「すごいですわね、あの子」
エリカが零す。
「うちの門下生たちも決して弱くはないはず。まして相手は相性の上で圧倒的に有利なサイホーン。本来であればこの条件で負ける事はありません」
あくまでもジムトレーナーレベルの対戦であればですが、と付け加えて。
「見たところ
「いや、育成は私がやっていた時期がある。と言っても三年以上前の話だ」
「そうですか」
リンカのサイホーンが地中に潜る。草の刃が透かされて明らかな苛立ちと焦りを見せる若いジムトレーナー。指示が雑になったところにサイホーンの突き上げが命中した。
「すぐ頭に血が上るのがあの子のいけないところですわね。劣勢の時こそ冷静になるよう指導しているのですが」
「そうか」
体勢を立て直したウツドンが強引に“ソーラービーム"の溜めに入った。だが晴れてもいない状態のそれは相手に多大な隙を晒す事になる。
そんな絶好の機会をリンカが見逃すはずもなく、サイホーンに新たな指示を出す。
瞬間、サイホーンが今までの比ではない速度で弾丸の如くウツドンに猛突した。
ドッ、と鈍い衝撃。ウツドンの身体が大きく吹き飛ばされてフィールドをバウンドし、二度三度と転がった。
それでもどうにか持ち堪えたウツドンが立ち上がろうとし──トレーナーが降参を告げる。
「……仕方ないですわね。むしろよく降参を選びましたわ」
結果はリンカの勝利。それもほぼダメージを負わずの二枚抜き。実力差が無ければ出来る勝ち方ではない。
「新人の方が来ると伺ったのでまだ未熟なところがあるアコさんを相手に置いたのですが……もしかしてわたくしを騙しましたか?」
「人聞きが悪いな。彼女は正真正銘トレーナー歴一年未満の新人だ」
履歴上はと前置きが付くがな、と心の中で呟いて。
「……まあ、トレーナーにならずとも稽古を受けていた時期があったと解釈しておきましょう」
当たらずとも遠からずなエリカの推察を聞き流し、整備されていくフィールドを眺める。
「知識も、技術も、経験も。全てが新人の域を超えています。それに──」
エリカが瞑目し、再びゆっくりと瞼を持ち上げて。
「あの歳でポケモンに
※ ※ ※
全ての対戦が終わり、形式としての交流戦は幕を閉じた。
結果はタマムシの三勝と、善戦したものの全体としての勝利は譲る運びとなった。しかしある意味で本番はここからでもある。
一度経た対戦を元に対策を考え再戦を申し込んだり、ジムリーダーにアドバイスを貰いに行く等ここからの過ごし方は各々の裁量に任される。
特に今回はリンカに触発されたのか似たような戦法で再戦を申し出る者がいたり、観戦しながらも対処法を考えていたらしい者が勝負を受けたりと活発化していた。
タマムシやハナダが相手だと消極的な事が多かった普段と違って、貪欲に対戦の経験を糧にしようとする姿は一人のジムリーダーとして喜ばしい。
リンカの対戦相手には申し訳なかったがこれも一つの経験と受け入れ成長する事を願う。
ではそんな対戦相手にトラウマを刻み込んだリンカは何をしているのかと言えば──。
「お強いんですね、リンカさん。どうです? タマムシジムに来る気はありませんか?」
「お断りするわ。ここにいると気疲れしそうだもの。それより離れてくれないかしら」
「あーんエリカ様ぁ〜! 慰めてください〜!」
「はいはい。アコさんも頑張りました」
──エリカに抱き抱えられ、更にエリカに縋るあの
リンカはああいう風に絡まれるのを一番嫌うはずだが、さて。
視線で大事無いかを聞けば、小さく溜息を吐いて手を振り返してきた。本当に鬱陶しければすぐに伝えるよう言ってあるので、とりあえずは問題無いと判断していいだろう。
いつでも動けるよう待機しつつ茶を啜る。流石に『くさ』専門のジムだけあっていい茶葉を使っている。
「ねえねえ、あの時サイホーンがとっても早く動いたけどあれは何? 技は全部見せてたよね?」
アコがリンカに尋ねる。
リンカのサイホーンがあの時点で使った技は“あなをほる"、“がんせきふうじ"、“とっしん"、“つるぎのまい"の四つ。
正確には“つるぎのまい"を目の前で行ったわけではないが、あの破壊力は充分根拠になりえるだろう。アコの推察は正しい。
「……“ロックカット"は知っているかしら」
「もちろん。『すばやさ』を高める技でしょ? でもそんな技スペ無かったはずよ?」
基本的にポケモンが戦闘中に使える技は四つが限界である。それはバトルという場面でトレーナーの指示を受け、技に移行するまでの実用的な早さを維持出来るのが四つまでだからという事情がある。これ以上を求めると咄嗟の行動に支障が生じて対処が遅れるのだ。
この記憶容量を便宜的に『技スペース』と呼称している。
無論その隙を埋められるのなら五つ以上の技を使えるが、一瞬の隙が致命傷になりかねないポケモンバトルでそんな状況は中々無い。しかしリンカは五つ目の技である“ロックカット"を使っていた。
地中で手が出せない状況を作ったから──ではない。いくら地中でもそんな悠長な真似をすれば居場所を探られ“ソーラービーム"なりで撃ち抜かれる。
だがそういった『技スペース』問題を解決する技術が、ジムリーダーを代表する上位トレーナーの中には存在している。
「“あなをほる"で地中を移動するついでに身体を磨かせてたのよ。同時に行えば無駄が無いわ」
そう。
あの場面、サイホーンの身体は度重なる潜行で磨き抜かれて空気抵抗を減じさせていた。
技と技の組み合わせ。一つの動きでより多くの効果を得る技術。
「……それって……」
「リンカさん。その技術はサカキさんに教わったものですか?」
「いいえ。でも可能だと思ったから」
エリカの質問を、けれどリンカは否定する。事実、そんな技術を教えた覚えは無かった。
もちろん時が来れば伝えようとは思っていた。例えばあのサイホーンが進化した時をきっかけに等だ。しかしその前にリンカはそれを成してしまっていた。
上位トレーナーならば必ず一つは手持ちに仕込んでいるし、トレーナーを長く続けていれば何処かで耳にするであろうそれを、私たちは『技能』と呼んでいる。
ほんの一瞬、エリカが薄く笑うのが見えた。
膝に乗せていたリンカを解放して美しい所作で立ち上がり、私を見て言う。
「サカキさん。エキシビションをしましょう」
「……ルールは?」
「二対二のシングルバトル。最初の流れはこちらで
「……いいだろう。付き合ってやる」
「えっ? えっ!? まさかジムリーダー同士のバトルが見られるんですか!?」
話を聞いていた周囲が色めき立つ。ジムリーダー同士のバトルはそうお目にかかれるものではない。
否、正確には
こういった催し事で見本となるバトルを行う事はあるが、全力を尽くすとなればせいぜい年一回行われるエキシビションマッチでくらいだろう。今回エリカはそれをやろうと言う。
無論使用ポケモンが限られるので本当の全力とは程遠いが、実力の一端に触れる事には違いない。
ジムリーダーとしてはバトルに積極的でない方のエリカ側からこんな提案をしてくるのは、やはりリンカの才覚を感じ取ったからか。
まあ丁度いい機会だろう。既に習得済みの技術であれど、意識してと無意識とでは伸びが違う。次の段階を教えても問題無いはずだ。
エリカと向かい合いフィールドに立つ。
「では始めましょう──フレア」
「──ニドキング」
互いのボールからポケモンが登場する。
私からはニドキング。そしてエリカからは赤く鮮やかで巨大な花弁を頭部に持つラフレシア。
「──ポケモンバトルで大切なのはまずタイプの相性です」
エリカが言葉を紡ぐ。
「相性で有利なポケモンを出せばそれだけで状況をこちらに傾ける事が出来ます。今この場で言えば『くさ』と『じめん』では『くさ』の方が有利ですわ」
基礎中の基礎、トレーナーズスクールでも真っ先に習うような基本を口にする。
尤も、今回はお互いに『どく』タイプを複合で持っているので相性的には五分ですけど、とエリカは続けた。
「フレア“エナジーボール"」
ラフレシアが翡翠の玉を生み出しニドキングに向けて放つ。避けるのは容易だが、それはエリカの意図するところではないだろうとわざとニドキングに受けさせた。
大した威力も無いそれを受け、余裕を持って耐えてみせる。
エリカが視線で訴える。『次は貴方の番です』と。
「……無論、相性が不利でもやりようはある。例えば苦手なタイプに対して有有効な技を覚えさせるといった方法だ」
ニドキングに“かえんほうしゃ"を指示。
口内に火炎を蓄え、大きく振りかぶりながらラフレシアに向けて放出する。
ラフレシアは火炎に呑まれ──しかし弱点であるはずの攻撃をものともせず平然とした顔で立ち続けていた。
「だがこのように得意タイプでない技は決定打に欠けるし、発生も遅い。あくまでもサブウェポンとして持たせる程度だ」
くい、と顎でエリカに手番を渡す。
「有利になるとはいえ、相性だけで勝敗は決まりません。でなければトレーナーという存在は必要なくなります。わたくしたちが目指すべきのは
フレア、と呟き。
「“ブレンドパウダー"」
ラフレシアが身体を震わせたかと思えば、頭部の花弁から目の前を覆い尽くす程の大量の粉が噴出する。
あれはあらゆる状態異常を引き起こす花粉の塊だ。もちろんそんなものをむざむざと受けてやる義理はない。ニドキングの“かえんほうしゃ"で焼き払う。
「さて、今使った技ですが厳密には
原則的にポケモンの技が引き起こす事象というのは一つに限られる。例えばエリカが使った粉技も、本来であれば『どく』『まひ』『ねむり』のいずれかを引き起こす技として
それを纏めて一つのものとして確立させたのが今の技。有り体に言ってしまえば『オリジナル技』だ。
「このように、ポケモンだけでは使えない技や技術を覚えさせるのがわたくしたちトレーナーの役目。これらを総称して『技能』あるいは『裏特性』と呼びます」
単一の技を合成、あるいは更に昇華してより強力に仕上げる。行動をトリガーに更なる効果が連鎖するように育成する。
これこそが上位トレーナーの育成の常識であり、基礎であり、そして極致でもある。
エリカが手番を回す。
「では事前に育成を完了すればそれでトレーナーの仕事は終わりか。否だ。バトルの中でもやるべき事が山ほどある。育成が終われば次は指示だ」
ラフレシアが動き出す。そうしてエリカの狙い通りに私はニドキングに“じしん"を指示し。
“だいちのおうぎ"
ただ技を使わせるに留まらず、動きの最適化や力の伝え方までもを声無き言葉として指示して“じしん"の威力を増大させ、更に相手が地面を踏み込み体重を乗せる一瞬にタイミングを合わせて技を発動させる。
それは本来タイプ相性で半減するはずの耐性すら貫通し、ラフレシアに対して甚大なダメージを与えた。
「目まぐるしく変わる戦況の中でポケモンが常に最大の力を発揮出来るとは限らない。だから私たちがいる。技だけに留まらず動きまで指示してやる事でより強力な技を叩き込む事が可能になる」
育成の極致があるのならば、当然指示にもその境地がある。
「異能を含めたトレーナーがポケモンに指示を通して伝える力。トレーナー自身の技能。一般的には『指令』などと呼ばれているがな」
それが『技能』のもう一つの形。ポケモンではなくトレーナーに求められる資質でもある。
「尤も、技威力の上昇ならまだしもタイプ相性を無効化する程の完璧な指示を出せるのは、サカキさんの読み能力があってこそですがね」
エリカが苦笑しながら言う。
事実他のトレーナーが見様見真似で同じ事をしようとしてもまず失敗するだろう。あれは相手の動きを先読みし、最大効力で『じめん』技が当たる瞬間を狙い撃つ事で成立する技能だ。
特別な力や能力ではないただの読み。トレーナーの経験がものを言う技術。故に指示の極致なのだ。
「さて──授業はこのくらいにしておきましょうか」
空気が変わる。
ニドキングも空気の変化を感じ取り、ラフレシアの挙動を見逃さんとすべく集中していた。
エリカのジムリーダーとしてのスタンスは教育者であり、彼女のバトルは教科書であり授業だ。
見習いからベテランまでもが参考とする、基礎を徹底的に重視したバトルはエリカならではのスタイルと言っていい。
最強のジムがトキワだとすれば、最優のジムはタマムシだと私は考える。
専門こそ『くさ』タイプであるが、他タイプの事を聞いてもそこらの人間より余程詳しい解答が返ってくるだろう。タマムシ大学の臨時講師を務める頭脳は伊達ではない。
では彼女は教育者としての資質を買われてジムリーダーになったのか。
もちろんそれもあるだろう。ジムリーダーの業務は多岐に渡るが、最も重視されるのは後進者の排出、つまりトレーナーの育成なのだから。
ならば強さはどうであろうか。
断言しよう。
本気の彼女はカントージムリーダーの中でも一、二を争う。
今でこそ自分が最強のジムリーダーなどと持て囃されているが、いつ食い破られるかわかったものではない。
本人がそこまで好戦的ではない故に滅多な事で見られるわけではないが、エリカがジムリーダーに就任して三年頃のエキシビションマッチにて『ほのお』タイプを専門とする上に、経験で圧倒的に上を行くカツラを相手に勝ち星をもぎ取っていった姿には皆が驚いたものだ。
我武者羅な彼女を見たのはそれ以来だが、今の彼女はあの時の雰囲気を纏っている。
大人しそうな面をしておいて仮面を剥げばこの通りだ。結局は彼女もトレーナーであり、引き金一つで闘争者となる。
知らず、口元が笑みを作っていた。
それはトレーナーの本能。強き者と相対すれば闘争心が燃え盛る。必ず相手を打ち倒さんと血を滾らせる。
「
珍しく──本当に珍しくエリカが声を張り上げる。
自分もまた、本気の強者を目の前にして感情が昂っていた。
「来い、エリカ!」
激闘が、始まる。
作中出てきた色々に既視感ある人もいると思いますがそれを参考にしてます。
ラフレシア
『技能』
『ブレンドパウダー』
相手を『どく』『まひ』『ねむり』のいずれかにする。『くさ』タイプには効果が無い。
どくのこな+しびれごな+ねむりごなの複合技。
サカキ
『指令』
『だいちのおうぎ』
地面技の威力を1.5倍にし『ひこう』タイプ以外の不利なタイプ相性を無視する。
無意識の防御すら許さない完璧なタイミングでの攻撃指示。