キタサト、その後です。
その事件は、なんてことない昼下がり……いつものようにメジロマックイーンとイクノディクタスがイチャイチャし、オグリキャップとスペシャルウィークが大食いし、ファインモーションがラーメンをすすっている、そんな昼休みの食堂で起こった。
「絶対私の方だよ!」
「ううん、絶対私の方!」
「そんなわけないよ! いくらダイヤちゃんでも、それ以上言ったら怒るよ!」
「それはこっちのセリフ!」
「むー……ダイヤちゃんの分からずや!」
「キタちゃんのがんこ!」
このトレセン学園では、起こったら明日は槍が降るとまで言われている事象がいくつか存在する。オグリキャップやスペシャルウィークが一回もおかわりをしないだとか、ゴールドシップが一言も喋らずに三十分が経過しただとか、ダイワスカーレットとウオッカが腕組んで歩いているだとか。
そして、今現在食堂で起こっている状況もまた、そんなレアなものの一つである。
むむむむむ、と顔を突き合わせてしかめっ面を浮かべているのは、キタサンブラックとサトノダイヤモンド。昔からの幼馴染である二人はとても仲が良く、最近二人のお揃いのペンダントにシルバーリングが追加されたともっぱらの噂である。
明らかに特別な感情で繋がっている二人。そんな二人の喧嘩というのは、トレセン学園に通っているウマ娘たちは愚か、彼女たちの担当トレーナーを始め、彼女たちの入学前からの知り合いであったトウカイテイオーやメジロマックイーンですら見たことが無い。思わずメジロマックイーンがイクノディクタスの元を離れて二人に駆け寄るくらいにはレアである。なお、イクノディクタスはかなりしょんぼりとしてしまっていた。
「どうなさったんですかお二人とも!?」
「キタちゃんとダイヤちゃんが喧嘩するなんて……一体何があったんだよ!」
二人のそばに駆け寄ったのは、彼女たちが最も尊敬するウマ娘であるトウカイテイオーとメジロマックイーン。周囲のウマ娘たちも、ラブラブで有名な二人の言い争いに興味津々である。(なお、何故か既にアグネスデジタルは鼻血が滴り始めていた。もうなんなんだお前は。)
尊敬する先輩ウマ娘二人に話しかけられた……普段の二人なら文字通り尻尾を振って二人のもとに駆け寄るだろう。しかし、今の二人はそんな事一切頭に入っていないと言わんばかりに、トウカイテイオーとメジロマックイーンには眼もくれない。
「テイオーさんは黙っててください!」
「そうですよマックイーンさん! これは私とキタちゃんの問題です!」
あまりの剣幕に、話しかけた二人は思わず押し黙ってしまう。ここまで二人に対して厳しい後輩を見たことが無かった二人は、耳がペタンと垂れてしまう。なんだかんだ、トウカイテイオーとメジロマックイーンは後輩二人のことを非常に可愛がっていたから、余計に堪えてしまう。
そんな先輩を他所に、ぐぬぬぬぬと至近距離で見つめあう二人。今にも鼻先がくっついてしまいそうだ。某おでん芸が有名なトリオの芸人なら、そのままチューである。
「ダイヤちゃん……」
「キタちゃん……」
やがて二人は同時に大きく息を吸い込んだかと思うと……食堂中に響き渡るほどの大声を出した。
「絶対私の方が、ダイヤちゃんのこと大好きだよ!」
「絶対私の方が、キタちゃんのこと大好きだもん!」
一瞬、世界から音が消えた。ついでに、アグネスデジタルの肉体から魂が消えた。
その場にいた全員が自らの耳を疑い、更には食堂の中心でとんでもないことを口走っている二人を二度見三度見する。最近身の回りで色恋沙汰が増えてきて訓練されてきているはずの彼女たちがこうなるのだ、恐らく世界中の誰が聞いても同じ反応するだろう。
周囲の反応など気にも留めず、渦中の二人は言い争いを再開させる。
「絶対私だよ! 告白したのだって私の方が先だったし、指輪送ったのも私! ダイヤちゃんが私のこと好きなのにも気付いてたんだよ? つまり私の方がダイヤちゃんをずっと見てたってこと!」
「そんな訳ない! キタちゃんの胃袋掴んでるのは私だし、キタちゃんが私のどんなところを好きなのかも全部把握してる! 私の方が絶対好き!」
お前は一体何を言っているんだ、と言わんばかりの目で皆がキタサンブラックとサトノダイヤモンドを見る。その目線は最近メジロマックイーンとイクノディクタスを見るときのものと酷似していた。
あぁ、またこのパターンか……と、最近バカップル達にやられまくっているトウカイテイオーは目からハイライトが消える。身の回りにメジロマックイーンとイクノ、スペシャルウィークとサイレンススズカ、ウオッカとダイワスカーレットといった人目も気にせずイチャイチャしている連中(なお、ウオッカとダイワスカーレットはこれを否定)に囲まれている彼女は、完全にこの手の話題にうんざりしていた。
若干やつれたトウカイテイオー。しかし、それとは対照的に顔を真っ赤にするのは、彼女の最大のライバルであるメジロマックイーンであった。
「ちょ、お二人とも! こんな公衆の面前でなんて会話を……テイオーも止めなさい!」
「……悪いけど、キミにはそんなこと言う権利はないよ」
メジロマックイーンは気付いていない。自分も普段目の前の後輩たちと大差ないイチャコラを見せつけているのだということに。メジロマックイーンは気付かない。自分がトウカイテイオーに多大なる迷惑をかけていることに。
普段はあれほど快活なトウカイテイオーが見せているとは思わない冷たい表情に、メジロマックイーンは背筋に悪寒が走った。今の彼女には話しかけてはいけない、そう思わせるには十分なほどの威圧感であった。
「ちょっと二人とも? お互いにお互いが大好きだって事はよぉおおく分かったから。こっから先は二人っきりで──」
トウカイテイオーは手慣れた様子で二人の間に割って入ろうとする。これ以上悪目立ちしても彼女たちのためにならないだろうし、後で恥ずかしい目に合うのは彼女たちなのだ。
そんなことを考えていたのだが、彼女は一つ盛大に勘違いしていた。彼女は、『この二人はまだマックイーンとイクノくらいのバカップルではないだろう』と高を括っていた。言えば今自分たちがどれほど恥ずかしいことをしているのかは理解してくれるだろうと、勝手に考えていた。
だからこそ、トウカイテイオーは全く予想していなかった。
「ごめんね、ダイヤちゃん……どっちの方が好きだなんて、そんなの意味ないよね!」
「こっちこそごめん……でも、しっかり伝わったよ! キタちゃんが私のことすっごくすっっっごく大好きだってこと!」
一瞬目を離した隙に、お互いに愛情たっぷりのハグを交わし、お互いの愛を再確認しているなんて、誰が予想できるのか。
あまりの光景にピシリ、と固まってしまったトウカイテイオーを他所に、二人はお互いの顔をうっとりと見つめあっていた。
「キタちゃん……」
「ダイヤちゃん……」
もうこうなったバカップルを止めるすべを、トウカイテイオーは知らない。
両手で顔を覆いつつ、手の隙間から二人を眺めるメジロマックイーンを置いて、彼女は立ち去る。食堂を出たあたりで、中からとんでもない歓声が聞こえてきた。
──カイチョー、この学校、もうだめかも知れないよ。
生徒会室でエアグルーヴとイチャコラしているとは露知らず、トウカイテイオーは自分が最も尊敬する人物の顔を思い浮かべる。
トウカイテイオー、なんとも悲しき少女である。
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「(まさかキタサンブラックさんとサトノダイヤモンドさんがこんな風になってしまうとは……いやはや、人生何が起きるか分かったもんじゃないですねぇ)」
もはや手馴れた様子で自らの肉体に蘇生術を施すウマ娘達に感謝を捧げつつ、アグネスデジタルは目の前に広がる天国へと想いを馳せる。最近は肉体から魂が離れている時間の方が通常状態より長いのではないかともっぱらの噂である。
アグネスデジタルは力いっぱい抱擁しあう二人の少女を見る。彼女たちのことは入学前から知っていたし、見かけるたびに彼女らの幸せを願っていた。
故に、思う。
「(私まで、こんなに幸せになっちゃっていいんでしょうか……?)」
自分で勝手に幸せになってるだけだろうが……今ここには居ない彼女の担当トレーナーは、何故か自分のトレーナー室でそう突っ込みたくなったと、後に語る。
勝手に罪悪感に苛まれたアグネスデジタルが蘇生したのは、もう授業も終わりこれからトレーニングの時間に差し掛からんとしている放課後になってからであった。
ご閲覧ありがとうございます。世界広しといえども、テイオーをこんな曇らせ方をさせたのは自分くらいのものではないでしょうか。なんか、すんません。
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それでは、また次回。