人形少女の使い方   作:林公一

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良い人悪い人

 サカキとの実演を兼ねた一戦以降、頼まれ事が少しだけ増えた。

 と言ってもやる事はちょっとした助言であったり、どうしても理解や再現の出来ない技の実演だったりといった簡単なものだ。

 わたしが最初に言った『必要以上に関わるな』という約束は守られている。尤も『必要なら手を貸す』とも言ったのだけど。

 今日も研究の大詰めという事で呼ばれたけれど、確かにほとんど形になっていた。遠くないうちに完成するだろう。

 どうあれ、部屋の外に出る機会が増えたのは確かだ。そんな中で関わる回数が増えてしまった人がいる。

 

「おっ、お嬢ちゃん。元気かい?」

 

 研究室からの帰り道、陽気に話しかけてきたのは件の人物──ロケット団幹部の一人であるラムダだ。

 

「……たった今、そうでもなくなったわ」

 

「そりゃ大変だ、部屋まで送ってやるよ」

 

 そんなラムダの申し出に内心辟易とするものの、特別断る理由もないので大人しく連行されることにする。

 別にこの人に限った事ではないけれど、わたしは善意というものが苦手だ。それを向けられるとどうにも居心地が悪くなってしまう。ナナカマドやオーキドのところから逃げ出したのもこういう理由が大きい。

 だからこうして何かと気にかけてくれるラムダはきっと悪い人ではないのだろうけど、その意味では相性が悪いと言える。ロケット団に属している時点でいい人も何もないのだけども。

 その点、サカキとアポロはとても付き合いやすい。話していても余計な感情が入り込まないから気疲れしないし、ランスはそもそもわたしにあまり関心を示さないから話をする事自体が稀。アテナは善意を以て接してくるから苦手だけれど、積極的に関わってくる人ではないのでセーフとする。

 となると必然的にラムダはわたしの中で会いたくない人ナンバーワンの座を欲しいままにしてしまうのだ。

 

 付き合うならば打算的に。そうでなければ無関心に。悲しい事にラムダはそのどちらも満たせていなかった。

 

「ほら、着いたぜ」

 

「どうも。じゃあさようなら」

 

「おう、またな」

 

 短く別れを済ませて自室に入る。

 散々言ったけれど、ラムダもちゃんと距離は弁えてくれている。心の中にまで文句を言うのは流石にお門違いが過ぎるというものだ。それはわかっている。

 わかっているが感じ取れてしまうのだから仕方がない。ラムダの事はこれからもなるべく意図的に避けるようにするとして。

 

「疲れたわ……」

 

 ぼふっ、とベッドに倒れ込む。ふかふかの感触が心地良い。

 

「らぁる?」

 

「サーイ?」

 

「大丈夫よ。すぐに良くなるから」

 

 最近手持ちになったサイホーンがラルトスを乗せてやって来た。

 ラルトスとリオルが外に出ているのに一匹だけボールの中というのもかわいそうなので出しっぱなしにしているけど、存外相性は悪くなかったようで。

 最初こそぎこちない関係だったのがすぐに仲良くなり、今ではサイホーンの背がラルトスのお気に入りの場所になりつつある。

 リオルとも悪くない関係を構築しているようで、部屋の隅で物が壊れない程度にバトルの真似事をしてるのを見る事が出来る。

 

 その様子を見ていて気付いた事だけど、あのリオルは相当に優秀だ。

 練度(レベル)が高いわけではないけれど才能(個体値)があるというか。そう、言わば天賦(6V)のリオルといった感じだ。

 天賦の才を持つリオル。それはつまり種族の頂点へ到達する事が出来る可能性を秘めた個体だ。その身に宿る潜在能力は計り知れない。

 流石にサカキのドサイドンクラスに勝てと言われると無理な話だが、あのサイホーンくらいなら恐らく余裕であしらえる。少なくともラムダが持っていたドガース相手なら百回戦っても負けないだろう。

 ただやはり気にかかるのは、何故それだけの才を持ちながらわたしなんかと一緒にいるのか、という事。

 

 種族や個体差はあるにせよ『かくとう』タイプのポケモンは自身を鍛える事に喜びを感じる傾向にあるし、ましてリオルという種族は闘争心がやや強めだ。そんなポケモンが闘争の気配を感じさせない人間と行動を共にするというのも変な話である。

 特にリオルに何かしたわけでもされたわけでもないのにわたしの元から離れないのは、やはりわたしを守ろうとしているからなのだろうか。

 あの時の行動から考えればそう捉えるのが自然なのだけれど、少しばかり超能力が使えるだけの人間を守る理由に結び付かない。むしろ普通の人間と比べれば力がある分、守る必要が無い部類に入ると思う。

 

 ベッドに座り直してなんとなくサイホーンの頭を撫でてみる。

 ゴツゴツした硬い岩のような表皮。人間がこの子の突進を受けたらひとたまりもないだろう。元々サカキの手持ちだった故によく鍛えられているのがわかる。

 

「あなた、報酬としてわたしのところに来たけど、あなたはそれでよかったの?」

 

「サイ」

 

「そう。あなたがいいなら構わないわ」

 

 このサイホーンはラムダとの模擬戦でサカキに借りた子だ。あの時はまさか自分の手持ちになるとは思っていなかったのでわからないものだな、なんて思う。

 サイホーンの頭を撫でながら。

 

「わたしね、自分の子には名前をあげたいと思ってるの。もちろんあなたが良ければだけど」

 

 コクリと頷くサイホーン。その姿に微笑みながら名前を告げる。

 

「『リノ』。それがあなたの名前よ」

 

「…………」

 

 沈黙が流れる。

 気に入らなかったのかと別の名前を考えようとすると、サイホーンがぐいと頭を手に押し付けてきた。

 

「サイ」

 

「……もっと撫でろって?」

 

 ……存外に甘えたがりのようだ。ともあれ、この子の名前は『リノ』でいいのだろう。ご所望の通りに硬い頭を撫でてやる。

 

「らぁる!」

 

「あなたたちはだめよ。まだ手持ちじゃないもの」

 

「るぅ……」

 

 自分もと主張するラルトスに断りを入れる。

 厳密にはサイホーンも手持ちというわけではないけれど、所有権がわたしにある以上は正式なトレーナーでなくとも手持ちという認識でいいだろう。

 その点で言えばラルトスもリオルもボールに入っていない為、いくら懐いていようと手持ちではない。

 わたしのものだと主張出来ない以上は名前を付けてやる気は無かった。

 

「それにあなたたちもそのうち気が変わるかもしれないし」

 

「らぁる! らぁるぅ!」

 

「わ」

 

 それだけは無い、と言わんばかりに飛び込んでわたしの胸をぽかぽかと叩くラルトス。種族柄力が弱い為全く痛くないが抗議の意思は痛い程伝わってくる。

 

「わかったわ。ボールを手に入れたらね」

 

「らぁる!」

 

 ラルトスをリノの背中に乗せてやる。

 この子とは物心ついた頃から一緒にいるからほとんど家族のようなものだ。ずっとラルトスと呼んでいたから逆に名前を付けるのに困ってしまう。とはいえ本人が欲しがっているのなら何か考えておこう。

 

 とにかく今は疲れてしまった。人の多いところは色んな感情が渦巻いていて、わたしの意思に関係無く読み取ってしまうから苦手だ。今日は研究の成果が出そうだという事でいつもより長くその場にいたのも理由の一つ。

 慣れてしまえば楽なのだろうけど、自分のものにせよ相手のものにせよ感情の処理が下手なわたしにとってそれは非常に難しいと言える。自分の意思で力のオンオフを制御出来ればいいのだけどどうにも上手くいかない。やはりあまり人と関わらないのが一番だ。

 ベッドに潜り込んで瞼を閉じる。疲れを取るのは眠るのが最適である故に。

 

 

※ ※ ※

 

 

 目が覚めると部屋の中が暗くなっていた。電気を付けて窓の外を見てみれば、既に日は落ち夜に差し掛かろうとしている。

 ラルトスたちの姿を探せば、サイホーンにもたれかかって眠っているのが見えるがリオルがいない。

 軽く部屋を見渡すと隅の方で本を読んでいるのが見えた。ベッドから降りて傍に寄ってみる。

 

「何を読んでるの?」

 

 リオルが本をわたしに見せる。それはカロスで発行されている雑誌だった。

 リオルが見ているページには、カロスのトレーナーと思しき老人のルカリオがメガシンカした姿──メガルカリオの写真が載っている。

 

「……強くなりたい?」

 

 返事は無い。

 なんとなくリオルの頭に手を伸ばす。逃げられるかと思ったけれど、彼はその手を受け入れて頭を撫でさせてくれた。

 

「……本当なら、あなたはもっと強いトレーナーの元に行くべきだと思うけれど」

 

 その方が彼の才能を活かす事に繋がるのは明白だ。それはリオル自身でもよく理解しているはず。それでもわたしの元から離れないのはきっと彼なりの理由があるのだろう。別に迷惑しているわけでもないのだし好きなようにさせておく。

 

 くぅ、と音がした。

 

 音のした方へ振り返ると、いつの間にか起きていたらしいラルトスが恥ずかしそうにお腹を抑えているのが見えた。

 

「らる……」

 

「……そうね。時間も時間だものね」

 

 ふっと笑みを零してラルトスの傍まで寄って抱き上げる。

 普段ならこれくらいの時間になっていると、幹部の誰かが夕食を持って来てくれるのだが今日はその気配が無い。

 

「……もう少し待ちましょうか」

 

「らる」

 

 それから待つ事三十分程。やはり食事が来る気配が無い。

 別に自分だけなら一食くらい抜いても構わないのだけど、この子たちにこれ以上空腹を我慢させるのは気が引けた。

 

「……仕方ないわね。あなたたちはここで待ってて」

 

 扉を開けて部屋を出る。ポケモンフーズがあるかはわからないが、食堂に行けば何かしら食べ物があるだろう。

 そう思って食堂がある階を目指して廊下を歩き、エレベーターの前に着く。そしてボタンを押して到着するのを待っていると。

 

「……ん? なんでここに子どもが? 団員にこんな子どもいたか?」

 

 声のした方へ振り向く。その服装からロケット団員の下っ端だというのがわかる青年がわたしを見ていた。疑惑、疑念、後は排除や攻撃の意思も若干見え隠れしている。

 さて、困った事になった。わたしの存在はどうやら下っ端には隠されているらしく、サカキからも許可が無い限りは不必要に部屋から出ないよう、特に階下には行かないよう言われていた。

 元より部屋から出るつもりなど無かったし、そうする意図もある程度わかっていたので了承したのだけど、この階層まではあまり上がって来ないと聞かされていた下っ端とここで会うとは。

 どう誤魔化したものかと青年の視線を受けながら思考を巡らせていると、背後から声がした。

 

「あら、ここにいたのね。探したわよ」

 

 声に振り返ってみると、そこにはアテナがいた。どうやら部屋にいないわたしを探していたらしい。

 

「アテナ様、その子どもは?」

 

「ああ、この子? 親戚の子なんだけど、どうしても外せない用事があるから預かってくれないかって頼まれたのよ」

 

「なるほど、親戚の。てっきり侵入者かと思いましたよ」

 

「……そもそも子どもがこんなところまで来る事はないと思うわよ?」

 

 表情一つ変えずに澱みなくアテナが言う。よくもまあスラスラと言葉が出るものだ。お陰で助かったけれど。

 

「それで、貴方はまたこんなところで何をしてたのかしら? もう今日の活動は終わっているはずだけど?」

 

「ああ、その件でランス様に報告し忘れた事があったんですよ。それで戻って来たんですが姿がお見えにならなかったので帰るところでした」

 

「そう。それならあたくしが伝えておくけど」

 

「いえ、人伝(ひとづて)では少々説明が難しいと思いますので。それにアテナ様のお手を煩わせるわけにもいきませんし」

 

 青年が謙虚な姿勢を取る。そんな姿にアテナはふぅんと一言。

 

「それなら早くお帰りなさい。それと無闇に上の階へ来ない事。何処かのスパイと疑われても知りませんわよ」

 

「お心遣い痛み入ります。では」

 

 そうして下っ端がエレベーターに乗って下に降りていく。あの青年はアテナの目に剣呑な光が宿った事に気付いていただろうか。

 

「ふぅ──リンカちゃん、部屋を出ちゃダメって言われてたでしょう?」

 

「勝手に出たのは謝るわ。だけどポケモンたちがお腹を空かせてるの」

 

「あら、それはごめんなさい。どうしても外せない仕事があって……急いで何か作るわ」

 

 エレベーターのボタンを押しながら言ったアテナを見上げて。

 

「……アテナが作るの?」

 

「そうよ? というか普段貴方が食べてるものはあたくしが作ったものよ」

 

 なんというか、意外だった。

 失礼な話ではあるがアテナが料理出来るとは思わなかった。なんとなく外食ばかりしていそうなイメージを持っていたから。

 

「……なんとなく貴方の考えてる事がわかるわ」

 

「ごめんなさい。自分で作る気でいたから」

 

「あたくしは料理を作る気でいた貴方にびっくりよ。じゃ、作ってくるから部屋で待ってなさい」

 

 そう言ってくすくすと笑ったアテナは軽快な音を鳴らして開いたエレベーターに乗り込んで降りて行った。

 

「……伝えるべきだったかしら」

 

 静かになった廊下で思い返すのはあの下っ端の青年。なんとなくタイミングを逃して伝えそびれてしまった事。

 

 あの青年は()()()()()()()

 

 アテナもあの目を見る限りではあの青年を全面的に信用しているわけじゃないだろう。けれど明確な証拠が無いからお咎め程度で済ませたといった感じか。

 野心があるのだろう。それは例えば出世したいとか、世を見返したいとか、自分を認めさせるとか。そんな感情が常に浮かんでいた。

 ロケット団において野心があるのはいい事なのだろうけど、その幹部に対して嘘を言うのはどうなのだろうか。少なくとも胸を張れる理由でここに来たのではあるまい。

 

「……警戒はしておきましょう」

 

 一応、あの青年から悪意のようなものは感じられなかった。嘘を吐いたのも上司からの叱責を回避する為だったと考えれば納得もいく。それに釘を刺されていたし暫くはここに来る事もないだろう。

 

 そう結論付けて、わたしは部屋に戻った。

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