平戸ちゃんのお話   作:伊村ハク@駄文存在

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          10-3.「 作 戦 会 議 」 後編

 

 

数日後、温浴場構内。

此処(ここ)に来る前、一通り「大規模改装」の説明を受けた後、

如月は白衣の女科学者に、こう声をかけられた。

 

「まあ、失敗するとはいっても、以前と何も変わらないだけだ。緊張することはない。」

 

随分、事も無げに言ってくれるもんだよなぁ、と。つい、思ってしまう。

もちろん、不安を取り除こうと気をつかってくれているのであろうし、この人が心の中で、

誰よりも強く艦娘に対して負い目を感じているという事は

普段の立ち振る舞いから、なんとなく推察は出来るのだが。

 

 如月は今、温浴場の一角にある「船渠(せんきょ)」という名の個室の、閉ざされた扉の前に立っていた。

自分の体の中に吸収され渦巻く、通常時ではありえないほどの量の動力を感じる。

指示にあった通り、海上を経由してあらかじめ資材倉庫に立ち寄り、

そこに用意されていた資材を残らず回収してきていた。

 

その身には何も纏ってはいない。

資材の回収後、温浴場の脱衣所で身に着けているものをすべて脱ぎ去り。

人間を当てはめていうところの、まさに生まれたままの状態である。

 

女性らしい曲線を帯びた曇り一つ無い白い肌に、腰まで長く伸びた黒髪の

しっとりと潤いのある鴉の濡れ羽根色が際立つ。

 

説明では他に、身に着けていた物の中から何か一つ、

今の自分という存在を”定義づけるもの”を選んで部屋へ一緒に持ち込むこと、

と指示されていた…。

 

 

 

 

 

その娘のことを、正直、最初のうちは気に食わなかった。

 

地味で口下手で不愛想なのに。

そのくせ、海上での戦闘技術では自分がいくら躍起(やっき)になってかかっても、

それを、いともやすやすと超えていく。

それは決して天性によるものだけではなく、地道な努力の積み重ねの結果でもあったのだが。

 

しかし、いつの事だったろうか。何かの任務の最中に。

 

「なかなか似合うね、その髪飾り。黒髪に良く()えるじゃない。」

潮風にさらされて退色した(おのれ)の髪をなでつつ、羨ましそうにそう話しかけられたのだ。

 

何故だかわからないが、とても嬉しかった。

初めてこの人に自分の存在を認めてもらえたように思えて、たかがそれだけの事なのに、

艦娘となってその時までに感じた、どんな喜びよりも強く心が震えた。

 

それからである。

自分の黒髪の事が、以前にも増して気にかかるようになったのは。

 

 

 

 

 

如月は手の中の篝火花(シクラメン)の形を模した髪飾りを指先でいじりながら、そんなことを思い返す。

今の自分を定義づけるもの。これ以外の選択肢は、なかった。

 

意を決して目の前の扉の取っ手を掴むと、音もなく。

扉の方から自然に開かれる。

 

それの見た目は、

明るすぎず落ち着いた照明に照らされた、何の変哲もない板張りの小部屋で、

しかし、扉が開くと同時にその内部からは猛烈な熱と湿気が吹き出してきた。

如月は生唾を飲み込むと、手で強く握りしめた髪飾りを胸に、部屋の中へと足を踏み入れた。

 

 

 

 提督は今、船揚げ場の斜面で、

用具入れの箱の上に置いた小型端末を前に、

砂利コンの地面の上に胡坐(あぐら)をかいて座り込み、画面をのぞき込んでいる。

 

端末は「計測室」のデータのフィードバックを受け、その画面には

訓練の経過の模式図がリアルタイムで表示されていた。

船揚げ場の正面に広がる海上では、(きた)る大規模作戦を模した艦娘たちの訓練が展開中だ。

 

駆逐艦組の火力のコンビネーションは、急ごしらえの部隊にしては

かなり良い具合にかみ合っていた。

特に、改二に成長した如月の身のこなしにはさすがに目を見張るものがある…。

 

 

 

 改二への改装は、この鎮守府においては滅多にないイベントのため。

「大規模改装」を目指す今後の艦娘たちの向学のためという事もあり、改装がすべて滞りなく

進行し特に問題が無ければ、本棟北館の空き講義室を利用して、

如月改二のお披露目会が行われるよう予定が組まれていた。

 

部屋へと足を踏み入れた如月の姿に、部屋の中の人だかりから黄色い歓声が上がる。

 

 セーラー服の上へ、左の二の腕の部分に”如月改二”の文字が誇らしげに刺繍された

紺色の上着を新たに羽織り、

セーラーと上着のそれぞれに、月の形の金バッジがひとつづつ輝く。

(あか)篝火花(シクラメン)を模した髪飾りは、以前のままだ。

 

全体的により一層大人びたというか、しっとりとした感じになったというか。

同性の目から見ても魅力的に映る様で、

集まっていた艦娘の中にもポーッと魅了されている者がいる様子だ。

 

そんなさなか、成長しても変わることのないトレードマークのつややかな黒髪を()き上げて

開口一番言ったものだ。

 

「さっそくだけど平戸ちゃんっ、私と付き合って頂戴。」

もちろん、そういう意味ではない。たぶん。

 

それを耳にするなり上気した顔を手で隠して、”お外”へ駆け出して行った初風のことは、

提督は放っておくことにする。

 

「あ、言い方が悪かったかしら。ほら、良い得物を手にしたら腕試ししたくなるじゃない?

“負けっぱなし”は(しゃく)だもの。」

かわいらしくウィンクしつつ言っているが。少し怖い。

 

名指しされた平戸も、にこやかに向き合いつつも心なしか上半身が引き気味である。

作戦実行の日時まで日もないことであるし、提督はやめさせておいた。

 

 

 

 …話を戻すとしよう。

一方、平戸や対馬もさすが本職だけあって、

敵潜水艦の戦闘パターンを付与されているアクティブデコイに次々と

撃沈の被弾マーカーを与えていく。

 

問答無用の先制対潜攻撃。これは、かなり強力だ。

加えて、敵からの攻撃がほとんど当たらない。

 

本営からは、作戦で受け持つ「対潜警戒」への配慮をしつこく念押しされていた。

それを鑑みれば、この訓練の仕上がりは申し分のないものといえる。…しかし。

 

「敷浪。」

 

隊列を離れて浅瀬に立ち、皆の認識に接続して

遠くから全体像の把握に努めていた艦娘に、提督が声をかける。

 

呼びかけられた敷浪は、何も言わずに提督の方を振り向く。

長い付き合いである。それだけでお互いの考えていることが大体伝わった。

 

…そうか、お前も気になるか。

 

この訓練の上々の結果は、

装備品から与えられている各自の能力値の底上げによるところも大きい。

対潜ともなればその有無の差はかなり顕著である。

 

身も蓋もなく言ってしまえば、装備可能な枠のほぼすべてを

対潜火力と命中率の上昇にあてているのだ。

潜水艦以外の水上の艦船への火力、雷撃、そして対空火力等はデフォルトの状態のまま。

仮にこの状態で艦爆の急襲でも受ければ、まともに太刀打ちもできない。

 

 

 

なかなか悩ましいところではあるが、

様々な要素が有機的に入り組む艦隊の編成とはまた違った感じで、装備品の選択の場合は、

編成決定後の現場に関わってくることでもあり、

また、人間が運用する通常の船舶と比べると艦娘の場合は、かなり簡便に

装備品の変更も可能であるため。

 

こんな時提督は、可能な限り手持ちの情報を明示したうえで、基本的に上から意見は挟まず、

あえて、艦娘たちに対応策を話し合わせる。

 

責任問題云々(うんぬん)ではない。

戦場で生き残るため、いかに自分を信じて迷いなく行動できるかが重要なのだ。

 

その結果として、装備案は最終的に

本営からの要望を、敷浪と部隊員たちが現場での実質的な稼働に合わせて、

解釈の融通できる範囲で補正した形のものとなった。

 

それが吉と出るか凶と出るか。

それは誰にとっても、当然の事ながら。

確信の持ちようなど、ない事である。

 

 そして…。

 

計画(プロジェクト)コード・三七〇(ナッシング)」。(注)

 

その胎動が、今まさにその形をとりつつあることも。

提督や艦娘たちの知る(よし)もない事であった。

 

 

次回、「大規模作戦」前編。

艦娘たちの踏ん張りどころ。

 

 

(注)言葉遊び。

  三七〇”みなゼロ”なので、皆無”ナッシング”です。

  あの娘の図鑑ナンバーは…?

 

 

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