「……あー、紹介しよう。孫のグリーンじゃ」
「ヨロシク」
椅子の背にもたれかかって座るグリーン。やや険のある顔つきはオーキドとはあまり似ていないように思う。
「オレはレッド。グリーンの友だちだ」
今は外しているが、赤い帽子を被っていた黒髪の少年──レッド。こっちはグリーンと違って素直そうに見える。
「あたしブルー! よろしくね」
そして茶髪を背中まで伸ばした快活そうな少女──ブルーが手を差し出してきた。この状況で手を伸ばさないのも不自然だろうと握手に応じる。
「あなた真っ白ね。まるで雪みたいだわ」
わたしを見てそんな感想を語るブルー。
「手、冷たかったかしら」
「いいえ! そんなつもりじゃ! ただキレイだなって……」
「冗談よ」
「……ひ、表情が変わらないからわかりにくいわね……」
苦笑してブルーが手を離す。人とコミュニケーションを取るには冗談がいいと本にあったのだけど違ったのだろうか。自分で話すとなると難しい。
「んで、じーさんたち何の話してたんだよ」
「ん? ああ、その子の経過を聞いておっただけじゃよ。というかなんでお前たちは普通に居座るんじゃ」
「いいじゃねーか。まだ何か話あるなら黙っとくけど」
「……大方話し終えたところじゃわい」
「じゃあ何も問題無いな。お前名前は?」
聞かれて──少し迷い、
「……リンカよ」
「ふーん、リンカね。前にじーさんから逃げ出したってやつだろ? 何かしたのか?」
「あなたには関係無い事よ」
「はっ、そりゃそうだ」
くっくと笑うグリーン。どうやら他人にあまり興味が無いタイプのようだ。説明するのも面倒だから助かる。
「ああ、そうだ」
グリーンがサカキの方へと顔を向けて。
「近いうちにアンタのところに挑戦するから。覚悟してなよ」
「こりゃグリーン! すまんサカキくん! こやつは礼儀に疎くてのぉ!」
「イテテッ! 離せよじーさん!」
オーキドが慌ててグリーンの頭を下げさせようとする。確かに子どもが大人相手にするような態度ではないだろう。わたしも人の事は言えないのだけど。
「構わん。覇気が無いよりはずっといい。お前の挑戦を待っている」
けれどサカキは特に気にした風もなく。
「尤も──私の元まで辿り着けたらの話だが」
「──はっ。余裕だっての」
挑発的なグリーンに泰然と構えるサカキ。
挑戦者と応戦者。トレーナーとジムリーダー。この二人は将来そういう関係になる。果たしてグリーンはサカキに届く牙となるのだろうか。
ともあれ、険悪な空気にならずに済んだのを見てオーキドが胸を撫で下ろした。グリーンが来てからオーキドの感情の揺れ幅がとても大きい。
「ところでそいつ、アンタのところにいるんだろ? ならそいつもトレーナーになるのか?」
グリーンがわたしを指差して言う。
「今のところ予定は無いわ」
お茶を飲みながら答える。
「ふーん……もったいねぇな。世の中には金払ってでもジムリーダーに指導してもらおうって人間もいるのによ。ましてサカキはカントー最強のジムリーダーだ。その元にいるって価値がわかってねぇ」
変わってほしいくらいだぜ、とグリーン。
確かにトレーナーにとってジムリーダーに直接指導してもらえる機会というのは得難く貴重なものだろう。実際、そんな機会を得られるのはジムトレーナーや家族、あるいは親しい友人くらいだ。
特にジムトレーナーはお金を払って門下生として指導を受けている為、正にグリーンの言う通りなのである。
「オレならそんなチャンス逃がさないね。ばんばんバトルしまくって何が良かったか、悪かったかを指摘してもらう。そうすりゃすぐに改善点も見つかって戦い方も洗練されていく。トレーナーなら誰もが羨むような環境をお前は捨ててるんだよ」
そうしてグリーンの目が険しくなる。まるでわたしを責めるように。
「おいグリーン、そんな言い方ないだろ」
「そうよ、トレーナーになるかどうかは人の自由なんだし」
「強くなれる環境が揃ってるのにそれを活かさないのがもったいねぇって言ってるんだよ。ま、やる気がないなら仕方ないか」
レッドとブルーの反論も意に介さずグリーンがとん、と椅子から降りて。
「今日は帰るわ。なんか白けちまった」
「ちょっ、おいグリーン! 待てって!」
「ご、ゴメンねリンカちゃん! あいつああいうやつなの! 今度謝らせるから!」
そうして完全にわたしに興味を失ったらしいグリーンが研究所を出て行き、そんな後ろ姿を見てレッドとブルーも慌てて着いて行った。
まるで嵐のようだった。多人数の中にいるのは感情が溢れてとても疲れるから、三人が去ってくれて助かったというのが本当のところ。
「やれやれ……すまんかったのう。ブルーも言った通りああいうやつなんじゃ。悪く思わんでくれ」
「気にしてないわ。価値観が違うもの」
「大人じゃのう。グリーンに見習わせたいくらいじゃわい」
いったい誰に似たのやら、とオーキドがぶつぶつ言い始める。
大人というか、言った通り価値観が違うだけなのだ。
トレーナーにとっての価値をどれだけ説かれたところで、トレーナーに興味が無いわたしには何も響かないし関係が無い。
グリーンの言っていた事は尤もだし反論する気も無いけれど、残念ながらわたしにその価値観を共有する事は出来ない。
「……同じ事を聞くようで申し訳ないんじゃが、やはりトレーナーになる気は無いのかの?」
おずおずとオーキドが聞いてくる。何度聞かれても答えは変わらないのだけど。
「無いわ。興味が無いもの」
「そうか……いや、本当に残念じゃ。その気があれば図鑑完成を手伝ってもらいたかったんじゃが……」
図鑑──というのはもちろんポケモン図鑑の事だろう。
ポケモンに翳せば自動でスキャンし情報が記録され、更に自身の手持ちであれば詳しい能力を確認出来るという優れものだ。これを持っているだけでもステータスとなり、一部の施設では優遇されるという。
裏社会だとより多くのデータが入った図鑑は高値で取り引きされていたりもする──らしい。
ちらりとサカキを見る。もしなんらかの反応を見せていればここで適当に理由を付けて貰う事も出来たのだけど、特にそれが欲しいわけでもなさそうだ。
「君ならいいトレーナーになると思うんじゃがのう。まあ仕方ない、じゃがもし気が変わったらいつでも言っとくれ。準備はしておくからの」
「考えておくわ」
「うむ。……それでなんじゃが、もしよければその子たちのデータを取らせてもらえんかのう? カントーでは見られない種じゃから是非詳しく調べたいのじゃが……」
前はバタバタでそんな暇無かったしと、オーキドの目が研究者のそれになる。
確かにラルトスもリオルもこの地方じゃ滅多に見つからないポケモンだろうから、オーキドがこの二匹を知るチャンスは少ないと言える。期待するのも宜ならん事だ。
けれどこれはわたしの意思で決めるものではない。二匹を見ながらオーキドに答える。
「この子たちが良いと言えばわたしは構わないわ。だから交渉ならこの子たちに」
「おお、ありがとう! ではラルトスくん、リオルくん、ちょっとこっちへ来てくれるかな?」
「ほら、行ってらっしゃい。嫌ならすぐに戻ってきてもいいわ」
言って、二匹をオーキドに預ける。
オーキドなら悪いようにはしないだろうし、わたしとしてもついでに詳細な体調等を教えてもらえれば助かる。
見ている感じでは病気とかは無さそうだけど、完全な把握は出来ないのだし。
そうしてヒトカゲ、フシギダネ、ゼニガメの三匹が遊んでいるのを眺めたり、時々構ってあげたりして時間を潰すこと暫し。
データを調べ終えたらしいオーキドが二匹を連れて戻ってきた。
「どうだったかしら」
「うむ。二匹とも異常は無いぞ。至って健康体じゃ。ラルトスくんは少々運動不足気味じゃったがの」
「そう。よかった」
「らぁる!」
博士のお墨付きをもらえて一安心といったところか。特別心配もしていなかったけれど。
ラルトスがわたしの胸に飛び込んで来るのをしっかりキャッチして抱える。運動不足とはいっても元々身体をそこまで動かさない種族だ。どうしてもなら部屋内を少し歩かせるくらいで充分だろう。
むしろそれならリオルの方が当て嵌りそうだけれど、どうやらそれなりに動いているらしい。これもリノが貢献していると思われる。
「ただ、体調面では問題なかったんじゃが、研究者としては少々気になる点があってな」
「何?」
そこで反応を見せたのはサカキだった。
「うむ、リオルの方は優秀な個体というくらいで特に変わった事は無かったんじゃが……ラルトスの方に既存のデータとは別の反応があっての」
オーキドの言葉になんとなくの当たりをつける。確かに元々のこの子には備わっていなかった力だった。
「進化……いや、違うな。性質の開花と呼ぶべきか。とにかく、今までのラルトスとは違う『タイプ』を宿しておる」
オダマキくんのところではこんな性質は見られなかったはずじゃが、と続けて。
「確か……そう。『フェアリー』と呼ばれる
「……それはこのラルトスだけの変化なのか?」
「いや、そうではない。おそらくはラルトスという種全体が共通で持っておる性質のはずじゃ。事実、カロスという地では一部のポケモンが『フェアリー』の性質を目覚めさせていると聞く。時が経てば『百匹目のエイパム』のようにそれらも種全体に広がるじゃろう」
かつてのコイルや一部の技にタイプ変化があったようにな、と続けて。
「じゃが『フェアリー』に目覚めるとしても今はカロス生まれのポケモンに限定されるじゃろうし、この子が目覚めた理由はよくわからんの。リンカくんの力に関わっているのかもしれんが……今すぐ答えを出すのは無理じゃな」
まあ早咲きとでも思えばいいかの、とオーキドが締める。
オーキドはそう言うものの、ラルトスが『フェアリー』に目覚めた理由はある程度検討がつく。大方わたしに引っ張られたのだろう。
先も言った通りわたしはサーナイトの系譜の『先祖返り』だと予想され、その性質を持って生まれてきた。だからおそらくはわたしにも『タイプ』の概念が備わっている。
そして母はカロスの生まれ。つまり『フェアリー』が発現する素質を持っている。
特に誘導したわけでもないけれど、ラルトスはわたしと接する機会が多かったから自然と開花したのだろう。生物学でも同じ種ならより優れた性質を持つものに自身を合わせるという話があるわけなのだし。
だからといって『ドラゴン』技を受けてみたいとは思わないけれど。
「ともあれ貴重なデータが取れたわい。ありがとうの」
言ってオーキドがわたしの頭を撫で──ようとして、その手を引っ込めた。
「おっと……こういうのはダメなんじゃったな」
「……したいのなら我慢するわ」
「いやいや、これ以上ワシの我儘に付き合わせるわけにはいかんよ。元気そうな姿が見られただけで満足じゃ」
オーキドが笑う。
言葉だけでなく、気持ちもしっかりと伝わってくる。本心からの優しさがオーキドには溢れている。けれどわたしにとってそれはどうしようもなく辛く、苦しい毒になる。
……そろそろ限界も近い。
サカキに視線を送る。それだけでサカキはわたしの望みを正確に把握してみせた。
「長居したな。そろそろ戻ろうと思う」
「うむ、わざわざありがとう。また気が向いたら顔を見せに来てほしい」
「気が向いたらな」
言いながら研究所を出て車に乗り込む。
バックミラー越しに見えるオーキドは、姿が見えなくなるまで手を振っていた。
※ ※ ※
「……わたしは、トレーナーになるべきかしら」
信号待ちで停車した車内にて、ふと沸いた思いを口にする。
「……どうしてそう思う?」
運転しながらサカキが問う。思い返すのは研究所での言葉。
オーキドは言った。わたしはいいトレーナーになると。
グリーンは言った。トレーナーにならないのはもったいないと。
「みんなわたしにトレーナーになるのを勧めてきたわ。トレーナーになるというのはそんなにも価値のある事なのかしら」
わたしにはトレーナーになるという事に価値を見い出せない。
一般的にポケモントレーナーとはポケモンを捕獲し、育成し、戦わせる事を生業とする職業である。
その多くは年に一度開かれるポケモンリーグへの挑戦を目指し、自らが王者となる事を夢見て腕を磨き続けている。
要するにトレーナーとは『強さ』を求める者たちの総称だ。闘争に身を置き、その果てに栄光を掴まんとする者たちの巣窟なのである。
とてもではないがそんな中に飛び込んで行く気にはならない。何より
一度はトレーナーの真似事をした。けれど特別心を動かすようなものでもなく、一度体験すれば充分だと思った。だからトレーナーになるつもりが無い、というのが本音だった。
けれど周りはわたしがトレーナーになる事を期待している。望んでいる。勧めている。
わたしは、トレーナーを目指すべきなのだろうか。
そんな思いを抱えて問うと、少し間を置いてサカキが口を開いた。
「……確かにトレーナーを志す者は多いだろう。だがその中で結果を出せる者は極少ない。やる気があろうと信念があろうと、バトルの世界は残酷に挑戦者を
それはジムリーダーという立場としてか、それともロケット団首領としてか。どちらにせよ、トレーナーとして一定以上の地位を築いているサカキが見てきた真実の言葉。
「才能や環境、そして天運。これらを備えていない者に勝利の未来は無い。壁にぶつかり、牙を
例えば下っ端たちはよくわかる例で、彼らは社会のはみ出し者だ。
最初から悪に染まっていたわけではない。それこそ彼らの多くはトレーナーで、才ある者との差に絶望して荒んだ者たちの集団だ。
一般市民に恐れられこそすれ、ロケット団の本質は弱者の集まりなのである。
「だがお前は違う。才能がある。環境もある。そして──天運を持っている。お前は本来、恵まれた側の人間だった」
サカキは、わたしがそれとは違うと言う。
トレーナーとして必要なものを備えていると。
「……悪い冗談ね。天運があるというのなら……どうしてわたしはこうなったのかしら」
わたしは反論する。あの頃わたしが望んでいたものは何一つとして叶わなかったというのに、天運があるとどうして信じられようか。
「私が言っているのはあくまでもトレーナーとしての運だ。お前個人の幸福に関与するものではない」
それはつまり、わたしの幸福は対価となったのだとサカキは言外に告げる。
「トレーナーに価値があるかと問うたな。答えは『ただのトレーナーに価値は無い』だ。価値とは己で作るもの。そしてお前にはそれを成せるだけの才がある」
道は二つだ、と。
「選ぶのはお前自身だ。トレーナーとなって価値を築くか、虚ろなままの自分で終わるか」
そうしてサカキの話が終わる。
わたしは自分の欲しかったものが手に入らなかった。代わりに得ていたのは望まないトレーナーとしての才能。
ならば──せめてその才能を使い潰してやらないと、わたしは一生報われない。
復讐という程ではない。今更幸福も望んでいない。けれど、失くしたままでいるのも何かが違う気がする。
「……サカキ」
それは前々から頭の片隅にはあった事。
「わたしは……ロケット団に入れるかしら」
「わたしは未熟だわ。本当に才能を持っているかもわからない」
進んで悪事を働きたいわけでもない。世の中に反抗したいのではないから。
「けれど認めてくれるのなら、わたしはロケット団の──いいえ、サカキの為に力を尽くすわ」
今の望みはただ一つ。サカキの野望を叶える事。
そこに善意や悪意は無い。例えわたしを利用する為だったのだとしても、居場所をくれたのは他ならぬサカキだ。その恩を返すというだけの事。その結果がどうなろうと知った事ではない。
やれと言われた事をやる。それだけだ。
「……いいだろう」
サカキがアクセルを踏む。景色が後ろへ流れていく。
「ただし、お前の存在はこれまで通りロケット団内では基本的には秘匿するものとする。下手に情報が漏れると面倒な事になる」
言葉は続く。
「今後は幹部として扱う。他の四幹部を補佐する影の幹部として動け」
ロケット団としてのわたしが形作られていく。
「コードネームは『ドール』──今日からそれがお前の名だ」
そうして、わたしは『
プロローグ終了です。お疲れ様でした。
一つの区切りを迎えられましたので改めてお礼申し上げます。
ここまで読んでくださった方や評価、お気に入りしてくださった方もありがとうございます。とても励みになりました。
明日から一章、つまり原作の時間軸に入りますが、ストックが少ないのでこれまで通りの頻度で更新はちょっと難しいかもしれません。
更新が途切れたら『ああ、ストック無くなったんだな』と思っててください。
あと前からちょいちょいリンカの一人称が変わってたりする場面があるのはミスじゃないです。
小話程度のフレーバーテキスト。
『百匹目のエイパム』
とある島のエイパムの話。
エイパムたちは島にある芋を主に食料とし、川の水で泥を落として食べていた。そんな折、一匹のエイパムが海水で芋を洗って食べる事を覚えた。
海水の塩分が芋の味を良くする事に気付き、真似するエイパムが一匹、また一匹と増えていく。
そうしてその数が百匹目に到達した時、関わりが無かったはずの島の外に住むエイパムたちまでもがほぼ同時期に海水で芋を洗い始めた……というあらすじの文庫本。
ある行動や考え等がある一定数に到達すればそれは種全体に広がるという現象をわかりやすく説明したもの。
からてチョップがかくとうタイプ化したのも、コイルにはがねが追加されたのも、新しいタイプが見つかってこれまでの種に追加・変更があったのもこの現象によるものっていう正にフレーバーテキスト。
多分今後出てこないから覚えなくていいです。