「本営」とは。
複数の鎮守府を
全世界に何ヶ所か存在し、
地域によってその扱いは異なるが、
一般的に、人間が船舶を運用する通常の海軍とは区別されており、
その場合、大まかには「特別海軍艦娘統括総司令部」といった意味合いとなる。
海軍を統括する
堅苦しい話はさておき。
平戸からしてみれば、提督は
アウトドア
日々の
唯一の例外が、年に一回、全国の鎮守府の提督が参加して「本営」本庁舎の会議場で開かれる
「提督総会」で、今日がその開催日に当たる。
出席して
ペナルティとして、ただでさえかつかつな鎮守府の運営資金が削減される。
多分。いや、確実に。サボタージュはありえなかった。
…三十時間ほど前。
提督は外出用のビジネスバッグを持ち、
提督の
さわやかな朝の日差しの
二人でローカル線の田舎駅からディーゼル機関の一両編成へ乗り込んだ。
今度は夜行列車に長時間
「提督、よろしかったらどうぞ。」
カタコン、カタコンという軽快な振動の続く夜行列車の車内で、
対面式のリクライニングシートの向かい側に座った平戸が、紙コップに
緑茶を差し出してくる。
特急の車両を利用した夜行は窓が開かないので、季節の変わり目などで
食後しばらく
明るければ窓の外の光景を楽しむこともできたであろうが、田園風景は夜の暗がりの中に沈み、
過ぎ去る電柱が列車の速度を示すばかりである。
平戸は車内で出たごみは持ち帰る派だ。
当日
提督などは、持ち帰るまでしなくてもいいのではないかと思ってしまうのだが、
そういった所が、いかにも平戸らしいと言えば平戸らしい。
「歯磨きは…もうされましたよね。眠たくなりましたら、アイマスクと
おっしゃってくださいね。」
平戸が、手に持った
「ああ、あと、保冷ポーチに売店で買った冷凍ミカンが…。」
…どこぞのネコ型ロボットのポケットの
人が運用する船舶だった頃の、過去の記憶に
平戸は提督に対して、
文句など言っては、ばちが当たろうというものだ。
ありがたい事ではあるのだが…。
いささか
「平戸は…、もし、一つだけ選べるとしたら何をしたい?」
座席の横の、
提督の方に目を向けて、平戸が体の動きを止める。
「ああ、いきなり変なことを聞いてすまない。気にしないでくれ。」
少し考えこむくらいの反応でよいのだ。
ここで、提督のおそばで…、と即答されるのは少し困る。
「いえ。すぐには答えを思いつかなかったものですから…。そうですね…。敷浪さんのおかげで
私にも、そういったことが少しづつですが分かりかけているような気がします…。ですが、まだ
はっきりとは…。一応、あるにはある、のですけれど…。」
「ふむ。それは?」提督は先を
すると、平戸は
「秘密です。」
平戸には珍しく、
「そうか…秘密か。」
「はい、秘密です。」
秘密…。
外部からの強制とならぬよう、より自然な形での自我の発展を見込み、
考えうる限りの最善の
過去の束縛を徐々に乗り越え。今も、自律した意識が明確に成長を続けている。
それを確認し、提督は
そのまましばらく顔を見合わせていた二人は、どちらからともなく妙におかしさがこみあげて。
二人してくすくすと笑いだしてしまう。
ここが夜の夜行列車の車内であることを思い出し。
列車内で睡眠をとり。明け方になってたどり着いた
しばらくするとやっと目的地である。
そして現在。都会のすがすがしく活気に満ちた午前の空気の中。
入場門のそばの守衛所で受け付けの順番を待ってたたずみながら、提督がボソッとつぶやく。
「ようやく…着いたな。」
「…はい。」
髪がほつれ、心なしか、平戸の顔も少し老け込んでいるように見えた。
やがて、受付のために提督がそばを離れ平戸が一人になると、
こつん。と、平戸は頭にかぶる水兵帽に何かが軽く触れるのを感じた。
足元にその何かが転がる音を聞いて
顔を向けると、平戸から少し離れたところで鼻水を
小石を投げるために振り上げた手を下ろしながら、じっと平戸の方を
艦娘の
基本的に関係者以外へは公表されていないが、
けして遠いとはいえない過去の時代に、深海棲艦による人的な損失も数多く
似たような性質を持つ艦娘に対する
本営による人類の味方としての宣伝の効果もあり、目立つ程ではないにしろ、
ともあれ、
ある艦娘であれば、苦笑いをしてさらっと受け流したであろうし、
またある艦娘であれば、不器用なりにその子と仲良くなろうと
しかし平戸はそれを、無表情に、ただ
ほとんど実害の無い子供の行いの向こうに存在する、
”私はそうされて当たり前の存在だから…。”
「平戸…。」
表情を失った顔のまま、平戸が提督の方をゆっくりと振り返る。
提督は平戸の心が戻るのを待つかのようにしばらく間を置くと、
水兵帽の乗った頭を優しくひと
「…あ、提督?」
悪い夢から目を覚ましたかのように、ぼんやりとした表情で提督を見上げる平戸。
「行くぞ。」
まだ
地面に転がっていた風呂敷包みを
歩みを進める提督であった。
平戸に手荷物を
足を踏み入れた提督は、
階段状に配置された座席に座る数多くの同業者の中に、さっそく知り合いの顔を見つけ、
軽く
それ程親しく交流しているわけではなく総会の
この
口ぶりは少々荒っぽいが、かと言って
鎮守府の
それが事実とすれば、いささか閉鎖的で、
艦娘を取り巻く現状を考慮すれば
「毎度の事思うんだがあんた、秘書艦にしてはえらくちんまいの連れてくるじゃねぇか。」
平戸のことであろうか。
「あの
…俺はよく知っている。
それは記憶の
この提督の艦娘に対する全般的な認識であったが、
実際、平戸は執務室での事務仕事の手伝いも、それ以外の雑務も、専門外にもかかわらず
驚くほどスムーズにこなしてくれていた。
食い物を
個人的な生活習慣に関して以前そう
提督は平戸に、食事はきちんと
こっぴどく
「いや、そういうことではなくてだな…。」
相手は身を乗り出して小声で言う。
「ここに来る時くらい、排水量の大きな
予算の配分に、色がつくんじゃねえか?」
確かに、戦艦や空母などの大型艦娘の運用には駆逐艦レベルとは比べ物にならない位の
見かけによらず悪知恵の働く奴なのだ。
…が。その
母港に戦艦も空母もそれなりの人数がそろっている中、
毎回それ以外の、しかも”特定”の一隻である時点で、お
他の鎮守府の経営状態にまでいろいろと思考をめぐらせてくれているのは、
感謝すべきところではあろう。
「まったく、根が
「うちはそもそも、頼める相手を
「ははっ、違いねぇや。”灯台”辺りまで迎えに来られるなら、うちの娘を一人、
素知らぬ顔で流してやってもいいんだが…?」
「いくら艦娘でもさすがに無理があるだろう。それは。」
もちろん、冗談である。
許されよう
ちょうどそこまで話したところで総会の
相手はひらひらとくだけたそぶりで軽く手のひらを振って、話はそれまでとする。
場所は変わって。
本庁舎本館の中に点在する待合室は、いずれの部屋も中庭に面していて、
中庭
開放感の感じられる空間である。
部屋の受付で、
大会議場で行われている総会が終了するまでの間、秘書艦たちはこの部屋で
待機していなければならない。
総会は開会の
提督とこの部屋の入り口で別れたのがおおよそ午前10時頃だったので、いつも通りに
進めば、閉会は正午過ぎになるだろうか。
「あなた海防艦?」
何ともなしにボーッと天井を
の一人に声をかけられた。
戦艦、だろうか。いろいろと大きい。
紫色の制服を着用し、肩のあたりで切った短めの髪型に銀色の髪飾りを付けた、
優しげなまなざしの艦娘である。
「あ…はい、平戸といいます。初めまして…。」
「私は
羽黒はそう言って
カフェオレの
「どうぞ?」
「あ、私はその、提督がまだ執務中なので、個人的に…。」
「そんなに緊張していては体がもたないわよ。
艦娘たるもの、いざという時、
柔らかくほほ笑みかけてそう言いつつ、平戸の横へと腰を下ろす。
緊張…しているように見えてしまっていただろうか。
相手に気を
平戸はお礼を言って、ありがたく受け取った。
さっそく口にさせてもらうと、ほろ苦く甘く、香ばしい味が体に染み渡り、
気持ちがしゃんとする。
ふと。平戸はそこで、
待合室で待っている間に空腹を感じたら口にするよう、路線バスの中で提督から渡されていた
アーモンドチョコレートの箱の事を思い出す。
やはり、緊張していたのだろうか。
それまでの所、空腹を感じていなかったので未開封のままである。
風呂敷包みの中から取り出す。
「よろしかったら…。」
箱の
羽黒は
箱から一粒
「そう。総会への出席は初めてではないのね。」
どうやら羽黒は、平戸が初めてここに来て
さすがに平戸の方がベテランという事は無かったが、
そのパターンは艦娘の世界では
極端な話。今、二人の目の前で談笑しているファッションモデルを
させるようなスタイルの一団が丸ごと、
平戸よりも
「私たちの
「艦娘としての実際の構造と、認識の間にズレが生じてくるのね…。笑い事では
ないのでしょうけど、なんだか少し面白いわね。」
羽黒が頬に人差し指を当て、空中のつかみどころのないものに目を
ようにしながらのほほんとした表情で
室内の隔離性が高く中庭の音は聞こえないが、快晴の抜けるような青空のもと、
つなぎ目の無い防弾ガラスの向こうの、青々と葉の茂る梅の枝に
飛来して遊ぶ二羽の小鳥が楽しげだ。それに目を
「あの人ったら言葉
待合室は
それにしては対応の
あまり深くは考えないことにする。
二人は気が合うのか程なく
やがて話題はお互いの鎮守府の物事に移り、羽黒の提督の
少々がさつだが、気の付くべきところには気の付く気さくな人物らしい。ただし…。
「初めて会う人は言動のセンスに
親しい間柄だろうが、そうでなかろうが、しょっぱなから手加減は一切しない
タイプのようだ。
その説明に耳を傾けつつ、羽黒の表情が
平戸の提督への向き合い方とは少し違うようだが、その話し方からは
同じような強い信頼が感じられる。
求められるままに平戸も身の上話をする。
敷浪の事、如月の事、初風の事、鎮守府の皆の事。その話題を口にすると、
話している平戸自身が驚くほど前向きに、すらすらと言葉が流れ出てくる。
まるで、平戸の心にぽっかりと口を開けた、
そして、平戸の提督の事。
平戸の提督の話になると羽黒が驚いていた。
ある程度気付いてはいたが、今のところ同職中に平戸の提督ほど高齢な人はいないそうである。
背格好の説明をすると、すぐに思い至ったようだ。
「ああ、あのでっか…体格のがっしりとした方が…。とても40代には見えないわね…。」
コンプレックス気味の提督には気の毒であるが、
いつのまにやら時間も昼を回り、廊下の方がざわつき始めたと思うと
何人かの提督が部屋の中へと入って来始めた。総会が終了したらしい。
羽黒に別れの挨拶をして風呂敷包みを
「
「チョコレート、いただいていました。」
そう返答した
羽黒と、その提督の姿が見えた。
平戸の提督の後ろから部屋へと入ってきた
確かに平戸が今、目の前にしている提督に
後頭部を手で
平戸の頭の中に、
あの二人が、そうなのであろうか。
羽黒の左手の薬指に、先ほどまでは気が付かなかった何かが光ったように見えた。
二人の姿に人間と艦娘の様々な関わり合いの一つの形を見たような気がして、
平戸は妙に
だが、この手のことにしつこい
平戸は提督に
廊下は鎮守府へと
提督も昼飯はまだなので、総会の終了後は帰りのバスに乗る前に、女科学者と待ち合わせて
町の定食屋の
平戸が廊下の
「提督、こっちです。」
何だか今日の平戸は積極的だな。
提督はそう感じて気持ちがくつろぐ。
そうか、そんなに
まあ、こればかりはさすがに
本日は庁舎から外出せずに「先生」の作業場で
提督は女科学者と顔を合わせるなり何やら難しい顔で情報の交換を始めた。
「まさか、大規模作戦への
それ自体は特に珍しい事ではないのだが、その場の空気というか、前提というか。
何かしらのものが提督の思考に引っかかっていたのだ。
戦艦や空母のような強力な艦娘の不足していた一昔前ならばともかく、
前線での戦況の
平戸の提督が
正直
作戦を構成する部隊に
せいぜい、
「私も作戦の
耳に入って来る事前情報から察するに、やはり近頃では
ものの
今からでも、ある程度は準備を進めておいた方がいい。」
「助かる。しかし、うちに
執務に関係する会話なので、
会話の
しばらくすると予想通り、
会話を続けていた背の高い二人が考え込むように足元の平戸を見下ろしてくる。
存在感のある二人に注目されて、思わず目をしばたかせる平戸であった。
次回、「船揚げ場」
シリアス展開注意報発令。
【追記】(2022-08-14)
目次のページの付録に、この回(08.「おでかけ」)の続き的な話を
08-補.「彼岸と浮世と反抗期」として投稿しました。
本編のネタバレ的な内容は含まれませんので、このまま続けて
08-補.を読んでいただいて支障ありません。