人形少女の使い方   作:林公一

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人形の胸中

 ボールの入った袋をタマムシの団員に引き渡してから、ヤマブキシティの大会社であるシルフカンパニー前にて待つ事十数分。

 

「お疲れ様でございます、サカキ様」

 

「ああ」

 

 イワヤマトンネルでの作戦と並行して、ヤマブキシティにあるシルフカンパニーではロケットコンツェルンとの商談が行われていた。

 その商談も直に終わるとの事で、サカキを出待ちしていたわたしたちだけれど、シルフから出てきたサカキがわたしを見るなり顔を顰める。

 視線の先は三角巾に吊るされたわたしの左腕。隣に立つ一般の好青年に扮したランスは、表面上平静を保っているものの、内心穏やかでない事が嫌という程伝わってきた。

 

「……話せ」

 

「ハッ……」

 

 三人でクーラーの効いた車に乗り込み、運転しながらランスが事の経緯を話す。

 終始無言のサカキにランスは焦っていたようだったが、わたしから言える事は何も無い。黙ってランスが話し終えるのを待った。

 そうして大まかな説明が終わると、サカキは小さく溜め息を吐いた。ランスの肩がびくりと跳ねる。

 

「……ランスの説明で相違無いか?」

 

「大まかには合ってるわ──」

 

 と、ランスの言葉を思い出し。

 

「……細かいところは聞かれれば答えます」

 

「……なんだ、その話し方は」

 

「いけないでしょうか」

 

 サカキが額を揉むように手を当てて。

 

「……ランス、お前だろう」

 

「ハッ……しかしあのままでは部下への示しが……」

 

「元よりドールの存在を公表するつもりは無い。知らなければいないのと同じ事だ。これまで通りでいい。やり難くて敵わん」

 

「……だそうですよ、ドール」

 

「そう。それならそうさせてもらうわ」

 

 言われてすぐに話し方を戻す。

 わたしも慣れない話し方だと違和感があるから、そう言ってもらえるのは助かった。

 

「して、そちらは如何でしたでしょうか」

 

「順調だ。近いうちに試作品が完成するらしい」

 

 今回の商談の目的は、どんなポケモンでも必ず捕獲出来るというボールを創り出す事。

 企画自体は以前から持ち上がっていたものの、掛かるコストが莫大で中々着手出来ずにいたところにロケットコンツェルンが参入したらしい。

 理論上は伝説のポケモンすら捕獲出来る絶対的な効力を持つそうなのだけど、そういった事についてはあまり興味が無い。

 とりあえず話を聞く限りでは、現状はコストの関係で通常のモンスターボールのように大量に生産するという事は出来なさそうだった。量産が可能なのであればロケット団の仕事もやりやすくなったのだけど。

 ともあれ開発自体は着々と進んでいるらしく、完成した暁にはその一つをサカキが貰う契約になっているらしい。

 

「使う当てでもあるの?」

 

「無くもない。実際に使うかどうかはわからんがな」

 

「そう」

 

 そんなボールを使う程の相手というのも想像出来ないけれど、いるとすればカントーの空を飛ぶという伝説の三鳥くらいだろうか。

 尤も、伝説というだけあって何処にいるのかすらわかっていない状況だけれど。

 まあサカキの事だから何かしら考えがあるのだろう。

 

「怪我の程度は?」

 

「ただの打撲よ」

 

 サカキがランスを見る。

 

「……ええ。左腕と頭部が腫れ上がっていますが、骨に異常はないはずです」

 

「念の為に医者に診てもらっておけ。完治するまでは待機だ」

 

「たかが打撲一つで大袈裟ね」

 

「小さな傷が致命傷になる事もある」

 

 擦り傷や切り傷といった創傷ならともかく、打撲でそういう事態になるのは稀なのだから言葉のあやなのだろうけれど、単純な話わたしを心配しているという事だろうか。

 どうあれ、決定に異を唱えるつもりもない。大人しく従っておく。

 

「ランス。お前の目から見てオーキドの孫はどうだった」

 

 サカキの問い。

 信号が赤になり、車が止まる。

 ランスが一瞬言葉に詰まり、やがて苦虫を噛み潰したような顔で憎々しげに呟いた。

 

「……認めたくありませんが、わたしでは足止めが精一杯でしょう。アポロでも勝負になるかどうか。現状あの子どもに対抗出来るのは、サカキ様とそこのドールだけかと」

 

「……そうか」

 

 ランスの見立ては正しい。

 あの時のランスが本当の全力ではなかったにせよ、それでもポケモンバトルという点でグリーンを上回る事はまず無い。

 ルール無用の殺し合いならば可能性があるけれど、真っ当に勝負を挑んだところで蹴散らされるのがオチだろう。

 

「バレてはいないな?」

 

「少なくともあの男(グリーン)にはそのはずよ。戦闘も最小限に抑えたから」

 

 カメックスには気付かれているかもしれないけれど、わたしのようにポケモンと会話出来る能力が無ければ、それが主に伝わる事は無いだろう。それでも無闇に前に出たくはないけれど。

 ただ思っていたよりも成長が早い。ランスが手も足も出ないレベルにまでなっているのは誤算である。

 ランスの言う通りアポロがギリギリ勝負になるかどうか。それもほとんど負けが決まっている勝負だ。

 アポロの切り札であるヘルガーと、グリーンのカメックスでは相性の有利が向こうに傾く。

 タイプ相性が全てだとは思わないけれど、ロケット団の例に漏れずそれを覆せる程強いトレーナーでもないのだ。それが出来るならロケット団なんて組織に属してはいないだろう。

 

「勝てそうか?」

 

「どうかしら。一度見せた奇襲がまた通じる相手とも思えないし」

 

 結局のところ、わたしの存在は初見殺しでしかない。

 他の人にはない能力(ちから)と、ロケット団らしからぬバトルの才能。そのお陰で相性で劣るナッシーすらも降した。

 けれどあのカメックスにはサイドン(リノ)だけだと勝てる未来が見えない。

 一対一ならどうとでも出来るけれど、ポケモンバトルは最大六匹を使用する連続バトルだ。

 グリーンが何匹持っているのかは知らないけれど、カメックスは先に出されようが後に残されようが詰む。

 かといってラルトス(サナ)リオル(ウル)を出すわけにはいかない。この二匹を出せば問答無用で正体が露見する。

 

「せめてもう一匹自由に使える子がいれば、多少はマシになるかもしれないわ」

 

 そろそろ新しく手持ちを捕獲するべきか、などと考えていると。

 

「ならこいつを使え」

 

 後ろ手にサカキがボールを投げ渡してきた。

 右手を伸ばしてキャッチ──しようとするも失敗。ぼすっと音を立てて座席に落下した。

 改めてボールを手に取ってみる。

 

「……この子は?」

 

「ポリゴンは知っているな」

 

 ポリゴン。確かタマムシシティのゲームコーナーで、景品の一匹として並べられているシルフ開発の人工ポケモンだったはず。

 あそこは名義上はロケットコンツェルンのものなので、シルフと提携契約を結んでいる以上はそこの商品も景品として並べられているのだ。

 その地下にはロケット団のアジトがあったりするのだけど、まあそんな話は置いておくとして。

 

「ええ。でもこれは……」

 

 わたしの知っているポリゴンはもっと角張った姿だったはずで、受け取ったボールの中に見えるのは配色こそ酷似しているものの、丸みを帯びたフォルムだった。

 確かポリゴンの進化系──ポリゴン2(ツー)といったか。実物を見るのは初めてだ。

 

「それと同じくシルフで開発された『アップグレード』という機械を用いることでバージョンアップした姿だ。商談のついでに土産をいくつかもらえたのでな」

 

「ふぅん……出してみてもいいかしら」

 

「暴れさせるなよ」

 

「ええ」

 

 ボールのスイッチを押す。

 中から出てきたのは赤と水色の配色が特徴の、鳥を思わせる姿をしたポケモンだった。人によってはおまるにも見えるかもしれない。

 

「リー?」

 

 不思議そうにわたしを見るポリゴン2。

 そうして周囲をくるくると回ったかと思えば、ぽふっとわたしの膝に乗って。

 

「ポリッ♪」

 

 ……どうやら懐かれたらしい。

 人工ではあってもポケモンはポケモンという事だろうか。懐かれる分にはわたしの力もそれなりに作用するらしい。

 反面、わたしからこの子の力を推し量る事は出来ない。

 わたしの力──『先祖返り』は、ポケモンの能力を本能的に理解するというものであり、通常のポケモンであれば問題無く把握出来るけれど、出自が特殊──例えばポリゴンのように自然の枠外に存在するポケモンの力は見通せないのだ。

 ポケモンであってポケモンでない何か。そういう種はわたしの力とは相性が悪かった。

 

「……少しだけ、あなたたちの苦労がわかったわ」

 

「そうか」

 

 ひんやりと硬いポリゴン2の身体を撫でながら思う。

 一般のトレーナーたちから見たポケモンは、わたしにとってのポリゴン種なのだろうと。

 けれど怖くはない。わからないなら理解しようとすればいいだけの事。敵意が無いのならわたしたちは歩み寄れる。

 それに──人の都合で生み出されたどっちつかずのポケモンというのは、どこかわたしに近いものを感じるから。

 

「これからよろしく」

 

「リッ♪」

 

 ポリゴンは人工ポケモンというだけあって、プログラムされた動きしか出来ないポケモンだけれど、どうやらポリゴン2の方はある程度自律行動が出来るらしい。

 それがたとえ人工知能による学習の結果なのだとしても、わたしよりもよっぽど感情らしい感情がある。

 

 ──これじゃ、どちらが作られた存在かわからないわね。

 

 知らず、自嘲気味な笑みが零れる。

 

「リー?」

 

「……なんでもないわ」

 

 サカキの方を向いて。

 

「この子は戦えるの?」

 

「無論だ。様々な状況を想定してプログラムが組まれている。少なくとも、公式の記録に残っているバトルのデータは全てインストールされているだろう」

 

「そう」

 

 それはつまり、ジムリーダークラスの戦いすらもこの子は学習しているという事だ。

 それを考えるなら、そこらの野生どころかトレーナーと競っても上を行くかもしれない。

 と、ふと疑問。

 

「……それだけの性能があるのなら、団員たちにも支給すればいいんじゃないかしら」

 

 単体である程度の戦闘能力を確保出来るなら戦力を底上げ出来るはずだ。

 話を聞く限りだと、おそらくほとんどの団員よりポリゴン2の方が強い。であればそれをしない理由も無いと思うのだけれど。

 

「ポリゴンはともかく、バージョンアップには金がかかる。そいつは特別だ」

 

「……量産は出来ないという事ね」

 

「それに、そいつの進化は性質上履歴が残る。そこから足が付く可能性が高い」

 

「……愚問だったわ」

 

 実のところ、その気になれば金銭面はさほど問題にならないのだろうけど、特定の手段でしか手に入らないポケモンを大量に抱えていれば疑われて当然だろう。

 履歴が残る進化方法といえば通信進化だろうか。確かに不自然にポリゴンの進化が多ければ、そこから追跡されるかもしれない。

 要はポリゴンをロケット団の戦力として使う場合、能力はともかく情報が残るからリスクが高いという事だろう。

 

「これまでと同じく、マサラの三人組の前に出るのは推奨しない。が、必要と判断すれば躊躇うな。状況に応じて対処しろ」

 

「了解よ」

 

 あの三人に対抗出来るのはおそらくわたしだけ。だからこそ他の幹部ではなく、わたしにポリゴン2を与えた。

 ならばそれには応えなければならない。命令を実行する事だけが人形(わたし)の存在意義なのだから。

 けれど──。

 

「……殺せ、とは言わないのね」

 

「…………」

 

 サカキの感情が僅かに揺れる。

 

「目的の為ならそれが一番確実なはずよ」

 

「殺しは足が付きやすい」

 

「事故に見せかける事は出来たわ」

 

 例えば今回のように。

 

「……あの時、わたしはグリーンを助けるような真似をしたわ。ロケット団の事を考えるなら、見捨てるのが正解だとわかっていながら」

 

 言い訳をした。そんな命令はされていないと。

 実際は『見捨てると気分が悪くなる』という、不明瞭な感情が理由だったくせに。

 ランスは叱責した。それがロケット団の不利益になるとわかっていたから。だから、あの場はランスに従うべきだった。

 

「……彼が生き残っている可能性はせいぜい五分程度でしょう。あそこで終わるのなら良し、そうでなくともしばらくは大人しくなるでしょう」

 

 あれだけ圧倒したのですから、とランス。

 ……そうだろうか。わたしには、彼があそこで終わるようには思えない。

 いつかサカキが言っていた天運──そういったものを持っている気がする。わたしが『げんきのかけら』を投げ渡した事すら、その運に誘導されての事だったかもしれない。

 

 グリーンはきっと生きている。

 わたしはきっと、致命的なミスを犯した。

 

「……サカキなら、どうしてたかしら」

 

「……さあな」

 

 信号が変わり、車が再び動き始める。

 サカキは答えなかった。その場にいなければわからない。当たり前の事だ。

 けれど、わたしは気休めでも答えが欲しかった。

 どちらでもいい。サカキが選んだかもしれない道を知りたかった。そうすれば──。

 

 ──そうすれば? 

 

 わたしは、それを知ってどうなりたかったのだろう。

 安堵したかった? 後悔したかった? ……叱ってほしかった? 

 

 わからない。わからない。わからない。

 

 心臓が早鐘を打つ。身体が熱い。汗が噴き出す。

 視界がチカチカと明滅する。誰かが何かを言っているような気がするけれど、耳が音を認識してくれない。

 不意に身体から力が抜ける。自分が今どうなっているのかもわからなくなった。

 何かが身体に触れているような気がする。その正体も判然としないまま、わたしは意識を手放した。

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