人形少女の使い方   作:林公一

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プロローグ
森に現れたもの


 初めてそれを見た時は人形だと思った。

 

 乱雑に転がった木の実の中で木陰に倒れ伏し、身動ぎ一つせず死んだ様に眠っている病的なまでに白く幼い少女。そして──それを守るように前に立つラルトスとリオル。

 

 どちらも本来この地方にはいないはずのポケモンだ。自分の知識が正しければラルトスはホウエン、リオルはシンオウを主な生息地としているはず。

 絶対にいない、とは断言出来ない。昨日まで見かけなかったはずのポケモンが翌日には大量発生している、なんてことも起こるのだから。

 けれど確率としては相当に低く、ましてそれぞれ別地方で確認されるはずの二匹がなぜカントーのトキワの森の奥深く(こんなところ)にいるのだろうか。

 

 ──否。

 

 そんなことを考える必要はない。

 

 腰に付けたボールに手を伸ばす。それに反応したラルトスとリオルが一層強く敵意を放つ。

 

「……ふん」

 

 ポケモンという種はその気になれば大人の男を倒す──否、それ以上を起こす事すら可能である。

 例えそれが一見ひ弱そうな目の前の二匹であろうとも。

 だがそれはあくまでも人間がポケモンと馬鹿正直に正面からやり合おうとした場合の話だ。対抗手段を持っていれば話は変わる。

 そう、例えば──人間がポケモンを使役していた場合だ。

 

 ボールを投げる。

 宙に放たれたボールが勢いよく開く。

 中から現れるのは──

 

「ニドォォォォ──────ッ!!」

 

 ──ドリルポケモンのニドキング。

 体長は平均のそれよりも大きい約二メートル。鎧のように頑強な紫の皮膚に覆われ、頭部からはその名に恥じぬ立派な角を持ち、手足の先からは鋭い爪が伸びている。背からは幾本もの棘が生えており、そのすぐ下には体長程もある太く長い尻尾といういかにも怪獣といったような姿のポケモンだ。

 そんなポケモンが雄叫びを上げながら登場し、場の空気が一気に緊迫した物に変わる。

 

 今、この場において最も強いのは間違いなくニドキングである。これは自惚れでも慢心でもなく純然たる事実だ。

 その体躯から放たれる強者の重圧はラルトスとリオルにも感じられているはずであり、並の野生ポケモンであれば逃げ出しても不思議はないのだが──

 

「らぁるぅ!」

「おるぅ!」

 

 ──二匹は多少の怯えこそ見えるものの、戦意は失っていなかった。

 

 まさか勝てるとは思っているまい。ラルトスとリオルが同時に掛かってきたとしても腕を払う──技ですらないそれだけの動作で戦闘不能に追い込める程の力量差があるのだ。

 仮に頭が理解していなくても本能が理解しているはず。それでも退かない、ということは。

 

「その娘か」

 

「!!」

 

 守るべきものがある、ということだろう。

 目線を倒れている少女へやる。その瞬間、ラルトスとリオルの敵意が殺意を帯びて自身に向けられた。

 少しでも動けば即座に飛びかかって来るだろう。仮にそうなったとてニドキングがいる以上何も起こりはしないが。

 

 冷静に少女を観察する。歳の頃は七つ程だろうか。

 髪色は白。だが土や泥に塗れているせいで、美しかったであろうそれは見る影もない。ボロ布の様な服は、よくよく見れば元々は良家の娘が着ているような白いワンピースであったことが窺える。

 身体はやや細い。血色も悪く、栄養状態が良いとは言えないだろう。このまま放置すればどうなるかなど想像するまでもない。

 

 少し考え──ポケットから端末(ポケギア)を取り出し、通信先を設定してコールをかける。

 

「私だ。今から言う物を準備しろ──」

 

 通信相手に要件だけ伝える。少々戸惑っていたようだが問題ないだろう。

 

「さて」

 

 二匹に向き直り。

 

「聞こえた通りだ。どうする?」

 

 正直なところ、自分にとってこの行動に意味は無い。そう、言ってみればただの気まぐれ。

 乗るなら良し。乗らぬのならそれも良し。どちらにせよこの二匹は確実に確保する。

 

 という思考も、人の感情に特に敏感なこの二匹には透けているだろう。同時に自分の提案に嘘が無いことも。

 

 二匹が向き合う。数十秒程の相談が終わってなお迷って──迷って、迷って、そして最後に。

 

「らぁる……」

 

 二匹は道を開けた。

 

 

※ ※ ※

 

 

 そもそも自分が森に出向いたのも、一週間程前から森の様子がおかしいという報告を受けての事だった。

 

 曰く、ポケモンが非常に攻撃的になっていると。

 その割に逃げる者を追うことはないと。

 まるで森全体が何かを守るように動いているように感じられたのだと、報告に上がってきていた。

 

 トキワの森は自分が幼い頃より慣れ親しんでいた場所。既に庭の一つと言っていいくらいに知り尽くした場所に現れた未知。

 それに興味を惹かれ、十分な準備を終えて森に踏み入った瞬間、気づく。

 

 ──なるほど、確かに殺気立っている。

 

 突き刺すような殺意がそこらの草陰や木々から発せられる。

 今にも襲い掛かって来そうなそれらを迎撃する為、腰のボールに手を掛けた。

 ガサリと草が揺れ、一つの影が姿を現し──

 

「……お前か」

 

 ──赤く光る両目、全身は黄色、腹部に黒縞の警告色。両手と尻の先に巨大な針を持つどくばりポケモンのスピアーが飛び出してきた。

 本来であればすぐにでもポケモンを出して警戒するべき相手。下手を打てば命を失いかねないような相手を前に、しかし自分はボールから手を離す。

 

 何せ、この森における主的な存在のポケモンである()()の主人は他ならぬ自分なのだから。

 

 スピアーが飛び出してきた時点で周囲の殺気は失せている。自分の姿(主の主)を確認したからだろう。

 

「どうなっている?」

 

 聞き、数秒の間。

 スピアーがくるりと身を返してゆっくりと森の中へと進んで行く。

 

「……着いて来い、と?」

 

 返事は無い。しかし行動が示している。

 案内されるままにスピアーの後ろを歩き、歩いて、そして──

 

 

※ ※ ※

 

 

「──その先にこの少女がいた、と」

 

 場所はトキワシティ。車を走らせる部下──アポロがミラー越しに少女を見ながら言う。

 目的地はロケットコンツェルンが経営するホテルだ。軽く見た限りではあるが病院に行くほどの外傷も無い故、それで十分という判断だ。どちらにせよ先決なのは少女の回復である。

 

「改めましてお疲れ様でございます、サカキ様」

 

「私の領域を荒らす不届き者がいるなら自ら出向こうと思ったまでだ。それで、どうだった」

 

「どうやら捜索願いがオーキド博士から出されていたようです。少し前にシンオウからナナカマド博士が来ていたでしょう。その時にその少女を託されたようです。そこの二匹も同様ですね」

 

 続きを促す。

 

「捜索願いが出されたのが一週間程前。森の異変が始まった時期と合致しています。となれば誘拐か、それとも自ら逃げたか。前者の可能性は薄いように思えますけど」

 

「ふむ……」

 

 報告を受けて思案する。

 一週間。つまりその期間、少女は森の中にいたということになる。

 

 たった七つの少女が、だ。

 

 例えあの二匹が側にいたとしても、あの森で一週間も生き延びられるとは思えない。

 スピアーは言わずもがな、他にもアリアドスやピジョン、幼い子どもにしてみればポッポやビードルですら脅威になりうる。

 そこに来て森の異変が起こった。

 何かを守るように排他的に。森の主ですらも例外ではなく。

 であるならば、当然その対象は未だ目を覚まさないこの少女に他ならない。

 

 ポケモンに自身を守らせる何かがある。ポケモンにだけ通じる何かが。

 

「……興味深い」

 

「同感です」

 

 アポロが首肯する。

 

「それで、如何いたしましょう。我々としてはこの少女を確保したいところですが……世間体を考えるならばやはりオーキド博士に連絡を入れるのが良いかと思われます」

 

「そのつもりだ」

 

 ポケットからポケギアを取り出し、オーキドに繋ぐ。

 数度のコール、そして。

 

「サカキくんか。何か用かな?」

 

 オーキドと通話が繋がる。声に少々の焦りが混ざっているように感じられるのは気のせいではないだろう。

 

「手短に言おう。君が探しているという少女を保護した。現在ロケットコンツェルンのホテルに向かっている」

 

「お……おお! 見つかったのか! 良かった!」

 

 喜びと安堵の声。よほど心配だったのか、鼻を啜るような音まで聞こえてきた。

 不快な音に眉を顰めながら続ける。

 

「目立った外傷も無い。少々やつれてはいるがすぐに回復するだろう。落ち着くまでこちらで預かろうと思うのだが」

 

「そうじゃな……いや……」

 

 歯切れの悪い返事。何か間違えたか、ならばと次の手を打つべく思考を回し。

 

「そのまま君のところで預かってはもらえんか?」

 

「何?」

 

 言われた言葉に一瞬思考を切る。

 

「その子はナナカマド博士から預かった子なんじゃが……何というか、家庭の事情で心を閉ざしておるようなんじゃ。それで何とか心の傷を癒せるよう努めていたつもりなんじゃが、いつの間にか出て行ってしまったようでの」

 

「……それならば私以外にも適任がいるように思えるが」

 

「ワシも考えたんじゃが……今回の件で下手に雰囲気を明るくしてもあの子にとっては毒になると判断した。あの子に必要なのは時間、そして静かな場所なんじゃ。きっとそういう場所にいたんじゃろう?」

 

「…………」

 

 当たっている。この少女は森の奥深く、自分でもあまり立ち入らないような静かな場所で眠っていた。あらゆるものからの干渉を避けるように。

 

「頼む。あの子の受け皿になってやってはくれんか」

 

 真剣な声のオーキド。たった一週間であってもここまで入れ込めるのはあのお人好しな性格故か。

 ともあれ。

 

「……いいだろう。貸し一つだ」

 

「おお……頼まれてくれるか! ではまた後ほど彼女について詳しく話をさせてほしい。折を見て連絡を入れるから頼んだぞ!」

 

 そんな言葉を最後に通話が切れる。

 目論見通り……いや、目論見以上の成果だ。

 

 最初は保護という名目で預かり、上手く理由を付けてそのまま引き取るつもりだったが、まさか向こうから提案してくるとは思わなかった。

 ポケモン界の権威に小さいとはいえ貸しを作れたのも大きい。手札の一つにはなるだろう。

 

「如何でしたか?」

 

「上々だ。このままこちらで引き取る」

 

「承知しました」

 

 アポロがアクセルを踏む。

 後ろに目を向ければ、先程の会話を聞いていたらしい二匹がこちらを睨みつけている。

 さて、どうするかと今後について思考を巡らせた。

 




っていう感じの原作開始前のお話。もう暫くはこの状態が続きます。
一応断っておくけどサカキさんは主人公じゃないよー。メインキャラではあるけども。
ちなみにトキワシティを車が走ってたりホテルがあったするのは『シティなんだから多少発展してるだろ』って理由。まあ田舎は田舎。

こんな感じの独自解釈オリ設定があるからこれから読む気がある人は気を付けてねという注意でした。
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