人形少女の使い方   作:林公一

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二足の草鞋

 サカキが『メガシンカ』の研究を始めてから約一年。

 たったの一年で『メガシンカ』を完璧に再現してみせた。

 知識の下地があったとはいえ、僅かな期間でこれまで全くの未知だった技術を完成させるロケット団の技術力には舌を巻く。

 カントーでは確認されていなかった技の数々も今では団員たちに浸透し、わたしが来る前とは戦力が比べ物にならないとの事。

 

 これを機にロケット団の活動が活発になり始め、幹部たちも各地の支部へ渡り指揮を執る事が多くなった。

 比例するようにニュースやラジオ、新聞で見かける犯罪件数が多くなる。その全てがロケット団のものとは言わないが、少なくとも半分以上はそうだろう。特にポケモンに関連した犯罪はほぼ間違いなく団員の誰かの手で行われたものだ。

 

 逆にロケット団首領であるサカキは、ジムリーダーとしての仕事が増えた。

 ジムリーダーの仕事とは大きく分けて三つある。

 一つ目はジムに挑戦しに来た者とバトルし、結果如何でバッジを譲渡する事。

 二つ目はジムトレーナーを育成して優秀なトレーナーを排出する事。

 そして三つ目が自身が管理する町の治安を維持する事。

 

 つまるところ、サカキの増えた仕事とはロケット団の制圧である。

 

 なんというマッチポンプだろうか。けれどこれ以上無く合理的で効果的でもある。

 まさか自分の組織を自分で潰すような阿呆がいるとは考え難く、ジムリーダーとしての責務を果たす事で住民や警察からの信用を獲得し、ロケット団との繋がりを疑われないようにする。

 一時期は名前の関連で繋がりを疑問視された事もあったようだが『大会社の名を冠する事であたかもそれが味方にいるかのように見せかける為のこけ脅し』と一蹴。

 ジムリーダーという地位と、それに恥じぬ実力を行使して治安維持に努める姿を見て誰がこの言葉を疑おうか。

 結果としてサカキがロケット団だと発覚する可能性はほぼゼロとなった。あまりにも完璧なアリバイ工作である。

 重要な局面以外でロケット団が活動する時は部下に任せて自身は表舞台に立つ。サカキがこれまでジムリーダーと犯罪組織の首領という二足の草鞋を履けていたのはこういう理由からだ。

 それは信頼出来る部下がいてこそ成り立つ構図であり、サカキが度々口にする『組織の力』というものなのだろう。

 

 さておき、活動の活発化というのは同時に警官のお世話になる団員も増えるという事でもある。少なくともトキワで発生したロケット団関連の事件で逮捕者は極少ないが、それでもやはり数人はいる。

 当然だ。警察とて無能ではなく、一組織による犯罪が頻発するようになれば関連情報を集め、時には水面下の情報を掴み、次の事件の予測を立てるだろう。他の町であれば拘留された団員は更に多い。

 それでもロケット団の素性が白日の元に晒されていないのは、末端にまで徹底された忠誠心があってこそか。これも偏にサカキのカリスマが成せる業だと言える。

 

 翻って、わたしという存在は今のロケット団においてどういう立ち位置だろうか。

 保護された子どもか。囚われの捕虜か。影の協力者か。

 なるほど、その一面もあった。けれど答えは『爆弾』だ。

 当初サカキはわたしの力をどうにかしようとしていたけれど、いつ頃からかその動きは鳴りを潜め、やがて知識を求めるようになった。

 そしてある程度の知識を得て戦力拡大した今、最早わたしに利用価値は無いと言っていいだろう。排除されていないのはオーキドの顔を立てているからだろうか。強いて言うならばラルトスとリオルの付属品だからという理由かもしれない。

 それだって強引に捕まえて売り捌くなりしてしまうという方法がある。尤も、そうなる前にこの子たちは逃がすつもりだけれど。

 

 閑話休題。とにかく、わたしの存在は今やサカキにとって邪魔でしかないはず。

 わたしはロケット団に属していないし、サカキに忠誠を誓っているわけでもない。つまりわたしを介してサカキの素性が暴かれる可能性があるのだ。

 それを警戒してかサカキは下っ端との遭遇がほぼ無い部屋を用意したし、外部に情報を漏らさないよう外出も禁じた。

 試されたわけではないけれど、恐怖で縛ったり洗脳したりといった小細工がわたしに通用しない以上、選べる手段は監禁か口封じくらいしか無い。

 だからあのまま部屋の警備を厳重にして幽閉するものとばかり思っていたのだけど。

 

 どういうわけか、わたしは今トキワジムにいる。

 

 もちろんわたし一人──ラルトスたちを含めれば三人だけれど──でここに来たわけではなく、サカキに連れ出されての事だ。

 どういうわけかと訊ねてみれば。

 

「今は本部に留まるよりもジムを拠点に活動した方が何かと都合が良い」

 

 だそうだ。

 

「監視はアポロに任せて閉じ込めておけばいいのに」

 

「不満か」

 

「いいえ」

 

「ならば構わんだろう。それにオーキドにお前の様子を聞かれた。直接見せてやった方が信用を得られる」

 

 行きたくなければそれでも構わんが、とサカキ。

 

「……そうね。長居しないのなら構わないわ」

 

「では仕事が終わり次第向かう。準備はしておけ」

 

 準備も何もわたしは何も持っていないのに、などと思いながら、わたしは門下生(ジムトレーナー)がバトルの訓練をしている姿を眺めた。

 

 

※ ※ ※

 

 

 車に揺られて数十分。マサラタウンに到着した。

 ラルトスを抱いて車から降りて軽く息を吸えば、澄んだ空気が身体に吸い込まれていくのを感じる。

 

「本当に何も無いのね」

 

「田舎だからな」

 

 正にサカキの言う通りだ。

 移動している間に風景を観察していたが、広さこそそれなりにあれど住宅の数も少なければ、フレンドリーショップやポケモンセンターすら無い。見かけた店などせいぜい個人経営であろう薬局や八百屋程度。無人直売所すらあった。

 トキワも特別発展しているわけではないものの、それでもジムやホテルなんかの施設はあるしショップやポケモンセンターもある。

 正に田舎。まっさらな町。名は体を表すとはよく言ったものだと思う。町というよりは集落と呼ぶ方が正しい気もするけれど。

 そんなマサラタウンの中でも一際目立つ大きな建物が一つ。それがここ『オーキド研究所』だ。

 サカキが研究所の扉を叩く。

 

「オーキド、いるか」

 

『おお、サカキくんか? 少し待ってくれ』

 

 言葉の後、ほどなくしてから白衣を着た白髪の温厚そうな老人が現れた。

 この人がオーキド。通称オーキド博士。

 携帯獣学の世界的権威、第一人者として名を馳せており、その分野に携わる者なら誰でも一度は名前を耳にする超弩級の有名人。ポケモンという種を体系化し、その上でタイプによるポケモンの分類法を提唱して今でもその研究を続けている偉大な研究者。後は……確かタマムシ大学の教授でもあったか。

 もっと身近の事で言えばポケモン川柳の人であったり、ラジオで『オーキド博士のポケモン講座』という番組も担当していたはず。あれは子どもにもわかりやすくていい番組だと思う。

 

「相変わらずの田舎だな、ここは。もっといい土地に移り住めるくらいの金はあるだろうに」

 

「ワシにはここが性に合っとったんじゃよ。土地が広いお陰で自然な姿を観察出来るしの。さあ、入ってくれ」

 

 そうしてオーキドが私たちを研究所に迎え入れる。

 研究所というだけあって、中にはレポートらしき書類の山やポケモンを調べるのに使うのだろう機械が並べられていた。

 そことは別に併設された生活スペースに通され椅子に座る。

 

「散らかっていて申し訳ないが好きに寛いで行ってくれ」

 

「ああ、それは構わんのだが……なぜそんなにも距離を取る」

 

 サカキの言う通り、オーキドはあからさまに私たちと距離を取っていた。具体的には三メートルほど。

 

「いやその、その子が嫌がるかと思っての……」

 

 オーキドが苦笑して言う。

 なるほど、わたしへの配慮だったと。どうやらわたしの扱いもある程度理解しているらしい。

 

「……ここから逃げたのはごめんなさい。あの時は色々と余裕が無かったの。今は余程構わなければ問題無いわ」

 

 シンオウからカントーに来てオーキドに引き取られたあの日。その数日後にわたしはこの研究所から逃げ出した。

 オーキドは愛情を以て親身に接してくれたものの、あの時のわたしにそれを素直に受け止められる余裕は無かった。

 父親とは違う、しかし同一のそれを向けられる事に耐えられなくなり、どこでもいいから遠く離れた場所へと死力を振り絞った長距離の“テレポート"を行った。

 その後は急激に失われた体力を回復する為に“ねむり"、気が付いたらサカキの元にいた、という話。

 あの日の事をずっと心に抱えていたのなら、それは少し悪い事をしたと思う。

 

「む、そうなのか? とにかく、あの日に比べれば元気そうで安心したわい」

 

 君たちも元気そうで何よりだ、ラルトスたちに笑いかけながらオーキドがようやく対面に座る。サカキもお人好しだと言っていたけれど正しくその通りだ。やはりこういう姿を見てしまうとポケモン界の権威だとは思えなくなるから不思議なものだ。

 

「それよりもこれはなんだ」

 

「あー、それはじゃな、ハハハ……」

 

 机の上に置かれた鍋を差されて露骨にオーキドの目が泳ぐ。中を確認してみればそれはうどんだった。具の匂いがない辺り素うどんだろうか。昼食と言うには少し遅い時間帯ではあるけれど、特別不思議なものでもない。

 

「いやー、最近研究が忙しくてのぅ……」

 

 バツの悪そうな顔をするオーキド。その言葉でなんとなく理由の想像がついた。

 

「そんな事だろうと思った。忙しいのもわかるが食事はちゃんと摂れ」

 

 言いながらサカキが袋を机に置く。中に入っているのはここに来るまでに買っていた野菜や米、茸等その他食品の数々だ。

 何やら妙に買い込んでいると思っていたけれど目的はこれか。

 

「おお、これは助かる! 領収書はあるか?」

 

「構わん。ナナカマドに口利きしてもらった礼だ」

 

「それこそその子を預かってもらった礼なんじゃがのう。まあそういう事なら受け取っておこう」

 

 袋を受け取って中身を冷蔵庫にしまい込んでいくオーキド。そんな後ろ姿を見てわたしは思った。

 

「……時間が無くてうどんを食べてたなら、材料があっても同じじゃないかしら」

 

「…………」

 

 沈黙が流れる。

 珍しくサカキも押し黙っている辺り、もしかして材料さえあれば食事をしっかり摂ると思っていたのだろうか。

 チラっと見えた冷蔵庫の中身を見てもそれなりに具材が残っている辺り、仕方なく素うどんを作ったというよりも手早く食べられるから選んだように思える。

 このタイプの人間は一つの事に没頭して他を疎かにする傾向にある。研究者に多いタイプだが、やはりオーキドもその例に漏れないようで。

 

「……まあ、お米を野菜や茸なんかと一緒に煮込むだけでもそれなりに変わると思うわ。出来る事ならちゃんとお腹に溜まるものを食べた方がいいけれど」

 

「……く、詳しいのう……」

 

 顔を引き攣らせながらオーキドが言う。

 わたしの腕の中ではラルトスが疑問符を浮かべていた。

 

 

※ ※ ※

 

 

「そういえば、君はトレーナーを目指す気は無いのかの?」

 

 オーキドがそんな事を言う。サカキにも同じような事を言われたのを思い出した。

 

「今のところ予定してないわ」

 

「ふーむ、それは残念じゃのう。君のラルトスとリオルもよく懐いておるようじゃし──」

 

「カゲカゲ!」

 

「ふしゃ〜」

 

「ゼニー!」

 

「──その三匹も君を好いておるみたいじゃしな」

 

 わたしの足元でバタバタと楽しそうに走っているのは、オーキド研究所にいたヒトカゲ、フシギダネ、ゼニガメだ。三匹とも最近生まれたばかりの子どもらしい。

 この三匹はこの地から旅立つトレーナーの手持ちになるとの事。候補者も丁度三人いるようだ。

 誰が誰を連れて行くか喧嘩にならなければいいけれど、なんて考えながら、転けて起き上がれなくなったゼニガメのお腹を撫でる。『みず』タイプだからか少しひんやりとしていた。

 

「そうね。普通の人よりは好かれやすいと思うわ」

 

 ヒトカゲが自分もと催促してきたので同じようにしてやる。この子は他の子より温かかった。

 

「……のう、リンカよ」

 

 オーキドの声に少し真剣な色が宿った。振り返らずに続きを聞く。

 

「君は、どこまで自分を理解しておるのじゃ?」

 

「自分の事を理解出来ている人間なんているのかしら」

 

 フシギダネがツタを伸ばしてきたのでそれを握る。

 

「そういう事ではなくてじゃな……なんというか、その……」

 

「冗談よ。でもそうね……一つ言えるのは、わたしは人よりもポケモンに近いのだと思うわ」

 

 それはあくまでも自分の感覚的な話。色々な文献を読んで立てた一つの仮定。

 

「『先祖返り』は読んで字の如く、昔の人間の性質を色濃く受け継いで生まれた存在。それこそ、神話に語られるような時代に失われた存在よ」

 

 シンオウの神話の中には人とポケモンの婚姻というものがある。それが事実であるかはともかくとして、少なくとも伝承の中には存在している。

 ポケモンと婚姻したかもしれないという過去を持つシンオウの民。失われたはずの力を継承して生まれてしまった人間。故に『先祖返り』。

 

「わたしの場合は多分サーナイトの系譜ね。だから周りの感情を読み取れるし、多少なら超能力も使える」

 

 辺りを見回し、手頃な石を見定めて“ねんりき"で浮かせる。

 

「ポケモンに好かれやすいのも、わたしから同族(ポケモン)の匂いを感じ取ってるからじゃないかしら」

 

 浮かせた石を積み上げて塔を作る。

 

「別に『わたし』が好かれてるわけじゃないのよ。わたしの中の『力』に惹かれているだけ。わたしはそう思ってるわ」

 

 積み上がった塔は“ねんりき"を解除した途端すぐに崩壊した。

 

「果たしてそうかのう?」

 

 けれど、それは違うとオーキドが言う。

 

「仮にその推測が正しいとして、それが全てとは限らんよ。少なくともその二匹は『君自身』に惹かれてそこにいる。ワシにはそう見えるよ」

 

「……そうかしら」

 

 ラルトスとリオルを見る。

 力じゃないとすれば、この子たちはわたしの何に惹かれているのだろう。わたしはこの子たちに何もしてあげられていないのに。

 

「……おる」

 

 リオルがそっとわたしの手に触れる。この子が自分から触れに来たのは初めてかもしれない。

 

「……大丈夫よ。別に落ち込んでいるわけじゃないわ」

 

 リオルの頭を撫でる。特別落ち込む理由も無い。わたしはわたしなりに組み立てた仮説を話しただけの事。それに関して真実を究明しようとも思わないし、事実なのであれば受け入れるまでだ。

 そもそもわたしにとって『先祖返り(この力)』は基本的に重荷でしかないのだ。

 感情が読めても制御出来なければ他人の感情に振り回される一方だ。

 ポケモンに好かれやすくてもそれは別にわたしだけの特権では無く、人は誰であれポケモンと絆を結べる。

 疎ましいとまでは言わないけれど必要と感じた事も無い。時代によって失われたわけだ。ポケモンの力は人の身には大きすぎる。分不相応というやつだ。

 強いて言うならポケモンの言葉がわかるのが利点だが、わたしにはこの天秤が釣り合っているとは思えない。()()()()()がどう感じるのかは知らないけれど。

 なんて事を考えていると。

 

「おーいじーさん、遊びに来たぞー」

 

 研究所の扉が開かれ、外から人が入ってきた。

 数は三人。男の子が二人と女の子が一人。見たところわたしと同い歳くらいだろうか。

 

「グリーン! 今は客が来とるんじゃ! 後にしてくれ!」

 

「っと、そりゃ悪かった。来てんのはサカキ……さんと──お前は見ない顔だな?」

 

 そして、グリーンと呼ばれたツンツン頭の少年と目が合った。

 




長くなったけど次でプロローグ終わりの予定。
一章は書いてる感じそれなりにバトル多めになりそうな気もしてるから読むならそこからの方がいいかもしれません。










あとはまあ要望あったから一応フレーバーテキスト。読まなくていいよ。

『先祖返り』
ポケモンの性質を持って生まれた人間の総称。現代には殆ど確認されていないが、広義的にはサイキッカーが該当する(例:ナツメ等)。
先祖返りとしてデフォルトで備えている能力は『ポケモンに懐かれやすい』『ポケモンの言葉を理解出来る』『ポケモンに対する理解が深まる』の三つ。ここに交わったポケモンの性質が追加される。
リンカの場合はサーナイト族が元なので『感情を読む能力』と『共鳴能力』に長けている。


現実で言うならペットに懐かれまくって言葉もわかってその子がどんな芸覚えられるか大体わかるって感じです。トレーナーやらないなら完全に無用の長物。
まあ多分このテキストじゃ何が強いのか意味わからんと思うのでまたおいおい説明します。
レポートの方も作品の進行状況に応じて内容アプデしていく予定だからちょくちょく覗くと面白いかもしれない。
でも見なくていいです。ただの設定だから本筋とは一切関係無い。しかも作中レポートだから核心に触れてないので設定集としても微妙という(情報補完してたりする事はあるけど基本必要無い知識)。
まあ物好きだけ読んでくださいって事で。アンケートに答えてくださった方はありがとうございます。物凄い励みになってます。
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