ホテルに到着し、アポロに他の幹部も連れて来るように伝えて一度別れた後、部屋の鍵を受け取り少女をベッドに運んでから数十分。
インターホンが鳴り、画面に四人の姿が映る。
「入れ」
鍵を開ける。ガチャリとドアが開き、四人が部屋の中へと歩みを進めた。
「連れて来ました、サカキ様」
「急な招集ですわね」
「色々持って来ましたけど……あ、これここに置いていいですか?」
「サカキ様の御前ですよ、二人とも。騒ぐんじゃありません」
順にアポロ、アテナ、ラムダ、そしてランス。我がロケット団が誇る優秀な四幹部がここに集まった。
ラムダが持ってきた荷物は適当な場所に置いてソファに座るよう指示し。
「ご苦労だった」
「とんでもございません。サカキ様の命とあらば何処へでも」
ランスが答える。幹部だけあって素晴らしい忠誠心だ。
頷き、四人に向き直る。
「集まってもらったのは他でもない。例の少女の処遇を決める」
引き取るとは言ったものの、具体的な事はまだ何も決まっていない。まずは方向を定める。
「と言いますと?」
アテナの問い。
「大まかには伝わっていると思うが、とある少女を引き取る事になった。特殊な力を持っているらしく、その力を解析、制御出来ればロケット団の役に立つ可能性がある」
「へぇ、妙な力ですかい」
ラムダが顎を撫でる。
「どうやら周囲のポケモンに自身を守らせる、といったもののようだ。一種の催眠状態に近いかもしれない。私のスピアーですら力の影響を受けていた」
「あのスピアーがですか。それはなんとも……」
ランスの表情が変わる。
「本質はもっと深いところにあるかもしれないな。上手く行けば全てのポケモンを制御下における可能性もある」
尤もこれは研究次第だが、と続けて。
「詳しい資料は後ほどオーキドから受け取る予定だが、ここまででお前達の意見を聞きたい」
思案する四人。
暫しの時間の後、まず最初にランスが口を開いた。
「わたしは人体実験をするべきかと思います。力の源を知るためにはそれが一番早い」
「オイオイ、そりゃちょっと物騒じゃねーの?」
ラムダが口を挟む。
「そうよ、まだ子どもなんでしょ? 少しかわいそうじゃないかしら」
アテナが首肯し。
「何を馬鹿な……何も殺すわけではないんですよ? 少しばかり力を調べさせてもらうだけの事。何よりロケット団、引いてはサカキ様のお役に立てるなら本望でしょう」
三人で口論が始まった。今の所は一対二か。
「そうですね……実験云々はともかくとして、私も彼女の力を研究したいと思っています。可能であるなら自発的に協力してもらいたいところですが」
残ったアポロの意見で二対二。ただしなるべく少女に負担はかけたくないというのは三人で共通しているようだ。
かく言う自分も可能であればあまり手荒な事はしたくない。成人しているならば話は変わってくるが相手はまだ子どもだ。
最近四歳になった息子に重なる事もあって、出来ることなら穏便に済ませたいところではある。
とはいえ、ラムダとアテナは反対しただけで具体的な意見を言ったわけではない。
案が出ないようなら少女の力を研究する方向で進むことになる。
「ラムダ、アテナ。お前たちはどうしたいんだ」
「え? うーむ……そうだ! 今のうちにロケット団員として育てちまえばいいんですよ!」
「あら、いいじゃないそれ。あたくし達は戦力が増える、その子もロケット団という素晴らしい環境に身を置ける。完璧よ!」
「ふむ……確かに無理に力を解析しようとするよりは、洗脳して戦闘員として育て上げた方がメリットが大きいかもしれません」
「洗脳とまでは言ってないぜランスちゃん」
真顔で言うランスに少し引いたようなラムダ。意見が纏まりそうだ──というところで、寝室のドアが開いた。
そこからラルトスを抱え、すぐ側にリオルを連れた白い少女が現れる。最初に出会った時はニドキングの咆哮でも目を覚まさなかったがようやく起きたらしい。
「目が覚めたか」
「ほぅ、この嬢ちゃんが例の」
「あら、中々かわいい顔してるじゃない」
「ふむ……」
アポロを除いた幹部達が思い思いの反応をする。
ラムダとアテナは好意的に、ランスは値踏みをするように少女を見る。
「……もう逃げるつもりはないわ。ただ、一人にしてほしいの」
「ほう……?」
起きたばかりで今の状況を把握したというのか。だとするならば相当に頭が回る。
少女がこちらを見上げた。血のように紅いその瞳の中に光はなく、冷たく深く
こちらから目線を外し、四幹部の方へと向け。
「必要なら協力もする。だから、必要以上に関わらないで」
最後にアテナの方を向き。
「お姉さん」
「な、何かしら」
僅かに声を上擦らせたアテナに。
「お風呂に入りたいわ。それ、わたしの為に持って来てくれたんでしょ?」
ラムダが持ってきた袋を指差して少女が言う。
中身は確かに買ってこさせた女児用の服のはずであるが、ここに来てからその話題は一度も出していない。
今まで眠っていたはずの少女が中身を知っているのはその力故か。
「え、ええ、いいわよ。その為に呼ばれたんだし」
少々引き攣っていながらもなんとか笑みを作ったアテナが立ち上がり、少女と他二匹を連れて歩いていく。
一週間もの間森の中にいたせいで少女の身体は言うまでもなく汚れている。すぐにでも風呂に入れたいところだったが、子どもとはいえ相手は女。家族でもない男がどうこうするのも憚られたので、そういったことはアテナに任せる事にした。
最後に目配せをして浴室へと消えて行ったアテナを見送り、数秒の静寂。時計の針の音だけが部屋に響き。
「おいおい……なんだよありゃ」
ラムダが口を開く。
「年端もいかねぇガキんちょがあんな目をするかよ」
頭をガシガシと掻きながら。
「ありゃ絶望を知ってる目だ。それも相当にドギツイやつ。あの子に何があったんです?」
ラムダは少々子どもに甘い節がある。それを優しさと取るか弱さと取るか、少なくともこの場において答えは出ない。
「詳細はまだ聞いていない。が、どうやらポケモンに誘拐されていた時期があったようだ」
「誘拐? ポケモンが人間を?」
そりゃ例が無いわけじゃないですが、とラムダは言う。ここで言う例とは主にスリーパーによる誘拐事件の事だろう。
自分が生まれるより前、かつてスリーパーが町の子どもをその能力で催眠状態にし、どこかへ連れ去るという事件があった。
結果だけを先に話せば懸命な捜索で見つけた子どもたちに別状は無く、
未だに誘拐した理由は判明していないが、警察の見立てでは食料の確保ーーつまり子どもの夢を食べる為だったとされている。オーキドはまた別の見解らしいがそれは置いておくとして。
閑話休題。オーキドから受け取った情報はこんなものだった。
曰く、ヨスガに居を構えるとある一家の一人娘がポケモンに攫われたと。
家主の男に話を聞いてみれば、夜に娘と団欒していたら突然ポケモンが飛び込んで来て自らを気絶させ、気が付いた時には娘がいなくなっていたという。
その娘こそがあの少女であり、誘拐したというポケモンがあのリオルだった。
理由について詳しい事はわかっていない。ただ、少女に家へ帰る意思はまるで無く、発見されたのもヨスガから遠く離れた場所にあるという
保護者であるナナカマド曰く、目が覚めた時には既に
「そりゃあ……誘拐が原因、ってわけじゃないんじゃないですかい?」
ラムダが顎を擦りながら言う。
「わたしもそう思います。リオルに催眠能力があるわけでもなし、彼女自身の意思で家へ帰る事を拒んだのでしょう」
「でも七歳くらいの子が誘拐に乗じてまで親元から離れたがる理由って何なのよ?」
「考えられる理由として妥当なのは家庭内暴力……ですかね」
アテナの問いにアポロが答える。
「……そりゃまあ、そんな感じになるよなぁ」
「しかし不思議ですね」
同じように話を聞いていたランスの疑問。
「そんな目に遭っているのならそれこそ警察に駆け込めばいいのでは? いかに子どもとて訴えがあれば動くでしょうに」
「駆け込まなかった──ではなく、駆け込めなかったのかもしれませんね。この辺りは情報が少ないので何とも言えませんが」
「親に押さえつけられてたとかかしら。どちらにせよ家の方に原因がありそうですわね」
ろくなもんじゃありませんわ、とアテナが鼻を鳴らす。
「まあこの話はここまでにしておきましょう。さしあたっては彼女の監視が必要です。既に逃亡の前科があるようですし」
アポロが話の流れを誘導する。
事実、あの少女には監視が必要だ。逃げないと言っていたのも所詮は口約束に過ぎず、オーキドのところで逃げられたのならここでも隙を見て逃げ出す事も可能なはずなのだから。
「教育係、ねぇ。シルバー様ならいざ知らず、他人の子どものお守りなどわたしは御免ですよ」
「なら俺にやらせてくれよ。子守りには自信がある」
「はぁ……貴方が一番駄目でしょう、ラムダ」
「? なんでだよ?」
不思議そうに眉を顰めるラムダだが、ランスの指摘は正しい。
「いや、ランスの言う通りだ。お前には許可出来ない」
「なっ……!? 何故ですサカキ様!? これでもシルバー様の子守りを担当する事だってあるんですよ!?」
「だからこそだ」
「……!?」
ラムダの事は信用している。シルバーの事についても不満は無い。故にこそラムダにだけは任せられない。
「ラムダ、お前にあの娘と深い関わりを持たないでいられると誓えるか。先程までのお前を見ている限り、どこかで必ず深入りをする」
「ぐっ……それは……そうかもしれませんが……」
事実、ラムダ自身にも断言出来ないようだ。これでは少女を任せることは出来ない。
オーキドのようなお人好しでも心を開かせる事が出来なかった以上、情で接したところで無駄な話だ。
「ならば私かアテナのどちらかが担当することになりますかね。私も色々と仕事があるので出来ればアテナにやってもらいたいところですが……」
「アテナも情に流されやすい節がありますからね。となるとやはりあなたがやるしかないのでは?」
「仕方ないでしょう。仕事に遅れが出る可能性はありますが……如何でしょう、サカキ様」
「構わない。遅れが出そうなら他の者や私に言え。その分は請け負う」
「恐縮です」
アポロが恭しく頭を下げた。これで少女の担当はアポロということになる。
アテナとラムダは過干渉、ランスは逆に放任し過ぎる可能性があったがアポロならその辺りを上手くやってくれるだろう。仕事に関しても他の者で補えるなら問題は無い。
一人の力には限界がある。しかし大勢の力を組み合わせる事で大きな力を生み出せる。それこそが組織の強さだ。そういう強さを求めてロケット団を作ったのだから。
その後も少女の部屋であったりどういった教育、接し方をするか等の話し合いをした。いずれはロケット団に入団させることも視野に入れつつ今後の予定を立てる。
そうしている間にアテナ達が戻って来た。時計を確認すると三十分程進んでいる。女性の入浴はやや長い。
「お待たせしました、サカキ様。この子もキレイになりましたよ」
「ご苦労」
短くアテナを労う。
入浴から戻って来た二人と二匹からは湯気が立っていた。少女の方も血色が良くなったように見える。風呂という落ち着いた環境が多少なりとも効いたらしい。
土汚れで見る影もなくなっていたロングの白髪も輝きを取り戻し、少女の格好も元々来ていた白いものではなく、黒一色のワンピースに変わっていた。
「色々オシャレなの買って来たんですけどこれがいいらしくて。まあ似合っていると思いますけど」
アテナが少し残念そうに言う。
自分は外見にそれ程頓着する方ではないが、それでも確かにこの少女に黒は合いすぎているくらい似合っていると感じた。
子どもにする表現として適切ではないが、未亡人という印象を受ける。
「ふむ、まるで人形のようだ」
「ああ、似合ってるぜ嬢ちゃん」
ランスとラムダの感想にも少女は無反応だ。ラルトスとリオルはランスに敵意を向けているようだが。
「アテナも戻ってきましたし、食事でもしながら先程の決定を改めて話しますか。夕食にはまだ早いので間食程度に」
「あたくし甘いものが食べたいわー……って、そうよ、この子の名前を聞いていませんわ」
アポロがメニューを広げているとアテナがそんなことを言う。そういえばまだ言ってなかったか。
ちらりと少女に目をやる。
沈黙。どうやら自分で名乗る気は無さそうだ。
「……リンカ、だそうだ」
「リンカちゃん、ね。お風呂の時に名前がわからなくて地味に困りましたわ」
アテナがぼやく。確かに名前がわからないとコミュニケーションが円滑に進まないだろう。
とはいえ、彼女の意向に沿うなら結果的にその方が都合がよかったと言える。
ランスも言っていたが、アテナは情に流されやすい傾向にある。不必要に名前を呼びかけて気分を害する、という事態を防げたのは僥倖だろう。
……既に干渉気味になっているように見える。ラムダ共々アテナには少し深めに釘を刺すとしよう。
ランスとアポロの口調ほぼ同じだから書き分けにくい。