あのウィッチ二人を尾行して、ベルギガの第4都市、シャルルロワにある基地に来てから二週間が経った昼過ぎの1時頃。
肌を刺すような冬の冷気と憂鬱な曇り空の下、ミオナ・ヴィルケは今日も古臭い中型ネウロイたちを駆除して周っていた。
魔導針で探知して、対空砲から剥ぎ取った30mmMK103機関砲で粉砕する。この単純作業を繰り返して早30回。
ミオナは早く1965年へ戻りたいと願いつつも、今だにその手がかりを得られないでいたが、あまり思い悩んではいなかった。このまま戦果を挙げ続ければ、いつか自分がどこかに居るミーナ・ヴィルケの目に留まるかもしれないという淡い期待があったからだ。
しかし、所属はどう言い訳したものだろうかと考える。
今や現役のカールスラント軍に知られては不味い嘘がミオナにはあった。
初日、ミオナが助けたウィッチ2名、ドーリスとセレナを尾行してシャルルロワ基地へ強引に着陸したあの日の事。
その基地の指揮官らしいウィッチから執務室へ招かれたミオナは、このシャルルロワ基地の指揮官、ラーラ・ブラウアー少佐からいくつかの質問をされた。
『名前と所属を教えてくれるかな』
『あんな戦域の中心に一人でいたのはなぜ?』
『そのストライカーはどこが作ったのかな?』
『君、明日から働ける?』
立て続けに質問されて、少したじろいでしまうね、ミオナ。
だけど余り長い間黙っていたら怪しまれるから、無茶なことでも言うしかなかった。
『カールスラント空軍所属、ミオナ・ヴィルケ少尉です。新型ストライカーのテストパイロットだったのですが……すみません、詳細な所属は言えません。気が付いたらあそこに居て……』
冗談みたいな返答だよ。
本心じゃ"こんな安い嘘が通るわけないよね"って程度に言ったことだったみたいだけど。
信じ難いことにその冗談みたいな嘘は受け入れられてしまった。
ミオナの見た目が12歳の少女だったからだろうか。それともカールスラントに確認を取ることをラーラが面倒くさがったから?どれも説得力には欠ける。
恐らくはあの指揮官、ラーラ・ブラウアーという人は不審さを追求することより、不足していたウィッチを補充することの方を優先していたのだろう。MiGu25を見て、役立たずの自走対空砲から30mm機関砲を取り外してミオナに運用させろと命令したのも彼女だ。実際、それでここ二週間で撃墜数は30を超えているのだから、それは英断だった。
だが、しかし、誰にでも間違いはある。
ラーラ少佐の場合、犯した唯一のミスはセレナとミオナを同室にしたことだ。
セレナ・カペル。艶やかなブロンド髪に柔和な顔つき。おまけに気立が良く上品。
ウィッチとしては新米で固有魔法もないが筋の良い15歳で、客観的に見れば理想的なガリア娘だ。
これを同室にして何か問題が起きることなんて、普通の人には想像も出来ないだろう。だけどミオナ、お前のセレナに対する印象はそうではない。
それはミオナが基地に来てから2日目のことだった。
ミオナが格納庫でストライカーの整備をしていると、不意に後ろから声をかける人がいた。
『あっ、すみません、お邪魔でしたか?』
振り向くと、そこにはセレナがいた。緊張したような顔で、白い頬は赤くなっている。
ミオナはそんな彼女の様子をみて、人見知りする子なんだろうか何て考えて。
『あ、いえ、そんなことないですよ。どうしたんですか?』
そう、優しい口調で答えると、セレナは続けて言った。
『そんな…敬語なんてよしてください。あの日助けていただいたお礼をさせてくれませんか?ちょうど良いお茶と茶菓子があるんです』
糖分に飢えていたんだね、ミオナ。お前は疑うことすら忘れて、即答してしまった。
『お菓子…!』
目を輝かせながら後をついてくるお前の姿に、口元を歪ませているセレナのことなんて、見えていなかった。
それから寮へ戻って、香りの良いアールグレイとマドレーヌを食べながら、互いの話をしたり、トランプで遊んだりした。消灯時間も近づいてきて、もう終わろうかと言う時に、セレナは最後に罰ゲームを取り入れたババ抜きをしようという提案をした。
『内容は……。親交を深めるためにも、くすぐりなんてどうですか?』
今思い出すと、その時のセレナはやけに興奮していた。
『良いけど……何かこの部屋暑くない?』『えー、そうですか?』
ミオナは違和感を持っていたが、まだここにきて2日目、場の空気に馴染む為だ仕方ないと引き受ける他ない。
部屋の明かりを落として、僅かなランプの灯りのみを残すと、二人は最後の勝負に臨んだ。
結果は惨敗。ミオナの惨敗だ。
後になって思うと、あれはイカサマだったと思わないかミオナ。
ジョーカーのカードにはほら、一つ違う模様が混じっていたじゃないか。
熱に浮かされていたんだね。媚薬の熱に。
『はぁ…はぁ…それじゃぁ、罰ゲームしちゃいますよ?』
呆然とするミオナに、セレナは鼻息を荒くしながら迫っていた。
『や…まって…』
嫌な予感を受けたミオナは思わずそう言って後退りしてしまうが、そんなに広い部屋ではない。
すぐに壁に行き当たる。
『こちょこちょ〜』『やっ、ちょっ、んん!?』
体を走る指先の他に、口の中に舌が入ってくるのを感じた。
ミオナの意識が輪郭を失い、体が少し震える。
その様子に気付いたのか、セレナはミオナの小柄な背中に手を回して抱き寄せる。
セレナが一通りミオナの口腔を味わい尽くすと、口を離して、恍惚とした顔で。
『ミオナさん好きです…この黒髪も、小柄な体も、ぷにぷにのほっぺも、たくましいところも、全部…好き…初めて会ったあの日から…愛してます』
そう言って、ミオナの服の内側のまさぐりはじめた。
『せぇなぁ…ま、まっひぇ、やっ』
『ぁ ぁぁま
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悪い夢を見たんだね、ミオナ。
もしかしたら、現実だったのかもしれないって?
だって、考えられるかい?あの礼儀正しい、ガリア貴族の手本みたいな彼女が、あんなことをするなんて。
でも、もうセレナが怖い。そうだろ、ミオナ。
セレナ・カペル。ネウロイから助けるべきでなかったと思ったことなんて一度もないけど、ミオナは少し挫けそうなんだ。
「……嫌なことを思い出した」
そうミオナが呟いていると、数キロメートル先にネウロイが迫っていた。
反応を見るに中型ネウロイ、速度はそんなに無い。雑魚だ。
耳のインカムに手を添え、一応報告を入れる。
「こちらミオナ・ヴィルケ少尉。8キロメートル前方に敵、中型ネウロイを発見、これより迎撃する」
「こちらラーラ、了解。油断しないでね」
初日はドーリスやセレナと一緒に哨戒任務に当たっていたが、すぐに行動範囲と移動速度を合わせられないという理由で解体。哨戒はドーリス&セレナ班と、私一人の班で交代しながら行うことなった。
哨戒任務と言いながら、私の任務は『魔導針で探知したネウロイは全て撃墜せよ』なんて雑な殲滅任務に変更されている。基地の戦果稼ぎの為だろう。
何にせよ母に会う為である。為さねばならない。
(こいつ1機でどのくらいの予算が降りるんだろう?ハンバーガー200個分くらい?)
機関砲をネウロイの胴体に30mmを数発打ち込みながらそんなことを考える。
(あ、詰まった)
半壊したネウロイは自己修復しつつ、全てのビームをこちらにむけて照射する。
ビームを避けながら、ボルトを引いて、薬室を開いて、中の弾を取り出して、弾薬ベルトをつなぎ直す。
(薬室を閉じて、よし)
慣れたものだ。今更こんな、プロペラのついたネウロイなんて輸送機堕とすより簡単だ。
レーザーが止むのと同時に30mmを残った部位へ撃つと、コアがあったらしく、ネウロイは砕け散った。
「こちらミオナ。ネウロイを撃破。RTB」
「こちらラーラ了解。それとミオナ、君に会いたいって人が今基地に来ている」
「私に?」
「あぁ、何でもカールスラントの--」「すぐに向かいます!」
カールスラントの--最後まで聞くまでもなく、急いで基地へ向かった。
知らない時代に一人というのは辛いものだね、ミオナ。
鈍色の空を飛び終えて滑走路へ降りて、格納庫に見慣れないJu52を見た時、ミオナはようやくミーナ・ヴィルケに関する手がかりを得られると思ったに違いない。格納庫の固定装置にストライカー嵌め込んでやると、すぐにそれを脱いで外へ駆けた。それほど広くないこの基地の、来賓室の役割も兼ねている司令室まで。
カールスラントの誰だろうか。いや、もはや誰だろうと構わない。この時代でミーナ・ディートリンデ・ヴィルケを知らないカールスラント軍人などいるものか。私に用件?得体の知れないストライカーのことか、それとも二週間で撃墜30という非現実的なスコアのことか。なんだって良い、ミーナ・ヴィルケの居場所を聞き次第こんなシケた小児性愛者の巣窟みたいな基地すぐに抜け出してやる。
そういう心持ちで、ミオナは背筋を伸ばして執務室のドアをノックした。
㌧㌧㌧㌧
「ベルギガ空軍103部隊所属、ミオナ・ディートリンデ・ヴィルケ少尉です!ラーラ少佐の命によr」
「はいはーい、入って入ってー」
ミオナは細い声帯で頑張って声を張り上げたのだが、言い切る前にラーラ少佐から入室許可が降りた。
「失礼します!」
そう言ってドアを開け、ゆっくり入室する。
部屋の中にはソファーが二つ。ミオナから見て左手にあるソファには普段通り眠たい顔のラーラ少佐が背もたれに腕をかけて座っている。右手のソファには、誰もいない。窓から景色を眺める、赤みがかった髪色をした、緑の軍服姿のウィッチらしき女性は外の様子を見ながら、ミオナに言った。
「はじめまして、第501統合戦闘航空団隊長のミーナ・ディートリンデ・ヴィルケです」
ミーナは「よろしくね?」とミオナへ歩み寄り手を差し出した。
-----はじめまして
----はじめまして
---はじめまして
--はじめまして
-
「…………あ」
『はじめまして』という言葉の衝撃に意識が数秒飛んだミオナだったが、正気を取り戻すと、同じように手を差し出した。
「はっ、はっ、はっ、はっ…ふぅぅぅぅぅ」
涙は堪えた、過呼吸も堪えた。偉いぞ自分、そうミオナは自分を誉めそやし。
出した手をすぐに引っ込めた。
「あら?」
何か気に食わないことでも?と言うように、僅かに眉を潜めてミーナはミオナを見る。
ミオナは手元を見ていたのでミーナの顔を見ていなかったが、もしこの僅かな不快感を灯した表情をミオナが見ていたら、絶望と恐怖の連鎖によって失禁していただろう。
「ま、あっ、すみません、ちょっと手が汚れてっ」
つい数十分前までネウロイと打ち合っていたのだから、ミオナの手にはガンオイルや煤けた汚れがついていた。ミオナが摩擦熱で火でも起こすのかというほどの速度で軍服に手を擦り付けていると
「あら、気にしなくても良いのよ」と言って、ミーナはお構いなしという風にミオナの手を握った。
冬場の空気のかいあって完全に冷え切っていたミオナの手は、染み渡るような暖かさに包まれる。
懐かしい。そうだった。母は軍人であったはずなのに、まるでピアニストみたいな手をしていたんだ。
11歳の頃、酷い高熱を出して、家で一人寝込んでいた時、難民キャンプにいた頃を思い出させる心細さで限界だったあの時も、母は基地のストライカーを持ち出して帰って来てくれたんだ。なぜ、あんなに愛しい思い出を、今まで忘れていたのだろうか。ミオナは手の温もりから、今は遠い日の事を思い出し、瞼を濡らした。
「っ…うっぅぅぅぅ…… 」「ミ、ミオナさん!?」「…おやおや」
歯を食いしばって堪えようとするも涙が止まらないミオナ。
手をギチギチに握りしめたまま泣き出すミオナに戸惑いを隠せないミーナ。
その様子をニヤニヤしながら眺めるラーラ。
「ぐっ、うぇっ、うぅぅぅぅ!」
ミオナは嗚咽を漏らしながらミーナに崩れ落ちて、軍服の袖で涙を拭きながら、しばらく泣いた。
数分して、事が落ち着き、ミオナが鼻水混じりに「へ゛る゛き゛か゛く゛う゛く゛ん゛し゛ょ゛そ゛く゛!」"103部隊隊長ミオナ・ディートリンデ・ヴィルケ少尉であります"と、なんとか続けて言い終えて、やっと話は本題へ突入した。
この執務室には入り口からみて左右にそこそこ質の良いソファが1席づつ置いてある。
ミオナは後出しジャンケンみたく、ミーナの座った方の隣へ仕方なしという雰囲気を出しつつ座ろうと考えていたのだが、ラーラが余計な気を効かせて「では、私はいつもの場所で」などと言って部屋の中央奥にある執務席に座りやがったので、ミオナはミーナと向かい合う形で座らざる追えなかった。
ラーラが席を移動する際、ミーナは彼女の耳元に近づくと、小声で「その、あの子大丈夫かしら?色々と」と言った。ラーラは「実は…ミオナはあなたの大ファンなのですよ。まだ12歳ですから、感極まって泣いてしまったのでしょう」とこれもまた小声で答えると、ミオナの方へウィンクを飛ばして席に着いた。当のミオナと言えば、耳元で囁き合っている二人の距離が近すぎるのではないかと内心憤慨していたのだが、ラーラがそれを知る由もない。
そうして全員が席に着いて、最初にミーナが口を開いた。
「それで、本題になるのだけど、二週間で30機撃墜という話は本当かしら?」
「事実です」
ミオナはミーナの瞳を真っ直ぐに見たまま、そう言った。
ミオナ・ディートリンデ・ヴィルケ、母にだけは死んでも偽りを語らぬと決意した女。
返答を聞くと、ミーナは浅く息を吸って、ミオナの瞳を見つめたまま言った。
「それが事実なら、第501統合戦闘航空団に入る気はないかしら?」
"あなたは身元が分からないから階級は軍曹からになるのだけれど"と付け足していったが、ミオナにとっては関係のない話だ。階級が何だ、ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケと一緒にいられるのなら、何でも良いと言うのがミオナの基本思想なのである。
「入ります!!」
故に即答
「もちろん、考える時間は--え?」
「入ります!やらせてください!」
「…本当にいいのね?階級は軍曹から--」
「問題ありません!ちょうど軍曹になりたい気分でした!」「え、えぇ…」
ミーナは想像を遥かに外れた返事に拍子抜けしていたが、ミオナの嘘偽りのない熱意を感じ取り、顔を綻ばせた。
「その熱意、嘘では無いみたいね。分かりました。では早速演習の方を…」
とミーナが言いかけたところで、「盛り上がってる最中にすみませんが」と、今まで存在感を消していたラーラが口を開いた。
「ミーナ中佐、今ミオナを引き抜かれてはこちらの防衛力にも支障が出てしまいます」
ラーラが後頭部をさすりながらそう言う。ミーナの口端が僅かに上がるのをミオナは見た。
"やはりそうきたか"というような顔だった。