それはそうと、前話は沢山の閲覧と評価、ありがとうございました。
「で、お姫サマ? 今日は一体どこに連れて行く気なンだ?」
厳つい髪型と何個も付いたピアス。鋭い目つきと傍から見たら不良としか思えない見た目のウマ娘──エアシャカール。初対面の人間からは基本的に怖がられる彼女は、今もまさに『不機嫌です』と言わんばかりに眉を顰め、隣を歩くウマ娘を見下ろす。
隣を歩く彼女は、まるでエアシャカールと歩けることそのものが嬉しいと言わんばかりに、その歩みは軽い。今にも走り出しそうだ。
彼女の名は、ファインモーション。アイルランドの王族の娘という本物のお姫様であり、本来であればエアシャカールなどという見るからに危険そうなウマ娘は近付くことすらできない存在。
にもかかわらず、彼女がファインモーションの隣を歩けているのは……ひとえに、エアシャカールがファインモーションのお気に入りだからだろう。
「えっとね! 駅の近くに新しくできたラーメン屋さんが、ウマ娘用のメニューを用意しているんだって!」
「アァ、『ウマ麺亭』だったっけな? こないだ近く通ったわ」
「えっ……もしかして、私のためにラーメン屋を探してくれたの!?」
「ンなわけあるかよ。その近くの本屋に用事があったンだわ」
そんなことあるわけない、とエアシャカールは否定する。実際その日に出かけたのは先述した通りの理由だが、ラーメン屋を覚えていたのは、まぁ、頭の中にファインモーションの顔が過ったから……というのは、例え本人も認めない話ではあるが。
きらきらと目を輝かせ顔を覗き込んでいるファインモーションを鬱陶しがるエアシャカール。これはトレセン学園に通っているウマ娘なら高頻度で見かける光景であり、なんだかんだ言いながらファインモーションのお願いを聞くエアシャカールに対する評価は、そんなに悪いものではない。
「えへへ……ねぇ、シャカール。もうすぐ冬休みだけど、年末はどうするつもり?」
ふと、ファインモーションが突拍子もなく話題を転換する。残すG1競争が有馬記念や中山大障害、ホープフルステークス位しか残っていない年末。ウマ娘達は皆年末をどうするのか、という話で持ち切りになる。
流石に年末はトレセン学園も開いてはおらず、寮も閉まるため皆実家に帰省するのだが……ファインモーションの場合は、少し話が変わってくる。
「ア? そうだな……いつも通りなら家に帰るな。つーか、それ以外できねェだろ」
「……そうだよね」
そこまで言ったところで、エアシャカールは気付いた。
目の前の少女の実家というのは、はるか遠く……アイルランドの地にあるのだということ。
随分と長旅になる。飛行機を使ったとしても、相当な時間が掛かるだろう。しかも、年が明けたらまた学校が始まる。あまり向こうでゆっくり出来ないという点もあるのだろう。
だから、だろうか。ファインモーションの表情に陰が落ちているのは。
「……実家に帰ンの、嫌なのか?」
「そんな訳じゃないよ。久しぶりに家族の皆とも会いたいし、向こうのお友達とも話したいよ?」
しかし、そう言う彼女の表情はどう見ても無理して笑っているようには見えない。
──人間関係は苦手だ。どれだけロジカルに考えたところで、思ってもみない言葉が、行動が、結果が帰ってくる。特に、目の前のお姫サマは。
自販機の前で立ち止まったファインモーションに合わせ、少し道の端に寄って同じく立ち止まるエアシャカール。顔を伏せたファインモーションの表情は伺うことは出来ない。固く握られた小さな手が、寒そうに震えていた。
「……私ね、変なんだ」
暫く黙っていたファインモーションが、ようやく口を開く。普段の明るい雰囲気からは想像できない、小さく震えた声。
──こんな声、聞きたくねェ。
猛烈な苛立ちが全身を走る。今まで感じたことの無い種類のものであった。
なぜそのような苛立ちを覚えたのかは……分かりそうにもない。
「……離れたくないの」
「日本をか? どんだけ日本が……いや、ラーメンが好きなん──」
「──シャカールと」
伸ばされた手が、シャカールの袖を掴む。いつも強引に手を握って振り回すお転婆お姫様の姿は、そこにはない。
ただただ、自らの想いが叶うことはありえないと心のどこかで諦めている、悲劇のヒロインを気取った少女が、そこにはいた。
顔を上げたファインモーションは、自分より幾分か背の高いエアシャカールの顔を見上げる。自分の感情を曝け出してしまい、どうすればいいのか分からなくなっているような表情。それでも、彼女は止まらない。
言ってはいけないと理解しながらも、言ったら迷惑だと理解していながらも、彼女は止まらなかった。
「シャカールと……離れたく、ないの」
道行く人々の喧騒が、道路を通る車の往来が、全て遠くなったのをエアシャカールは感じた。
未だに理解しきれない世界の全てが遠くなり……目の前で今にも消えてしまいそうな少女のことしか、その目に映らなくなった。
──揶揄ってる、訳じゃ無さそうだな。
さすがに、こんな表情を浮かべている彼女が冗談を言っているのでは、と疑えるほど、エアシャカールは拗れていない。少しだけ早くなった心臓の鼓動を煩わしく思いながらも、エアシャカールは彼女の中に踏み入る。
「……ンだよ。たかが二週間かそこらだろ? 別にこれが今生の別れって訳でも……」
「分かってるよ、そんなこと!」
エアシャカールは始めて見た。ファインモーションが声を荒げる瞬間を。
世界が一瞬だけ、エアシャカールたちを見た。しかし、すぐに興味を無くしたのか、世界は再び彼女達を置いて回りだす。
取り残された少女二人。本来なら決して交わることがないであろう二人が出会ってしまったからこそ、彼女たちは動けなくなってしまっていた。
いつの間にやら、ファインモーションはその目に薄っすらと涙を浮かべていた。突然のことに呆気に取られているエアシャカールを他所に、彼女は更に強くエアシャカールの制服の袖を掴む。
「……でも、いつか絶対に来るの。もう二度と会えなくなるかもしれない、お別れが.っ。そうなったら……グルーヴとも、スカーレットちゃんとも、カワカミプリンセスとも……シャカールとも、もう、会えないの……っ!」
零れ落ちる涙が、地面を濡らす。
エアシャカールだって、考えて来なかった訳ではない。いずれ来るであろう未来の予想など、どんなレースの予想よりも圧倒的に簡単だ。
しかし、今までの彼女は、それをある程度仕方がないものとして捉えていた。人間関係なんて、なんてことないきっかけで消えていくものだと。それに執着する理由はどこにもないと。
それは、目の前の少女に関しても、同じことの筈だった。
「ンでだよ。いくらでも会えばいいじゃねェか」
だから、今からのエアシャカールの行動は、非常に彼女らしくないと言えよう。
エアシャカールは先ほどから自分の制服の袖を掴んでいたファインモーションの手を取り、自分の手を握らせる。空いた右手で、ファインモーションの頬を撫でる。肌荒れとは遠く無縁な彼女の肌はするりと滑らかで、ずっと撫でていたいと思えてしまう。
そのまま右手は彼女の頭に移動していく。セットされた髪を乱さない程度に、優しく撫でる。
「なーに難しく考えてンだよ。お前の家は会いたいときにダチに会えねェ位厳しいのか?」
至極当然、と言わんばかりのエアシャカールの言葉。その言葉は、世界中の誰が聞いても、ありふれた言葉にしか聞こえない。
しかし、彼女の目の前……運命に殉じようとしている彼女には、その言葉が嫌に響く。
「……日本とアイルランドって、すっごく遠いんだよ?」
「そうだなァ。カネも結構居るンだろうな。ま、レースの賞金があるから心配ねェがな」
「来ても、門前払いされちゃうかもよ? シャカール、見た目すっごく怖いし」
「お前から説明しといてくれや。オレはお前に危害を加えねェって」
「……そんなの、シャカールに、悪いよ……私が、うれしい、だけだもん……っ!」
「いいンだよ、そんくらい。お前が背負う宿命の対価だと思えば、むしろ足りねェ位だろ」
彼女の涙が、どんどん大粒になる。先ほどまでの悲しみによる涙ではなく、感激による物。
それを見たエアシャカールは、彼女に向けて泣くなよ、と笑いながら涙を拭ってやる。君に涙は似合わない、なんて最近の恋愛ドラマでも見なくなったクサイセリフが頭に浮かぶ。
──あぁそうだ。こいつに涙は似合わねェ。いつもみたいに呑気な顔で笑っている方がよっぽどいい。
その感情は、今まで自らの気持ちをごまかし続けたエアシャカールが初めて認めた、目の前の少女へ向けた嘘偽りない真っすぐな感情だった。
「──心配すんな。オレは出来ないことは言わないタチだ。その程度のお姫サマのワガママくらい、幾らでも聞いてやンよ。ま、今までも聞いてきたがな」
そう言って彼女から離れる。もうすっかり彼女の瞳からは涙は無くなっていた。いつも通り……いや、いつもよりも何倍も明るい笑顔に、思わず目を細めるエアシャカール。
ファインモーションは幸せそうに、何度も何度も頷く。いつの間にやら、彼女に落ちていた陰はすっかり消え去っていた。
「……うんっ! ありがとね、シャカール! 約束だからね?」
「おう。破ったら、針千本でもなんでも飲んでやんよ」
しかし、エアシャカールは気付かない。
そんな幸せ一杯に微笑むファインモーションを見つめる自分の表情が、他の誰にも見せたことがないほど、柔らかいものであるということに。
そして、その事実に気付いていたウマ娘が一人。
「(はああああああ……これって実質、プロポーズでは???)」
二人が立ち止まった場所のすぐ近くのベンチ。
行きつけの同人誌販売店に新刊が入ったとの話を聞きつけ、大量に買い漁った帰り道。自販機で買ったホットココアをベンチで座って飲んでいたアグネスデジタル。
自販機を挟んで向こう側で何やら誰かが立ち話をしている。それに気づいた彼女は、自販機の陰からそっと様子を伺った。
──そして、死にかけていた。主に尊さと、盗み聞きしてしまった罪悪感で。
「(定められた運命に絶望していたお姫様のファインモーションさんを救い出したのは、王子様でもなんでもなく運命に抗わんと毎日のように足掻き続けている不良ウマ娘と言われているエアシャカールさんって。あなた方少女漫画の世界にでもいらっしゃるんですか?? 気のせいか、あの二人の周りだけ光り輝いているような……)」
口の端から零れる鮮血。もう自分が助かる見込みはないと理解しつつ、ゆっくりとベンチに腰掛ける。中身がすっかり無くなっていたホットココアの缶は、すっかり冷え切っていた──アグネスデジタルの身体と、同じように。
アグネスデジタルという偉大な勇者が最期に抱いたのは、あの二人が何時かは運命なんかで千切られることのないほど強固な赤い糸で結ばれてほしいという、他人の幸せを心の底から願う、あまりにも純粋な気持ちだった。
ご閲覧ありがとうございます。シャカファイとかいうオタク君みんな殺されちゃう組み合わせよ。
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それでは、また次回。