その日、東京都立呪術高等専門学校の事務に一本の電話が掛かってきた。
やってる事は非合法では無いがアレな感じのお化け退治とはいえ、事務方に電話くらい日々掛かってくる。仕事上必要なやりとりならまだしも、面倒極まりないクレームだったら嫌だなと電話を取った事務員だが、その時点でなにやら嫌な予感がした。
こういう仕事だ、事務方とはいえそれなりに勘は働きやすい。
「はい、こちら呪術高専東京校です」
『お忙しいところ失礼致します、わたくし、外務省のナカムラと申します——』
「……はい」
電話を取った事務員は、過去最大の厄介ごとの訪れを確信した。
ナカムラと名乗る人物曰く、日本のインド大使館からそちらに連絡を取りたいとのことであった。
何がなんだか分からないが、聞き出せる範囲のことを聞き出した事務員は、これは自分の手ではどうにもならない事だと判断し、上司にも相談したうえで、多分犯人と思われる人物の担任に話を持っていくことにした。
疑惑の人を受け持つ、厳つい顔にサングラスを掛けた夜蛾は、事務方が出した答えと全く同じ答えを出した。
きっと五条悟関係。間違いない。確信してる。
入学以来、色々やらかしはしてきたものの、国際問題を起こすことはなかった。なかったが、時間の問題であったのか。
悲嘆に似た苦痛を抱えながら、夜蛾は担任として、大人として、彼を普段全く使用されない、ただの空き部屋と化している生徒指導室に呼び出した。
容疑者にだってプライバシーはあるし、守られるべきだし、何より色々事が大きそうで防音防諜がしっかりしている部屋じゃないと怖い。
「今朝、インド大使館からニュージェネレーションニンジャについて問い合わせがあった。悟、悟……お前は一体、インド領のどこを空爆したんだ?」
「なんて?」
面倒に思いつつも、思い詰めたような夜蛾の顔に、もしや実家関連かとしぶしぶ生徒指導室についてきた五条悟は、いきなり起きてもいない空爆テロという、架空の国際テロ容疑を担任からうけた。
しかも意味不明な忍者容疑まである。とても冤罪。
確かに彼は年齢の割に幼い悪戯も好きだし、なんなら術式だって使って悪戯もしてきた。
だからといってインド領を空爆とかしない。もはや呪詛師とかどうのではない。国際犯すぎる。秘匿死刑どころか大々的に死刑になるやつである。
「え、どういう意味……?」
「なら、ハイ・カーストの娘に手を出したのか?まさか、妊娠させたのか!?」
「はぁ!?せんせー俺の遺伝子の価値分かってる?自分でするのにすら色々制限あるんだぞ!」
「これ程童貞である事に安堵を覚えた生徒がいるとは……!」
「なに人が童貞なこと喜んでんだよ、呪術師とはいえイカレてるにも程があんだろ!」
とてもデリケートな内容ではあるけれど、実際問題あまりに希少価値が高いので、恥ずかしいだとか見栄だとか言ってられない。五条はその辺をしっかりと、それはもう競走馬よりもしっかりと管理されていたし、エグすぎる話も幼少期から聞かされて育っている。
だからと言って、担任に呼び出されたと思ったら、起きてもいない国際テロ犯扱いされたり、童貞を喜ばれたりと、かなり気の毒な状態なせいで心が重症である。
普段の行いが巡り巡ってとはいえ、あまりに酷い。
「じゃあ誰がニュージェネレーションニンジャだと言うんだ……お前以外心当たりがない」
「そのクソヤベェダサ称号、俺にあると本気で思ってんの?」
「……」
「割と本気で泣くぞ」
本気で心当たりの無い五条の様子に、テロもお手付き騒動も新世代忍者も冤罪であると発覚し、夜蛾はその辺は素直に謝った。誠心誠意謝った。
いくらアレな生徒とはいえ、思い込みは良くなかった。
が、思い込まなくても現実にインド大使館からコンタクトを取りたいと言われているわけで、そのうえ謎のクソダサ称号を持つ誰かが高専に所属していることは確実なのだ。
こう言ってはなんだが、五条の嫡男が被告の方が色々丸く収まりそうであったし、絶対にコイツだと事務含めた全員一致の根拠のない確かさがあった。
では、誰が容疑者なのか。
緊急職員会議が開かれ、まずは生徒を学年ごとに確認する事で意見が一致した。高専所属の成人した術師ひとりひとりに、『あなたはニュージェネレーションニンジャですか?』なんて聞いて回れば、呪術師みんな転職してしまう。
会議でも当然の如く五条が疑われたが、大規模なテロがインド領内で起きた事実はない。彼は無実であると夜蛾は主張したし、無実の証明の一環として、ここでも生徒の童貞が広められた。
デリケートな年齢と相まって、実家の蔵に引き篭もられても致し方ない話だ。大人でもきつい。
そうして迎えた各学年一斉の緊急ホームルーム。
酷すぎる冤罪を吹っかけられた五条はムスッとしつつも席についていた。まだ一年も一緒に過ごしていないとはいえ、クラスメイトに対する信頼はある。こいつらはあのクソ称号持ちではないと思っているし、担任だってそうだろう。だからといって自分が疑われたのは腑に落ちないが。
「……単刀直入に言う。この中にニュージェネレーションニンジャはいるか?」
家入は現在吸っていない煙草の煙を盛大に吸い過ぎたかのように咽せた。とても仕方ないが、止まらなくて苦しげだ。机に握り込んだ右手を乗せ、左手で口元を覆っているが、なかなか止まらなかった。
それに気を取られている教師と友人を横目に、夏油はとても焦っていた。
否定したはずの過去が残酷な形で襲ってきてる。
出来れば無かったことにしたいというのに。自分でやらかしてないのに黒歴史。善行積んだのにこの有様。彼の顔色と心は白くなっていった。
「げは、ごほ……っ!んぐ、ぐ、……ひい」
家入の咳は笑いを噛み殺すものへと変化した。このクールな女子生徒がここまで笑うのを、夏油は初めて見た。が、ネタ元が自分。とても自白しにくい。
「……なあ、傑。お前、震えてんぞ」
「……」
サイレントに震えていた夏油は、もはや冷汗とともに蒼白に震えていた。
「まさか、すぐる、おまえ……」
言わないでくれ、頼むから。
友人の言葉の続きを聞きたくないし、友人の方も見たくない。視線が集まるのが恐ろしくてたまらない。
「お前が、ニュージェネレーションニンジャ……?」
神は死んだ。
夏油傑は無神論者であったが、確信した。神様なんてとっくに死んでる。それか正体が呪霊。それなら仕方がねぇ。