中将とは古い友人らしいとか。
この人は母さんにとってどういう人なんだろうとか。
などと、ミオナが博士を睨みつけながら歩いていると地下道も終わりに差し掛かって、階段を登ると陽の光が見えていた。空は澄んで、秋のベルリンにしては珍しく晴れた空で、ストライカーの試運転を行うには絶好の天気だった。
「ミオナさん、こちらです」
ミオナが陽の光に目をシパシパさせていると、博士は私の手を取って布が被せられたストライカーらしいシルエットの元へ連れて行く。この時、明らかに嬉しそうな顔で私を引っ張るので、ミオナはウルスラのことを、子供の純粋さを持ったまま育っただけの天才だと考えていた。
ミオナの身長…高さ150cmほどのシルエットがそこにはあった。
「これこそ、我々がオラーシャと共同開発した最新型ストライカーユニット」
博士がそう言って被せられた布を取り去ると、真っ白に塗装されたストライカーが姿を見せる。
「MiGu-25です」
ウルスラがあまりに誇らしそうな顔でそういうのだが、ミオナはどういう反応をするべきか今ひとつわからなかったので。
「すごく…早そうですね…?」
としか言えなかった。
しかし博士はどうやらそれで満足したようで、ストライカーについて詳細な説明をした。
「やはり気が付きましたね。そうです。このFoxbat...いえMiGu-25は直列型魔道ジェットエンジンを合計4基内部に搭載しており、理論上では時速3000km以上で飛行することが可能になります。ですが当初の設計では魔力の消費が著しく実用的でないと判断されたので、出力の大半はエアインテークから吸入された空気を魔道エンジン内で再取り込みさせた魔力と混合させ再燃焼させることで補うことになりました。アフターバーナーを起動することで一時的に魔力供給の制限を解除することも可能ですが、飛行中に失神してしまう恐れがあるのでおすすめはしません。またエアインテーク内には、整流板が取付けてあるので、空気の流れを整えてエンジンの燃焼を安定させる効果もあります。架空翼の実現にも成功しました。極少の魔力消費で魔力形成された翼を展開することが可能です。戦況に応じて翼を変化させることも可能ですし、角度の調整も容易なのでエアブレーキとして活用することもできます。従来のストライカーは構造の複雑さが増すことによるメンテナンスコストの増大が懸念点でしたが、このMiGU-25はその問題も解決しています。」
「はい」
「さすが理解が早いですね。これには魔道レーダーも搭載されています。160km先まで対象を探知可能です。そのせいで少々機体が大型化してしまったのは残念ですが、これは時間が経過すれば解決できる問題なので問題はないでしょう。次に武装ですが、これは機関銃を使用しません。それもそのはずです。時速3000kmで飛行しながら機関銃を当てられるウィッチなどこの世に数えるほどしか存在しないからですね。武装はこちらで独自開発した対空ミサイルR40を4発になります。2発をストライカー下部のパイロン、もう2発をランチャーごと両肩に担いで運用する形になります。ミサイルの射程はレーダー探知範囲の60km程度で時速マッハ4.5で対象を追尾、弾頭付近に設置されたカナード翼により機動性が向上しているため確実に標的を撃墜することが可能です。あとこの架空翼端から前へ突き出るフラッター対策用のマスバランスについてなのですが……」
「はい」
博士は好きなことになると早口になる癖があるようで、私に熱心にストライカーの説明をする。
大体、30分くらいが経ってあらかた概要を聞き終えて。
「では、試験飛行を開始しましょう」
とミオナの方を見て言う。
「分かりました。武装は模擬弾ですか?」
と言ってミオナがオレンジ色のミサイルの方を見る。
ウルスラは「あー」と言って、しばらく考えた後。
「いえ、実弾を使います」
と答えた。
「了解しました」
(初飛行なのに実弾を使うんだ?)
ミオナは少し怪訝に思いつつも、ストライカーを履くことにした。
生みの親である博士がそういうのだから間違いは無いだろうと。
空を引き裂くような音がベルリン中に響き渡る。
ジェットの音が耳に装着したインカムを通して聞こえ、ミオナはジェットの音が基地まで聞こえていることを認識する。その次にミオナが見たものは視界一面に人がる空だった。足元より下は雲しかない。
出力を絞ってその場に滞空すると、ミオナは基地に連絡を入れた。
「こちらヴィルケ、高度8000mに到着しました」
「確認しました」
まだ廃墟が残るベルリンの街、遥か下を飛ぶ鳥の編隊。
ミオナは次の指示を待つ間、空の開放感に見惚れていた。
「次は---探---し---標的----破---」
インカムから酷い雑音が混じった音声が聞こえてきた。砂が揺れるような音が激しく言葉の間に入り込み、意図を汲むことは不可能であった。
「こちらヴィルケ、すみません、よく聞こえません」
「な----ネ---」
ミオナは何度か返答を送ったが、インカムから聞こえるのはついにノイズだけになっている。
(何か嫌な予感がする)
直感を得たミオナは周囲を見渡しながら、
「魔導針は確か…」
額のあたりから青い光の輪のようなものが現れて、周囲160km圏内全ての標的をミオナに感じ取らせた。
しかしあまりに膨大な情報量にミオナは鼻血を吹き出し、一瞬だったが、ストライカーの架空翼さえ消失していた。ミオナは意識を取り戻すと無理やり魔力を搾り出し、再びレーダーを起動する。
「左後方27度…鳥、右32度…航空機」
「34km後方58度、何…これ?」
ミオナが振り返ってその方を見てみると、一瞬だが、僅かに赤い閃光が見えた。
「まさか……!」
出し惜しみなくストライカーに魔力を注ぎ込み、アフターバーナーを起動する。
体全体がちぎれるような感覚に襲われたが、ミオナは構わずそのまま加速を繰り返し赤い閃光の元へ向かって行く。
「こちらヴィルケ、正体不明の飛翔体を発見、接近します」
「----尉---だ----もど----」
インカムからはたまに人の声らしきものが聞こえたが、それは意味をなすものではない。
アフターバーナーを起動してから、おそらく音速を超えたのだろう。
ショックウェーブが発生しストライカー下部に備えてあったパイロンが分解し後ろへ飛んでいく。
「うっ……!?」
架空翼の角度を調整しながら何とかバランスを保つミオナは自身のストライカーについていたはずのミサイルが2発そっくり無くなっていることに気づく前に、赤い閃光がこちらへ近づくのを感じていた。
「来る……!」
キィィィイイイと昆虫の悲鳴のような音が近づくのに合わせて、ミオナは背中に備えてあったR40対空ミサイル肩に担いで、音源に照準を合わせた。
「そこの高度8400mを飛行している不明機に警告する。ここはフクスバウ航空基地の領空である。ただちに引き返せ」
ミオナは正確に探知した方角に向かって魔導針で警告を発すると、赤い閃光が、次第に大きくなりこちらへ向かってくる。それは起伏のないエイのような形をしていたことをミオナはハッキリと見た。
「っ、早い!ネウロイ!?」
ミオナがシールドを発生させるとほぼ同時に着弾し、ミオナの視界は赤い光に包まれる。
シールドを斜めにし、レーザー攻撃を弾いて機体を上昇させると、無数のレーザーがミオナへ向かって放たれた。
「こちらディルケ!ネウロイと接敵!」
「きこ---な---い----え--」
回避機動を取りながらインカムに話かけるが変わらずノイズが聞こえるのみである。
ビィイイイイッ!
視界の不意に前方にレーザーが走り、左肩に担いでいたR40を溶かした。
「っ!」
ミオナは咄嗟にパージしたR40ミサイルは数メートル先で爆発し、破片は展開していたシールドに弾かれて燃え尽きる。ミオナは戦闘の速度についていけない自分の能力に内心舌打ちしつつ、赤い閃光を追いかけた。
「街には行かせないっ!」
ミオナには常軌を逸脱した速度で旋回するネウロイに僅かな恐れと、測りきれない憎しみを感じていることを自覚していた。
MiGu25の推力を上げていく、翼は魔力で形成された架空翼なので分解の心配はないが、この設計の欠点は人体の限界を考慮していないことであろう。1秒ごとに寿命が1年すり減っていくかのような過酷な環境に肉体が悲鳴を上げるが、ミオナはただネウロイ一点だけを見つめ、R40の照準に収めた。
「うぁあああああ!」
一瞬、ネウロイが縦旋回をし減速したところへ、R40を発射する。ミサイルはマッハ4の超加速で対象に近づいていく。
「いっけぇえええええ!!」
大気を震わせんばかりにそう叫び、魔導針でミサイルを誘導する。一瞬の閃光がミサイルを撃ち落とさんと放たれるが、魔導針で遠隔操作されたミサイルはその全てを回避し、ネウロイの腹にあるコアに激突する。
バリィィィィン---
雲を散らすような爆発と共に、ネウロイが白い光のガラス片のような姿になって砕け散る。
「やった、やった!あ、あれ、ミサイルは?」
ミオナはこの時、ストライカーについていた2発のミサイルが行方不明になっていたことを知った。
「---ミオ!ミオナ!?」
戦闘を終えたミオナが余韻に浸っていると、インカムから久しく人の声が聞こえた。それも最愛の人の声が。
「マ、ミーナ司令?どうしてこの回線を…」
「今さっきネウロイの反応が!…えっ?もう消失した?」
インカムの先では何やら騒がしい雰囲気が感じられた。
「ネウロイなら先ほど撃墜しました」
ミオナがそう言うと、しばらくインカムからは何も聞こえなくなった。
ミオナはまた電波妨害か?それともR40を撃っちゃったのはまずかったのだろうか。などと考えていると
「……状況は把握しました。取り敢えず基地に帰投してください。話はそれから--」
仕事モードに入ったミーナの声色だとミオナは直ぐに理解する。
もっともミオナはその声に僅かに喜びが混じっていることも感じ取っていた。
それは常にミーナを観察していたミオナにしか分からないほど微々たる声色の差だった。
「了解しました。ただいま帰投---」
そうミオナが言いかけた時、不意に強い目眩が襲った。
視線をストライカーの方へ向けると、架空翼が消えていた。
「ミオ……ミオ…!?」
悲鳴のような音がインカムから聞こえたような気がしたが、ミオナにとっては、それも輪郭を失って聞こえていた。
(あ……魔力切れなんだ……)
ひどく不自然なほど冷静に、そう理解すると、ミオナは地面へ垂直へ落下していった。