食堂で行われている艦娘たちの話し合いに耳を傾けながら、
提督は宙に目を
「せめてもう一人、駆逐艦に「大規模改装」を行えれば状況は
頭の中で思ったことが、ぽつりと、口に出た。
「改二」とは。大部分の艦娘にとって、いわば最終形態。
ある程度の訓練や実戦の経験を積む事で自然に成長を果たし、基本的に見た目に変化はなく、
計測室の記録を確認する事でしか確実に判断の出来ない通常の「改」への推移とは違い。
改の状態でより多くの経験を積み、それに加えて「大規模改装」と呼ばれる
特殊な過程を経て成立する「改二」は、
外見が艦娘各々の個性を反映し大きく変化するだけでなく、
火力、耐久力、その他の能力も飛躍的に向上させる事ができる。(注)
当然の事ながらそれを行うには相応の資材、つまり先立つものが必要であり、
無い
思索に沈んでいると、
「それなんですが…。」と、隣の席の敷浪が少しばかり
提督に向かって話を切り出してくる。
「当てが無い訳では。」
妙に不明瞭な言い回しである。
集まっていた艦娘の中にもちらほらと数名ばかり、迷う
敷浪の視線の先に目を
先程から何やら難しい顔をして、計算機を片手に大学ノートとにらめっこしていた初風が、
「うん、いけるっ!」と椅子から勢いよく立ち上がるところであった。
「敷浪さん、これいけるよっ。私、やったかも!」
駆け寄ってきた初風が、手にしたノートの中身を興奮したように指でさし示している。
「あれっ?!提督???」
気付いていなかったようだ。
そんな初風に向き合う敷浪の様子も、「そう…よかった。」と安心したように
一息ついて嬉しげである。
本棟内の各所に
その素顔についてはいまいち判然としない怪人物の噂話は、誰から聞いたという訳でもなく
自然に提督の耳にも入ってきていた。
…実際に目にした事は無いのだが。
曰く、被り物で顔を隠して音もなく背後に忍び寄り、
不意に耳元へ冴えない
これまでに提督が得た情報に対して、初風が
「あんたは”あたし”を、いったい何だと思っているのよっ!」
その人物は初風であったらしい。
初風が
結論としてはそうなってくる。
噂話自体はいろいろと尾ひれがついてのものだろうが、実際の所はこうだ。
初風はこの鎮守府で艦娘に消費される資材の余りを、密かに溜め込んでいた。
こう表現すると、下手をすれば業務上横領の罪に問われかねないような行為ではあるが、
人間の使用する兵器とは違い艦娘の艤装の場合、
いったん体の中へ吸収した資材は余力分を
そのまま時間の経過とともに自然に消耗されていってしまう。
そういった特殊な事情から、艦娘個別にでは無いが、一ヶ所の鎮守府内で一定期間内に、
艦娘へ供給された資材量の総量と、実際に戦闘時に消費された資材量の総量との間に
定められている以上の差がみられる場合、
資材配分計画の見直しを義務付ける職務規定が、はっきりと設けられていた。
意図的に余剰を作り出すのは難しいし、
平戸が皆に不便を感じさせないよう個別のアンケート調査で配慮を心掛けているとはいえ、
配分計画は艦娘一人一人の意志でどうにかなるような物事でもない。
言うまでもなく。
燃料切れ、弾薬切れで作戦活動に支障をきたす様な事があっては絶対にならない。
無理をせず臨機応変に。十分に余裕をもってなお、余りそうであれば、
出撃時にあらかじめ吸収せず。
そういった、判断の難しい、細かいやりくりのできそうなベテランを選んで声をかけ、
それぞれ別個に、内密で相談に乗ってもらっていた。
定まったノルマではなく、あくまで、状況的に可能ならばの範囲での協力である。
そもそも、艤装装着後の艦娘の挙動は技術棟の計測室には筒抜けの筈なので、
お
各活動に悪影響の出ない程度に長い年月をかけて少しづつ少しづつ、地道に。
塵を積もらせるように溜め込んでいった結果なのだ。
ただ、やっていること自体は結構、貧乏くさくて“せこい”ことなので。
提督や平戸に知られれば、
艦娘たちに不自由な思いをさせているのではないかと、気を
関わっている者たちが提督や平戸に対して、この件を過剰に隠したがっていたのは、
そういった理由からであった。
それまでに明確な前例もなく、いきなり弱小鎮守府の責任者の一存で、
この件を扱ってしまうには少々気の引ける物事ではあるのだが、
ここは思い切りよく、自らが全責任をもってありがたく使わせてもらおうと提督は決断した。
この食堂での会議も含め。
艦娘たちがこの鎮守府の事を、そして提督や平戸の事を思いやっての、
いわば、結晶ともいえる物である。
その努力を
当然、改二への「大規模改装」をゆだねるのは…。
溜め込んだ資源の量が示されたあたりから、口を閉ざしたまま
静かに初風や提督の方をじっと見つめていた如月が、
皆から向けられた眼差しに、
これで、不透明だった先行きにひとまず見通しが立ってきた。
初風の機転が明らかになった食堂内はにわかに騒然としている。
無理もない。人の死とは少し意味合いが違ってくるとはいえ、
既に自我の一部となっている慣れ親しんだ環境との別離に加えて、
負の傾向の勝る、精神的な安定性を欠いた総体的な意識に強制的に組み込まれ
自我が希薄になっていく「轟沈」という恐怖は、
そしてなにより。まだ船舶だった頃、かの大戦のさなかで。
人の手で操船される、その船舶としての生涯の最後に、艦娘の大部分が経験した
であろう、二度とは繰り返したくない苦しい経験。
寝食を共にする仲間である親近感を差し引いたとしても、単なる
始まりの時とは違い、艦娘の人数も艦型も順調に増加し、
本土近海の深海棲艦側にすら、人型が
深海棲艦の総体的な意識への干渉は主に艦娘の海上での活動によって達成され、
艦娘の轟沈による”自然発生”の誘発と維持が求められることはない。
だが、事故としての轟沈という出来事は皆無ではないのだ。
さらに。直接この資材の
それ以外の多くの艦娘にとって、”
初風はといえば
普段独りぼっちということはないのだが、やはり状況が状況なだけに
皆に囲まれてご
人垣の中から、あかつき?が初風の方へ一歩踏み出して言う。
「正直、秘書艦としてはこれまであまり尊敬できていなかったけど、今回のことで認識が改
まったから。あなたも鎮守府の立派な母親役だったのよね…。謝ります。ごめんなさい。」
そう言われた初風の方も
「分かってくれれば、それでいいのよー。」などと
周囲の至らぬ部分に能動的に気を回し、
仕事の基本とはいえ、そう簡単には出来ることではない。
これが初風の”やりたいこと”だったのかどうかは、それはもう、初風にしか
わからないことだが。
上に立つ者の気が付かぬうちに、たとえ少しづつであっても彼女は成長をとげていた。
提督も、自然に頭が下がった。
「俺の
それを目にした初風は、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして、
提督に向かってぴょこんと一回頭を下げた後、
人差し指で赤く染まった頬を掻きながら、ボソッと言った。
「…こっちだって、結構感謝してんだから。め、滅相もないってのよ、全くもう。」
どうやら万事うまくまとまりそうに見えた、この一件であったが、
皆が一息ついた矢先、まったく思いもよらぬ方面から爆弾が投下されることとなった。
「ところで
敷浪が、何気なく漏らしたその言葉に。
それを聞いてから理解が及ぶまでの間、思考が停止し石像のように固まっていた
初風の体がぷるぷると小刻みに震えだす。
要は、何をしていたか”おおっぴらに”ならなければいいのだ。
顔を隠すことばかりに意識を取られて、服装や髪形などには手つかずであったうえに、
提督と平戸以外への身バレは特に配慮してはいなかったので、
お面が機能していないばかりか、かえって目立ってしまっていた。まさに本末転倒。
周囲がそれとなく指摘してあげてもよかったのだが、活動の末端を把握しているのは
初風だけであり、口出しがどのような影響を及ぼすかもわからず。
細心の注意を払っていただけあって、提督や平戸との鉢合わせは十分に回避できていたが、
実際の所、艦娘たちの間では、すっかり、あって当たり前の”名物”扱いである。
はっきり言って、
実際に目にすることはゼロに近かった提督と平戸を除く、この場にいるほとんど皆、
頭の中ではそう感じていたことである。
とはいえ、このタイミングでそれに
恐らく、敷浪一生の
恥ずかしさから
敷浪も申し訳がなさそうにどうしたものかと、対応しあぐねているようである。
結局、がっかりな方向性に物事がまとまってしまうのが、初風らしいといえば、らしい。
状況から何が起こったのかおおよその所を感じ取り。
…どうやら、この子にはもう少し手を焼かされそうだなぁ。
苦笑しつつ、そう思う提督であった。
次回、「作戦会議」後編。
幼なじみ。
(注)実際のゲーム内容よりも表現が誇張されています。