平戸ちゃんのお話   作:伊村ハク@駄文存在

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          08. 「 お で か け 」

 

 

 「本営」とは。

複数の鎮守府を統括(とうかつ)する司令部。その略式名称。

全世界に何ヶ所か存在し、各々(おのおの)の地域の鎮守府を管轄(かんかつ)している。

 

地域によってその扱いは異なるが、

一般的に、人間が船舶を運用する通常の海軍とは区別されており、

その場合、大まかには「特別海軍艦娘統括総司令部」といった意味合いとなる。

海軍を統括する従来(じゅうらい)の機関から独立する形で設立された、比較的歴史の浅い組織である。

 

 堅苦しい話はさておき。

平戸からしてみれば、提督は結構(けっこう)ものぐさなところがあり。

アウトドア志向(しこう)のわりに滅多(めった)なことでは鎮守府の構外(こうがい)へは外出したがらないため、

日々の鍛錬(たんれん)は欠かすことが無いとはいえ、健康面が幾分(いくぶん)、心配でもあった。

唯一の例外が、年に一回、全国の鎮守府の提督が参加して「本営」本庁舎の会議場で開かれる

「提督総会」で、今日がその開催日に当たる。

 

出席して既定(きてい)の書類を提出しなければ、

ペナルティとして、ただでさえかつかつな鎮守府の運営資金が削減される。

多分。いや、確実に。サボタージュはありえなかった。

 

 

 

 …三十時間ほど前。

提督は外出用のビジネスバッグを持ち、

提督の(かたわ)らに()(したが)う平戸は、必要になりそうなこまごまとした日用品を包んだ

風呂敷包(ふろしきづつ)みを(たずさ)えて、

さわやかな朝の日差しの()(そそ)ぐ中、

二人でローカル線の田舎駅からディーゼル機関の一両編成へ乗り込んだ。

 

日中(にっちゅう)、何本か似たような路線を乗り継ぎ、その日の夕刻頃(ゆうこくごろ)になってようやく基幹駅(きかんえき)へ出ると、

今度は夜行列車に長時間()られる。

 

「提督、よろしかったらどうぞ。」

 

 カタコン、カタコンという軽快な振動の続く夜行列車の車内で、

対面式のリクライニングシートの向かい側に座った平戸が、紙コップに(そそ)いだペットボトルの

緑茶を差し出してくる。

 

特急の車両を利用した夜行は窓が開かないので、季節の変わり目などで

空調(くうちょう)()()いていない時もあり、それほどではないが、少しばかり暑さを感じる。

食後しばらく()ってちょうど(のど)(かわ)きを(おぼ)えていた提督は、礼を言ってありがたく受け取った。

 

明るければ窓の外の光景を楽しむこともできたであろうが、田園風景は夜の暗がりの中に沈み、

過ぎ去る電柱が列車の速度を示すばかりである。

 

平戸は車内で出たごみは持ち帰る派だ。

当日帰路(きろ)につけない時には、駅構内のごみ箱を利用する。

提督などは、持ち帰るまでしなくてもいいのではないかと思ってしまうのだが、

そういった所が、いかにも平戸らしいと言えば平戸らしい。

 

「歯磨きは…もうされましたよね。眠たくなりましたら、アイマスクと膝掛(ひざか)けがありますから、

おっしゃってくださいね。」

平戸が、手に持った(みょう)目力(めぢから)の強いイラストが描かれたマスクを、提督に向けて示してくる。

 

「ああ、あと、保冷ポーチに売店で買った冷凍ミカンが…。」

…どこぞのネコ型ロボットのポケットの(よう)に、何でも出てくる風呂敷包(ふろしきづつ)みである。

 

人が運用する船舶だった頃の、過去の記憶に(しば)られてのこともあり、

平戸は提督に対して、甲斐甲斐(かいがい)しく、とてもよく尽くしてくれる。

文句など言っては、ばちが当たろうというものだ。

ありがたい事ではあるのだが…。

いささか唐突(とうとつ)ではないかと思いつつも、提督は平戸に(たず)ねてみる。

 

「平戸は…、もし、一つだけ選べるとしたら何をしたい?」

 

座席の横の、一端(いったん)をほどいた風呂敷きの中に手を突っ込んだまま、

提督の方に目を向けて、平戸が体の動きを止める。

 

「ああ、いきなり変なことを聞いてすまない。気にしないでくれ。」

 

少し考えこむくらいの反応でよいのだ。

ここで、提督のおそばで…、と即答されるのは少し困る。

 

「いえ。すぐには答えを思いつかなかったものですから…。そうですね…。敷浪さんのおかげで

私にも、そういったことが少しづつですが分かりかけているような気がします…。ですが、まだ

はっきりとは…。一応、あるにはある、のですけれど…。」

 

「ふむ。それは?」提督は先を(うなが)す。

すると、平戸は(ひざ)の上で手をそろえて姿勢を正し、()ずかしげに(くび)(ちぢ)め。

 

「秘密です。」

平戸には珍しく、茶目(ちゃめ)()を帯びた表情で、そう答えた。

 

「そうか…秘密か。」

「はい、秘密です。」

 

秘密…。

外部からの強制とならぬよう、より自然な形での自我の発展を見込み、

考えうる限りの最善の方策(ほうさく)として敷浪に(たく)した平戸の中には、

過去の束縛を徐々に乗り越え。今も、自律した意識が明確に成長を続けている。

それを確認し、提督は安堵(あんど)する。

 

そのまましばらく顔を見合わせていた二人は、どちらからともなく妙におかしさがこみあげて。

二人してくすくすと笑いだしてしまう。

 

ここが夜の夜行列車の車内であることを思い出し。

(あわ)てて口を手で押さえる平戸と提督であった。

 

列車内で睡眠をとり。明け方になってたどり着いた先方(せんぽう)最寄(もよ)(えき)から、路線バスに乗り換えて、

しばらくするとやっと目的地である。

 

 

 

 そして現在。都会のすがすがしく活気に満ちた午前の空気の中。

入場門のそばの守衛所で受け付けの順番を待ってたたずみながら、提督がボソッとつぶやく。

 

「ようやく…着いたな。」

「…はい。」

髪がほつれ、心なしか、平戸の顔も少し老け込んでいるように見えた。

 

 やがて、受付のために提督がそばを離れ平戸が一人になると、

こつん。と、平戸は頭にかぶる水兵帽に何かが軽く触れるのを感じた。

 

足元にその何かが転がる音を聞いて(さっ)する。

顔を向けると、平戸から少し離れたところで鼻水を()らした園児くらいの背丈の子供が、

小石を投げるために振り上げた手を下ろしながら、じっと平戸の方を(にら)みつけていた。

 

艦娘の出自(しゅつじ)については、人類側の劣勢があるていど終息(しゅうそく)した近年(きんねん)においても

基本的に関係者以外へは公表されていないが、

けして遠いとはいえない過去の時代に、深海棲艦による人的な損失も数多く(こうむ)ったので、

似たような性質を持つ艦娘に対する忌避感(きひかん)は、

本営による人類の味方としての宣伝の効果もあり、目立つ程ではないにしろ、

(いま)だに軍内部にも、一般人の中にも、少なからずくすぶっている。

 

ともあれ、年端(としは)もいかぬ子どものすることである。

ある艦娘であれば、苦笑いをしてさらっと受け流したであろうし、

またある艦娘であれば、不器用なりにその子と仲良くなろうと()()くしたかもしれない。

 

しかし平戸はそれを、無表情に、ただ淡々(たんたん)と受け入れる。

ほとんど実害の無い子供の行いの向こうに存在する、幾多(いくた)の忌避感の(つら)なりを包括(ほうかつ)して。

”私はそうされて当たり前の存在だから…。”

 

「平戸…。」

 

表情を失った顔のまま、平戸が提督の方をゆっくりと振り返る。

(くだん)の園児は平戸に背の高い大人が近づく気配を感じると、さっさと(きびす)を返して走り去っていた。

 

提督は平戸の心が戻るのを待つかのようにしばらく間を置くと、

水兵帽の乗った頭を優しくひと()でする。

 

「…あ、提督?」

悪い夢から目を覚ましたかのように、ぼんやりとした表情で提督を見上げる平戸。

 

「行くぞ。」

まだ本調子(ほんちょうし)ではない平戸の背中を支えるように手をやり、

地面に転がっていた風呂敷包みを(つか)むと、共に本営の構内へと

歩みを進める提督であった。

 

 

 

 平戸に手荷物を(あず)けて関係者待合室に残し、天井の高い、広々とした大会議場へと

足を踏み入れた提督は、

階段状に配置された座席に座る数多くの同業者の中に、さっそく知り合いの顔を見つけ、

軽く挨拶(あいさつ)をした後、隣の席に腰掛ける。

 

それ程親しく交流しているわけではなく総会の(おり)に顔を合わせる程度だが、

この無精髭(ぶしょうひげ)の若者は、年齢差を気にすることなく提督に気さくに話しかけてくる。

 

口ぶりは少々荒っぽいが、かと言って極度(きょくど)礼節(れいせつ)()くわけでもなく、

()めるべきところではしっかりと締める独特の個性を持っていた。

 

鎮守府の(おさ)の採用には、ごく限られた人員による人格面での厳しい選考が行われているとも聞く。

それが事実とすれば、いささか閉鎖的で、恣意的(しいてき)な傾向も感じられるが、

艦娘を取り巻く現状を考慮すれば(いた)(かた)のない面もあるのかもしれない。

 

「毎度の事思うんだがあんた、秘書艦にしてはえらくちんまいの連れてくるじゃねぇか。」

平戸のことであろうか。

 

「あの()らの才能は大きさじゃ決まらんだろう。」

…俺はよく知っている。

 

それは記憶の彼方(かなた)のあの艦娘に(とど)まらず、

この提督の艦娘に対する全般的な認識であったが、

実際、平戸は執務室での事務仕事の手伝いも、それ以外の雑務も、専門外にもかかわらず

驚くほどスムーズにこなしてくれていた。

 

食い物を美味(うま)く食うコツは、いかに洗い物を少なくするかだ。

個人的な生活習慣に関して以前そう言及(げんきゅう)した時、

提督は平戸に、食事はきちんと()らないと体に毒です、と。

こっぴどく(しか)られてしまった。

 

「いや、そういうことではなくてだな…。」

相手は身を乗り出して小声で言う。

 

「ここに来る時くらい、排水量の大きな()に協力してもらってもいいんじゃないかってこった。

予算の配分に、色がつくんじゃねえか?」

 

確かに、戦艦や空母などの大型艦娘の運用には駆逐艦レベルとは比べ物にならない位の

桁違(けたちが)いの資材と時間がかかる。

見かけによらず悪知恵の働く奴なのだ。

 

…が。その悪巧(わるだく)みを口にした無精髭(ぶしょうひげ)本人はどうかというと。

母港に戦艦も空母もそれなりの人数がそろっている中、随伴(ずいはん)の秘書艦が

毎回それ以外の、しかも”特定”の一隻である時点で、お(さっ)しである。

他の鎮守府の経営状態にまでいろいろと思考をめぐらせてくれているのは、

感謝すべきところではあろう。

 

「まったく、根が堅物(かたぶつ)すぎるというか、何というか。」

「うちはそもそも、頼める相手を(かか)えられるほど(うるお)っちゃいないからな。」

「ははっ、違いねぇや。”灯台”辺りまで迎えに来られるなら、うちの娘を一人、

素知らぬ顔で流してやってもいいんだが…?」

「いくら艦娘でもさすがに無理があるだろう。それは。」

 

もちろん、冗談である。

一介(いっかい)の提督の身でありながら艦娘のレンタルなどという、そこまでの独断が

許されよう(はず)もない。

 

ちょうどそこまで話したところで総会の冒頭(ぼうとう)挨拶(あいさつ)が始まり、

相手はひらひらとくだけたそぶりで軽く手のひらを振って、話はそれまでとする。

 

 

 

 場所は変わって。

本庁舎本館の中に点在する待合室は、いずれの部屋も中庭に面していて、

中庭(がわ)は全面ガラス張りになっており、向き合う廊下側は両開きの大きな扉の開け放たれた、

開放感の感じられる空間である。

 

部屋の受付で、所定(しょてい)の書類の受け渡しと諸々(もろもろ)の事務手続きを終えたのち、

大会議場で行われている総会が終了するまでの間、秘書艦たちはこの部屋で

待機していなければならない。

 

総会は開会の挨拶(あいさつ)報告事項(ほうこくじこう)質疑応答(しつぎおうとう)の順に行われ、

提督とこの部屋の入り口で別れたのがおおよそ午前10時頃だったので、いつも通りに(とどこお)りなく

進めば、閉会は正午過ぎになるだろうか。

 

「あなた海防艦?」

 

 (ひざ)の上に風呂敷包みを()せ、部屋の中央に並べられた長椅子(ながいす)姿勢(しせい)よく腰掛けて

何ともなしにボーッと天井を(なが)めていた平戸は、部屋に集まっている秘書艦たち

の一人に声をかけられた。

 

戦艦、だろうか。いろいろと大きい。

紫色の制服を着用し、肩のあたりで切った短めの髪型に銀色の髪飾りを付けた、

優しげなまなざしの艦娘である。

 

「あ…はい、平戸といいます。初めまして…。」

「私は羽黒(はぐろ)。重巡洋艦。ちょっと待っててね?」

 

羽黒はそう言って(そば)を離れると、(ほど)なくして、

カフェオレの(そそ)がれた二人分の紙コップを持って戻ってきた。

 

「どうぞ?」

「あ、私はその、提督がまだ執務中なので、個人的に…。」

「そんなに緊張していては体がもたないわよ。(はら)()っては(いくさ)出来(でき)ぬって言うじゃない?

艦娘たるもの、いざという時、即座(そくざ)に動けるよう休める時はきちんと休まないと。」

柔らかくほほ笑みかけてそう言いつつ、平戸の横へと腰を下ろす。

 

緊張…しているように見えてしまっていただろうか。

相手に気を(つか)わせてしまったことを恥じつつ、(なお)も手にした飲み物を(すす)めてくれるので、

平戸はお礼を言って、ありがたく受け取った。

さっそく口にさせてもらうと、ほろ苦く甘く、香ばしい味が体に染み渡り、

気持ちがしゃんとする。

 

ふと。平戸はそこで、

待合室で待っている間に空腹を感じたら口にするよう、路線バスの中で提督から渡されていた

アーモンドチョコレートの箱の事を思い出す。

やはり、緊張していたのだろうか。

それまでの所、空腹を感じていなかったので未開封のままである。

風呂敷包みの中から取り出す。

 

「よろしかったら…。」

 

箱の(ふう)を開け平戸の方からも(すす)めると、

羽黒は合点(がてん)がいったかのように少し安心した顔になり、「おあいこだね。」そう言いつつ、

箱から一粒()まみ上げて(うれ)しそうに口にした。

 

「そう。総会への出席は初めてではないのね。」

 

どうやら羽黒は、平戸が初めてここに来て途方(とほう)()れている、と思ったらしい。

さすがに平戸の方がベテランという事は無かったが、

そのパターンは艦娘の世界では日常茶飯事的(にちじょうさはんじてき)に起こり得るものである。

 

極端な話。今、二人の目の前で談笑しているファッションモデルを彷彿(ほうふつ)

させるようなスタイルの一団が丸ごと、

平戸よりも(あと)に”(こぼ)れ落ちてきた”ということもありえるのだ。

 

「私たちの()()いは、一般的な人の女性のそれを参照して構築されていますから。」

「艦娘としての実際の構造と、認識の間にズレが生じてくるのね…。笑い事では

ないのでしょうけど、なんだか少し面白いわね。」

 

羽黒が頬に人差し指を当て、空中のつかみどころのないものに目を彷徨(さまよ)わせる

ようにしながらのほほんとした表情で相槌(あいづち)を打つ。

 

室内の隔離性が高く中庭の音は聞こえないが、快晴の抜けるような青空のもと、

つなぎ目の無い防弾ガラスの向こうの、青々と葉の茂る梅の枝に

飛来して遊ぶ二羽の小鳥が楽しげだ。それに目を()りながら。

 

「あの人ったら言葉()らずなんだから、もう。」などと羽黒が(つぶや)く。

 

待合室は(いく)つか用意されているので、平戸のことは今回、初めて目にしたのだろう。

それにしては対応の端々(はしばし)随分(ずいぶん)親身(しんみ)にも感じるが、

あまり深くは考えないことにする。

 

二人は気が合うのか程なく()()け、にこやかに会話に花を咲かせる。

やがて話題はお互いの鎮守府の物事に移り、羽黒の提督の(ひと)となりがわかり始めた。

少々がさつだが、気の付くべきところには気の付く気さくな人物らしい。ただし…。

 

「初めて会う人は言動のセンスに面食(めんく)らうでしょうけど。」

 

親しい間柄だろうが、そうでなかろうが、しょっぱなから手加減は一切しない

タイプのようだ。

 

その説明に耳を傾けつつ、羽黒の表情が幾分(いくぶん)(ゆる)みがちなのに平戸は気付いた。

平戸の提督への向き合い方とは少し違うようだが、その話し方からは

同じような強い信頼が感じられる。

 

求められるままに平戸も身の上話をする。

敷浪の事、如月の事、初風の事、鎮守府の皆の事。その話題を口にすると、

話している平戸自身が驚くほど前向きに、すらすらと言葉が流れ出てくる。

まるで、平戸の心にぽっかりと口を開けた、空虚(くうきょ)な部分を(おお)(かく)そうとするかのように。

 

そして、平戸の提督の事。

平戸の提督の話になると羽黒が驚いていた。

ある程度気付いてはいたが、今のところ同職中に平戸の提督ほど高齢な人はいないそうである。

 

背格好の説明をすると、すぐに思い至ったようだ。

「ああ、あのでっか…体格のがっしりとした方が…。とても40代には見えないわね…。」

 

コンプレックス気味の提督には気の毒であるが、

図体(ずうたい)のでかさは、もはや存在意義そのものの(よう)である。

 

 いつのまにやら時間も昼を回り、廊下の方がざわつき始めたと思うと

何人かの提督が部屋の中へと入って来始めた。総会が終了したらしい。

羽黒に別れの挨拶をして風呂敷包みを(かか)え、平戸は自分の提督のもとへと歩み寄る。

 

(はら)()ったろう。」

「チョコレート、いただいていました。」

 

そう返答した(あと)、なんとなく平戸が振り返ると、多くの艦娘と提督達の中に

羽黒と、その提督の姿が見えた。

平戸の提督の後ろから部屋へと入ってきた無精髭(ぶしょうひげ)の人物である。

確かに平戸が今、目の前にしている提督に()してかなり若い。

 

(むか)える羽黒は傍目(はため)に見てもうきうきと気持ちに張りがあり、それに向き合う無精髭の提督も

後頭部を手で()きながらまんざらでもなさそうである。

 

平戸の頭の中に、何故(なぜ)か「先生」の言っていた”一つ屋根の下”という言葉が思い浮かんだ。

あの二人が、そうなのであろうか。

羽黒の左手の薬指に、先ほどまでは気が付かなかった何かが光ったように見えた。

 

二人の姿に人間と艦娘の様々な関わり合いの一つの形を見たような気がして、

平戸は妙に(うれ)しくなってしまう。

だが、この手のことにしつこい詮索(せんさく)野暮(やぼ)である。

平戸は提督に(うなが)されるままに、待合室を後にした。

 

 廊下は鎮守府へと帰投(きとう)する秘書艦と多くの人々でいつものようにごった返していた。

提督も昼飯はまだなので、総会の終了後は帰りのバスに乗る前に、女科学者と待ち合わせて

町の定食屋の座敷(ざしき)あたりで適当に食事を()るのが恒例(こうれい)であった。

平戸が廊下の雑踏(ざっとう)の中に「先生」の姿を()ざとく見つけ、提督の手を元気に引っ張る。

 

「提督、こっちです。」

 

何だか今日の平戸は積極的だな。

提督はそう感じて気持ちがくつろぐ。

 

そうか、そんなに(はら)()っていたのか…。

まあ、こればかりはさすがに的外(まとはず)れである。

 

 本日は庁舎から外出せずに「先生」の作業場で店屋物(てんやもの)を取るようである。

提督は女科学者と顔を合わせるなり何やら難しい顔で情報の交換を始めた。

 

「まさか、大規模作戦への参加要請(さんかようせい)とはな…。」

 

近々(ちかぢか)何らかの作戦が発動される事は、総会の報告の中でも大まかに(にお)わされていた。

それ自体は特に珍しい事ではないのだが、その場の空気というか、前提というか。

何かしらのものが提督の思考に引っかかっていたのだ。

(ふた)を開けてみれば、思った以上にイレギュラーな雲行(くもゆ)きになっている。

 

戦艦や空母のような強力な艦娘の不足していた一昔前ならばともかく、

前線での戦況の膠着(こうちゃく)常態化(じょうたいか)しつつある近年においては、

平戸の提督が管轄(かんかつ)するような小規模の鎮守府は、近海警備の任務をこなして

細々(ほそぼそ)と生計を立てるのが(つね)である。

 

正直足手纏(あしでまと)いなので、(たと)端役(はやく)であろうと

作戦を構成する部隊に()()される事など、まず無い。

せいぜい、後方支援(こうほうしえん)一端(いったん)(にな)うのが(せき)(やま)だ。

余程(よほど)人手不足らしい。作戦の規模の大きさが(うかが)える。

 

「私も作戦の立案(りつあん)に関しては相応(そうおう)の時期が来るまでは蚊帳(かや)(そと)なのだが。信頼のおける方面から

耳に入って来る事前情報から察するに、やはり近頃では滅多(めった)にない程の広範囲かつ、大掛(おおが)かりな

ものの(よう)だ。(ちまた)噂話(うわさばなし)の裏付けもとれたと言っていいだろう。正式な通達(つうたつ)が来る前に、

今からでも、ある程度は準備を進めておいた方がいい。」

「助かる。しかし、うちに適任(てきにん)がいるかとなると…。」

 

執務に関係する会話なので、注意深(ちゅういぶか)(みみ)(かたむ)けていた平戸は、

会話の端々(はしばし)に聞こえる“対潜”という言葉にもしかして、という気持ちを呼び起こされる。

 

しばらくすると予想通り、

会話を続けていた背の高い二人が考え込むように足元の平戸を見下ろしてくる。

()かっていた事とはいえ。

存在感のある二人に注目されて、思わず目をしばたかせる平戸であった。

 

 

次回、「船揚げ場」

シリアス展開注意報発令。

 

 

【追記】(2022-08-14)

目次のページの付録に、この回(08.「おでかけ」)の続き的な話を

08-補.「彼岸と浮世と反抗期」として投稿しました。

本編のネタバレ的な内容は含まれませんので、このまま続けて

08-補.を読んでいただいて支障ありません。

 

 

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