リンカちゃんとラムダの模擬戦から数週間が経った頃、サカキ様が遠征に出ると仰られた。
遠征理由も聞かされていたし特に反対する理由も無いので「いってらっしゃいませ」と見送ったのだが、困った事にラムダも遠征に行く予定を立てているという。
最近妙にやる気に満ちていて気持ち悪いと思って問い詰めたらこれだ。なぜ急にそんな行動的になるのか。
どうやら先日の敗北をきっかけに自分を見つめ直した結果こうなったらしい。
本当に気持ち悪い。貴方そういうキャラじゃないでしょう。いい歳した悪人面のオッサンの癖してキラキラオーラを振り撒かないでほしい。全く似合っていない。
話を戻して遠征の件について。
これは別にサカキ様に便乗したわけではなく、まして武者修行などと宣ったわけでもなくて、独自に調べ物をしている時に気になるものを見つけたんだそうだ。
曰く、非常に強力な個体の噂があると。どんな技で攻撃しても大した効果が見られず、逆に相手からの攻撃は大きなダメージになるというポケモンがいるらしいとのこと。
別にそれくらいどこでもある噂だろう、わざわざ遠征までする理由にはならないと却下しようとしたのだが、続く情報が気を引いた。
──なんでも、まるで感情が無いみたいなバトルをするらしい。
感情が無い、といえばリンカちゃんの事が真っ先に思い浮かぶ。正確には彼女は極端に感情の露出が少ないだけだが、如何にもタイムリーな話題だ。
単に強力なポケモンというだけならともかく、そういう話があるからこそのラムダの申し出。
あたくし個人としては行かせてあげてもいいと思ったけれど、こればっかりは他幹部の意見も仰ぐべきだろうと言う事で二人の元へと連行した。
結果から言うとラムダの遠征は通った。ただし一ヶ月という期間と成果を必ず持ち帰るという条件付きで。
多少期間が短いかもしれないが、ボスと幹部一人に穴を空ける期間を長く作るわけにも行かないので妥当なところだろう。ラムダもこの条件で了承し、晴れて海の向こうにある地方──噂のオーレ地方へと向かって行ったのが昨日の事。
一人あたりの仕事量が増えたので暇な時間は多少減ったが十分捌ける程度だ。
せかせかと仕事をこなしてようやく区切りがつくところまで終わったので休憩に入ろうと席を立ち、手を挙げて大きく伸びをすると背中から小気味良い音がポキポキと鳴る。
「うーん……とりあえずはこんなところかしらね。続きはお昼食べてからにしましょ」
時刻は一時手前くらい。外の空気を吸うついでにそのまま外食でもしようかと部屋を出ると。
「あっ、アテナ様! お疲れ様です!」
「あら、貴方も休憩?」
最近よく見かける下っ端の青年が敬礼してきた。時間的にもランスの訓練が終わったところなのだろう。
「はい、昼休憩を取らせていただいてます。といってもすぐに訓練を再開するのですが」
「そう。ところでこんな場所に何か用だったのかしら」
「アポロ様に呼ばれてまして。それも終わりましたので戻るところです」
なるほど、幹部室と訓練場の階層は離れているから通常下っ端がここまでやって来る理由はないのだが、
ランス曰く、この青年は下っ端の中でも筋が良いから多少目をかけてやっているらしい。アポロが呼び出した理由も恐らくはその辺に理由があるだろう。優秀な人材が育つのはロケット団にとって喜ばしい事である。
「あ、そういえば」
「何かしら」
青年が思い出したように疑問を口にする。
「最近立ち入り禁止になったあの部屋って何なんです? たまにボスや幹部の方々が出入りするのを見かけますが」
「ああ、あの部屋ね。下っ端が気にすることじゃないけど……そうね、知りたければ幹部になれるよう努力なさい」
などと発破をかけてみる。
実のところ、リンカちゃんの事は基本的にサカキ様と四幹部以外には存在を知られていない。
というのもリンカちゃんの存在が外部に知れると面倒な事になるからである。
リンカちゃんは元々オーキド博士のところにいたのをこちら側で引き取っている。それが何かの拍子に捕まったロケット団員の口からリンカちゃんの名前が出ればどうなるか。答えなんて考えるまでもないだろう。
もちろん、存在を周知させた上で口外しないよう釘を刺しておけばそうホイホイと話すような馬鹿も出ないだろうが、敢えてリスクを背負う必要も無い。
リンカちゃんの存在を秘匿しておくという方針は既に会議の中で決定している。故にこの青年にも話す事は出来ないのだ。
なのでこういう時は適当に発破をかけつつ牽制するというやり方が一番いい。
「わかりました、ご期待に添えるよう頑張ります!」
「ええ、頑張りなさい」
そう言って訓練場に戻って行く青年を見送りながら、今日の昼食は何にするかと考えるのだった。
※ ※ ※
そんなこんなでなんとか業務を回して一ヶ月が経とうとしていた頃、ようやくラムダが帰って来た。
「いやー、中々刺激的だった。しかしオーレには野生のポケモンが少ないんだな。コラッタすら見かけなかったぜ」
そんな事を言いながらオーレの土産物をデスクに並べるラムダに特別変わった様子は無い。尤も、こんな短期間で目に見えて人が変わるという現象は中々起こらないのだけども。
「それで、何か掴めましたか?」
「おうよ。とりあえず情報からだな」
アポロの問いにラムダが答える。
「まず強いって噂のポケモンの事だが、そいつらはダークポケモンと呼ばれてた。といってもそれを知ったのは結構後の事だがな。調査ついでにそこらのトレーナーにバトルを吹っ掛けてたんだが、何人かはそのダークポケモンを持ってたぜ」
「ダークポケモン……って、デルビルとかヘルガーとは違うの?」
「そいつらは分類としての名称だろ? 俺が言ってるのは、例えばコラッタやらポッポやらがダークポケモンになってるってこった」
「待ってください、先程バトルを吹っ掛けたと言いましたよね。まさかあからさまに怪しげな風貌の輩に仕掛けたんですか?」
「そこよ」
ランスの指摘にラムダがパチンと指を鳴らす。
「驚いたことにどう見ても一般人みたいな奴も使ってたんだなこれが。しかもそれがダークポケモンだって気づいてねぇみたいだった」
流石に違和感はあるみたいだったけどな、と続けて。
「んでまあ、戦いぶりだが噂の通りだったよ。見た目こそ普通のポケモンと一緒だが表情一つ動かしゃしねぇ。まるで機械と戦ってるみたいだった。こっちの攻撃は
「というと?」
「俺らみたいなのが向こうにもいたって事さ。スナッチ団とか名乗ってたな」
「
ランスが肩を竦める。
「まあ名前はどうでもいいんだけどよ。なんと俺のドガースが文字通りスナッチされた」
「何? モンスターボールを奪われたっての?」
「違う違う。ボールから出したドガースが捕獲されたのさ」
「はぁ!?」
思わず声を張り上げる。
基本的に既に捕獲されたポケモンを他人が捕獲するというのは不可能だ。捕獲した時点で所有者の情報がボールとポケモンに刻まれ、他のボールの干渉を受け付けなくなるのだから。
それが出来るのはポケモンを逃がして所有権を放棄した時のみ。それがこれまでの常識だったはず。
「いやーあの時は流石の俺様でもビビったね。変な機械付けたガキがボール投げて来たかと思えばその中にドガースが入っちまうんだもんよ」
「貴方それどうしたのよ」
「もちろん全力で追いかけたさ。んでアジトっぽいところ見つけたから隙見て奪い返そうと思ってたんだが、どっかに搬入しようとしてたんでついでにそっちも見てやろうと潜入したのよ」
ラムダの語りは続く。
「それで荷台に隠れて揺られてたら何かの研究施設みたいなところに着いてな。荷物に紛れて中に入ったら怪しいの何の。ダークポケモンって名前もそこで聞いたな」
「話が長いですね。要点だけ押さえてくれませんか?」
トントンとデスクを指で叩きながらランスが急かした。
「へーへー、んじゃさっさと終わるか。結論から言やそこが元凶だった。ダークポケモンを作る実験を繰り返していずれはそいつで世界征服ってやつだな。で、作り出すって事は材料があるってこった」
ラムダがバッグを開けて中身を探る。
やがて取り出したのは試験管に入った黒い何か。見るだけで明らかに良くないものだとわかるそれの名前をラムだが口にする。
「『ダーク因子』。こいつを注入すればダークポケモンが作り出せるんだってよ」
「ふむ……これが……」
アポロが興味深そうにそれを手に取り眺める。研究家気質のあるアポロの目にはそれなりに価値のあるものに映ったのだろうか。
「それより、貴方を襲った子どもが持っていた機械とやらの情報は無いのですか?」
逆にそういった事に関心の無いランスは即効性のありそうな機械の方を求める。
「ああ、スナッチマシンか? そっちは在庫が無かったみたいで持ち帰れなかったんだ、悪いな」
「そちらの方が重要度は高そうですが……」
じっとりとした視線を向けるランス。確かに実用度合いで考えるならロケット団の目的と噛み合うそちらの方が都合がいいだろう。
「まぁいいんじゃない? こっちで聞いた事ない技術だし、下手に使ったら技術元や渡航履歴から色々バレちゃいそうだわ」
しかしカントーには存在しない、あるいはあったかも知れないが記録に残っていないものを使えばそこから足跡を辿られてしまう可能性がある。
効果も見た目にわかりやすく、如何に海外産のものとはいえ本腰を入れて探せばすぐに技術元は見つかるだろう。警察を舐めてはいけない。
「まあアテナの言う通りかもしれませんね。設計図くらいはあっても良かったかもしれませんが……とりあえずはこれで良しとしましょう」
手に持った『ダーク因子』をデスクに置いたアポロが言う。
「ラムダ、貴方はこれを使うつもりですか?」
「いいや? 持ち帰っといて何だが気持ち悪いから俺はパスだ。わかっちゃいたがリンカ嬢との関係も無さそうだしな」
「貴方ねぇ……」
あっけらかんと言うラムダに呆れてしまう。自分で使う気が無いものを持ち帰って来たのかこの男は。
「……まあいいでしょう。使うかどうかは置いておくとしてこれは研究対象ですね。上手くやればデメリット無しに戦力増強に繋がるかもしれませんし」
「無条件に言う事を聞く強力なポケモンを作れる……と言えば聞こえはいいのですがね。とりあえずは研究成果待ちですね」
「そうね。自分で使うにせよ下っ端に使わせるにせよこのままじゃ不確定要素が多いわ」
何も持ち帰らなかったわけではないけど、さりとて即効性のある代物でもない。
まあ一ヶ月程度の遠征じゃこんなものだろう。そもそもラムダにそういった方面の成果は期待していない。可能性があるだけ充分というものだ。
「ではこれは私が預かっておきましょう。他に何かあれば聞きますが」
「いいや、成果らしい話はこれだけだな。土産話ならたくさんあるが聞くか?」
「そうですね、折角ですし聞いておきましょうか。ただし休憩が終わるまでですよ。まだ仕事が残っているんですから」
「わかってるよ。んじゃさっきのガキの話でもするか。目付きの悪いエーフィとブラッキー使いだったんだがよ──」
そうしてオーレのお土産を食べながら雑談に花を咲かせる。
今日のロケット団はいつになく平和だった。
日常回のようなものにしれっと紛れる『ダーク因子』。
ちなみに造語なのでこんな設定原作にはありません。
今後オリジナル要素が出た時にフレーバーテキストが欲しいか
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欲しい
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要らない