人形少女の使い方   作:林公一

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人形は対峙する

 六月。初夏の季節。

 雨の多い季節であるものの、今日は雲一つ無い快晴である。

 とはいえジメジメとした気質が変わるというわけでもなく、まして薄手ではあるものの、フード付きの黒いロングコートに仮面という重装備で洞窟内に潜るにはこの季節は相性が最悪だった。

 

「辛そうですね」

 

「問題無いわ。早く済ませましょう」

 

 ランスの言葉に短く返してボールを投げる。投げた先にいたイシツブテがボールに吸い込まれ、数度揺れてカチリと収まった。

 場所はイワヤマトンネル。任務の内容はポケモンの種類を問わずとにかく大量に捕獲する事。

 それはロケット団のポケモンの補充であったり、他地方に流してお金に変える為であったりと、用途は様々なれどとにかく弾を補給してこいとの事だった。

 その為の人員としてわたしやランス、その他下っ端が駆り出されたというわけだ。特にわたしは体質のお陰か、ロケット団の中でも捕獲が上手い部類なのも理由の一つ。

 

「貴方はこういった事を嫌うと思っていましたが」

 

「本意では無いわ。けれどサカキの命令だもの」

 

 イシツブテの入ったボールをランスに手渡し、ランスがそれを袋の中に放り込む。

 わたしだって出来ればこんな事はしたくない。ポケモンたちを傷付け、住処を奪ったり無理やり従えたり、ましてお金に換えるといったような行為は決して望んでいない。

 だけどサカキがやれと言うのならやる。それがわたしの役割だから。

 

「……前々から言おうと思っていましたが、サカキ様を呼び捨てるのはやめなさい。あのお方は我々の頂点──上司なのですよ。少々目をかけられているようですが、調子に乗らないでいただきたい」

 

 汗を拭いながらランス。気温のせいか苛立っているようだ。尤も、ランスなら素でもこれくらいは言いそうだけれど。

 もうずっとこの呼び方で定着しているから今更だと思ったけれど、特に逆らう理由も無い。何より組織の人間の言い分としては至極真っ当である。

 

「……気を付けるわ」

 

「そうしなさい。……それにしても暑い……」

 

 ぱたぱたと手で顔を仰ぎながらランスがぼやく。

 ここに『こおり』や『みず』タイプのポケモンでもいれば多少暑さを軽減出来るのだろうけど、生憎と手持ちにそれらのタイプを持ったポケモンはいない。

 手早く作業を済ませる以外に暑さから逃れる方法は無いのだ。

 

「ほら、貴方も飲みなさい。ただでさえ暑苦しい格好をしているんです。水分補給は怠らないように」

 

「どうも」

 

 ランスから『おいしいみず』を受け取り、仮面を外して三分の一程飲み下す。冷たい水が喉を通って体全体に染み渡っていくような感覚が心地よかった。

 

「脱水症状でも起こして倒れられては困りますからね。足手纏いはごめんですよ」

 

 ぶっきらぼうにランスが言う。

 今日は随分と口数が多い。暑さでどうかしてしまったのだろうか。確かランスはわたしの事をあまりよく思っていなかったはずだけれど。

 

「……よく喋るわね」

 

「……今、喧嘩を売りましたか?」

 

 ランスの目付きが怒気を孕んだ剣呑なものに変わる。言葉を間違えてしまったらしい。

 

「思ったままを言っただけよ。他意は無いわ。不快にさせたならごめんなさい」

 

 とりあえずの弁解。これで収まらないのならこちらもそれなりの対応をするけれど。

 

「……はぁ……そうですね。貴方はそういう人でした」

 

 呆れたように頭を振り、ランスから怒りの感情が薄れる。

 

「貴方はもう少し言葉遣いを見直すべきですね。それでは将来苦労しますよ」

 

「……犯罪組織が将来を語るの?」

 

「だからそういうところです。……貴方ならもっと賢く生きられるでしょう。それともわざとやっているんですか?」

 

 わざと、と聞かれれば別段そんなつもりは無い。言葉を迂遠にする必要性を感じてないとは思っているけれど。

 

「……会話は苦手だわ」

 

 というよりも人と接する事全般が苦手だ。確かにこれでは将来苦労するだろう。今後真っ当な人生を送れるのなら、という但し書きが付くが。

 

「別に誰とでも仲良くしろとは言いません。ただ角の立たない言い回しを覚えなさいと言っているのです」

 

「……善処するわ。でもあなたも人の事を言えたものではないと思うの」

 

「ハッ。貴方相手に言葉を選ぶ必要は無いというだけの事。状況は弁えますよ」

 

 などと言われてしまえば返す言葉も無い。

 事実ランスはサカキの前だと間違ってもこんな言葉遣いをしないのだから。

 

「まあ、どうしても苦手だと言うのなら愛想を振り撒いていればいいんじゃないですか? 貴方、見てくれは悪くないのですし」

 

「そうかしら」

 

「ええ。ほら、試しに笑ってみてくださいよ。それくらいは出来るでしょう」

 

 なんて言ってランスがお手本の如く笑ってみせる。

 笑うといっても嘲笑の類だったけれど、それすらも様になっているので彼も彼で恵まれた容姿をしていると思う。

 それにしても笑顔……普段手持ちの子たちにしている感じでいいのだろうか。少しばかり時間をもらって表情を作ってみる。

 

「……こうかしら」

 

「…………ええ、いいと思いますよ」

 

 ランスがさっと顔を逸らす。

 

「……何故顔を逸らすの? あなたがやれと言ったのに」

 

「いえ、その……無様な作り笑いをこそ笑ってやろうと思っていたのですが……存外上手く笑えるのですね、貴方……」

 

 そんな事を言うランスからは照れのような感情が伺えた。

 ……まあ悪くは無いという事だろう。作り笑い一つでこんな反応をされるとは思ってなかったけれど。

 咳払い一つ、ランスが佇まいを直す。

 

「さておき、随分と数が集まりました。これだけあれば十分でしょう。何よりメタモンは高く売れる」

 

「……そうね」

 

 メタモンはイワヤマトンネルに生息する一体で、紫色のぐにゃぐにゃとしたスライム状の体を持つポケモンだだ。その主な特徴は二つあり、一つはあらゆるものに“へんしん"出来る事。

 そしてもう一つが特定条件下で他のポケモンと共に過ごさせる事で、そのポケモンのタマゴが見つかりやすいという事。

 個体の珍しさもあるが、メタモンが高く売れるのはこちらが大きな理由だ。

 トレーナーはもちろん、単純な珍しさからマニアやコレクターからも高い需要を誇る。個体次第では数百万は下らないんだとか。

 

「下っ端たちは上手くやっていますかね」

 

「どうかしら。以前お月見山で似たような作戦をした時は邪魔をされたわ」

 

「ああ、例の……」

 

 かつてラムダと行ったお月見山での事を思い返すと同時、通信機が鳴る。

 

『ほ、報告! 侵入者が一人、包囲網を突破しそちらに行きました!』

 

 切羽詰まったような声がノイズ混じりに聞こえた。

 ……まさか言霊ではあるまい。偶然が重なっただけだろう。

 

「落ち着きなさい。状況は?」

 

『と、トラックに積んでいた密輸用のコンテナが破壊されました。特徴からおそらくオーキドの孫かと。我々も応戦したのですが如何せん相手が強く……』

 

「ふん……」

 

 オーキドの孫。マサラの三人組の一人。その中で最も早く、大きな成長をしているその子どもの名はグリーン。

 わたしが止めなければならない相手で、止められない相手でもある。

 

『ランス様、如何致しましょうか』

 

「回収出来る分だけ回収してもうお前たちは戻りなさい。他の団員たちにも撤退を指示します。痕跡は残さないように」

 

『ハッ!』

 

 ブツッと通信が切れる。

 ランスの方を見れば、如何にも不機嫌そうに眉を顰めていた。

 

「全く……やはり下っ端は使いものにならない」

 

「ラムダと全く同じ反応ね」

 

「……心外ですね。一緒にしないでいただきたい」

 

 そうは言っても状況が全く同じなのだから仕方ない。違うのは相手が一人だという事くらいか。

 

「わたしたちも戻る?」

 

「そうしてもいいですが……舐められるのも癪ですねぇ……」

 

 つまり、ここで迎え撃つと。

 溜め息を一つ。

 

「……そう言うと思ったわ」

 

「貴方は仮面を付けて待機していなさい。奴らの前には出られないのでしょう?」

 

「そうさせてもらうわ。状況によるけれど」

 

「ほう、わたしが負けるとでも?」

 

「備えは用意しておくべきだわ」

 

「ふん……いいから隠れてなさい。貴方は邪魔だ」

 

 しっしと追い払うように手を振るランス。

 逆らう理由も無いので言われた通りに仮面を付け、フードを被って岩陰に隠れておく。

 そうして待つ事十数分。遠くから足音が聞こえてきた。

 ツンツン頭の少年。マサラ最強の遺伝子。それは不敵な表情でランスに問うた。

 

「……アンタがリーダーか?」

 

「如何にも。わたしはロケット団幹部のランス。貴方は?」

 

「はっ、悪党に名乗る名前なんざ無いね。恥かきたくなけりゃそこを退きな」

 

 相も変わらず自信家で挑発的な物言いだ。そういうところが少しだけランスと被るような気がする。

 対するランスは子どもの戯言と受け流す──という事も無く、怒りのオーラを醸し出していた。

 あんな安い挑発に乗る事はないというのに。

 

「ふふん、いいでしょう……その減らず口、叩き潰して差し上げますよ」

 

「やれるもんならやってみな」

 

「ゴルバット!」

 

「ユンゲラー!」

 

 ランスが出したのは、紺色の大きな翼と胴体のほとんどを占める巨大な口を持つこうもりポケモンのゴルバット。

 対してグリーンは口元に長い髭を蓄え、右手に銀のスプーンを持った二足歩行の黄色いキツネのような姿のねんりきポケモン──ユンゲラーを繰り出した。

 タイプ相性は不利。ランスが小さく舌打ちをする。

 

「“サイコキネシス"!」

 

「避けなさい!」

 

 ユンゲラーの目がギラリと光り、スプーンから目には見えない力の塊が発せられる。

 その力に捕らわれる前にゴルバットが飛翔し、直前にいた場所が力によってか僅かに歪む。

 

「“かみつく"のです!」

 

 ゴルバットの反撃。大口を開け、鋭い牙を突き立てんとユンゲラーへと向かっていく。

 当たれば効果抜群。技の選択は悪くない。けれど。

 

「おっそ」

 

 ユンゲラーの目前まで迫り、いざ噛み付かんとしたその瞬間、ユンゲラーの姿が掻き消える。

 ゴルバットの技は空を切り、見失ったユンゲラーを探すべくキョロキョロと当たりを見回した。

 

「上ですゴルバット!」

 

 ランスの鋭い指示。ゴルバットが数拍遅れて頭上を仰ぎ見る。

 ユンゲラーが使ったのは瞬間転移──“テレポート"だ。『エスパー』タイプのポケモンはこれがあるから攻撃を当てにくい。

 

「“リフレクター"」

 

 状況有利を作ったユンゲラーが先んじて動く。

 半透明の壁が()()()()()()()()()()()()()、強固な物理障壁の檻となり動きを封じた。

 

「“めいそう"」

 

「くっ……! 檻を壊しなさい! “つばさでうつ"!」

 

 ユンゲラーが目を閉じ、集中力を高めていく(C・D+1)

 ゴルバットは檻の中で暴れるも、自由に動けず技を振り切れないせいか壊すまでには至らない。

 

「“サイケこうせん"」

 

 直後、ユンゲラーから超能力の光線が放たれた。

 それは“リフレクター"の檻を貫通し、ゴルバットに対して効果抜群のダメージを与える。

 能力が上昇していた事もあり、ゴルバットはあえなく撃沈。目を回して倒れてしまった。

 

「はっ、幹部ってもこんなもんか。所詮はチンピラの集まりだなぁ?」

 

 ほぼノーダメージでゴルバットを倒してみせたグリーンが更に挑発する。

 この結果を見れば勘違いするかもしれないけれど、特別ランスが弱いわけではない。

 これでも実働部隊の隊長を任されているのだから、そこらのトレーナー相手なら軽くあしらうくらいの実力はある。現に単純なポケモンの練度(レベル)を見るなら、まだグリーンよりもランスの方が上だ。

 それでも──純粋なポケモンバトルの実力が高いかと言えば否と言う他無い。

 結局のところ、ロケット団員に共通する戦法は『数で押す』か『力で押す』かの二択だ。故に技術は無く、トレーナーとしての水準が低い。

 サカキが言うには贔屓目に見てもバッジ四つか五つを取得出来る程度──そのくらいが関の山なのだとか。幹部たちでそれなのだから、下っ端の実力は推して知るべしだ。

 恐るべきはグリーンの成長速度。以前にレッドたちを見た時は幹部級ならまだ対抗出来ると思っていたけれど、どうやらグリーンはあの二人のずっと先を行っているようだ。

 力押しでは勝てない。このまま続けてもきっと──否、必ず負けるだろう。

 

 ──ここまでね。

 

「くっ……調子に乗っていられるのもこれまでです!」

 

「無理よ。そのマタドガスじゃ勝てないわ」

 

 “テレポート"でランスの近くまで転移し、二つ目のボールに手を掛けようとしたのを止める。

 

「貴方……! 下がっていろと言ったはずですが」

 

「状況次第と言ったわ。貴方じゃ勝てない」

 

「いいえまだです! マタドガスを使えば──!」

 

 ランスの考えが手に取るようにわかる。随分と頭に血が上っているようだ。少し落ち着いてほしい。

 

「“だいばくはつ"でもするつもりかしら。心中したいのなら止めないけれど」

 

「──っ!」

 

 ランスが目を見開く。やはりその気だったかと小さく嘆息した。

 確かに“だいばくはつ"は絶大な威力を誇る。けれどこんな洞窟内で爆発しようものならわたしたちまで生き埋めになってしまいかねない。

 ランスが勝手に埋まる分には別に止めはしないけれど、わたしまで巻き込まれるのは御免被る。

 そういった戦法はむしろラムダが得意とする部類であり、ラムダの場合はドガースを複数所持する事で威力を抑えた“じばく"を使って範囲を限定している。

 洞窟のような閉塞空間だとそのやり方の方が効果的だったりするのだけど……それは今言っても詮無き事だろう。

 ランスの前に出てグリーンと仮面越しに向き合う。

 

「……一泡吹かせればいいのね」

 

「……貴方まさか……」

 

「少しだけよ。時間はかけないわ」

 

 サカキには止められているけれど、これはロケット団の面子に関わる問題でもある。ここは前に出るべきだと判断した。

 ロケット団は恐れられてこそ活動が出来ている。畏怖を与えて自分を大きく見せているだけで、実際の力は差程大きなものでは無いのだ。

 だから侮られてはいけない。張子の虎だと見破られるわけにはいかない。

 

「──もう一人いたのか。まあ何人いても同じ事だけどな」

 

 挑発には取り合わない。そもそも会話する気もないけれど。

 

「……()()()()

 

 ボールからサイドン(リノ)を出す。つい先日進化したばかりで力が有り余っているから、発散するのには丁度いいだろう。

 敢えてニックネームでは呼ばない。そこから足がついてしまうかもしれないから。

 グリーンの表情が変わる。少しの驚きと、若干の期待。

 

「──へぇ。ロケット団てのはザコの集まりかと思ってたが、お前みたいなのもいるんだな」

 

 強さを測る目も持っている、と。つくづく優秀な人間だと思う。

 グリーンの言う通り、ロケット団は弱者の集まりだ。だからその言葉は否定しない。

 けれど、そうね──。

 

「──あなたの手持ちを全滅させれば、少しは認識を改めてくれるかしら」

 

「……はっ、上等ォ!」

 

 ──弱者には、弱者なりの牙があるという事を見せましょうか。

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