平戸ちゃんのお話   作:伊村ハク@駄文存在

12 / 31



               【 過 去 : 世 界 】





          09. 「 船 揚 げ 場 」

 

 

 「泊地管理センター」内。船揚げ場に程近(ほどちか)く。

俺は、風通しの良い松林の中の日陰のベンチに腰掛けていた。

 

こんな風に(ほう)けている場合ではないのだ。

全力で頭を回転させなくてはいけない時なのに。

何も考える気がしない。

(いや)、頭の中でまとまりなく様々な思考が()(めぐ)って、うまく思考が働かない。

 

平日の日中からぐったりと気力を失った(よう)に、ベンチの背もたれに背中を(あず)けて、

すっきりと晴れ渡る初夏の日差しに照らされた、穏やかな(なぎ)の海面を

ぼんやりと見つめながら、俺は先ほどまでの女科学者とのやり取りを思い返す。

 

 

 

 少し時はさかのぼる。

その内示(ないじ)では。大まかに言って、こう、指示されていた。

(いわ)く。

 

「マル特駆逐艦伊号を、強襲装備にて敵要衝(ようしょう)へ投入し、来たる攻勢(こうせい)への(いしづえ)とすべし。」

マル特云々(うんぬん)というのは、いなづまの事である。

 

「どういうことだ、これは!」

技術棟の主任室で俺は()()っていた。

 

まだ軍隊としての指令系統の整っていないこの泊地管理区域において、

海軍統括機関本部とのパイプ役を()ねるこの女科学者は実質的に俺の上司でもある。

 

聞かれた白衣の女は、

普段、立て板に水のこいつには珍しく、しばらく口を閉ざした後、

恐ろしく()わった眼差(まなざ)しでこちらを見つめたまま一言、こう言った。

 

「今、伝えた通りだが?」

 

むしろ、あっけにとられた。

普段、論理性を何より重視して物事を軽々しく見放そうとせず、

反面、感性のみをよりどころに大雑把(おおざっぱ)に物事を扱うことをあれほど嫌っていた奴の

発する言葉とは思えなかった。

 

「本部の奴らはあいつに対して、唯々諾々(いいだくだく)と指示に従い、死んで役に立てと命じている

んだぞ?それが、現代的な戦略体系の中に身を置く者たちのすることか?」

 

聞きようによっては失言の域を超えているような俺の言葉だったが、

それを重視することなく受け流して白衣の女は言葉を続ける。

 

「のっけから他者を(あなど)ってかかるのは感心しないな。統括本部も我々も、

状況を気に入るか、気に食わないかで判断するほど愚かではないさ。」

「あの表現に、他にどういった意味が含まれているというんだ?」

 

大前提として、作戦の指示にいちいち動機付けが付与(ふよ)される事は無い。

この手順でお前はこれをやれ。軍隊に限らず

一定の規模以上の組織の(いとな)みとはそういうものだ。

 

だが、それを加味(かみ)したとしても、その内示の中身は

俺にとって不可解極(ふかかいきわ)まりないものだった。

人としての命の()りようをあまりに軽視するその内容が論外(ろんがい)なのはもちろんのこと、

いなづまは実際にかなりの戦果を()げてきている。

いきなり使い捨てにされるいわれは、どこにも無いのだ。

 

「“新兵器”の存在は、関係者以外への公表は基本的に(ひか)えられている。海軍上層部でも

それを知るものは、ごく一握(ひとにぎ)りにすぎない。深海棲艦が圧倒的な攻勢(こうせい)にある現状、

非常に似通(にかよ)った性質を持つ彼女の存在のアピールは、時期尚早(じきしょうそう)だろう。」

 

今、俺が問題にしているのは、意思伝達の秘匿性(ひとくせい)についてではない。

 

「そして重要なのは、この指示の要点が彼女の出自(しゅつじ)に触れる内容であるという事だ。

君にもあらかじめ、念には念を入れて口止めしておいた通り、それは部外秘中(ぶがいひちゅう)の部外秘だ。

たとえ指令書の製作過程レベルであっても軽々しく表沙汰(おもてざた)にされては困る。」

 

どこをどうすれば、使い捨てにされる事といなづまの出自(しゅつじ)が関係してくるのか。

 

 いや、待て。

関係者各々(おのおの)の向き合い方は別にして、

そもそもいなづまは、深海棲艦を構成する精神情報に、

”人間の意思を介入”させるための存在だ。だからこそ、介入の結果として

深海棲艦の人類に対する攻撃性を(おさ)める事も可能なのだ。

 

この女は地下にあったあの場所で、

いなづまから例の物体を”引きはがした”と言っていた。

母体との切断。いなづまの出自が関わってくるとすれば、恐らくその部分だろう。

 

何故(なぜ)、いなづまのパートナーとして俺が選ばれたか。

当然、俺のこれまでのふるまい、経歴が参照されての事だろう。

接する相手が人外であるということに”忌避感(きひかん)を感じにくい”俺の性格が、

この仕事にとって都合がいいからだ。

”プロトタイプ”の相手はお前にしか(つと)まらない、とも言われていたが。

 

そして、作戦の失敗、いなづまの”死傷”を前提としているかのような指示の内容。

俺の頭の中に、自然とその単語が思い浮かぶ。

 

…”(かえ)す”。まさか!

 

俺の頭の中でようやくすべてが(つな)がり、

気が付くと、俺は怒りに震える手で白衣の女の襟首(えりくび)をきつく(つか)んで引き寄せ、

相手の顔を(にら)みつけていた。

 

「お前ら…。」

「単に人為的な手法に頼るだけでは彼女が長期にわたり今の姿を保ち続けるのは、

あくまで組織の備品という扱いである以上、可能だが現実的な選択とは言えない。

現状の性質を保持してか、あるいは鹵獲(ろかく)時の状態にまで回帰してか。いずれにせよ、

我々が手を下そうと下すまいと結果として彼女が(もと)居た海底に戻ることに変わりはない。」

いなづまにも、そして俺にも選択の余地(よち)など与えられてはいなかったのだ。

 

「始めからそのつもりで…俺たちに何も知らせず、あいつの、人としての心を、

一方的に与えておきながらそれを(かげ)で踏みにじって…。そのうえ、あいつから

何もかも奪って海の底に沈めるつもりか。」

「知らせれば、否応無(いやおうな)しに、ここでの生活が(いつわ)りのものになってしまっただろう。

それでは意味をなさない。」

俺の(いきどお)りに相対(あいたい)する白衣の女の物腰(ものごし)は、穏やかさを保ちつつも(がん)として()るがない。

 

(うそ)ぶるつもりはないさ。私のことならば、(うら)んでくれて(おお)いに(かま)わない。計画の中核

となる少女本人の意思を考慮に入れる事なく事態が進行してしまっている事も自覚している。

事のついでに未到達の敵勢力圏の情報をより多く収集しようとする統括本部の配慮(はいりょ)()ける

態度にも、こちらから口を(はさ)むつもりはない。」

 

人として思うところはあっても、

生まれついての自らの本分をたがえることは出来ないのだろう。

そういう見極(みきわ)めというか、自律(じりつ)した覚悟の持ち方は昔から(きわ)まっている奴なのだ。

(にく)らしい(ほど)に。

 

「これは人類の存続(そんぞく)にとって、どうしても必要なことなのだ。彼女が君と直接触れ合い

過ごした記憶と海底の怨嗟(えんさ)が同期すれば、集合意識の中にわずかながら残る人類への好意を

触発(しょくはつ)し、拡大させ、初めのうちこそ微々(びび)たる波紋(はもん)にすぎないだろうが、時を()れば

現在ほどには人為的な手法に頼ることのない、形態的により安定した、彼女と同様の事象の

”自然発生”的な連鎖を(うなが)すことができる。怨嗟への再統合は起爆剤となり得るのだ。」

そう言った後、女科学者はそれまで以上に鋭い眼差(まなざ)しを俺に投げかけ、

 

「だが、気付いていたか?彼女が陸上での君との生活を、心の底から望んでいる確証(かくしょう)は、

いったい、どこにある?」

むしろ俺を試すかのように、そう問いかけた。

 

…返答できなかった。

俺の中には、いなづまを心の()(どころ)としてしまっている部分もある。

ここでの生活の印象について、いなづまからはっきりと答えを聞いたわけでもない。

ここでの生活を、いなづまが喜んでいるという認識は。

俺からの一方的な押し付けであるかもしれなかった。

 

白衣の女は、話を締めくくるように言う。

「科学者の端くれとして心苦しい限りだが、”自然発生”への転換については、確かに

実証に(とぼ)しいことは(いな)めない。机上(きじょう)空論(くうろん)に終わる可能性も残されているが、もはや、

この方法に頼るしかない。」

 

 実のところ、この会話の結末は最初に結論を耳にした時からわかっている。

こいつがはっきりとそう言う以上、それ以外、本当にどうしようもないのだ。

だが、この行き場のない感情はどうすればいい。

(つか)んでいた女の(えり)を突き放すように離すと、俺は(きびす)を返す。

 

「この事をあいつにしゃべったら、絶対に許さない。」

「それは、”君の役割”だ。」

俺はそれ以上何も言わず、主任室を後にした。

 

 

 

 「こんな所に居たです?随分(ずいぶん)と探し回ったのですよ。」

船揚げ場に向き合ったベンチで、いなづまに声をかけられ、

俺は振り向いて顔を合わせる勇気がなかった。

 

人類は、そして俺も、こいつの信頼に(そむ)くような事をしでかしたのだから。

口を閉ざしたまま。俺は能天気な程にすっきりと晴れ渡った初夏の海の光景を(なが)め続ける。

いつの間にか、いなづまが俺の隣に腰を下ろしていた。

 

「艤装強化の調整が終わったのです。これで、もっと提督や皆さんのお役に立てるのです。」

 

…それは、今のおまえを生かす(ため)のものじゃない。

 

いなづまは()()めのない話を、思いつくままに話し続ける。

「今日の夕御飯は、ほうれん草のおひたしなんかどうですか?あれは、しっかりと

()でてあく抜きするのが大切なのです。火を通してから水気を(しぼ)って冷凍しておけば、

(あと)でみそ汁の具にしたり冷やし汁に使ったりできるのです。あ、胡麻和(ごまあ)えなんかも

最高なのです。」

 

いつもならば俺の心に活力を与えてくれる(はず)のいなづまの明るさも、

この時ばかりは逆に、俺の心をさいなむかの(よう)であった。

先が見えているというのに、今の日常に楽しみを見出(みいだ)そうとしても意味はないだろう。

そんな、いなづまの気持ちを傷つけるであろう()(ばち)台詞(せりふ)まで

頭の中に思い浮かんできてしまう。

 

「きっと、私の思いたがっているものとは違うのだろうけれど。それでも、私は

この「鎮守府」での生活が好き。食べ物が好き。皆とのおしゃべりが好き。お布団も、

露天風呂も好き。菜園の眺めが好き。この港の海と空が好き。提督が好き。

皆の助けになりたい。」

 

…何かがおかしい。

普段よりも、話の内容に脈絡(みゃくらく)がないように感じる。

 

そしていなづまは、さばさばとした表情で。

まるで日常の挨拶(あいさつ)()わすかの(よう)にあっさりと、

その言葉を口にする。

 

「けど、今みたいに世界に私がたった”一人”では、十分なだけ人間のお役に立てるとは

思えないのです。」

 

この()は。

気付(きづ)いていたのだ。そもそもの初めから。

自分が何のために此処(ここ)に居るのかを。

 

 

 

 いなづまの思考が読み取れてみると、

ベンチに座ってからずっと放心状態にあった俺の心の中に、

何とも()(がた)い、(おさ)えきれない衝動がふつふつと()き上がってくる。

 

俺は、俺を信頼し、共に戦ってくれた仲間を死へといざなった大罪人だ。

目の前で多くの仲間が命を失っていった。

その地で死ぬべきは俺の方の(はず)であったのに、

戦意を喪失(そうしつ)茫然(ぼうぜん)とするばかりだった俺は、恥も外聞(がいぶん)もなく生き(なが)らえてしまった。

 

そして今また、俺の目の前で“俺の大切に思う存在”がその命を投げ出そうとしている。

あまりといえば、あまりに欲がなさすぎる。

行き過ぎた自己犠牲精神ともいえるいなづまの言葉に、俺は思わず声を大きくした。

 

「馬鹿野郎っ!もっと自分というものを重く受け止めろ!お前はこの世界に好きと言える

だけのものを見つける事が出来たんだろう?この世界にあるものを美しいと感じる事が

できたんだろう?だったら、何があってもそれを手放すな!この世界でお前と共にある者

たちを、本心から望みもせず、置き去りにするような真似は絶対にするんじゃないっ!」

 

口にして自分ですぐに分かった。

それは、自責(じせき)(ねん)も、他者への責任転嫁(せきにんてんか)も、

そして。そのさらに奥にある自分でもよくわかってはいなかった(よう)な、諸々(もろもろ)の思いも、

すべてひっくるめて結果的に導き出された、

いなづまという個が失われることに対する、俺の心の底からの叫びといえるものであった。

 

「くそ…。くそっ!」

 

 俺のその反応に、いなづまは何故(なぜ)意表(いひょう)()かれた(よう)に目を丸くした後、

(しばら)くすると目を細めて柔らかく微笑(ほほえ)んだ。

 

「これが、人の(おも)いの…形?本当に、夢ではなかったのかも…。」

 

小さくそうつぶやき、続けて殊更茶化(ことさらちゃか)すように口にする。

(くや)しがりすぎなのです。」

 

後悔に耐えきれず、ベンチに腰を掛けたまま(ひざ)の間に身をかがめ手で頭を(おお)った俺の背中を、

いなづまが抱きしめたのか、柔らかい(ぬく)もりが感じられた。

 

その感触には、いなづまの強い意志が感じられる。

先程(さきほど)までとは何かが、ほんの少しだけ違い、

本当の意味で心が(かよ)い合った、そんな気がした。

 

「私たちは死んだりはしないのですよ?だから…。だから、そんなに悲しまないで…。」

 

 

 

《…松林の中を通り過ぎる(おだ)やかな潮風がベンチに座った二つの人影をやさしく包み込む。

このひと時を、その場に(なが)(とど)めんとするかのように。

 

 活気にあふれる季節。

(いそが)しい平日の喧騒(けんそう)から離れた、田舎(いなか)の海辺の昼下がり。

とある、さびれた港の船揚げ場で。

 

小さくともそれは、様々(さまざま)な存在にとって、

とても大きな、”転換点(てんかんてん)”であったのかもしれない。》

 

 

次回、「作戦会議」

資材のご利用は計画的に。

 

 

【追記】(2022-07-21)

目次のページの付録に、この回(09.「船揚げ場」)の続き的な話を

09-補.「あした、天気になあれ」として投稿しました。

本編のネタバレ的な内容は含まれませんので、このまま続けて

09-補.を読んでいただいて支障ありません。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。