カントー地方の二大都市と言えば何処を思い浮かべるかと町行く人に聞いてみれば、答えはすぐに返ってくるだろう。
一つはヤマブキシティ。高層ビルが乱立し、あのシルフカンパニーの本社がある事で有名なカントー一の大都市だ。
ではもう一つとは何処だろうか。
その答えがここ、タマムシシティである。
こちらはフレンドリィショップの本店であるタマムシデパートで有名だ。そこでしか買えないものも多く、トレーナー業をするにあたって必要不可欠な場所だろう。
隣のヤマブキがシルフカンパニーを中心とした企業城下町になっているのに対し、タマムシはゲームセンターや旅館、ホテル、飲食店といった様々な商業施設が立ち並んでいるのが特徴になる。人によってはこちらの方が発展しているように見えるかもしれない。
そんなカントー地方の商業や娯楽の中心地である大都市の南西部に建設されたこのタマムシジムは今回の交流戦の会場でもある。
「お待ちしておりましたわ、トキワジムの皆様」
ジムの前で車から降りたわたしたちを出迎えたのは、タマムシジムのジムリーダーであるエリカだった。
綺麗な所作でお辞儀をする姿には気品が感じられ、和装をしている事も相まって正に大和撫子の模範的姿と言える女性だ。
香水なのか、それともジムで育てているものなのか。ふわりと花の香りが鼻腔をくすぐる。
「寝ているやもと危惧していたがどうやら杞憂だったようだな」
「まあ酷い。これでもわたくしは今日を楽しみにしておりましたのよ?」
「フッ、自分に有利な相手を前にすれば気分も良くなるか」
「まさか。わたくしは今までに一度だって貴方に勝てた事はありませんのに。さあ、立ち話はこれくらいにしてまずはお入りくださいませ」
口元を隠しながら上品に笑うエリカに案内されてジム内に入る。
タマムシのジム内は最低限の設備とフィールドだけがあるトキワジムと違い、このジム自体が一つの庭園となっている。
花が咲き誇り緑が生い茂るここは、パンフレットによると木の実を栽培している箇所もあるそうだ。
ただ予想してた通り花の香りが少し強い。他の門下生たちは心地良さそうにしているものの、わたしには少々辛いものがあった。
とはいえ我慢出来る程度のものなのでここはぐっと堪える事にする。
そうして用意された席に着くと、タマムシのジムトレーナーらしきミニスカートの女性が台で何かを運んできた。
エリカが言うには、このジムで育てた木の実を使ったジュースらしい。好みに合わせる為か色々と種類がある。
「お好きなものをどうぞ。ポケモンたちの分もありますから」
「あ、ありがとうございます」
「サカキさんにはこちらを」
「すまないな」
言ってサカキはお茶を受け取り、門下生たちはお礼を言いながらジュースを手に取っていく。飲んだ人やポケモンたちから喜びの感情が見えるあたり、きっと美味しいのだろう。
わたしもサナ、ウル、リノを出して好きそうなジュースを選んでやる。本当は甘いものが好きな癖にオボンジュースを選んだウルは少し意地っ張りだと思う。
逆に元サカキの手持ちであったリノは素直にモモンジュースを要求してきた。前に頭を寄せてきた事もそうだけれど、存外子どもっぽいところがある。
サナは何の意外性も無くモモンジュースを欲しがった。
「……あら? 貴方は飲まないのかしら」
そんな中、ポケモンの分だけを取ってわたしは手をつけていない事に気付いたらしいエリカが尋ねてきた。
「……甘いものが少し苦手なの」
少しなら平気だけれど、ジュースとして加工されているとなると甘さが際立ってしまう。だから普段は水やお茶を飲んでいるのだけど。
そうしたわたしの言葉に反応したのはエリカ──ではなくサカキだった。
「……初耳だぞ」
「聞かれなかったもの」
少しだけれど顔に出るくらいに驚いたサカキは初めて見る。そんなに意外だっただろうか。
「甘味の類はどうしていた」
サカキが言っているのはラムダやアテナが差し入れてきた饅頭や団子等の事だろう。隠す事でもないので正直に答える。
「少しだけ食べて残りはこの子たちにあげたわ。腐らせるのももったいなかったから」
もちろんラムダたちがそれを知る由は無いのだけど。
「……嫌なら断れば良かったろう」
「嫌ではないわ」
「……訂正する。苦手なものがあるなら先に言え」
「わかったわ」
別にこれは我慢していたわけではないけれど、サカキが言うならこれからはなるべく早く報告するように努めるとしよう。
そんな会話をしていると、エリカがくすくすと笑っていた。
「……何がおかしい」
「ふふ、すみません。まるで親子みたいだと思って」
「親子だと?」
「ええ。不器用なところがそっくり。服装もそうですし」
容姿は全然違いますけどね、とエリカ。
もちろんわたしとサカキは親子ではないし、対外的にはジムリーダーと
というか、そもそもサカキに本当に息子がいるという事実自体ほぼ知られていないはずだ。彼は彼でサカキとはあまり似ていないけれど。
服装は……まあ、何かと目に付く色なのでいつの間にかよく選ぶようになったというのは確かにあるかもしれない。
「ではサカキさんと同じものでいいかしら?」
「そうしてもらえると助かるわ」
「ふふ、わかりました。すみませんアコさん、お茶をもう一つ用意してくださる?」
「はぁーい、エリカ様!」
元気のいい返事をしてジュースを運んできた女性がぱたぱたと来た方向へ戻っていく。
「では新人さんもいる事ですし、改めてご挨拶をしましょうか」
立ち上がり、エリカが佇まいを直して。
「タマムシジムのジムリーダーを務めさせていただいております、エリカと申します。専門は『くさ』タイプ。普段は生け花を嗜んでおりますわ」
優雅に一礼する姿に、門下生の誰もが目を奪われる。
「これから行うのは交流戦であり、決して公式なバトルではございません。ですがその中でも何か掴めるものはあるかと思います」
エリカの口から静かに言葉が紡がれていく。
「これでも教鞭を執る身でもあります。もし何か気になる事があれば遠慮無くご質問下さいませ。出来うる限りお答えしましょう」
そうして一度言葉を区切り。
「──では、それが飲み終わったら始めましょうか」
開始を告げた。
※ ※ ※
交流戦は互いに選抜したジムトレーナー五人で行われる。
それぞれが二匹のポケモンを使ったシングルバトルで行い、勝敗に関わらず次の人にバトンタッチしていき、最後の五人目の試合が修了した時点で形式としての交流戦は終了となる。
あくまでもジム間の交流と技術の向上が目的なので勝ち負けそのものにあまり意味は無いけれど、トレーナーである以上は全力を以て勝ちを狙いに行くだろう。
一人目はこちらが負け、二人目は辛くも勝利。そして三人目──わたしの出番が来る。
「では次、両者前へ!」
フィールドの整備が終わり、審判を務める大人のお姉さんの合図で前に出る。
使用ポケモンは二匹までだけれど、残念ながら
「あなたが新しい子ね。でも子どもだって手加減しないわ!」
相手は先程ジュースを運んできてくれたミニスカートの人のようだ。もちろん手加減なんて期待していないし必要も無い。
「準備は良さそうね。ではアコ対リンカ──試合開始っ!」
「お願いツボミちゃん!」
対戦相手のアコが繰り出したのは、細い蔓のような身体に黄色い蕾のような特徴的な顔を持つマダツボミだ。人でいう手の部分に相当する葉は切れ味鋭い武器にもなり、そこから放たれる“はっぱカッター"は『じめん』タイプのポケモンには痛打を与えるだろう。
対するわたしのポケモンはもちろんリノだ。『じめん』と『いわ』の複合タイプである
「先手必勝! ツボミちゃん“はっぱカッター"!」
アコの先制攻撃。予想通りというか定石通りというか、すぐさま“はっぱカッター"が飛んできた。
まともに受ければ大ダメージ必至なのでとりあえず“あなをほる"でやり過ごす。『くさ』専門のジムでもフィールドはちゃんと地面だ。潜るのに不都合は無い。
トキワジムと違って遮蔽物が少ないので真正面から攻めるのは愚策。かといってリノが得意とするのは接近戦なので、近付かなければ話にならない。まずはこの一手で反応を見る。
「むむっ! 上手く避けたね! ツボミちゃん警戒して!」
「ツボっ!」
マダツボミに指示して辺りを探らせるアコ。
ポケモンの中でも『くさ』タイプは大地の変化に敏感な種が多いから『じめん』技を軽減しやすい。“あなをほる"攻撃もタイミングを読まれて避けられる可能性が高い。
つまり不意を突いたクリーンヒットが狙いにくいのだ。下手をすると攻撃を避けられて無防備なところに、至近距離から『くさ』技を撃たれてそのままノックアウトという展開まで有りえる。
だから。
「……飛び出して“がんせきふうじ"」
リノが少し距離を空けてマダツボミの背後から飛び出し、そのまま地中で生成した岩を投げつけて攻撃する。
「避けてツボミちゃん!」
「リノ、続けて」
再びリノが地中に潜り、飛び出しては岩で攻撃するの繰り返し。それらをひらりひらりとしなやかな動きで躱していくマダツボミはジムトレーナーらしくしっかりと鍛えられているのがわかる。
「ふふん! 『いわ』技で攻めてくるのは賢いけどツボミちゃんは避けるのが得意なの! そんな攻撃当たらないわ!」
アコの言う通り、このまま続けたとしても攻撃が当たる事は無いだろう。ただでさえ細い身体なのにああも動き回られては遠距離攻撃が苦手なリノでは捉えられない。向こうの攻撃も当たらないけれど、こちらの攻撃も避けられる膠着状態だ。
けれどこれはあくまでも布石。
「……頃合いね」
「接近よ」
リノが猛然と“とっしん"を開始する。ただし直線ではなく、マダツボミの周囲を走って徐々に間合いを詰めるように。
「やっと観念したみたいね! ツボミちゃん“はっぱカッター"よ!」
「ツボっ!」
マダツボミから“はっぱカッター"が放たれる。遮蔽物が無ければとても躱し切れない草の刃。
けれど。
「あっ!?」
今はさっきと違って“がんせきふうじ"で作った岩陰がある。攻撃が数発当たれば砕ける程度の耐久性しか無いものの、それだけあれば充分だ。
マダツボミを囲うようにして
じわじわと詰まる距離に焦りながら技を繰り出すマダツボミだけど、やぶれかぶれの攻撃が当たるようなヘマはしない。
やがて彼我の距離がゼロになり、マダツボミの細い身体に“とっしん"が直撃する。
重い打撃音。マダツボミの身体が宙を舞い、無抵抗に地面に激突する。
「ま、マダツボミ戦闘不能!」
「い、一撃!? くっ、戻って!」
アコがマダツボミをボールに戻す。
マダツボミは見た目通り『ぼうぎょ』に秀でたポケモンではない。だから威力の高い物理攻撃が当たればそれで大抵『ひんし』なってしまう打たれ弱いポケモンなのだ。
それでも弱点でもない攻撃で一撃というのは余程の
「そうか、“つるぎのまい"ね……! 地中に潜っている間に……!」
あんな奇襲が二度も三度も成功するわけがない。チャンスは一度きり故に確実に倒すべく、リノには神経を研ぎ澄ませて攻撃力を
リノの攻撃力と合わされば大抵の相手は落とせる。マダツボミに至ってはオーバーキルもいいところだろう。
「まだいけるわね、リノ」
「サーイ!」
まだまだ余裕、といった感じだ。動き続けていた割に余力を残しているあたり、サイホーンという種のスタミナは高い。
「まだこれからよ! ドンちゃん!」
続けて繰り出されたのは先程のマダツボミの顔がそのまま胴体になったかような見た目をしている進化系のウツドンだった。
進化前と比べれば多少タフになっているものの、それでも身を守る外皮を持たない為にやはり防御面は脆い。今のリノの“とっしん"を一発耐えるかどうかといったところか。
「行くわよドンちゃん!」
「ドーン!」
第二ラウンドの始まりだ。