シャカファイ、看病です。シャカファイに人生狂わされそうで怖い。
「シャカール……」
「……三十八度五分、まぁ風邪だわな。大人しくさっさと寝な」
休日。いつも通りファインモーションのラーメン屋巡りという名のデートの待ち合わせに寮の門の前で待ち構えていたエアシャカール。彼女の性格上集合時間よりもいくらか早めに到着していたが、集合時間を過ぎてもやってこないファインモーションに疑問を抱いていた。
天真爛漫、人のことを振り回すのが職業のようなファインモーションだが、何の連絡もなしに約束をすっぽかすような真似はしない。何かおかしい、と感じたエアシャカールは、急いで寮内に戻り、ファインモーションの部屋へと駆ける。すれ違う何人ものウマ娘が、全力疾走で駆け抜けていくエアシャカールに驚き、道を開けていく。
急いで彼女の部屋に突撃すると鍵は開いており、目的の少女が真っ赤な顔で床に突っ伏していた。中途半端に脱いだパジャマと開きっぱなしのクローゼット、一目見て何かの事件かと思ったが、どうやら風邪でしんどいにも関わらずデートに向かおうとした彼女の仕業だと判明し、全身から力が抜けて行くのをエアシャカールは感じた。
当然、本日のデートは中止。エアシャカールはファインモーションにパジャマをきちんと着させ、ベッドに押し戻す。今の彼女は、念には念を、という意味でバッグの中に押し込んでいたマスクを着用していた。彼女のルームメイトであるエアグルーヴは、地方のレースに遠征中、ということで席を外していた。
「……ごめんね、ごほっ、ごほっ……折角の休みに……」
「……ま、しゃーねぇよ。病気なんて誰にでもあるしな」
しょんぼりとしたファインモーション。口元まで布団で覆い、少し潤んだ瞳でスマホにメモを打ち込むエアシャカールを見上げる。
エアシャカールの手が一旦止まり、ファインモーションに目線を投げかける。一瞬……エアシャカールは思わず見惚れてしまう。想い人がベッドに入った状態で顔を赤らめて涙目で見上げてくる……顔には全く出していないが、かなり動揺していた。エアシャカールはよく耐えた。
再びメモをささっと書き終えたエアシャカールは、よっこらせと腰掛けていた椅子から立ち上がる。
「今から近所のコンビニに買い物に行くけど、居るもンあるか?」
「……か、ないで」
「ア?」
「行かないで……」
ベッドから手を出し、控えめにエアシャカールの私服の袖を握る。いつも通り、彼女の我儘。これに振り回されている学園生活だが、最近ではそれも悪くないとは思えるほど、エアシャカールはこれに心地よさを覚えていた。
……しかし、そういうわけにも行かない。
「飲み物とかゼリーとか買ってくるだけだっての……三十分ぐらいで帰ってくるって」
「いやぁ……嫌なのぉ……」
ぼろぼろと涙を流すファインモーションには、いつも見せる強かさも悪戯っぽさも全く見えない。純粋に、心の底からエアシャカールに行って欲しくない、という懇願。
困ったのはエアシャカール。ここまで弱ってしまっているファインモーションを放っておいて出かけるのは忍びない。かといって出かけない、というのも彼女の看病に支障が出る。
どうしたものか、とエアシャカールは頭を捻る。捻って捻って……一つ妙案を思いついた。仕方ない、今回ばかりは彼女に頼らせてもらおうと、彼女はメモ書きしていたスマホでとある電話番号を打ち込む。
「ファイン、少し電話する」
「いいけど……誰に?」
「お前のSP」
ファインモーションが目を丸くするのを他所に、エアシャカールは発信ボタンを押す。一コールもしないうちに、通話が始まる。
『もしもし……どうかされましたか、エアシャカール様。本日は殿下とデートのご予定でしたよね?』
「ドーモ。その予定だったんだけど、お前さんとこのオヒメサマが熱出しちまってな……今その看病中」
『なっ……殿下は無事ですか!?』
「慌てんなっての。見た感じ普通の風邪っぽいんだが……なんかオレと離れたくないっていう症状が出ちまってな。買い物に出かけようにも出れないんだわ」
『なんと……! では、今から私が買いに走ります! 必要な物を教えてください!』
大丈夫かこの人、とエアシャカールは心配になる。普通に考えたら、そんな風邪の症状などあるわけない。しかし、大事な大事な護衛対象の一大事、冷静な判断などできる訳もない。
エアシャカールが商品を伝え終え、最後に自分の部屋のノートパソコンと充電器を取ってきてくれと伝えると、すぐに準備してまいります! とSPは電話を切る。あの様子だと十五、六分程度で買ってきそうだな、とエアシャカールは考えた。
スマートフォンを懐にしまい、ベッドのそばの椅子に再び腰を下ろす。眼下のファインモーションは、そんなエアシャカールのことをまんまるな瞳で見つめていた。
「という訳で、オヒメサマが大好きなエアシャカールは今日一日隣に居てやんよ。加湿器付けンぞ?」
手慣れた手つきで、ファインモーションの机の上に置いてある小さい加湿器を付ける。シャー、と白い蒸気を発し始めたそれを見届け、ずっと袖を掴みっぱなしだった彼女の手を握る。普段から基礎体温が高めで握る度に温かさを感じていたが、今日はむしろ熱いくらいだと、エアシャカールは伝わってくる熱を感じていた。
……最近、ファインモーションの弱っているところばかり見ているな、なんてエアシャカールは考えていた。それぐらい、ファインモーションは最近エアシャカールに心を開いていた。
「……本当に、聞いてくれるなんて思わなかった……」
「今さらかよ……人振り回すのはお得意だろ?」
「そんなに振り回しているかなぁ」
「振り回されまくってンよ……色々計画が狂うくらいには、な」
休日は、普段から集めているデータの考察に使う時間だった、自主トレをする日だった、更なるデータを集める日だった。
この先待ち構える、エアシャカール自身の前に立ち塞がる『七センチ』を超えるために。
しかし、今はどうだ。休日の度に目の前の少女に心も体も振り回され、本来しようと考えていた何もかもが上手くいっていない。
でも、それもいいかと考えているエアシャカールがいるのもまた事実。実際これで予定より成長のペースが落ちていたなら考えものだが、予定以上のペースでタイムが縮まっているので問題は無い。
「ま、お前が元気ねェとこっちも調子狂うんだわ。さっさと元気になりやがれ……それくらいなら手伝ってやるよ」
「……シャカール……ありがとう……」
「へいへい……眠そうだな。少し寝るか?」
「うん……ねぇ、シャカール……寝るまでずっと手を握ってて……」
「仰せのままに、オヒメサマ」
エアシャカールがずっと居てくれる、それを理解して安心したのか、ファインモーションはうつらうつらと船を漕ぎ始める。
そんなファインモーションの頭を、エアシャカールは優しく撫でてやる。力なくだらんとした耳が、嬉しそうにエアシャカールの手を挟む。
やがてファインモーションの目はだんだん落ちていき、次の瞬間には規則正しい寝息が聞こえてくる。
「……疲れが出たンだろうな……ゆっくり休みな」
そう言って、エアシャカールは微かに微笑む。
彼女の微笑みは、まだ世界中の誰も見たことがない。
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「すいません、少々よろしいでしょうか?」
「ひゃいっ!? あ、あなたは……ファインモーションさんのSPさん?」
「はい。休日に突然失礼します」
いつも通り、休日街中に繰り出したウマ娘達を見に行こうと変装バッチリで出かけようとしていたアグネスデジタルに、スーツを着た人物が話しかけてきた。
最近トレセン学園内でよく見る、ファインモーションのSP。何故かその手にはコンビニのレジ袋が握られていた。
「実は、本日お嬢様が発熱してしまいまして……」
「え!? 大丈夫なんでしゅか?」
「はい。早い内にエアシャカール様が気付かれたので事なきを得ました」
「なるほど、それならよか……え?」
アグネスデジタルは疑問に感じた。真っ先に気づいたのがSPではなく、何故エアシャカールであったのか。
SPは自身が持っていたレジ袋をアグネスデジタルに手渡す。
「私では寮内に入ることはできません。私の代わりにこれをお嬢様の部屋までお届け下さい。今部屋にはエアシャカール様が居られますので、彼女に手渡してください」
はい、確定しました。
アグネスデジタルは確信した。エアシャカールがファインモーションの看病をしているという一点の曇りもない事実を。
「……? どうされましたか……!? だ、大丈夫ですか!? きゅ、救急車!!」
いつまで経っても返事がないことに疑問を覚えたSPが、アグネスデジタルの顔を覗き込む。
そこには、仏の表情で絶命しているアグネスデジタルの姿があった。
アグネスデジタルが死ぬことに慣れていないSPが救急車を呼び、一悶着起こったのだが……それはまた別の話。なお、SPが買ってきた商品はライスシャワーが責任をもって届けた。
ご閲覧ありがとうございます。個人的に二人っきりになったらエアシャカールはファインモーションを死ぬほど甘やかしてくれると嬉しいです(過激)(少女漫画脳)(シャカファイは少女漫画)。
感想、評価、お気に入り登録等して頂くと、自分の腱鞘炎がマシになります。
それでは、また次回。