人形少女の使い方   作:林公一

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人形は関心を持たない

 交流戦はジムリーダー同士の激突という、非常に濃密であまりにも贅沢な時間の末にサカキの勝利で幕を閉じた。

 トキワに戻り、門下生たちを解散させた後のジムに残るのはしんとした静寂のみ。

 個人的には静かな方が好きだけれど、先程までの喧騒を思い返せば静まり返ったこの空間にはどこか寂しさがあるように思えた。

 

「今日は助かった」

 

 サカキが口を開く。

 

「少々予定とは違ったが良い刺激になったようだ」

 

「そう。役に立てたのならよかったわ」

 

 恥を晒さない程度の努力はしたつもりだけれど、それがどうやらいい方向に転がったようだ。わたしが行った事にも意味があったと言える。

 

「……でも少し酔ってしまったわ。あなたたちのバトルがとても激しいものだったから、周りの人たちの感情の吹き荒れようったらなかったもの」

 

 緊張。不安。焦燥。煩悶。驚愕。感嘆。歓喜。興奮。

 とにかく様々な感情が乱高下していて、わたしはまるで洗濯機の中に放り込まれたような気分だった。

 多少慣れてきたとはいえ、流石にあれ程の感情の渦に巻き込まれるのは辛いものがある。

 大人数が集まるところだからある程度覚悟はしていたけれど、ここまでの事態になるとは予想していなかった。

 

「元々ジムリーダー同士のバトルなんて予定にはなかったはずよ」

 

「気分を害したのなら悪かった」

 

「……バトル自体に文句は無いわ」

 

 普段は感情を動かさないくせに、こういう時だけ素直な謝罪の意思が伝わってくる。

 上に立つ者はあまり頭を下げる行為をしないけれど、サカキはそうすべきなのだと感じればすぐに行動に移す。

 絶対的な存在でありながら部下にも敬意を払う。暴君として君臨するのではなく、部下と共に立って率いるという在り方がサカキの首領像だった。

 悪人なのにどこか誠実さを感じる人だから、自分がサカキを責めているような立場になるのはあまり楽しいものではない。

 らしくもなくフォローの言葉を入れながら、サカキから視線を逸らした。

 

「……あなたでも楽しむ事があるのね」

 

 意識せずぽつりと呟く。

 言ってから、それが失言だったと気付いた。

 

「……ごめんなさい。不躾だったわ」

 

「構わん」

 

 サカキの表情は変わらない。

 

「私とてトレーナーの端くれだ。バトルをすれば相応に楽しむ事もある」

 

「……そうね。あんな顔をするサカキは初めて見たわ」

 

 少なくとも、わたしの知る限りではサカキはそう簡単に笑みを見せるような人物ではない。

 わたしと違って感情に乏しいというわけではないけれど、それでも人前で感情を出すような事はあまりしない人間だと認識していた。

 冷静に、冷徹に。淡々と目的を遂行し、私情を挟まず行動出来る人間なのだと。

 だからこそ、バトルの最中に笑みを見せたサカキを見て少し驚いたのだ。

 

「サカキだけじゃない。エリカも、ジムトレーナーたちも。程度の差はあれ、あそこにいた人全てが興奮し、あのバトルを楽しんでいた」

 

 あの時間、あの場所にいた者はそのほぼ全てがジムリーダー同士のバトルに魅了されていた。

 熱が熱を呼び、更に大きく感情が渦巻く。きっとあの瞬間は、人と人の垣根を越えて全てが一体となっていたのだろう。そう思えるくらいの熱狂に包まれていた。

 

「力と技。修練の果てに得た己の持てる力の全てを出してぶつかり合い、戦いが終われば互いを称え合う。あれがポケモンバトル……トレーナーの在るべき姿なのね」

 

 あれと較べれば自分のやっていた事は児戯に等しいとさえ思う。

 わたしにはあんなバトルは出来ない。それだけの熱量を込める事が出来ない。

 

「……つくづくロケット団とは正反対ね。ロケット団にとってバトルは手段の一つでしかないもの」

 

 そう。ロケット団もポケモンを使う以上はバトルも行う。

 けれどそれは最終的な目的のための繋ぎであり、数ある手段の中の一つでしかない。その過程で出る勝敗には何の意味も無いのだ。

 バトルそのものに価値を見出すトレーナーとは根本的に相容れない。

 

「不思議だわ。あれだけの熱意を持っているのにロケット団を率いているだなんて」

 

「人はどうであれ二面性を持つものだ」

 

「そうね。少し極端だと思うけれど」

 

 ポケモントレーナーの模範となるべきジムリーダーが犯罪組織の首領をしている。もしもこの事が発覚すれば大騒ぎになるのは想像に難くない。

 

「お前はどうだった」

 

 サカキの問い。

 

「何がかしら」

 

「私たちのバトルを見て、何か思うところは無かったか」

 

「……さっき感想を述べたつもりだったのだけれど」

 

「それは周りの反応であってお前の感想ではないだろう」

 

 見破られている。無難な事を言って煙に巻くつもりだったのだけれど。

 小さく溜め息を吐く。せっかくの体験に水を差すような事を言ってしまうから控えたのだけど、聞いてきたのは向こうなのだから自分の思ったままを伝える事にする。

 

()()()()。学ぶべきものはあったけどそれだけね。それ以上の感想は無いわ」

 

 面白くも、つまらなくもなかった。

 ただ、ポケモンをより強く育てるためのヒントを提示されただけ。わたしにはそんな風にしか受け取れなかった。

 

「そうか」

 

 短く答えるサカキの声色は変わらない。けれど感情を読み取れてしまうわたしには、少しばかりの落胆が見えてしまった。

 バトルは楽しむもの。トレーナーが当たり前のように持っている感情。

 否──大抵の人なら多かれ少なかれ持っている共通認識だ。それはロケット団の下っ端ですらきっとそう。

 わたしは──わたし一人だけがあの渦の中に入れなかった。

 それを残念に思う事は無いし、悲しいわけでもない。()()()()()()()()()()()がまず普通とは逸脱しているのだろうけれど。

 

「無理に理解しろとは言わん。今は力を付ける事に集中しろ」

 

 サカキが言う。

 そうだ。例えバトルの楽しさ(そんなもの)を理解出来なくとも仕事に支障は無い。

 それよりも今は足りない力を補うべきだ。作戦が最終段階に入った時、戦力になりませんでは笑い話にもならないのだから。

 その頃にはジムリーダー格を相手取る事もあるだろう。今のわたしでは対抗出来ない。

 

「今日は以上だ。戻っていい」

 

「そうするわ」

 

 これ以上話す事も無いし、今日はもう疲れた。自室に戻ってゆっくり休むとしよう。

 そう思いながら踵を返して、わたしはジムを出た。

 

 

※ ※ ※

 

 

 リンカがジムから出て行くのを見送り、小さく息を吐く。

 

「……あれはあれで困りものだな」

 

 エリカと行ったあの試合を見て何も感じないのなら、最早リンカは完全にバトルへの関心が無いのだろう。

 本物を見ればあるいは、と思っていたがどうやら根本的にトレーナーという職業に向いていない人種のようだ。

 反面、ロケット団の駒としては非常に優秀と言える。

 元よりバトルを楽しむ心なんてものは、ロケット団の任務において不要なものなのだ。一時の感情に振り回されないというのは強みである。ロケット団の首領としては喜ぶべき事だ。

 

 だが──ジムリーダーのサカキとして見た場合、やはり惜しいと思う。

 まず前提として、リンカは才ある者なのだ。快進撃を続けるマサラの子どもに匹敵するか、もしくはそれ以上に。

 単に強さを得るだけならばバトルへの関心など不要だ。それは現時点で彼女自身が証明している事でもある。

 しかしトレーナーとしての未来を見据えるのならば、自分は彼女に落第点を課すだろう。

 才能がある。知識もある。ポケモンに好かれ、環境も一通り揃っている。だがしかし最も必要なものが欠けている。

 それは野心。あるいは単に目的と言い換えてもいい。

 内容は何だっていい。漠然と強くなりたいでも、とにかく勝ちたいでも、チャンピオンを目指すでも、本当に何だっていいのだ。

 強いて言うならばロケット団の為だろうか。しかしそれは()()()()()()()()()の思考であり、()()()()()()()()()としてではない。

 

 つまるところ、彼女には自我が無いのだ。『ドール(人形)』と名付けた由来の一つはそこにある。

 

 自我を持たず、意志を持たず、ただ命令に従うだけの人形。これではトレーナーとして大成するはずも無い。故に彼女はトレーナーとしては落第なのだ。

 

 ではロケット団としてならどうか。

 もちろん先述の通り優秀である事には変わりない。トレーナーとしては失格でも、単純な強さのみを必要とするこの場ではむしろ評価されるべき項目だ。

 だがここに来てその才能が仇となる。

 ロケット団は才無き者の集まりだ。既に失敗した者たちの集団だ。

 壁にぶつかり、未来に失望し、そうしてやさぐれた者たちの最後の居場所だ。

 そんな闇の中にあって、リンカだけは才能という光を持っている。

 かつて自分たちが望んでも得られなかったものを持っている少女がいたとして、その人物がどんな待遇を受けるか。

 嫉妬や不満で済むのならいい。それがやがて怨嗟の声に変わり、憤怒を携え、そして──暴力に訴える。リンカの存在を秘匿している理由の二つ目であり、ロケット団の成り立ちそのものでもある。

 

 結論を言おう。リンカはどちらの世界でも馴染めない。

 

 今でこそラムダやアテナはリンカを気にかけているようだが、肝心の彼女自身がそれを拒んでいる。

 彼女は不都合とも感じていないのだろうが、孤高を好む者はいても孤独に耐えられる者はいない。必ずどこかで限界を迎える。

 そうなった時、彼女に寄り添える者は誰がいる? 居場所はどこにある? 

 

「……歯痒いな」

 

 自分は決して善人ではない。

 けれどそれでも一人の人間として、子を持つ親の一人として、先の見えない闇に立つ少女を気にかけてやるくらいの事はする。

 ロケット団の主目的はカントーの征服だ。そしてそれは世間に認められなかった団員たちの悲願であり、反抗でもある。

 自分がその場を作った。弱者が強者に牙を突き立てる機会(チャンス)を与えた。悲願が果たされれば報われたとする者も出るはずだ。

 だが、リンカは仮にカントーを──世界を征服出来たとしても満たされる事は無いのだろう。彼女の願いはそこには無いのだから。

 

 トレーナーとしての才を持ちながら最も大切なものを備えておらず、ロケット団として協力していながら願いを共有していない。

 いつだってリンカには原動力が無かった。誰かにとって都合の良い人形でしかなかった。

 それは彼女が()()()()以前からの話であり。

 

「……チッ」

 

 苛立ち紛れに砂利を蹴り飛ばす。いっそ始末してやれば良かったか。無論そんな軽率な行動に出るわけにもいかないが。

 復讐を望んでくれれば話は簡単だというのにままならないものだ。

 

「……いかんな。柄でも無い」

 

 頭を振る。どうやら自分でも気付かぬ内に随分と肩入れしてしまっているようだ。

 彼女の境遇を思えばこそ不憫とも思うが、それにかまけて大局を見誤ってはならない。

 結局のところ、リンカ自身が望まなければ何も変わらないのだ。一から十まで説明してやる義理もない。

 救いを求めるのなら手を貸してやらなくもないが、こちら側から差し出す事はしない。今までだってそうしてきたのだから。

 どうあれ首尾は上々だ。

 リンカは今日の試合を見て新たに知見を得た事で更に強くなるだろう。ロケット団全体を見ても目立った問題は無く、実にスムーズに事が運んでいる。

 

 ──もう少し。あと少しでカントーを手中に収める事が出来る。

 

 野望達成が目前まで迫って来ている。

 だと言うのに、胸中に浮かぶのは曇り空だった。

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