シャカファイ、五年後です。前回の話を読んだ方が、間違いなく楽しめます。
「もーいーくつねーるーと、おーしょーおーがーつー!」
「ファイン、もうあと四時間くらいで年明けだ。もういくつどころか、一睡もしねェぞ?」
「……あれ?」
ごっつぉーさん、と箸を置くエアシャカール。自室に出したコタツの中に入ってのんびりしている彼女──ファインモーションを眺めながら、カップ蕎麦の横に置いてあるビールを飲む。酒を嗜むようになってから早三年。初めはチューハイ等の軽めの酒ばかりだったが、ようやくこの発泡酒の良さが分かってきた。これは味を楽しむものではなく、この喉越しを楽しむものなのだと。
呑気に歌っていたファインモーションの目の前には、蕎麦ではなく高めのカップ麺。こんな時でも彼女はラーメン狂いだった。彼女が日本を離れている間に発売されたそれは、最近巷で有名な具なしのカップ麺だった。
エアシャカールとファインモーション。
二人はトレセン学園を卒業し、早五年。二人はそれぞれの道を進み始めていた。
「そっか、もうそんな時間なんだ……一年、あっという間だったね」
「まァな。それ、去年も全く同じこと言ってたけどな」
「そうだったね! 去年は……来てくれたよね、私の実家に」
「おう。相変わらず遠いんだよアイルランド」
エアシャカールは学生時代の約束通り、ファインモーションの実家があるアイルランドに何度か足を運んでいた。トレセン学園のスカウトという現在の仕事の関係上、そこのウマ娘達を見ると言えば案外あっさり行くことが出来た。その度に、ファインモーションに出会っていた。
公務が忙しいファインモーションは、度々来てくれるエアシャカールと会うことを楽しみに日々を過ごしていた。しかし、彼女はなんて事ない様に来てくれるエアシャカールと出会う度に、心の中で申し訳なさが募って行った。
その結果、ファインモーションは無理を言って、日本にお忍びで来日。エアシャカールの家に転がり込んでいた。
すっかりコタツで丸くなっている彼女は、やはり日本に馴染んでいた。
「ンっとに焦ったんだからな? しっかりSPまで引き連れてきてよォ……久しぶりに頭痛くなったぜ?」
「あはは。でも、嬉しかったでしょう? 私の気持ちも分かったと思うし」
「……そうだな。オヒメサマが普段どんな気持ちで俺を出迎えてたのか、よーく分かったよ」
アルコールが入ったからか、普段は言わないでいる言葉がするする出てくる。まるで、何時ぞやの年の瀬にファインモーションと卒業後の約束を交わしたあの日のようだった。
エアシャカールはビールの缶を持ち、立ち上がる。そのままファインモーションの後ろに回ると、彼女のことを抱きしめるようにコタツに入り直す。
びく、とファインモーションは身体を震わせるが、エアシャカールを振り払うようなことはしなかった。
「……シャカール?」
「何回かさ、想像したよ。この部屋でお前と一緒に過ごす想像を。情けねェし女々しい話だが……お前が傍に居ねェのが、想像以上に堪えてンだよ」
ファインモーションの身体に回した腕に、彼女はそっと手を添えた。エアシャカールの腕はアルコールのせいかコタツのせいか、びっくりするほど暖かった。
顔は見れないが、エアシャカールは知っていた。今ファインモーションの顔は、茹で蛸のように真っ赤になっていることを。
案外彼女は、グイグイ来られるとすぐに大人しくなる。お転婆だなんだと言われているが、彼女もまたしっかりと『オンナノコ』だった。
「嬉しかったぜ? まるでこんなオレがオヒメサマにでもなった気分だ……なんてな」
「しゃ、シャカール……」
「……やっぱり、お前オレのこと好きすぎるな。俺がちょっとカッコつけると、すっかり恋するオンナノコだ」
ぱ、と手を離し悪戯っぽく笑うエアシャカールと、ぽかんと目を丸くしたファインモーション。
どちらが手のひらの上で転がされていたのかは、言うまでもなかった。
くるり、とその場でファインモーションは振り返る。ぷっくりと膨らんだ頬と、眉間によった皺。まさに、怒っていますと言わんばかりだ。
「しゃーかーあーるー? からかったね!」
「ンだよ、事実だよ事実。俺が寂しかったのも、お前の気持ちも全部、な」
「そうだけど……そうだけどー!」
ぽかぽかと、エアシャカールの胸を叩く。今まで散々振り回していたのはこちらの方なのに、最近は彼女の一挙一動に心臓が振り回されるばかりだと、ファインモーションは唇を噛み締める。
そんなファインモーションを見下ろすエアシャカールは、そんな彼女のやるせない気持ちごと抱き締めた。小さく悲鳴を上げ、二人はそのままバタンと後ろに倒れた。
エアシャカールの上に、ファインモーションが覆い被さる形。しばし、時が止まったかのように音が消えた。
「……お前、相変わらず軽いな」
「うん……ちょっと仕事が忙しくってね」
「ちゃんと食えよ。飯には困んねェだろ」
「ラーメン食べれてないから……カロリー不足だよ」
「アイルランドじゃあラーメン店なんて殆どねェもんなァ……美味かったか? そのラーメン、五百円したんだぞ」
「美味しかったよ! 流石有名ラーメン店とのコラボ商品……カップ麺でも素晴らしい……!」
「そりぁあ良かった」
二人はそのまま離れない。ファインモーションはエアシャカールの胸元をきゅっと握り、エアシャカールはそんな彼女を見て静かに笑い、彼女の背中にそっと手を回す。
華奢な身体。これで王族などという強大な使命を背負っていると思うと、その手に力が入ってしまう。
より密着度が増し、ファインモーションの体温をより強く感じる。真冬なのに、心地のいい温かさに包まれていた。
「……なぁ、ファイン。三が日はこっちに居るのか?」
「うん。明日は……久しぶりに初詣に行きたいなぁ。神社の甘酒飲みたい」
「へいへい。分かりましたよオヒメ……」
「……今の私は、オヒメサマではありません!」
あ? とファインモーションの顔を覗き込むと、いつも自分の事を振り回していた学生時代の時のような笑顔。
自分の言うことが拒否されるわけがないと信じ切っている、謎の自信に満ちた顔。
「今の私は、大好きな人と一緒に年越しをしようとしているオンナノコです! オヒメサマではありません!」
「……」
普通は逆だな、とエアシャカールは内心苦笑していた。
『オンナノコ』が憧れる『オヒメサマ』が、普通の『オンナノコ』になると高らかに宣言しているのだ。世の中の夢見る女性が聞いたら、なんてことを言うんだと彼女を責めるだろう。
だが、ファインモーションの王子様は、そんな彼女のわがままを聞くことなどお手の物だった。
「……分かったよ、ファイン。今日のお前は……オレの『────』だ」
ファインモーションの耳元で囁かれた言葉は、彼女の笑顔を崩れさせるのに十分な力を持っていた。
へにゃへにゃと再びエアシャカールの胸元に顔を埋めた彼女は、自分の額をぐりぐりと押し付ける。声にならない声を上げて、精一杯の抗議をしているようにも見えた。
そんなファインモーションを、愛おしく思いながら抱きしめるエアシャカール。今の彼女もまた、ファインモーションの『王子様』なんかでは無く、紛れもなく彼女の『────』であった。
「……シャカールだけだよ。私の事をこんなにできるの」
「それは光栄な事だ。俺だけがお前を愛せるってのは」
「……ねぇ、シャカール。これからもずっと一緒に年越しをしたいよ。一年の最後に見るものと最初に見るものがシャカールだったら、私どんな辛い時も頑張れるよ」
「分かってるよ。お前の家でもオレの家でも、どっちでもいいか?」
「うんっ……うんっ! 約束だよ!」
「勿論だ。絶対……お前のことを、手放さねェ」
あの時と同じように、彼女達は永遠の約束を交わす。
大人になった彼女達は、子供だった時の約束を果たし……未来を、誓っていた。
────東京 品川────
「大変ですっ! デジたん先生が倒れました!」
「なっ!? 何が原因だ、何が! ウマ娘が近くを通ったのか!?」
「え、えっと……『遠くでお姫様と王子様の波動を感じましゅっ!!』と言って倒れました!」
「ンなもん防げるかあああああああああっ!」
超大型同人誌即売会の打ち上げ会場。そこにアグネスデジタルの姿があった。
何故彼女は倒れたのか、何の波動を感じたのか、王子様とお姫様ってなんだ。周囲の同人仲間達は口々に嘆きを口にしていた。
アグネスデジタルの今回の新刊。その表紙は、どことなくエアシャカールとファインモーションのように見えなくもなかった。
ご閲覧ありがとうございます。シャカールがファインに何といったかは、ご想像にお任せします。
感想、評価、お気に入り登録等していただくと、来年も健やかな一年になることでしょう。
それでは、また来年。
よいお年を。