ラムダはそのまま本部に戻ると言うので、一足先に任務から抜けてトキワジムに直接の報告。
既にいつもの黒いワンピースにグレーのカーディガンを羽織った姿に着替えているので周囲には何も怪しまれていない。
ジムに入って訓練している門下生たちの横を通りつつ、事務作業用の個室の扉をノックすると許可が降りたので中に入ると、パソコンで何かの作業をしているサカキがいた。
「戻ったか」
「ええ。報告よ──」
そうして、お月見山での出来事を話していき、やがて彼らの話題になる。
「──なるほど、あの時の……」
「存外に力を付けていたわ。まだ幹部に届く程ではないけれど、いつか必ず超えてくる」
「わかった。警戒するよう伝えておく」
他にあるか、とサカキ。
「……研究所にいた三匹のポケモンを覚えてるかしら。あの子たちが多分わたしの事を知覚出来るわ」
「──何?」
ピクリと眉根を動かす。
「と言ってもまだ
「……そういう不穏分子を排除する為のお前だったんだがな」
顔には出さないが少々苦々しげだ。
元々わたしの役割は露払いにある。ロケット団の邪魔になりそうな存在を打ち倒す、あるいは追い払う事で任務を円滑に進める。それが『ドール』の仕事だった。
それで言うならあの三人はあまりにも厄介過ぎる。
グリーンの実力は定かではないものの、少なくともレッドとブルーの二人は現時点で下っ端の力を確実に超えており、おそらくはそう遠くない未来に幹部級にまで匹敵するだろう。
「ニビジムはここ数日で三人の突破者が出ている。ハナダジムでも昨日一人の少年がバッジを獲得したようだ。ハナダにいる部下からもそれらしい報告を受けているからオーキドの孫で間違いない」
ハナダの部下──というと、あの金色の橋近くに配置している下っ端だったか。
昨日という事は、やはりグリーンは先に進んでいたらしい。大口を叩いていただけあって一番実力があるのもあの少年だろう。
「連中がマサラを発ったのはつい最近だとオーキドに聞いている。特にオーキドの孫の成長速度は看過しておけん」
「なら潰す?」
「いずれはな。だが今ではない。それまでにより強いロケット団を作る必要がある」
言いながらサカキが懐から何かを取り出し、デスクの上に置いた。
「……使うのね」
取り出されたそれの名は以前にラムダが遠い地方から持ち帰ったという『ダーク因子』。ポケモンの心を侵食し感情を失わせて『ダーク化』し、ダークポケモンという名の戦闘マシーンへと変貌させる凶悪なウイルスだ。
わたしの知識には無かったし、とても嫌な感じがしたからこれの研究補助はお断りしていたけれど、どうやらいつの間にか完成していたらしい。
「無論条件を付ける。暴走されては適わんのでな」
サカキの出した条件は次の通り。
一つ、ポケモンを従える能力やバトルの実力が一定の水準以上である事。
二つ、投与は強制ではなく希望者にのみ行う。その際の審査に通った者だけに投与を許可する。
三つ、ダークポケモンは一人につき一体のみ。
「……まあ、妥当じゃないかしら」
条件を聞いてとりあえず納得する。といっても推奨は全くしないけれど。
「わたしはどうすればいいかしら」
「これまで通り幹部の補佐に着け。ただしマサラの三人組が出たら身を隠す事を優先しろ。部下にも連絡を徹底させる」
「わかったわ。報告は以上よ」
「ご苦労だった」
とりあえずわたしが話せる事は話した。詳しい事についてはまたラムダと話し合ってもらうとする。
「……それはそうと、少し話がある」
「何かしら」
任務の話は終わった。だからこれはプライベート……というか、ロケット団以外の話だろう。
「交流戦の事は知っているな」
「ええ。サカキも参加しているもの」
交流戦。つまりは他の街にあるジムとのバトルを行う行事だ。
目的はその名の通りジム同士で交流して親睦を深める事と、ジムトレーナーに刺激を与える事にある。
ジムトレーナーは立場上ジムに来る挑戦者を除いて基本的に同じジム内にいる相手としか対戦出来ない事が多い。そして同じ相手と戦い続けても成長は見込めない為、定期的に別のジムと対戦する機会を設けているという。
もちろんサカキもジムリーダーである以上はこれに参加しており、定期的に他のジムへ足を運んだり、逆に呼び寄せたりしている。
「今回の相手はタマムシジムなんだが、お前もジムトレーナーとして参加する気は無いか」
サカキの提案に少し考える。
わたしが十歳になった時に一応形式だけトキワジムのジムトレーナーとして登録はさせてもらっているから、条件自体は満たせている。
けれど本当に形式だけで門下生に混ざって訓練をした事など一度も無いし、何より裏口入学みたいな方法で籍だけ置いているわたしが、他のジムトレーナーの成長の機会を奪うのもあまり良くないと思えた。
「他の人が怒らないかしら」
「逆だ。相手が決まった日からずっと押し付け合いになっている」
「……?」
どういう事かと聞いてみれば、どうやら苦手タイプの相手はしたくないらしい。
そこでわたしは得心がいった。サカキ擁するトキワジムは『じめん』を専門としており、対するタマムシジムは『くさ』を専門としている。
単純な相性で見れば致命的に悪い。最悪と言っても良いだろう。
まず一方的に弱点を突かれる。この点ではハナダの『みず』も同じだけれど、まだ『じめん』技が通る分マシなのだ。しかし『くさ』には『じめん』技の効果が半減されてしまう為攻め手にも欠ける。
有り体に言ってしまえばほぼ負けが確定しているのだ。確かにそんな対戦はしたくないだろう。
けれども。
「トレーナーを目指すならむしろ積極的に戦うべき相手じゃないかしら」
強さを求めるなら苦手なタイプ相手の経験はしておくべきだろう。そこで対策を考えて将来に活かすべきではないのだろうか。
「その考えの者もいる。が、全員がそうではないからな。どうにか四人までは埋まったがあと一人がどうしても決まらない」
決まったとてやる気の無い者だがな、と注釈する。
サカキが困っているというのも珍しい。ロケット団という組織を纏めるカリスマでもジムの運営は一筋縄ではいかないようだ。
ジムリーダーも大変だと思いながら一つ嘆息し。
「やれと言うのならやるわ。気は進まないけれど」
「助かる。日取りは三日後だ。それまでこれでも読んでおけ」
そうしてサカキが雑誌のようなものを投げ渡してくる。
受け取ったものを見ればどうやらタマムシジムのパンフレットのようだった。
中を開いて内容を確認していくと、ジムリーダーの写真やジムの内装といった情報がある。
詳しくはまた後で読み込むとして、とりあえず内装について一言。
「……あまり好みではないわ」
「同感だ」
花の匂いが染み付きそうだと思った。
※ ※ ※
ジムを出て暫く歩き、トキワにて存在感を放つ屋敷に辿り着く。
扉の前に立ってポケットからサカキに貰った合鍵を差し込めば、ガチャリと音がして鍵が開いた。
「らる!」
「おる」
「サイ」
「お疲れ様。自由にしてていいわよ」
三匹を解放してベッドに腰掛けると、
「……すっかり定位置ね」
「らる!」
この子は何が楽しいのかわたしが抱いていると嬉しそうにしている事が多い。別に悪い気はしないけれど少し不思議だ。これが『懐く』という事なのだろうか。
家族同然に育ってきたからそれ以前な話の気もするけれど。後はわたしがサーナイト族に近いのも理由かもしれない。
サナの頭を撫でながらお月見山での出来事を思い返す。
やはり強く印象に残ったのはマサラの三人──いたのは二人だけれど──組。
彼ら自身の強さはわからないけれど、ポケモンの強さを引き出すという点では間違いなくトップクラスの素質がある。それは彼らが繰り出したポケモンを見ればすぐにわかった。
ポケモンもトレーナーも互いに全幅の信頼を寄せ、互いの為に力を尽くす、そういう関係性が目で見て取れた。短期間であれ程の信頼関係を構築するのは容易ではなく、それだけで優秀なトレーナーだという証左になる。
心を通わせる強さ。共に楽しむ強さ。圧倒的求心力で従わせる強さ。どれも在り方は違えど強さの必須条件である事に変わりは無い。ただプロセスが違うだけの事。
だから彼らはきっと強くなる。心が折れなければどこまでも、比類無き速度で。
「……厄介だわ」
ぽつりと零す。
確かに現段階では幹部の方が強いのは間違いない。けれど彼らはサカキと違ってポケモンと信頼関係を築けているわけではないのだ。
精神論──と馬鹿には出来ない。ポケモンには単純な科学では説明のつかない現象がいくらでも存在するのだから。
その意味では確かにわたしも優秀なトレーナーの部類に入るのだろう。何せ行動を起こすまでもなくポケモンの好感度が勝手に上昇するような体質に加えて、個体としての潜在能力を最大限に引き出す力もある。
トレーナーの勉強を始めてから自分の力がどれだけ大きなアドバンテージになるかがよくわかった。ポケモンの強さを競うトレーナー業において『先祖返り』の力は反則と言っていい。
一般的にポケモンの強さとは主に三つの指標で表す事が出来る。
まず一つが種族としての強さ。例えばラルトスであれば『とくこう』が高いとか、リオルなら『こうげき』が高いとかそういう種族で決まっている能力の事。
二つ目が育成を通した強さ。読んで字の如く『こうげき』を重点的に鍛えたり『すばやさ』を高めたりといったある程度自由が効く能力の事。
そして三つ目が個体としての強さ。才能と言い換えればわかりやすいだろうか。同じ種族に同じ育成を施したとしても全く同じ強さにはならないというのはこれが関係している。
わたしの能力は簡単に言えばこの才能を最大に引き出せるというものだ。
ウルは元々
世の中には天賦個体を探し求めて洞窟や山に籠るような人もいるというのに、わたしが指示した場合に限るとはいえ無制限に天賦個体化するという事実をそれらのトレーナーが知ったらどう思うだろうか。
尤も、どういうメカニズムでそれを成しているかと聞かれたら『感覚でわかる』としか答えられないのだけど。というかそうとしか言いようがない。
発電器官を持っているポケモンにやり方を聞いたところで人間自体が電気を生み出せるわけじゃない。それと同じようにおそらくそもそもの感覚器が違う。だから他人には真似出来ない。
研究が進めば別の方法で同じような事が可能になるのかもしれないけれど、少なくとも現状では不可能だろう。出来るとするならわたしの身体を調べたロケット団が一番早いかもしれない。
「わたしが出られないのは痛手ね」
別に自惚れているつもりはないけれど、サカキと幹部を除けば彼らに対抗出来るのはわたしだけだろう。それだっていつまでの拮抗かわからない。
今のロケット団にはまだ付け入る隙がある。武力で介入出来る余地がある。
──あと一年。それで全てを終わらせる。
サカキはそう言った。だからこれはロケット団が全てを掌握する強大な組織になるのが先か、彼らの完成が先かの勝負だ。
賽は投げられている。後は天命を待つだけ。
どちらせよわたしに出来る事などたかが知れてるのだ。サカキの指令通り動くだけ。『
サカキに貰ったパンフレットを開く。次の任務はタマムシジムでトキワのジムトレーナーとしてバトルする事だ。形式だけとはいえ最強のジムの門下生として恥じない試合をする必要があるだろう。
パンフレットの情報程度で何が変わるわけでもないけれど、何もしないよりは余程マシだと考えながらページを捲った。
Q.いつ着替えたの?
A適当な茂みで。それも羞恥心とかじゃなく単純にロケット団とバレるとヤバいからって理由。
そういえば1000UA超えましたね。
いつものフレーバーテキスト
『ダーク因子』
ポケモンに投与する事で感情を消し去り戦闘マシーンへと変貌させるウイルス。
元はオーレ地方の技術で生まれた人工物であり自然界にこの物質は存在しない。また『ダーク因子』自体も改良されたものであり、その原型はよりおぞましい性質を備える。
『ダーク化』
『ダーク因子』を投与されたポケモンが後天的に『ダークタイプ』を得た状態の事。このタイプを持つポケモンは自然界に存在するあらゆるタイプを軽減し、また抜群のダメージを与える。
あとこれはフレーバーじゃなくて実機的な効果。
『先祖返り』
手持ちのポケモンの個体値を全て最大として扱う。
要するに常時『きんのおうかん』状態。
孵化厳選とか出来ないこの世界においてこの能力がどれだけ貴重かっていうのは四世代とかの厳選環境考えてくれたら分かりやすいと思う。
この世界基準だともっとえげつないけど。