リンカを引き取ってから半年が経過した。
他人を寄せつけない雰囲気は相変わらずだが、あの時の言葉通りこちらから不必要な干渉をしない限りは、オーキドの時のように逃げる気は無いようだ。
アポロの監視──もとい教育も順調なようで、話を聞く分には子どもとは思えない程に優秀らしい。
元々はロケット団の思想を刷り込む為の教育であったが、予想以上にリンカの頭がいいのと、常に側にいるラルトスとリオルの能力により不穏な狙いは即座に看破。
故に今は普通の勉学を教えているに過ぎない──と言っても参考書等を部屋に置いてリンカの自主性に任せているだけのようだが。
その中でも誤算というか、意外にもリンカ自らが興味を持った分野があった。
それがポケモンバトル。トレーナー同士がお互いのポケモンを戦い合わせる勝負である。
もちろんリンカはまだトレーナー資格を持っていない為に手持ちのポケモンがいない。ラルトスとリオルがそれに近いのだが厳密な意味では違う。
故に自分のサイホーンを貸し出し、リンカに構いたがっているラムダに相手を頼んで、偶然その場にいたランス、話を聞き付けたアテナと共に新人教育に使う本部の地下にある修練場へ向かうことになったのだが。
結果から先に言おう。
リンカの圧勝である。
ラムダのバトルの腕は決して高くはないし、まして本気を出したわけでもない。加えて自分のサイホーンはラムダのポケモンよりも
それでも初めてのバトルで、手を抜いていたとはいえロケット団としてバトルの経験もそれなりに積んでいるはずのラムダを圧倒してしまうのは異常と言う他ない。
これにはラムダは言うまでもなくアテナやランス、アポロまでもが驚愕し、また自分も例外ではなかった。
相手の動きを見切る目。急所を穿つ的確な指示。そして何より冷静な思考から生み出される戦術。
現セキエイリーグチャンピオンを彷彿とさせる──否、それすら超えるかもしれない天性の
勝敗が決し、無表情のまま修練場を後にし部屋に戻って行ったリンカの後ろ姿を見て思う。
──もし、もしも。
この少女がオーキドの元で才能を開花させていたら。チャンピオンを目指し旅に出たならば。
その道筋には間違いなくロケット団がいる。敵として我らロケット団が立っている。倒すべき悪として相対している。そんな有り得たかもしれない未来を想像し、戦慄した。
※ ※ ※
──嬢ちゃんに構いたい。
わりと切実な悩みである。
というのも、最近サカキ様が引き取った子ども──リンカ嬢が気になって仕方ないのだ。
あの日に見たこの世全てに絶望したかのような目がずっと忘れられない。
だから『子どもは元気で生意気であるべきだ』という俺の考えを根底からブチ壊しにかかってきたあの目をどうにかしようと色々考えているのだが。
「本人も関わんなっつってたしなぁ……」
頭をガシガシと掻く。
そう、リンカ嬢本人の希望で不必要な干渉はやめるよう言われているのだ。更に言うならサカキ様直々の命令でもある以上、それに背く訳にもいかない。
リンカ嬢も部屋に籠りきりかつ、教育役もアポロが担当しているので姿を見る機会すらそう多くない現状、何が出来るという訳でもなく。
「またこんなところを
「ランス……」
宛もなく部屋の周りを彷徨いていると、ランスが声を掛けてきた。
「貴方も暇ですね。それとも童女趣味でもあるのですか?」
「ブチ殺すぞテメェ」
開口一番にコイツは何を口走りやがる。
「冗談です。ですがここにいても貴方のやるべき事などないでしょう」
「うるせぇな、わかってるよそんなこと」
「なら仕事に集中してください。アポロがリンカに構っている分を我々で補う必要があるのですから」
「つってもなぁ。最近は書類仕事ばっかだし、アポロもアポロで結局自分の分は自分でこなしてるしで特にやる事もないんだよな」
ロケット団の仕事は大きく分けて二種類ある。
一つがロケットコンツェルンとしての開発や経営、その他書類仕事等の表社会の仕事。
もう一つがロケット団としての破壊工作や略奪、密猟、ポケモンの売買といった裏社会の仕事である。
ここ最近の仕事は専ら表仕事に比重が偏っており、それにしたって基本的にはサカキ様が一手に担っているので、たまにアポロが駆り出されるくらいで俺たちの出る幕はほとんどない。
故にこうして手持ち無沙汰になる時間は自由時間として使っている。ランスもこんな事を言っているが本当に忙しければ仕事に専念するやつなので、ここにいるということは俺と同じく暇なのだろう。
「同じ時間を無駄にするなら外周りでもすればよろしいのに。アテナはそうしていましたよ」
「ンなこと言ってどうせスイーツ巡りとかだろ。あー……俺もなんか食いに行くかなぁ……」
時刻は三時過ぎ。間食するにはいい時間帯だが、さてどうしたものか。
団子とか饅頭とか、そういう優しい甘味が食べたいなぁなどと考えていると。
「ここにいたかラムダ。ランスも一緒か」
ロケット団の首領であらせられるサカキ様が声を掛けてきた。側にはアポロ──と、珍しいことにリンカ嬢もいる。
久方振りにリンカ嬢の顔を見たが、やはり闇を抱えたあの目は変わっていない。数ヶ月そこらで改善するなら世話無いという話ではあるが。
「とと……お疲れ様です、サカキ様。何か御用で?」
「リンカがポケモンバトルに興味があるらしくてな。相手役を頼みたい」
「ええっ!? そ、そりゃ喜んで引き受けますが俺でいいんですかい?」
突然降って湧いた願ってもない提案に思わず一歩引いてしまう。しまった、これで心変わりされてしまったら絶好の機会を失ってしまう。
「ああ。と言っても本気のバトルではなく形だけのものでいい。アテナでも良かったが今はいないようだしな。断ってくれても構わんが」
「やります! やらせてください!」
慌てて食い気味に、今度こそ強い意志を見せる。いいだろう、とサカキ様は鷹揚に頷いた。
危ない。もう少し早く外に出ていたらこんなチャンスに恵まれなかった。目的がなくとも
ともあれ、ポケットから
『嬢ちゃんと遊べることになった^^』
爆速で帰ってきた返信には文字上限いっぱいに呪いの言葉が連ねてあった。
※ ※ ※
場所はロケット団本部地下に建設された修練場。普段はランスが新人にバトル教育を行うために使っている場所だ。俺自身もたまに利用してポケモンを鍛える事がある。
遮蔽物となる大きな岩が多数設置されているこのフィールドはルール無用の野戦を想定されており、トレーナーの判断力を鍛えるいいトレーニング場所となる。
コートの両端に立ち、向かい合うのは俺とリンカ嬢の二人。近くの観戦席にはサカキ様とランス、そして息を切らせて帰ってきたアテナ。そして審判役としてアポロがコート側面の中央に立っている。
リンカ嬢の使うポケモンだが、俺はてっきりラルトスかリオルのどちらかを使うと思っていたのだが、どうやらサカキ様のポケモンを借りているらしい。リオルはともかくラルトスはバトル用ではないということだろうか。
──まあ、お嬢様っぽいし愛玩用だったんだろうなぁ。
なんてことを考える。といっても、こちらの出すポケモンは変わらないのだが。
「二人とも、準備はいいですか」
「大丈夫よ」
「OKだ」
試合形式は1on1。どちらかのポケモンが戦闘不能になるか負けを認めた時点で勝敗を決する。
「では……バトル開始!」
アポロの宣誓に合わせてボールを投げる。繰り出すのはガスを撒き散らす紫の風船──どくガスポケモンのドガースだ。エースポケモンではないが初心者を相手にするならこのくらいが丁度いいだろう。
対して、リンカ嬢の繰り出したポケモンは──
「サイホーンか!」
──全身を濃い灰色の鎧のような甲殻で包み、鼻先に小さいながらも強力な角を持った四足歩行のポケモン──サイホーンだった。
対面は悪くない。こちらの攻撃は通りにくいし、サカキ様のサイホーンということはドガースが
ここは一つ、大人の余裕を見せてやることにする。
「先手は譲ってやるぜ、嬢ちゃん」
「そう」
短く答えたリンカ嬢がサイホーンに指示を出し、ドガースに向かって勢いよく“とっしん"させてきた。
サイホーンも決して身体の大きい種族ではないがそれでも“とっしん"の威力は計り知れない。
だがそれはあくまでもまともに喰らえばの話。
「避けろドガース!」
俺の声に応じてドガースがサイホーンの“とっしん"をヒョイと避ける。
ポケモンバトルとは指示の応酬。相手の行動が見えているのに何もせず攻撃を受けるなんてことは有り得ない。
故に指示を出し、攻撃を避けさせ、当てさせる。これがバトルの基本。
極論、相手の攻撃を受ける全てを避けて、こちらの攻撃は全て当てればそれだけで勝つことが出来る。ポケモンバトルにおいての指示とはそういうものだ。
「次はこっちから行くぜ嬢ちゃん。“たいあたり"!」
ドガースがガスを噴射しながら体全体を使って“たいあたり"を仕掛けにいく。『いわ』タイプを持つサイホーンに効き目は今ひとつだが、全く効かないわけではない。
このままだと直撃だが、さてどう出る?
「
「なあっ!?」
その指示を聞いて目を剥く。熟練のトレーナーならまだしも初心者があの場面でそんな指示はしない。相手の攻撃を避けることを真っ先に考えるはずだ。
それをリンカ嬢は真逆の指示をしてドガースの“たいあたり"を体で受け止めさせた。確かにタイプ相性で受けるのは容易だが素人のやる戦法じゃねーぞ!?
「“ふみつけ"」
サイホーンが足を持ち上げる。密着状態からドガースが逃れる術はなく、モロに直撃を受けてしまった。
「続けて」
「……っ、逃げろドガース! “スモッグ"!」
再度リンカ嬢の指示が飛ぶ。ゲームじゃあるまいし、相手がご丁寧にこちらの手番を待つなんてことはないのだ。驚愕から若干のパニックに陥った思考を戻してドガースに撤退の指示を出す。
逃げると同時に放った“スモッグ"は相手を『どく』にすることがあるが技の威力は物足りない。故にサイホーンの対しては有効打になり得ないが、逃げる時間を稼ぐくらいは出来る。
すぐに“スモッグ"を振り払ったサイホーンがこちらを睨む。期待してはいなかったが『どく』にもなっていないらしい。まだまだ戦意十分だ。
「参ったねこりゃ…… “ヘドロばくだん"!」
ドガースが口から紫色の液体を吐き出したが、それもあっさり避けられてしまう。
こちらの動きをよく見ている。本当に初めてのバトルなのかと疑いたくなるくらいの
「ばら撒き続けろ!」
時間稼ぎ程度の指示を出しておく。
しかしどうしたものか。こちらのドガースにはサイホーンに対して有効打がほとんどない。高く飛んで“ヘドロばくだん"を連射していれば勝てるだろうが、リンカ嬢初めてのバトルでそれをするのは流石にない。せっかく興味を持った分野なのだから一方的な試合展開は避けたい。
だから理想は接戦の末に俺がカッコよく勝ってリンカ嬢にバトルの面白さに目覚めてもらうこと。そうすれば多少心も明るくなるかもしれない。
ドガースでカッコよく勝つというのがそもそも難しい話ではあるが、少なくとも無様な試合をすることは許されない。
サカキ様は遊びでいいと仰ったが、それでは手を抜いていると思われるだろう。少しばかり本気で行く。
時間稼ぎももう限界だ。サイホーンは既に遮蔽物を上手く使って攻撃を避けつつ攻撃可能な距離に達しようとしている。
ドガースに距離を取らせて“ヘドロばくだん"を指示。詰まりかけた距離が開いてサイホーンが憎々しげに攻撃を避ける。
今のところろくに攻撃がクリーンヒットしていないが、少しでも掠れば毒が回る。時間をかければ疲労もする。持久戦に強いのが『どく』タイプのポケモンだ。粘り勝ちというものを見せてやろう。
「……“あなをほる"」
「!」
痺れを切らしたのか、リンカ嬢が初めてミスらしいミスを見せた。
あの歳でタイプ相性を理解しているのは実に素晴らしいが、俺のドガースの特性は『ふゆう』だ。『じめん』タイプの技は当たらない。どうやら流石に特性の知識まではなかったようだ。
「ドガース! 出てきたところを叩くぞ!」
地面に潜ったサイホーンを狙い撃つべく意識を集中させる。
暫しの静寂。やがてズズズ、と地響きが鳴り。
「今だドガース!」
サイホーンが地面から飛び出す。ドガースが『ふゆう』により上昇して攻撃を避ける。攻撃が空ぶった無防備な姿に“ヘドロばくだん"を当てるべく狙いを定めて。
「“
「なっ……!?」
──
サイホーンが
「どうした!? 飛べ、ドガース!」
ドガースが必死に飛ぼうとしているらしい姿は見えるがどうにもガスの出が悪い。まさか、と、ある可能性に気付く。
──『ふゆう』が無効化されている!?
そんな技があるなんて聞いた事がない。いや、特性自体を消したり、または入れ替えたりする技があるのは知っている。だがそれらは攻撃を伴わない変化技の一種であり、今のようにダメージを与えながら特性を消す技なんてのは俺の知識には存在していない。
少なくとも今現在のカントーでは確認されていない技。ならばサカキ様のサイホーンにも使えない技のはず。それが何故!?
──負けたくねぇ。
心の奥底から湧き上がった感情。そしてこの一瞬、カッコいい勝ち方だの、つまらない幕引きだのといった考えは全て消し飛んだ。
咄嗟にドガースが使える最高火力にして最悪の技を口に出し。
「ドガース! “じば"──」
「“
──また、知らない技──!?。
その声よりも先にリンカ嬢の指示が届く。
サイホーンの身体が猛回転する。勢いそのままに落下するドガースへと突撃し、その体力を一瞬で削り取っていく。
急所に当たった上に、効果抜群。そんな一撃をドガースが耐えられるはずもなく。
「……ドガース戦闘不能。よって勝者、リンカ」
目を回して『ひんし』になったドガースをただ呆然と見ることしか出来なかった。
設定的には四世代までの技は大体周知されてるけどそれ以降の技はほとんど情報が無いって感じです。存在自体はしてます。
だからこの作品のカントーでは基本的には四世代までの知識が限界。基本的には。