五条と夏油は任務を言い渡された。星漿体の護衛と抹消。それが彼らに課せられた任務だった。
「すみません、この任務辞退します」
「まずは理由を話せ」
天元様からの指名だというのに、夏油はあっさりと任務の放棄を言い出した。嫌な予感しかしないが、夜蛾は理由を問うた。
「護衛がどの程度の時間必要なのか不明なので……現在、煮込みの火力と時間について調べているので、長時間ここを離れるわけにはいかないんです」
「……それは、帰ってきてからやれ」
「今やっているんです」
「帰ってからやれ」
「傑、いいこだから、任務受けよ?」
そう幼女に諭されてしまっては受けない訳にはいかなくなった。
最近の五条はカレーの絡んだ夏油限定で幼女化する。とても良い子になるので、夏油をマスタルとカレーの生贄に捧げることで召喚される幼女のことを、夜蛾はとても重宝していた。夏油もその二つが絡まなければ問題は極端に減る。
と、いうわけで護衛任務である。
色々あって千切っては投げ千切っては投げをした後、学校行きたいの流れで待ったを掛けた男がいた。ターメリックに染められし男・夏油である。
「待ってくれ、その案こそ飲めない。私には時間経過で味がどのように変化するのか見極めるために寝かせてあるカレーがあるんだ」
「カレーだと⁉」
「え、もしかしてこの子カレー好きな感じなの?」
「ど、どこにカレーがあるんじゃ……?それはひょっとして、美味しいやつなのでは……?」
「いや、傑のカレー美味しいけど」
「高専行きます」
学校通いは中止となったが、問題もある。このまま馬鹿正直に高専まで行ってしまうと、ホイホイされた暗殺者が山のようにやってくるし、きっと道すがらトラップももりもりある。
どうしたものか、と悩む五条を横に、夏油はおもむろに携帯を取り出し、どこかに電話をかけ始めた。
「もしもし、私です。いえ、忍者ではありません」
五条は電話の向こうの人物を悟った。
「実は師匠にお願いがありまして」
親友がインド人に弟子入りを果たしていることも知ってしまった。この前は続柄は他人と言っていたのに。いや、一応続柄は他人で正解だが、どこか納得できなかった。
「ヘリを一台、回して頂けませんか?」
ドストレートに権力と財力を私情で動かす親友を見て、富豪を味方につけたうえに図太くなった男は違うなと、自分も権力財力家柄と文句なしのものを所持していることを棚に上げて、五条は空を仰いだ。ああ、雲が流れていく。あの雲の形、なんかたい焼きっぽくていいな。
そうして雲の形で逃避していると、さっき要請したばっかりのはずのヘリがもう来た。
とても嫌な予感がした。なぜなら、ここからほど近い場所に、『基地』があるからだ。
どう見ても普通のヘリよりもでっかいけどヘリ。迷彩色に塗られてるやつ。
陸自の大型輸送ヘリ・CH-47J通称チヌークである。ちなみに操縦士2名、機上整備員1名+55名が乗ることが出来る。
「……傑」
「……いや、その……。流石にコレが来るとは、その……」
「傑。おまえ、あのマハラジャのことナメてんの?あんだけ貢がれてた癖に、こうなるって予想付かなかったの?ねぇ?」
そんなやり取りなぞ放置した護衛対象はといえば、
「す、すごいぞ‼ヘリコプターなんて初めてだけど、あんなにおっきいのか⁉」
「いえ、あれは輸送用のヘリコプターです、お嬢様……」
大はしゃぎだった。出来ればそちらに混ざって一緒にテンション爆上げで盛り上がりたい五条であるが、とりあえず軽率な行動をしでかした親友を窘めなければならない。幼女はおともだちが間違ったことをすると、ちゃんと止めるからだ。
五条の幼女浸食率は平時でもだいぶ侵攻していた。
「あーもう!こんなヘリ、俺も初めてだわ!!!!!!!」
でも好奇心には勝てなかった。だって、日本に約15機しかないヘリコプターだったから。
たぶん色々やってはいけない手段で要請され、しかも派遣されてしまった気の毒な自衛隊員たちの目を見ないようにしつつ、全力で貴重な旅を満喫することにした。
世間のみなさん、自衛隊員のみなさん、防衛省のえらいひとたち。みんなごめんなさい。
そう訴える内なる幼女の声は、ノリ方面に舵を切った五条本体になんの影響も与えなかった。
高専のグラウンドまでの遊覧飛行というかなんというか、輸送された4名は、そのまま顔色の悪い夜蛾に連行されていった。
向かった先は特別室。マスタルがよく来るせいで作られた、機密性の高い貴賓室(広い)だ。
「はぁ?同化がなくなった……?」
「ああうん、そうなるよな」
夜蛾はこめかみを抑えながら五条の問いに応えた。だってじゃあこの任務は一体、何だったというのか。
「マスタルと天元様が遭遇してしまって……カレーを食べる仲になったんだ。その流れで、天元様がマッサージを受けて……何故か安定した」
「えっ」
カレー食ってマッサージ受けたら天元様が安定した。全員言っている言葉は分かるのに、理解が出来ない。脳が拒絶している。
「え、でも肉体の情報を書き換えるのに適合する人間と同化する必要があるって……言ってたよな?」
「そうなんだがな、そうだったはずなんだがな、ちゃんと若返ったうえで安定した」
「……?え、カレーとマッサージで……?マスタルなんかの術式持ってた……?いや、いつ見ても無かったぞ……?」
混乱するのも致し方ない。マスタルは正真正銘の非術師である。血筋的には過去になんかすげーこと出来るやつ枠で嫁取りやらしたことはあれど、危機を察知する程度にしかその血も残っていない。つまり窓以下。
というかこの場合、マスタルがどうの、インドがどうのこうのではなく、カレーとマッサージで若返ったうえに安定して見せた天元様がすごい。
ちなみに、インド的には人間を含む身体の部位が多い生き物は神様扱いをするので、初対面の天元に対して目が多い=神様みたい=めでたいという式が成り立ち、出会い頭に「目が多くて、おめでたね?」と、受胎告知じみた発言を奴はした。
言われたほうは一瞬固まったが、外国人なので言い間違えたのだろうとスルーした。長生きしているだけあって、なかなか肝が太い。
だけど、そいつは日本語ぺらっぺらな癖に、周囲のインド人への妙な期待と混乱を生むためにわざと変な喋り方をしているだけである。
「え、じゃあ、私って…どうなる、の?」
「……天元様が安定なさったことは広く告知するが、狙われ続けることに変わりはない。そこで、その。夏油」
「……。嫌です」
「そういうな」
「今日、既に私はやってしまったんです。やって、しまったんです…‼」
だが一度も二度も同じだろうと、本日二度目のお電話を掛けることになった結果、天内と黒井はインドのマハラジャの離宮で3年ほどホームステイすることになった。
「ステイ先が新築された宮殿なんじゃが……」
後日、そんな国際電話が夏油のもとに掛かってきたが、きっと彼女たちが良い子だったので気に入られたのだろうと夏油は思ったし、割と正解だった。
彼は慈善事業にも篤い男だったので。
星漿体だった少女はいま、インド領で歓待生活を堪能中である。
夏油はそんな彼女が快適すぎてそっちに永住してしまわないか、少し心配している。