【 過 去 : 世 界 】
「泊地管理センター」内。船揚げ場に
俺は、風通しの良い松林の中の日陰のベンチに腰掛けていた。
こんな風に
全力で頭を回転させなくてはいけない時なのに。
何も考える気がしない。
平日の日中からぐったりと気力を失った
すっきりと晴れ渡る初夏の日差しに照らされた、穏やかな
ぼんやりと見つめながら、俺は先ほどまでの女科学者とのやり取りを思い返す。
少し時はさかのぼる。
その
「マル特駆逐艦伊号を、強襲装備にて敵
マル特
「どういうことだ、これは!」
技術棟の主任室で俺は
まだ軍隊としての指令系統の整っていないこの泊地管理区域において、
海軍統括機関本部とのパイプ役を
聞かれた白衣の女は、
普段、立て板に水のこいつには珍しく、しばらく口を閉ざした後、
恐ろしく
「今、伝えた通りだが?」
むしろ、あっけにとられた。
普段、論理性を何より重視して物事を軽々しく見放そうとせず、
反面、感性のみをよりどころに
発する言葉とは思えなかった。
「本部の奴らはあいつに対して、
んだぞ?それが、現代的な戦略体系の中に身を置く者たちのすることか?」
聞きようによっては失言の域を超えているような俺の言葉だったが、
それを重視することなく受け流して白衣の女は言葉を続ける。
「のっけから他者を
状況を気に入るか、気に食わないかで判断するほど愚かではないさ。」
「あの表現に、他にどういった意味が含まれているというんだ?」
大前提として、作戦の指示にいちいち動機付けが
この手順でお前はこれをやれ。軍隊に限らず
一定の規模以上の組織の
だが、それを
俺にとって
人としての命の
いなづまは実際にかなりの戦果を
いきなり使い捨てにされるいわれは、どこにも無いのだ。
「“新兵器”の存在は、関係者以外への公表は基本的に
それを知るものは、ごく
非常に
今、俺が問題にしているのは、意思伝達の
「そして重要なのは、この指示の要点が彼女の
君にもあらかじめ、念には念を入れて口止めしておいた通り、それは
たとえ指令書の製作過程レベルであっても軽々しく
どこをどうすれば、使い捨てにされる事といなづまの
いや、待て。
関係者
そもそもいなづまは、深海棲艦を構成する精神情報に、
”人間の意思を介入”させるための存在だ。だからこそ、介入の結果として
深海棲艦の人類に対する攻撃性を
この女は地下にあったあの場所で、
いなづまから例の物体を”引きはがした”と言っていた。
母体との切断。いなづまの出自が関わってくるとすれば、恐らくその部分だろう。
当然、俺のこれまでのふるまい、経歴が参照されての事だろう。
接する相手が人外であるということに”
この仕事にとって都合がいいからだ。
”プロトタイプ”の相手はお前にしか
そして、作戦の失敗、いなづまの”死傷”を前提としているかのような指示の内容。
俺の頭の中に、自然とその単語が思い浮かぶ。
…”
俺の頭の中でようやくすべてが
気が付くと、俺は怒りに震える手で白衣の女の
相手の顔を
「お前ら…。」
「単に人為的な手法に頼るだけでは彼女が長期にわたり今の姿を保ち続けるのは、
あくまで組織の備品という扱いである以上、可能だが現実的な選択とは言えない。
現状の性質を保持してか、あるいは
我々が手を下そうと下すまいと結果として彼女が
いなづまにも、そして俺にも選択の
「始めからそのつもりで…俺たちに何も知らせず、あいつの、人としての心を、
一方的に与えておきながらそれを
何もかも奪って海の底に沈めるつもりか。」
「知らせれば、
それでは意味をなさない。」
俺の
「
となる少女本人の意思を考慮に入れる事なく事態が進行してしまっている事も自覚している。
事のついでに未到達の敵勢力圏の情報をより多く収集しようとする統括本部の
態度にも、こちらから口を
人として思うところはあっても、
生まれついての自らの本分をたがえることは出来ないのだろう。
そういう
「これは人類の
過ごした記憶と海底の
現在ほどには人為的な手法に頼ることのない、形態的により安定した、彼女と同様の事象の
”自然発生”的な連鎖を
そう言った後、女科学者はそれまで以上に鋭い
「だが、気付いていたか?彼女が陸上での君との生活を、心の底から望んでいる
いったい、どこにある?」
むしろ俺を試すかのように、そう問いかけた。
…返答できなかった。
俺の中には、いなづまを心の
ここでの生活の印象について、いなづまからはっきりと答えを聞いたわけでもない。
ここでの生活を、いなづまが喜んでいるという認識は。
俺からの一方的な押し付けであるかもしれなかった。
白衣の女は、話を締めくくるように言う。
「科学者の端くれとして心苦しい限りだが、”自然発生”への転換については、確かに
実証に
この方法に頼るしかない。」
実のところ、この会話の結末は最初に結論を耳にした時からわかっている。
こいつがはっきりとそう言う以上、それ以外、本当にどうしようもないのだ。
だが、この行き場のない感情はどうすればいい。
「この事をあいつにしゃべったら、絶対に許さない。」
「それは、”君の役割”だ。」
俺はそれ以上何も言わず、主任室を後にした。
「こんな所に居たです?
船揚げ場に向き合ったベンチで、いなづまに声をかけられ、
俺は振り向いて顔を合わせる勇気がなかった。
人類は、そして俺も、こいつの信頼に
口を閉ざしたまま。俺は能天気な程にすっきりと晴れ渡った初夏の海の光景を
いつの間にか、いなづまが俺の隣に腰を下ろしていた。
「艤装強化の調整が終わったのです。これで、もっと提督や皆さんのお役に立てるのです。」
…それは、今のおまえを生かす
いなづまは
「今日の夕御飯は、ほうれん草のおひたしなんかどうですか?あれは、しっかりと
最高なのです。」
いつもならば俺の心に活力を与えてくれる
この時ばかりは逆に、俺の心をさいなむかの
先が見えているというのに、今の日常に楽しみを
そんな、いなづまの気持ちを傷つけるであろう
頭の中に思い浮かんできてしまう。
「きっと、私の思いたがっているものとは違うのだろうけれど。それでも、私は
この「鎮守府」での生活が好き。食べ物が好き。皆とのおしゃべりが好き。お布団も、
露天風呂も好き。菜園の眺めが好き。この港の海と空が好き。提督が好き。
皆の助けになりたい。」
…何かがおかしい。
普段よりも、話の内容に
そしていなづまは、さばさばとした表情で。
まるで日常の
その言葉を口にする。
「けど、今みたいに世界に私がたった”一人”では、十分なだけ人間のお役に立てるとは
思えないのです。」
この
自分が何のために
いなづまの思考が読み取れてみると、
ベンチに座ってからずっと放心状態にあった俺の心の中に、
何とも
俺は、俺を信頼し、共に戦ってくれた仲間を死へといざなった大罪人だ。
目の前で多くの仲間が命を失っていった。
その地で死ぬべきは俺の方の
戦意を
そして今また、俺の目の前で“俺の大切に思う存在”がその命を投げ出そうとしている。
あまりといえば、あまりに欲がなさすぎる。
行き過ぎた自己犠牲精神ともいえるいなづまの言葉に、俺は思わず声を大きくした。
「馬鹿野郎っ!もっと自分というものを重く受け止めろ!お前はこの世界に好きと言える
だけのものを見つける事が出来たんだろう?この世界にあるものを美しいと感じる事が
できたんだろう?だったら、何があってもそれを手放すな!この世界でお前と共にある者
たちを、本心から望みもせず、置き去りにするような真似は絶対にするんじゃないっ!」
口にして自分ですぐに分かった。
それは、
そして。そのさらに奥にある自分でもよくわかってはいなかった
すべてひっくるめて結果的に導き出された、
いなづまという個が失われることに対する、俺の心の底からの叫びといえるものであった。
「くそ…。くそっ!」
俺のその反応に、いなづまは
「これが、人の
小さくそうつぶやき、続けて
「
後悔に耐えきれず、ベンチに腰を掛けたまま
いなづまが抱きしめたのか、柔らかい
その感触には、いなづまの強い意志が感じられる。
本当の意味で心が
「私たちは死んだりはしないのですよ?だから…。だから、そんなに悲しまないで…。」
《…松林の中を通り過ぎる
このひと時を、その場に
活気にあふれる季節。
とある、さびれた港の船揚げ場で。
小さくともそれは、
とても大きな、”
次回、「作戦会議」
資材のご利用は計画的に。
【追記】(2022-07-21)
目次のページの付録に、この回(09.「船揚げ場」)の続き的な話を
09-補.「あした、天気になあれ」として投稿しました。
本編のネタバレ的な内容は含まれませんので、このまま続けて
09-補.を読んでいただいて支障ありません。