ある日、不治の病を患った姉ミシェルが妹のアメリに”天使の羽根”をプレゼントする。なんでも自分が寝ている間に、天使が枕元で見守ってくれているらしいが・・・

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本文

「天にまします我らの父よ、

願わくは御名をあがめさせたまえ。

御国を来たらせたまえ。

みこころの天になるごとく、地にもなさせたまえ。

我らの日用の糧、今日も与えたまえ。

我らに罪を犯すものを我らが赦すごとく、我らの罪をも赦したまえ。

我らを試みにあわせず、悪より救いだしたまえ。

国と力と栄えとは、限りなく汝のものなればなり。

アーメン・・・」

彼女は今日も自室のベットで一人、神への祈りを捧げていた。熱心なキリシタンである姉は、無神論者の私とは違い毎日欠かさず祈りを捧げている。それはある意味、必然的なことなのかもしれない。

私の姉、ミシェルは不治の病に患っていた。私が付き添っただけでも13件の診療所を回ったが、何処に行っても答えは同じ。

「このような病例は見たことがありませんなぁ...」

医師とは名ばかりのヤブ医者ばかりだ。私が診療所巡りに付き添わなくなった頃、父も母も明らかに疲れ切っていて、姉も自分が家族の荷物になっていると察し始めていた。その晩、沈黙が満たす食卓の席で姉は言った。

「お父さん、お母さん、これはきっと罰なのよ。私が悪い子だったからイエス様がお怒りになられたのに違いないわ」

姉が悪い子だったからと言った時、右手で自身を指し、左手で妹である私を指していた。そう、姉のミシェルは妹の私と違い、ワガママが目立った。我慢を知らず、姉の癇癪を鎮めるため、私が何かしらを譲ることが度々あった。しかし姉は私に礼など一言も言わず、それが当たり前であるかの様に振る舞い続けた。

夕餉での姉の発言から一日が経ち、父と母はついに診療所巡りをやめる決心をした。それは同時に自身の愛娘を見殺しにすることを、生き地獄に落とすことを示していた。そのことを私含め、家族皆が覚悟しなければならないことだった。

ミシェルの患った奇病は気味悪く、近隣住民は気味悪がり、医者は頭を抱えた。ある日目が覚めると、ミシェルは足が石の様に動かなくなっていた。自力で動かす事が出来ず、それどころか足の感覚がないのだ。試しに私が姉の足に触ったり、叩いたりしたことがあるが、全くわからないという返事が返ってくるのみだった。

診療所巡りをやめた両親は、娘は自宅療養して治療に専念すると近隣住民に説明して回った。大人は世間体ばかり気にして、嫌になると思いながら私は一人、姉の部屋に向かっていた。姉の部屋の前に立つと、部屋の中からぶつぶつと声が聞こえてきた。

・・・我らを試みにあわせず、悪より救いだしたまえ。

国と力と栄えとは、限りなく汝のものなればなり。アーメン」

主の祈りだ。と私はすぐに理解した。別に驚く事では無い。ここニューイングランドの地で最もポピュラーな宗教はキリスト教だ。そして若くして死が確定した者が最後に取る行動は何か、考えなくてもわかる。何かに縋っていないと正気を保てないのだ。

「ミシェル姉さん。私アメリだけど、入っていいかしら?」

主の祈りの文言を唱え終わり、きっちり1分経ってから私は部屋の中にいるであろう姉に声を掛けた。

「どうぞ、入って来てアメリ」

姉の了承の声を聞き、私は木造の扉をゆっくりと押し開く。姉は笑顔を私に向けて来たが、それ以上に両手に握られた聖書が目に入った。

やがて私の目線が聖書に向いていることに気付いた姉は、そっと視線を私から窓の外に向け、独り言を囁くように言った。

「あのね、もうすぐ天使が私を迎えに来てくれるの」

私はそう・・・と返し、姉が正気を保つための”信仰ごっこ”に付き合ってあげることにした。ドレッサーの椅子を引きずり、ベットの近くに置く。私がその椅子に腰を掛けると、姉が影となって見えなかった小さいテーブルが見えるようになった。寝る前に読む本などを置くその小さな机には、白い羽根が乗っていた。それは太陽の光を反射し、キラキラと雪原の様に光っていた。

「ミシェル姉さんその羽根...」

私が羽根という言葉を発した瞬間、姉は私の方に振り返り、そっと私の手に自身の手を被せた。そこには先程、テーブルに乗っていた白い羽根と同じものがあった。

「それは天使の羽根なの。毎晩天使が私の枕元に現れて、夜明けとともに飛んでいくの」

そして姉は愛おしそうに私の手にある羽根を見つめる。

「その羽根、アメリにあげるわ。私はもう一つ持っているし」

とテーブルの上に在る白い羽根を指して言った。私はありがとうと言いつつ、天使の羽根のわけがない。恐らくどこか外国の鳥の羽根だろうと考えていた。最近は飼えなくなったペットを自然に放つ、最低な人間がいるとよく新聞が報道している。だから見慣れない外国の鳥の羽根が合っても不自然ではないし、見慣れない羽根に病に犯された人間が神秘を抱いてもなんら不思議じゃない。

しかし天使はいなくても、悪魔はいたのかもしれない。とその晩私は思い知ることになった。私は自室に、父と母は二人の寝室に入り家全体が寝静まった頃、姉のミシェルの絶叫が家中に響いた。

姉の隣の部屋であった私は飛び起きて、最初は何事かと思ったが姉の「助けて」「連れて行かれる」という言葉が聞こえ、急いでベットから降りると姉の部屋に向かった。

バタンッと私は勢いよく姉の部屋のドアを開けた。しかし姉の姿はなかった。ドアを開ける直前まで、姉の声がしていたのにも関わらずだ。その後、姉の部屋に到着した両親に姉がいないことを伝えた。

それからは大変だった。姉の捜索が始まり、近隣住民や警察が動き出した。特に近隣住民はミシェルが邪魔になって、両親が殺したのではないかと噂していたため、厳しい警察の目線と質問攻めが私たち家族を襲った。

両親は自分たちも何が起きたから分かっていないと、必死に主張していたが誰も聞く耳を持たなかった。そして私はと言えば、警察に何を問われても答え気にはなれなかった。何故なら姉から貰った”天使の羽根”を、失踪した数日後に小箱から出してみたら、黒曜石のように真っ黒い羽根に変化していたのだから。あれは天使の羽根なんかじゃなければ、この羽根の主は天使ですらなかったのだろう。そう、姉を連れ去ったのは天使ではなく、悪魔に違いない。

 



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