キンウラです。
「……はあっ……はあっ……」
既に辺りが暗くなりつつある中、普段は浮かべることの無い真剣な表情で汗を拭うウマ娘が居た。どこにいても目立つ桜色のポニーテールが揺れ動く。真冬にもかかわらず頬を汗が伝い、地面に滴り落ちていく。傍から見ても、相当な追い込みようなのが見て取れた。
ハルウララ。
暮れの中山レース場で行われる有馬記念への出走に向けた、最後の追い込み。その真っ最中だった。
ハルウララが有馬記念に出走する。それに対する周囲の反応は様々だった。出走することを祝う者や、どうせドべ争いをするであろうという冷めた目線を送る者、更には有馬記念には相応しくないと言う者まで、反応は様々だった。
好意的な意見ばかりでは無かった。ある意味当然と言えば当然だ。ダートが、しかもマイル戦以下が主戦場のハルウララにとって、芝の二千五百メートルはあまりにも未知数。何も良いところなく終わるであろうという見方はある意味では正しい。
トレセン学園内ですら、ハルウララが勝てる、などと思っている人間は殆どいなかった。それこそ、彼女のトレーナーですら、内心では厳しいと思っていた。当然、彼は最大限ハルウララが勝つためのトレーニングは組んでいたが、やはり厳しい戦いになるという見方だった。
「ウララさん。併走しませんか?」
本番に近い二千四百メートルを走り終えたハルウララに、一人のウマ娘が話しかけて居た。彼女の名はキングヘイロー。ハルウララの寮での同室で、何かとハルウララのことを気にかけているウマ娘だ。先程ハルウララのトレーナーの頼まれ、彼女の併走相手を務めることになっていた。
息も絶え絶えだったハルウララだったが、何度か大きく息を吐くことで無理矢理呼吸を整える。
「……うんっ、いいよ。ありがとう」
普段なら誰かと併走などという走ることが大好きなハルウララにとって何よりも嬉しいトレーニングに、ぴょんぴょんと跳ねて喜ぶ所。しかし、ハルウララは喜ぶ素振りなんて一切見せず、何度か屈伸して走る準備を始める。
──本気で頑張る。
以前ハルウララが言っていたことは本当だったのだなと、キングヘイローは軽くストレッチをしながら考える。普段はのほほんとしてマイペースな彼女が、ここまでトレーニングに対して真剣に取り組んでいる姿を初めて見た。
ふぅ、と軽く息を吐いて、指定のスタートラインに立つ。距離は先程走ったという事も考え、芝千二百メートル。距離だけで言えば、お互いに得意としている短距離戦。
「……コインが落ちたら、スタートでいいですわね?」
「うん……負けないからねっ」
意気込みは十分、ハルウララはまっすぐ前を見つめ、スタートの体制をとる。それを見届けたキングヘイローは、握っていた五百円玉を指で弾く。
くるくると回転しながら放物線を描いていった五百円玉が、二人の間に──落ちた。
「「……っ!」」
芝がめくれるのではないかというほど、強い踏み出し。二人は勢いよくスタートを切った。
────────
「はぁ……はぁ……っ! やっぱり……キングちゃんは……速いね……!」
二バ身差の敗北。
いくらトレーニングで疲れていたとはいえ、短距離戦でそれだけの差ができてしまうという事実を、ハルウララはターフの上に寝転がりながら噛み締めていた。ぜえぜえと、もうこの後トレーニングなんてできない、と言い切れるほど全力を出し切った。
なのに、目の前のキングヘイローは直ぐに呼吸が落ち着き、平然とした様子で足元に寝転がるハルウララを見下ろしていた。
「これでもっ……自信、あったんだよ……? 芝のコースは走るの難しいけどっ、一杯練習して……速くなって来たんだ……っ」
足りない。
トレーナーと共に見た、去年の有馬記念。いつもキラキラ輝いている友人のテイエムオペラオーが出走していたそのレース。彼女は怪我をしたのか左目には眼帯をしており、レース中盤には圧倒的不利を受け、道は消えたはずだった。
そんなバ群のど真ん中を、テイエムオペラオー切り開いてみせた。
そんなレースを見て……ハルウララは察してしまった。自分出走するというレースの過酷さを。
今の自分なんかでは、届くはずもないということに。
それから、一生懸命にトレーニングを積んだ。長い距離を走れるようスタミナを付けた。慣れない芝を走る練習をした。自分が一番得意な後方からの差し展開で差し切れるよう脚を溜める練習をした。
でも……まだ、届きそうにない。
「……ウララさん」
目の前が真っ暗になりそうだったハルウララを覗き込むようにかがんだキングヘイロー。その表情は……驚きと喜びに満ちていた。
「凄いわウララさんっ! たったの二か月でここまで走れるようになっているなんて……! 凄い努力したのね!」
「……ほえ?」
自分と比べて明らかにテンションが高いキングヘイローに目を丸くするハルウララ。なんでキングヘイローがここまで喜んでいるのか分からず、思わず間の抜けた声を出してしまう。
キングヘイローは寝転んでいるハルウララの両手を握る。寒い中走ったためか、二人の手はかなり冷え切っていた。
「やっぱりウララさんは努力の天才ねっ! この調子で頑張れば、きっと有馬記念でも勝てるわっ!」
「……ホントにっ?」
勝てる。
ハルウララにはっきりとそう言い切った人間は、キングヘイローが初めてだった。彼女のトレーナーですら言い出せなかった言葉を、キングヘイローは全く躊躇することなく口にした。
その瞳は真っ直ぐとハルウララを見ていた。嘘なんて、ついているようにはとても見えない。
「私……オペちゃんみたいに勝てる?」
「勿論よっ! だから、ウララさんっ! 残りの二ヶ月も一生懸命頑張りましょう! 私も協力するわっ!」
ハルウララとどちら、と言うほど純粋な瞳に射貫かれ……ハルウララは、持ち前の明るさを取り戻していく。
大好きな友達が、絶対に勝てるって言い切ったのだ。それを信じないなんて、トレセン学園で一番純粋なハルウララができる訳もなかった。
ハルウララは勢いよく起き上がり、キングヘイローに向けてにっこりと微笑む。先程までの何処か追い詰められたようなハルウララの姿はどこにも無く、いつもの天真爛漫な彼女の姿がそこにはあった。
「うんっ! 私、いっぱいいーっぱい頑張る! 有馬記念でオペちゃんみたいに勝ってみせるよっ!」
「その調子よ、ウララさんっ! さぁ、もう一本走りましょう! 次は二千メートルで!」
「うんっ!」
勢いよく立ちあがり、おいっちにーとストレッチを始めるハルウララ。季節外れの桜が咲くことができるかは、今後の彼女の努力次第である。
──そんな二人を、遠巻きに見つめる死体が二つ。
「(やっぱり、キンウラは万病に効くんですよ! 分かりましたか? あと、担当トレーナーなんですからもっとウララさんを励ましてあげた方がいいですよ! ウララさんずっと思いつめてたんですからね?)」
「(いやー……色々と面目ない。無責任なことは言えないから……ってのは、言い訳か。今回こそは大丈夫だと思うんだけどな……)」
既に地面に伏せたアグネスデジタルの魂と、ハルウララの担当トレーナーの魂。遠くで見るからに元気を取り戻したハルウララとキングヘイローの尊さにやられた二人は、魂となって二人を眺めていた。このトレーナー、何処かおかしい感性をしているともっぱらの評判であり、トレセン学園内をほっつき歩いては様々なウマ娘たちと交流し、それら全てからハルウララへのトレーニングに活かすという、アグネスデジタルとどっちだ? と言われるほどの変態だった。
アグネスデジタルと同じくウマ娘同士の交流が好きというトレーナー、彼女らの絡みに完全にやられていた。
何やら引っかかる発言をしていたが、これ以上ないほど尊いものを見れたから全てヨシ! と鼻息を荒くしていた。霊体であるにも関わらず、今にも鼻血を流すのではないかと思えるほどだ。
「(さてと、そろそろ肉体に戻るか……いい加減本当に死んじまうからな)」
「(そうですね……はぁ!? と、トレーナーさんっ! あ、あれっ!)」
「(どうしたデジタル……はうぁあ!?)」
肉体に戻ろうとした二人が見たのは、レースの開始とともに脚を滑らせ、思いきりキングヘイローを押し倒してしまったハルウララの姿。
この霊体になってしまっているウマ娘CP厨二人に、そんな光景見せたら、それはもうイコールトドメである。
「(あはー……)」
「(おほー……)」
なんとも情けない声とともに、二人の魂はゆっくりと浄化されていく。次のアグネスデジタルとハルウララのトレーナーはきっと上手くやるだろう。
ご閲覧ありがとうございます。まだ自分はハルウララ出有馬記念取れてません。いつか、必ず。
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それでは、また次回。