タマモクロス十連でブチ当てたので、オグタマ回です。
「……あれ?」
違和感に気付いたのは、やはりここトレセン学園に来てから共に過ごした日が長かったからだろう。寮では同室、練習もよく併走をするし、本番のレースでも共に戦うことが多い。
同じ芦毛として、思うところも少なくはなかった。自分とはまるで違う力の源。それなのに勝てるかどうか分からないと思わせられるような圧倒的切れ味。その小さな身体のどこにそんなパワーがあるのだと、毎日見ていた。
そう──パワーが凄いのだ、彼女は。
「タマ……今日は、調子が悪いのか?」
「……は? 何言うてんねん」
今日の彼女──タマモクロスを見て、調子が悪いなどと言い出す人物は、恐らく口にした張本人──オグリキャップだけであろう。
なぜなら、タマモクロスは今日も今日とて五トンはあると言われている巨大タイヤを鬼の形相で引っ張っていた。並のウマ娘なら動かすのがやっとのその巨大タイヤを動かせる、と言うだけでも凄まじいのに、タマモクロスは平気で二百メートルほど動かしたりする。
これを見て調子が悪いなど、周囲で見ていた他のウマ娘はもちろん、担当トレーナーや、更には引っ張っていた張本人であるタマモクロスですら思っていなかった。
「調子悪いことあるかいっ! ウチはこのとーりピンピンしとるで! 何を思ってそない感じたんや」
「む……? そうなのか。いや、勘違いだったらすまない。ただ、いつもより踏ん張りが効いてないように見えたんだ」
あん? とタマモクロスはオグリキャップの感想に耳を傾ける。
ダートコースで引っ張っていたタイヤ、今日のバ場は良。純粋にそもそも踏ん張りにくい、というのはあるはずだ。だが、確かに何度か足が滑りかけたことがあった。
まさかと思い、タマモクロスは自分のトレーニングシューズの裏側を確認する。本来ならそこに、丁寧に打ち付けた蹄鉄があり、サッカーや陸上で使われるスパイクの役割を果たしてくれるはずだった。
「おーおー……オグリ、よう気づいたな。ほら、この通りや」
片足立ちになったタマモクロスが、オグリキャップに脱いだシューズを見せる。底に打ち付けてあった蹄鉄は見事に欠け、元のものより幾分か小さくなっていた。
所謂、落鉄と呼ばれるものだ。確かに、この状態では踏ん張りも効きづらく、調子が悪く見えても仕方ないだろう。
「おいおい、落鉄してたのか……仕方ない。今日はもういい時間だし、終わりにするか」
「ま、しゃーないな。この状態で続けて怪我してもアカンし……しかし、よう気づいたな、オグリ」
慌てて近寄ってきたタマモクロスの担当トレーナーが、呆れたようにため息を吐く。タマモクロスにしてもトレーナーにしても、もう少しトレーニングしておきたかったというのが本音だが……仕方の無い話だ。
それよりも、オグリキャップである。
落鉄は当人以外気付きにくく、たまたま落ちていた蹄鉄の欠片を見つけて、誰か落鉄していないか指摘してといったケース位しか、他人が気付くことは無い。
しかし、オグリキャップはタマモクロスのトレーニングの様子を一目見ただけで、何かおかしいと気付いた。
さすがは『芦毛の怪物』だな、と担当トレーナーは一人納得していた。こんな観察眼を持ち合わせているからこそ、ライバル達の調子の善し悪しにも気付けるのだろうと。
感謝を言われたオグリキャップは、実に誇らしげに……そう、本当に誇らしげに、胸を張った。
「当たり前だ。タマの事を大好きな私が、見間違えるはずがない」
間。
間。
かなり間。
めっちゃ間。
「「…………は?」」
たっぷり四拍置いて、タマモクロスとトレーナーの口から出たのはその一文字。流石はトレセン学園随一とも言われる名コンビである。
たっぷり時間を置いても、二人の脳みそはオグリキャップの言葉を理解しかねていた。
一回顔を見合わせ、頷き合う。そして再びオグリキャップに向き合う。もしかしたら、聞き間違えかもしれないと。
「なぁ、すまんオグリ。もう一回言ってくれへん?」
「ん? 見間違えるはずがない」
「その一個前や、一個前」
「タマのことを大好きな私が?」
「それや! それ! どういう意味やそれ!」
ビシッ! と鋭くツッコミを入れるタマモクロス。これが浪速の血のなせる技かと、トレーナーは他人事のように思っていた。
周囲でトレーニングしていたウマ娘達は、オグリキャップの突然の大胆発言に黄色い悲鳴を上げていた。若干一名、既に生命の危機に直面しているウマ娘も存在した。
しかし、オグリキャップはそんなタマモクロスの様子を見て、完全に呆気に取られていた。
「……? わたしがタマの事を大好きだ、という意味だが……何かおかしいだろうか?」
「いや、なにそんな大事なことサラッと言ってんのや! ウチのこと好きすぎやろ」
ド天然。
タマモクロスは常々、オグリキャップのことをそう評していた。言動や行動が基本的に宇宙人なのだ、オグリキャップは。いちいちツッコミをいれていたらキリがない筈なのだが、タマモクロスは律儀にその全てに合いの手を入れていた。
今回も、タマモクロスからすればそのノリだ。まーたオグリが変なこと口走っとるで、これまたオチとしては「友達としてー」とか、「良きライバルとしてー」とかのオチなんやろ! ……と。
しかし……オグリキャップは、表情こそ変えていないが、その頬は若干赤くなっているようにも見えた。
「あぁ……好きすぎて、困っているんだ」
「…………へ」
ジャージの胸の当たりをギュッと掴むオグリキャップ。今まで長い時間を共にしてきたタマモクロスが一切見た事のない、彼女の表情だった。
彼女たちよりも長い時を生きてきたトレーナーは、そんなオグリキャップの表情を見て、完全に察した。
──あれ、完全に恋してる女の子の表情だ、と。
──あ、これ、ガチなやつだ、と。
「朝目が覚めた時、目の前に君がいるのが本当に嬉しいんだ。自分の一日が、君の姿から始まるのが、何よりも嬉しい」
「……な、何言ってんのやオグリ……?」
「少しどんくさい私を引っ張ってくれる君の手を握ると、こんな小さい手のどこにあんなパワーがあるんだと、愛おしく思ってしまう」
「い、いとっ!?」
「家族のために自分の全てをかけて走るその姿も、勝利のためなら自らを極限まで追い込むその姿も……全部、この目に焼き付けてしまいたいと思ってしまう」
「ちょ……ま…………」
「その想いが、段々強くなってしまうんだ……だから、我慢できなくなって、言ったんだ。君が大好きだと」
「……………………あぅ」
照れたように苦笑いを浮かべるオグリキャップ。その表情はこれ以上無いほど幸せそうで……恋する乙女は世界で最も強い、というどこかで見た文言が間違いではない事を、トレーナーは認識していた。
それとは対照的に、可哀想なほど顔を真っ赤にさせているのはタマモクロス。普段は少々喧しいとも言われてしまうほど声の大きいタマモクロスが、完全に押し黙ってしまっていた。
そんなもの全く見えていない恋する乙女オグリキャップ。その後もひたすらタマモクロスの好きなところを列挙していき……ついに、自身の腹が鳴り始める位の時間まで、話し続けた。
「……つまり私は、これくらい君のことが好きなんだ」
語り足りない、と言わんばかりに憂いた表情を見せるオグリキャップ。あのオグリキャップがお腹を鳴らしたのに食堂に向かわない!? と周りのウマ娘達がざわざわと騒ぎ出す。なお、ここで約一名のウマ娘がその場に崩れ落ちた。
オグリキャップはタマモクロスの側まで歩み寄り……その小さな手を、ぎゅっと握りしめた。
「タマ。大好きだ。これからもずっと傍で走り続けてくれ」
周囲の悲鳴がとんでもないことになる。なんてことないトレーニング風景が、いつの間にやら一世一代の告白光景に早変わり。うら若きウマ娘達は、それはそれは大興奮である。ちなみに例のウマ娘は、口から大量の血を吹き出していた。
さあ、これにどう答えるタマモクロス、と皆がその小さな芦毛に注視する。
タマモクロスは完全に下を向き、一言も喋らなくなっていた。
「…………お」
「「「「お?」」」」
待つこと数分、固唾を飲んで見守っていた周りのウマ娘たちが、皆タマモクロスの次の言葉を待ち望んでいた。
「お…………お…………お…………!」
タマモクロスはプルプルと身体を震わせながら、ようやく顔を上げる。
その顔は可哀想なほど真っ赤になり、涙でぐしゃぐしゃ、目元はきっとつり上がっており……目の前のオグリキャップを一睨み。
「オグリの…………オグリの…………オグリのアホぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
そして……逃げた。逃げがド下手くそなタマモクロスが、逃げた。
その叫び声はとんでもない声量で、遠い食堂でイチャイチャしていたメジロマックイーンとイクノディクタスの耳にも届くほどであった。
脱兎のごとく逃げていったタマモクロス。取り残されたオグリキャップ。
「タマ? 待ってくれ、まだ返事を聞いていないっ!」
しかし、オグリキャップと言えば差しの名手。すぐさま驚異的なスタートダッシュで逃げ出したタマモクロスの後を追っていく。
さあ、始まりました『タマ、まだ告白の返事を聞いていないぞステークス』。逃げるタマモクロス、追うオグリキャップ。
このレースは、トレセン学園内でのみ語り継がれる伝説の名レースとなるのだが……それはまた別の話。
そして、たった今、急に倒れたウマ娘──アグネスデジタルの死亡が確認された。彼女の遺言は、「これからのタマモクロスさんとオグリキャップさんのレース展開に、乾杯」であった(ゴールドシップ談)。
ご閲覧ありがとうございます。本当はさ、この二人には少年ジャンプ的な絡みをしてもらおうと思ってたんですよ。どうしてこうなった。
感想、評価、お気に入り登録等していただけると、明日のクリスマスイブネタが降って湧きます(自らの退路を断つ)。
それでは、また次回。