明日から始まる異世界転生   作:不可思議可思議

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001 プロローグ

「あなたは死にました」

 

 そう言われてすぐに「だよねー」と、納得し肯定を示す返事ができる人間は果たしているのだろうか。

 そもそも、そんな疑問を抱いた人間が私以外にいるのかどうかも怪しいところだけれど、そしてそんなことを言われた人間が私以外にいるのかも怪しいところだけれど。あと私が今いるここは場所も床の材質も不明の怪しいところだけれど。

 それでも言われてしまった以上は、何か答えるのが知性と声帯を持つ私が為すべき、最低限の礼儀なのだろう。

 だから私は、私が死亡したことを告げた何者か分からぬ女性に目を合わせて、硬すぎない程度に姿勢も正して、丁重に返す。

 

「私は死にました」

 

 私の言葉を聞いて目を丸くさせている女性に、そして自分にも言い聞かせるように言って、そうなのかと私は一人納得させられた。

 私は死んだのか。

 なんとも不可思議な感覚。

 眠っているのに起きているような。

 起きているのに終わっているような。

 終わったはずなのに続いているような。

 白紙の小説を黙読しているような感覚に思わず、浅い溜息が出た。

 

「驚かれない方は珍しいのですが、まぁいいでしょう」

 

 見えない何かに腰掛けるような姿勢、あるいは空気椅子をしているようにも見える女性もまた、一人納得した様子を見せて話を進める。

 

「これは進路選択、あるいは進路相談のようなものです」

 

 天国のような世界に転生するか。

 地獄のような世界に転生するか。

 

 彼女は私に、二つの選択肢を提示した。

 正確に言うのならその選択肢は二つどころではなく、百でも足りないくらいの厚みがある紙束――選択肢。それらを私は『天国のような』、『地獄のような』と、二極化した評価で分別しながら、紙芝居を黙読するように紙を捲る。

 

 エルフとかゴブリンがいるようなファンタジーの世界。

 現代に魔法があって戦争したり研究したりする世界。

 電気ではなく蒸気で発達した世界。

 肉体が金属に置き換わった世界。

 地球ではなく宇宙船で生活する世界。

 

 似たような世界が幾つもあって、だけどそのどれもが地獄とも天国とも取れそうな、まるで現実を神様視点で見たような無機質な説明の羅列。

 

「私達は何も求めません。貴女に何も命じません。ただ、生き続けて欲しいのです」

 

 死んだ私にまで、生きろと言うのか。

 それはなんとつまらない話か。

 それじゃあまるで、私の死が無駄だったと言っているようなものじゃないか。

 ……いや、そうは言っていないのか。

 

「貴女の、あるいは貴女達の目的はなんなのかしら?」

 

 私は問うと、彼女は一瞬も悩むそぶりを見せずに、レジの接客に似た条件反射のように答える。

 

「私たちの職務に目的、目標のようなものはありません」

 

「そう、気が合うわね」

 

 反射的に、私は言った。そして痛感した。あるいは実感か。

 今の私には、目的と呼べるものが無い。目標、あるいは欲望と言い換えてもいい。

 美味しいものが食べたいとか、イケメンとイチャラブしたいとか、映画が見たいとか、ゲームがしたいとか。そういうのが、今の私には一つもない。死人に口無しとはこういう意味だっただろうか。

 強いて今やりたいことを一つ挙げるなら、ゆっくり死んでいたい。何もせずに、させられずに、のんびりと休んでいたい。

 そう思えたら、進路(転生先)なんてどうでも良く思えてきて、私は紙束(選択肢)を放棄した。

 

「生き尽くした私に目的なんて、今更だわ」

 

「……え、あの、え?」

 

「転生するなら飲まず食わず働かずに、死人のように死んでいられる世界が最低条件ね」

 

 なんて言ってみたら、

 

「いや、それは困るというか、不味いというか、無いというか……」

 

 と、困惑した様子の彼女は、空気椅子から立ち上がり、説得するように私の肩を揺さぶってくる。

 

「もっとちゃんと生きましょう? ね? きっと楽しいことが沢山ですよ? 友達と遊んだり、大人になったら良い人と結婚したりとか!」

 

「やっとちゃんと死ねた私をもっとゆっくりさせて欲しいわね」

 

「なんで死んだことをそんなに喜んでるんですか……」

 

 言いながら、彼女は私が放り投げた紙束を拾う。その目には同情の色が滲み出ている。

 

「普通の人は、転生できることこそを喜ぶものですよ? 死した人は生を望むものですよ?」

 

「物好きな奴もいたものね」

 

 いや、彼女の言わんとすることもわからないじゃないけれども。一度死んだのに、まだ生きられると言われても、ちっとも魅力的になんて思えなかった。

 別に、自殺志願があったわけじゃ無いし、死ぬまでの間に死にたいと願ったことも無い。生前不幸せだったわけでもないし、幸せになりたくないわけでもない。

 

 ただ私は、幸せよりも楽にこそなりたい。

 

「住めば都とも言うし、もうここでいいわ」

 

 私と彼女以外の何もかもが真っ白で、床と天井の境目も見えないけれど、死後の世界がここしか無いのなら、あるいは死後の世界が異世界だというのなら、仕方ない。

 

「まさかここに住み着くつもりですか!? 私の職場なんですけど!? 神域ですよ!?」

 

「お客様は神様とも言うじゃない」

 

「神は私ですしっ、それ言ったの人間だけじゃないですか!!」

 

「あら、神だったの。ならタメってわけね」

 

「何様のつもりですか! いえ、年齢的には大差無いでしょうけど……」

 

 何かブツブツと言いながら考え込み始めた、神を自称する彼女を無視して、私は見えない地面に腰を下ろし、そのまま横になる。ガラスみたいに固くなく、だけどベッドのように柔らかいわけでもない不思議な質感。枕が無いのは難点ではあるものの、寝床としては多めに見て及第点。

 

「あっ! ちょっと、寝ないでくださいよ! ちゃんとベッドで寝ないと身体痛めちゃいますよ!」

 

「耳が痛くなる話ね」

 

「痛いのは私の頭ですよ!」

 

「神様だものね」

 

「人を痛い子みたいに言わないでくれます!?」

 

 ……寝心地は悪く無いけど、煩いのがいるのは困り物ね。何か解決策が思いつくまで、安眠はお預けかしら。

 

 

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