人形少女の使い方   作:林公一

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一章 人形少女
人形は動く


 最初に始めたのは正体を隠す事からだった。

 

 わたし自身の容姿はもちろん、ラルトスもリオルもこの地方ではほとんど見かけない為非常に良く目立つ。

 ロケット団として活動するにあたりそれではまずいと支給されたのが、ロケット団の制服に加えて黒のロングコートと仮面、そしてモンスターボールが二つだった。

 ボール二つはもちろんその二匹の為に用意されたもので、それ以来この子たちは正式にわたしの手持ちとなっている。

 ついでに『ボールを手に入れたら名前を付ける』という約束も果たされたのでラルトスには将来を加味してサナと、リオルにはウルと名付けた。

 といってもバトルに出すのは専らサイホーン(リノ)であり、サナやウルを出す事はほとんど無い。

 当然だ、姿を隠す為にボールを支給してもらったのに出してしまえば意味が無いのだから。

 という事で作戦中に使える実質的な手持ちはリノ一匹だけである。

 尤も、この子はこの子で練度(レベル)が高いから大抵それだけで事足りてしまう。単純な戦力としての強さならラムダのドガースよりよっぽど強い。

 もちろん、ラムダの強みはそこではないから一概に比べられるものではないけれど。ラムダは正面衝突が得意なタイプではないのだ。そういうのはランスの分野である。

 

 ともあれ、わたしがロケット団の『ドール』として活動を始めてから二年が経過した。

 

 今回の指令は二つ。一つはこの洞窟──正確にはお月見山の内部に生息するというようせいポケモンのピッピを可能な限り捕獲する事。

 そしてもう一つが、お月見山に眠っているポケモンの化石を発掘して持ち帰る事。

 理由はもちろんお金になるから。組織を運営するにあたり、お金は必要不可欠でいくらあっても困るものではない。

 ピッピの捕獲は下っ端(人海戦術)に任せて、わたしたちは化石の捜索をしている。

 薄暗い洞窟の中を、目的のものを探して歩いていく。

 

「嬢ちゃん、大丈夫か?」

 

「心配無用よ、ラムダ。それより、今はまだいいけど人のいるところでその呼称はダメよ」

 

「はいはい、わかってるよドール」

 

 今作戦の指揮者、ラムダに釘を刺しておく。

 今はもう対等な立場だと何度も言っているのに未だに呼び方が直らない。別にわたしの正体が露見しないのなら呼び方なんてどうでもいいけれど、外では用心してほしいと思う。

 

「しっかし見つからねぇなぁ、化石。もう結構奥まで来てると思うんだが」

 

「そうそう見つからないから貴重なのよ。もう誰かが先に見つけてしまった可能性もあるけれど」

 

 洞窟の壁を見ながら言う。

 既に化石の噂は広まっているらしく、洞窟内のあちこちに採掘の跡が見受けられるし、歩いてくるまでに採掘をしている者も数人見かけた。

 そういう人たちがわたしたちを見るなり逃げていくのを見ると、ロケット団の知名度もそれなりになってきていると実感する。二年前からの活動が芽を出し始めている証拠だ。

 大きな動きは起こさず、しかしロケット団という名前を脅威と共に世間に知らしめるという目的が果たされている。

 結果として名前を利用して同じ目的を持った一般人を威圧し遠ざけ、資源を独占する事が容易くなった。

 必要ならば実力行使もするけれど、手を下さずとも向こうから逃げてくれる方が都合がいい。

 

「どのくらい残ってるかわからねぇしなぁ……あんまり時間はかけられねぇ。サツが来る前に済まさねぇとな」

 

 ラムダの言う通り、あまり悠長にはしていられない。

 洞窟の出入口は警備員に扮した下っ端に封鎖させているとはいえ、誰かが強行突破して来ないとも限らず、そこから通報されでもしたらわたしたちは逃げるしかなくなるのだ。

 ここにロケット団が立ち入っていると知られれば警備も強化されるだろう。この一度きりの機会(チャンス)で目的を達成する必要がある。

 

「……おっ、反応アリだ。近くにありそうだぜ」

 

 ラムダが手に持った探知機(ダウジングマシン)を見ながら言う。どうやらまだ化石は残っていたらしい。

 

「なら先を越される前に行きましょう」

 

「なぁに、最悪奪っちまえばいいさ」

 

「……そうね」

 

 などと口では同意しておく。実際にはあまり手荒な事はしたくないのだけれど。

 探知機の反応を見ながら奥へと進んで行き、化石の在り処を探っていく。徐々に反応は大きくなり、化石が近いという事を示し始めた。

 歩いて、歩いて、そしてそれを見つける。

 

「な、何だよお前たちは!? ロケット団か!?」

 

 その場にいたのは理科系の男だった。どうやら先客がいたらしい。

 

「よくわかってるじゃねーの。痛い目に遭いたくなけりゃそこを退きな」

 

 恫喝するラムダの後ろに控える。

 基本的にわたしの存在は外に知られてはならない。外部にわたし(リンカ)を知る者がいる為、外見的情報から足が付く可能性が大きいからだ。

 それを防ぐ為、わたしは身体全体を覆うフード付きの黒いロングコートを羽織り、仮面で顔を隠している。これで外目からは『リンカ』だと気付かれる事はほぼ無い。

 それでも身長や声までは隠せない為、基本的な行動はこのように全てラムダに任せている。

 

「ふ、ふざけるな! この化石は僕が見つけたんだ! 二つとも僕のだ!」

 

「仕方ねぇな。だったら力ずくで──」

 

『ら、ラムダ様! 報告です!』

 

「──あン?」

 

 ラムダが実力行使に出ようとしたその寸前、無線機から下っ端の声がした。

 

「どうした?」

 

『子どもが二人、入口を突破しそちらに向かっています! 捕らえたピッピも解放されてしまいました!』

 

 ラムダの持つ無線機の声は近くのわたしにまで聞こえてくる。

 聞こえる限りでは作戦の一つが失敗したらしい。

 

「ああ? お前らまさか子どもと思って舐めてかかったんじゃねえだろうな?」

 

『も、申し訳ありません……しかしその子どもが滅法強く……』

 

「言い訳なんざ聞きたくねぇ。逃がしたなら捕まえ直せ。全部が無理なら一匹だけでも死ぬ気で捕まえろ。足りない分は石でも掘って埋め合わせろ」

 

 そこまで言って舌打ちしながらラムダが乱暴に通話を切った。傍目に見ても気が立っているのがわかる。

 

「使えねえなぁ。ランスの教育甘いんじゃねえの?」

 

「量産型の育成なんてそんなものだわ。期待する方が間違ってる」

 

 とは言っても今の下っ端ならそこらの相手に苦戦はしない。元がトレーナー崩れのような人でも、この数年をかけて育った団員にはある程度の実力が備わっている。

 それでも突破されたと言う事は、相手もまた実力者であるという意味に他ならない。

 

「時間をかけると面倒事になりそうだわ。早く済ませましょう」

 

「違いねぇ。つーわけで、大人しくその化石を渡してくれねぇかい?」

 

「ひぃっ!」

 

 特別凄んだわけでもないのに理科系の男が悲鳴を上げる。軽い恐慌状態に陥っているようだ。

 

「なぁに、大人しくしてればお前にゃ何もしないさ。ここに来た目的は金か? 研究か? どちらにせよ今ここで無理する程の事じゃないだろ?」

 

 気安く言葉をかけるラムダ。しかし理科系の男に耳を貸す余裕は無いらしく。

 

「ぼ、僕は悪には屈しないぞ! ベトベター!」

 

「! チィッ……!」

 

 理科系の男がモンスターボールを投げる。繰り出されたのは紫のヘドロの様な身体を持つヘドロポケモンのベトベターだ。

 ラムダは咄嗟に距離を離し、何とか組み伏せられるのを防ぐ。

 

「テメェ……大人しくしてれば何もしねぇって言っただろうが!」

 

「ロケット団の言う事なんか信用出来るか! ベトベター“ヘドロこうげき"だ!」

 

 最早聞く耳持たず。ベトベターがヘドロの塊をそこら中に投げまくってきた。

 狙いをつけていないから岩の後ろにでも隠れれば当たりはしないが面倒な事になった。

 

「チッ、時間かけてらんねぇってのに……なあドール、もう動くぜ?」

 

「任せるわ」

 

 指揮官はラムダだ。ラムダの意思に従う。

 ラムダがドガースを二匹出す。それらが岩陰の外へ出るや否や、再び“ヘドロこうげき"の連打が始まった。

 けれどドガースに対して効いた様子は無く、真正面からベトベターに突き進んでいく。

 

「“たいあたり"だ」

 

 二匹のドガースの“たいあたり"がベトベターに突き刺さる。ドガースはそれ程攻撃力の高いポケモンではないが、数で優っていたのと単純な練度(レベル)差であっけなくベトベターが倒れる。

 

「ああっ、ベトベター!」

 

「全く、手間かけさせてくれるぜ。それともまだやる気か?」

 

「ぐっ……!」

 

 理科系の男がベトベターをボールに戻す。見たところまだ二匹程手持ちが残っていそうだが、この状況をひっくり返せるかと言えば怪しいだろう。

 

「大人しくしておくのを推奨するわ。何もしなければ本当に手は出さない」

 

 これが最後の警告。腰のボールの一つに手を掛けておく。これ以上抵抗するようならわたしも動かなければならない。

 理科系の男が暫し迷う素振りを見せ、苦々しげな表情でようやく決断を下す。

 

「わ……わかった……。大人しく──」

 

「待て!」

 

 背後からの声。そして攻撃の気配。咄嗟に横に飛んでそれを回避する。

 放たれたのは電撃。おそらくは“でんきショック"と思われる。

 振り返り、それを見てラムダが苛立ちを隠さず舌打ちした。

 

「……早いな。もうここまで来たのかよ」

 

 そこには二人組が立っていた。見覚えのある二人だった。

 赤い帽子を被ったピカチュウ連れの黒髪の少年と、茶髪を背中まで伸ばした少女──レッドとブルー。確かそう名乗っていたはず。

 

「その人から離れろ!」

 

 レッドが叫ぶ。

 一見すれば無謀な行い。けれど二人がここにいるという事は、道中を阻んでいたはずの下っ端全てを打倒してきたという事。

 実力があるのだ。油断は出来ない。

 

「……オイオイ、俺たちゃちょっと大人の話し合いをしてただけだぜ? 交渉も成立したし危害を加える気は無えよ。ここを抜けたいなら通っていいからさっさと行ってくれや」

 

 そう言ってラムダが道を開ける。けれどレッドたちに動く様子は無い。

 

「お前たちがリーダーか? なら残りの団員を連れてここから出て行け。他に捕まえてるポケモンがいるならそれも解放しろ」

 

「話を聞きゃしねえ。コイツといいどうなってんだ全く」

 

「いいから出て行けッ!」

 

 叫びと同時、ピカチュウから“でんきショック"が放たれた。先程の電撃もあのピカチュウのものだろう。威力も速さも中々だ。

 視線をラムダに送り、了承を貰う。

 

「ドガース“ヘドロばくだん"」

 

 ()()()()()()でドガースが動く。先程のベトベターが使っていた攻撃よりも更に強い毒性と威力を持った“ヘドロばくだん"が“でんきショック"とぶつかり、一瞬の拮抗の後に押し返す。

 

「っ! ブルー離れろ!」

 

「えっ、わわっ!」

 

 電撃を破ってそのままレッドたちのいた場所へと到達したヘドロがガスを撒き散らして炸裂する。

 なるほど、下っ端たちを倒してきただけあってピカチュウの練度(レベル)はそれなりに高そうだ。

 けれどラムダのドガースはその上を行く。単純な戦力としてはこちらが優っているだろう。初めてラムダと模擬戦した時よりも強くなっているのだから当然と言えば当然だけど。

 

「ゴホゴホッ……あいつ強ぇ……!」

 

「ケホッ……やっぱりリーダー格ね……さっき倒してきたやつらとは大違い……!」

 

「そりゃそうだ。ほら、実力差は理解したか? 今なら許してやるからさっさと行きな」

 

 再びの警告。やはりラムダはどうにも子どもに甘い。

 これで諦めてくれればそれでいいが、当然そんなわけはなく。

 

「誰が! 出て来いカゲ!」

 

「フシちゃん! お願い!」

 

 レッドとブルーが新たにポケモンを出す。尻尾に火を灯した赤いポケモンと、蕾を背負った緑のポケモン。その二匹にもわたしは見覚えがあった。

 あの研究所にいた三匹のうちの二匹──ヒトカゲとフシギダネ。あの時オーキドが言っていた候補者とはこの二人だったのかと思い出す。

 となれば残りの一匹はおそらくあのツンツン頭の少年が連れているだろう。ここにいないのは既にお月見山を抜けているのか、それとも共に行動していないだけか。

 

「カゲ“ひのこ"!」

 

「フシちゃん“つるのムチ"!」

 

 間髪入れず指示が飛ぶ。だが──攻撃が来ない。

 

「どうしたカゲ!? 攻撃だ!」

 

「フシちゃん!? どうしたの!?」

 

 二匹は動かない。どうしてか。

 その目はわたしを見ている。あの二匹は()()()()()()()()()

 姿は隠せても『先祖返り』の力は隠せない。二年前に少し声を聞いた程度の二人には気付かれなかったが、こんな力を持っている人間などそうそういないだろう。だからポケモンには気付かれる。

 二人にあの二匹と明確な意思疎通は取れないはずだ。故に直ちに正体が露見する事はないだろうが、この状況はあまり良くない。

 

「……不測の事態(イレギュラー)よ。撤退ね」

 

「はぁ!? 勝てる勝負を捨てろってか!?」

 

 ラムダの言う通りこのまま戦えばわたしたちが勝つだろう。けれどそれは同時にわたしの正体が露見する可能性を孕む事になる。

 

「リスクを取りたいなら従うけれど」

 

 ラムダに選択を迫る。

 

「──チッ、仕方ねぇ。おいお前ら、今日のところは見逃してやる。けど、次からは容赦しないぜ?」

 

 そしてラムダが選んだのは撤退だった。状況に流されず安全策を取れるのは優秀な指揮官の証だ。

 ラムダがドガースに“えんまく"を指示してボールに戻す。わたしはラムダの近くに寄って脱出の準備をする。

 

「なっ……!? おい待て!」

 

「逃がしちゃダメ! フシちゃん!」

 

 ブルーの声で我に返ったのか、それとも()()()を逃がしたくなかったのか。どちらにしてももう遅い。

 黒煙に紛れてフシギダネの“つるのムチ"が届く前に“テレポート"を完了させる。瞬間、景色が薄暗い洞窟から緑の見える外へと移り変わった。

 ラムダが無線機を取り出して告げる。

 

「……作戦は失敗だ。各自撤退の準備をしろ。中の子どもには気を付けて帰還せよ」

 

 通信を切ったラムダが頭を搔く。

 

「……あー……下っ端どもにああ言った手前出て行き辛ぇ……結局どっちも作戦失敗かよ……」

 

 捕まえたピッピは逃がされ、化石は手に入らず、しかも邪魔されたのは警察やその他力を持った大人ではなく旅をしている最中らしい子ども。確かにこれでは面目も立たないだろう。

 けれど。

 

「そうでもないわ。ほら」

 

 懐から取り出したのは岩の塊。もちろん素の力では抱えられないから“ねんりき"でサポートしている。

 

「……なんだこれ?」

 

「あそこにあった化石のどちらかよ。咄嗟だったから一つしか持ち帰れなかったけど」

 

 あの瞬間、探知機にあった化石の反応に向けて“テレポート"の範囲を固定、そのまま周りの岩盤ごと抜き出してここまで転移させた。咄嗟の判断にしては上出来だったと思う。

 

「お……おおお!? でかしたぜ嬢ちゃん! これで面目も立つしサカキ様に良い報告が出来る!」

 

「その呼び方はやめてと言っているのだけど」

 

「ああ悪い悪い。けどお手柄だぜドール。サカキ様もお喜びになるだろう」

 

「……そうだといいわね」

 

 結局お月見山での任務は半分失敗で半分成功。結果だけを見ればまあ及第点といったところだろう。

 しかし喜んでばかりもいられない。明確にロケット団の邪魔になる存在が確認出来た。しかもその内の二匹──あるいは三匹はわたしに対して特効になる。

 おそらく今後も下っ端では止められない。幹部の誰かが止める必要があるだろう。

 けれどもし、彼らが幹部を越える力を手に入れたら。その時わたしはどう動くべきだろうか。

 

「……指示を仰ぐ必要があるわ」

 

 先行きは、あまり良くない。

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